ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第197話「強さ」

鈴音の治療が開始すると、生徒たちは各自で自主訓練ということになった。

さすがに誰もすぐに動こうとはしなかったのだが……。

「ここでうろうろしていると布仏本音が集中できんぞ」

という、千冬の言葉を聞き、仕方なく全員特別整備室を後にする。

本音は体力の限界に挑戦しながら治療に取り組むことになる。

そんな本音の集中力を削ぐような真似などできるはずがないからだ。

仕方なく、それぞれ今できる訓練をしようと赴く。

 

そんな中で一夏は。

「セァッ!」と裂帛の気合を持って白虎徹を振り下ろすが、受け止めれらてしまう。

逆に切り上げてきた剣を距離を取って避けた。

だが、相手は一気に距離を詰めて上段から重い一撃を繰り出してくる。

それでも、逃げたくはないと鈍色に光る刃を白虎徹でしっかりと受け止めた。

「さすがに重いや」と、一夏は苦笑いしてしまう。

「豪剣は僕の得意とする剣だからね。これで負けるわけにはいかないよ」

そう言って凄まじい剣を見せてきた誠吾も笑う。

手にしたワタツミを引き、いったん息を整えた。

一夏も部分展開していた白虎を解除する。

「でも、僕でいいのかい?剣で打ち合いたいなら、今の篠ノ之さんなら一夏君とも互角に打ち合えるよ?」

「今日は俺のほうが無理だよ。やっぱりショックが抜けきれない」

本来の篠ノ之流を使えるようになった箒の剣は驚くほどきれいな太刀筋になっている。

そうなると、荒れた心のままで一夏が剣を振るっても軽くいなされてしまう。

これまでとは逆の意味で勝負にならないのだ。

「そうだね。織斑先生は僕も防衛に回るように言ってきたよ。さすがにあの人たちとはまともに戦える気がしない」

『だーりんも一夏も人が良すぎるネー』

『それがいいところなんだけどね』

と、ワタツミと白虎が声を揃える。

「何か、ザクロとの死合いに勝てた時は朧げに見えたような気がしたけど、今はまた遠くなったって感じるんだ。ずっと目指してるけど『強さ』って遠いなあ」

「僕もまだまだ見えないな。本当に一生かけても見えるかどうかわからないよ」

「ホントだよね」

そう言って、剣士二人は苦笑いする。

目指すほどに遠くなる『強さ』に途方に暮れつつも、諦めようという気持ちになれない自分自身に対して。

 

 

一夏が再び誠吾と打ち合い始めたころ、諒兵は中庭の芝生の上に寝転んでいた。

各自で訓練と言っても、別に強制されているわけではない。

自主訓練とはあくまで建前で、単なる自由時間だ。

訓練と言い渡したのは千冬なのだが、彼女自身、昨日の今日でまともに訓練ができるなどとは考えていない。

各自の自由にさせることで、まずは気持ちを落ち着けてほしかったのである。

そんな千冬の気持ちがわかっていたのかいないのか、諒兵は芝生に寝転んで空を流れる雲を眺めていた。

そして、ゆっくりと空に向かって手を伸ばして、拳を握り締める。

「何を掴んだの?」

「あ?」

と、今のやり取りになんだかとても懐かしいものを感じた諒兵は、覗き込んできた少女の顔を見つめてしまう。

「生徒会長……」

「ふふっ、諒兵くんがのんびり寝てるところを見たら、何だか懐かしくて」

「覚えてるぜ、ずいぶん昔みてえ感じるけどな」

まだ自分たちがたまたまISに乗れたとしか考えていなかった入学したてのころ、中庭で刀奈とよく会っていたことを思いだす。

人類のため、世界のための戦いに巻き込まれたことで、あの頃、大変でもちゃんと学生として生活できていたことが如何に大切なことだったかを諒兵も一夏も痛感していた。

そんなあの頃の遠くなってしまった空気が、今だけは身近に感じられる。

それだけで何故だかふっと心が軽くなった気がする諒兵だった。

せっかく刀奈が来てくれたのだし、話すなら、と諒兵が起き上がろうとすると。

「そのままでいいわ。私ものんびりしたいから」

「そんなら」と、再び諒兵が芝生に寝転がろうとすると、刀奈がスッと動く。

「んなッ?」

ふよんと柔らかくも気持ちの良い感触が頭を支えてきて、諒兵は驚いてしまう。

「こういうの、けっこう憧れてたのよ。別に横恋慕する気はないから、少しだけ付き合ってくれない?」

「わりとマジで命がヤベぇって感じるんだが」

「私も一緒に頭を下げるから、ちょっとだけ許してね。レオもね♪」

暗部ならではの見事な動きで刀奈が膝枕してきたのである。

見上げるとわりと立派な胸部が目に入ってしまい顔が熱くなるので、必死に視線を他に向ける諒兵だった。

『諒兵の一番のパートナーは私です。ほんっっっっっとうに、ちょっとだけですよ』

「電撃はやめろ。マジで頼む」

物凄く仕方なさそうにレオがいうので、わりと真剣に焦る諒兵だった。

そんな諒兵の気持ちを知ってか知らずか、刀奈は先ほどの問いかけを繰り返す。

「それで、今日は何を掴んだの?」

「あー、そうだな……」

何とはなしに握り拳を作っただけなのかもしれないが、何かを掴んだというのであれば。

「雲、だな」

「あら」と、刀奈は不思議そうな顔をする。

以前は『空』だと答えたからだ。

自分が掴んだ空に、もっと多くの人が来られればいい。

そんなことを考えて。

しかし、今日の答えは別になった。

「雲を見てると、自由だなって思うんだよ。前に、まどかにも話したことがあるんだけどな」

「雲が自由……」

風の流れに乗って何処までも行ける。

その動きを妨げるものはなく、どんな国のどんな場所へも行ける。

そんな雲を眺めていると、自分もどこかにのんびり流れていけそうな気がして、気持ちが楽になると諒兵は感じていた。

「素敵ね……」

「自分でも驚くけどよ、ああいうのんびりしたのが好きみてえなんだよ」

「ふふっ、似合わないかもね」

「ひでえな」と、苦笑いする諒兵だが、刀奈は言葉とは裏腹に何処か優しそうに見つめてくるので別にムッとするようなことはなかった。

「でも、自由か……、そう思うのって素敵だと思うわ」

「そか?」と、諒兵が尋ねると刀奈は遠い目をする。

「もう聞いてると思うけど、私は……」

「忍者みてえなもんだったんだろ」

「そうね。だから普通の恋愛なんて想像もしなかったわ。それが役目だと、私の使命だと思ってたから」

だが、タテナシによって、それが如何に歪んだものかを思い知らされた。

自分が縋ってきたものが、自分が最も嫌悪するものだった。

だから刀奈は『更識楯無』を捨てた。

一人の少女として、愛する妹『簪』の姉として、今は戦っている。

「でも、けっこう辛いものもあったのよ。愚痴になっちゃうけど」

「別に愚痴ってもいいぜ。たまにゃ吐き出さねえとな」

「なら遠慮なく♪」

今は簪ともそれなりに良い距離感で付き合えている。

姉と妹。

その絆を確かに実感できる。

でも、時々泣いている声が聞こえてしまうのだ。

「昔の私が、ね……」

暗部に対抗する暗部『更識楯無』になるために少女時代を捨ててきた刀奈。

後悔はしていないつもりだった。

結果として今の強さがあるのだから、後悔する必要などないはずだった。

でも、役目を、使命を捨ててしまったことで、『更識楯無』になるべく足掻いてきた自分が今の刀奈を責める。

どうせ捨てるなら、何故最初から普通の少女でいようとしなかったのか、と。

「時間は、取り戻すことができないから」

「そうだな。やり直すことはできても、取り戻すことはできねえ」

今から少女らしく過ごすことはできるとしても、強くなるために足掻いてきた少女時代は取り戻せない。

あの頃から普通に過ごせていれば、もっと早く簪と仲良くなれたかもしれない。

何故、今になって捨てるのかとかつての自分が責めるのだ。

「後悔したくなくても後悔が積み重なるのは、ちょっとヘコむわね……」

「後悔してえヤツなんていねえよ」

「そうね」

「だから、どんなに後悔しても俺はあの頃の自分を捨てねえ」

「えっ?」

「世の中に拗ねてるだけのガキだった俺も、そんときゃ真剣に生きてたはずだからな」

その言葉を聞いた刀奈は、きょとんとしたどこか可愛らしい表情で、諒兵の顔を見つめてくる。

 

「生徒会長だって、そんときゃ、いやそんときも真剣だったんじゃねえのか?」

 

そう問いかけられ、刀奈は思う。

確かに真剣だったと。

役目のため、使命のために誰よりも真剣であったはずだと。

役目や使命を捨ててしまったからといって、あの頃の真剣な自分自身まで捨てる必要ないのだ。

それが、今の『更識刀奈』を形作っているのだから。

そう思えたことで理解できた。

そう思えることもまた、人の『強さ』なのだと。

「困っちゃうわ、諒兵くん」

「何でだよ?」

「あなたのこと奪いたくなっちゃう♪」

「冗談でもやめてくれ。まだ死にたくねえ」

本気で焦ってる諒兵の顔を見ると刀奈は何だか楽しくなってしまう。

さすがに鈴音やラウラと争う気はないので、これ以上は踏み込めないけれど。

「でも、ありがとう」

「ま、俺もなんだか気が楽になったし、久しぶりに生徒会長と話ができてよかったと思ってる」

「刀奈って呼び捨ててもいいわよ?」

「そこは勘弁してくれ」

諒兵は困ったような顔で笑う。

そんな諒兵に対し、笑みを返してきた刀奈の顔は、何処か大人びた、けれど幼い少女のようだった。

 

 

寮のラウンジでお茶を飲んでいた弾と数馬。

そんな二人をエルが心配そうに見つめている。

「ショックは受けてるけど、そこまで心配しなくていーぞ」

『でも心配』

「お前は優しいな、エル」

と、数馬が弾とエルの会話を眺めながらそんな感想を述べてくる。

「アゼルはまだ飛び回ってんのか?」

「ああ。今回の件、考察しがいがあると言っていた。趣味と実益を兼ねてるらしい」

『アゼルならいい情報を集めてきてくれる』

「俺もそう思ってる」

アゼルを信頼しているエルの言葉に数馬は肯いた。

総合戦闘力では飛燕ことシロやアンスラックスに劣るが、情報収集力でアゼルは図抜けた能力を持つ。

互角なのはドイツのワルキューレくらいだろう。

先日の情報収集でも有用な情報をたくさん集めてきてくれたのだ。

「ISたちが『囚われている』と突き止めたのもアゼルだからな」

「映像見たときは死んじまったのかと思ったぜ……」

『何処にいるかはわからないけど、まだ生きてる』

まるで断末魔のような悲鳴をあげての進化なのだから、弾の感想は的を射ている。

それでも、まだ生きているというのなら助けたいと思う。

ただ。

「女ってこえーよな……」

「アレを女、いや同じ人間だとは思いたくないが……」

正しく進化できた自分たちから見ると、本当に人間の仕業と思えないような凶行だった。

だが、だからこそ人間なのだろうとも思う。

ISたちにこんな真似ができるとは思えないのだ。

『にぃにの言う通り』

「エル?」

『アレは『天使の卵』が人間と融合したISコアだからできたんだと思う』

まったく新しい存在になりつつある『天使の卵』はISコアと人間の両方の性質を持つ。

その『人間』の部分が、あの凶行に手を貸した理由なのだろう、と。

『もう私たちの仲間じゃない。でも人間にとっても同じ』

「ただ一つの存在ということか……」

「それにしたって、あの連中、良心の呵責とかなかったんか?」

手を貸してもらったとはいえ、実行したのは権利団体の人間たちだ。

ISたちを捕らえ、その力を奪いながら、高らかに笑っていた姿は弾にとっては衝撃だった。

「物心ついたときには女尊男卑だったからな。深く考えたことはなかったが、そうでなければ生きられない人間がいるということなんだろう」

「たいして変わんねーだろ男も女も。男尊女卑とまで言わねーけど、同じになるくらい別に問題ねーよ」

『うん。でも、それが嫌なんだと思う』

自分たちが手に入れた権力を、これからも行使したい。

今まで通りに生きられない世界を受け入れたくない。

だから、周囲の全てを踏み躙ってでも力を手に入れようとする。

『力を手に入れて『強く』なりたいんだと思う』

 

「「そんなのは『強さ』じゃないぞ」」

 

異口同音にそう言った弾と数馬に対し、エルは少しばかりびっくりした様子で首を傾げる。

「力を手に入れたって強くなれねーんだ、エル」

「何のためか、何を目指すのか、それがわかっていないなら強いとは言えない」

たとい世界が変わったとしても、変わってはいけないものがある。

それは生きるための信念だ。

「俺だって、信念なんてたいそうなもん持ってるわけじゃねーけどさ」

「ただ、想いも何もないただの力を俺たちは『強さ』だとは思わない」

「だから俺はあの連中を認めねーよ。捕まったISたちは必ず助けるぞ」

「戦闘ができなくても、できる戦いはあるはずだからな」

そう語った弾と数馬を見つめながら、エルは小さく微笑む。

『うん、私も頑張る』

自分が進化したいと思った相手や、その友だちは、やっぱり素敵な人たちだと思いながら。

 

 

他方。

千冬は通信機越しに報告を受けていた。

「そうですか、デュノアが……」

[フランスは常駐しているAS操縦者がいないせいもあり、権利団体が勢いづいてしまっている。彼らの言葉を抑えるものが少ないんだよ]

「しかし、えこひいきしているとは呆れた提言を出してきたものですね」

「娘だから進化させたなどと言いがかりもいいところだ。そう言われたくないならコアの凍結を解除して新しいISを作れという。これはもはや恫喝だ。人としての品位を疑うよ」

と、通信相手は憤慨していた。

通信の相手はシャルロットの父親であり、デュノア社社長のセドリックだった。

今回、進化できた者はフランスにもいるため、向こうの現状をセドリックに確認していたのだ。

「この件については権利団体の矛先を私に向けるようにしてください」

[いいのかね、ブリュンヒルデ?]

「デュノアを戻してやりたいところですが、こちらの戦力が減る以上に、そちらに行った場合の負担が大きすぎます」

[すまない。シャルロットを矢面に立たせるなど……]

はっきりと『できない』と言わないのは、自ら矢面に立とうとする千冬を気遣ってのことだ。

だが、千冬とて矢面に立つことになれば負担は大きくなる。

使徒との戦いで最前線の司令官を務めてきた千冬に対しては、あまりの仕打ちだと言える。

「我が社はIS学園擁護の立場を変える気はない。大した力ではないが」

「いえ、助かります。それに敵ばかりでもありませんから」

「というと?」

「ドイツは軍だけではなく国としてもIS学園の擁護に回ると約束してくれました」

確実とはいえませんが、と続けるものの一国が味方になると言ってくれるのは、やはり心強い。

ドイツにはクラリッサやシュヴァルツェ・ハーゼなど、千冬の個人的な知り合いも多いので本当に助けられているとは思う。

「そうか。私も国に働きかけ続けよう。これまでの戦いでIS学園を信頼している政治家も多いからね」

「助かります」

「この件ではカサンドラも味方に付いてくれている。私も負けてはいられないんだ」

「ふふっ、良好なようですね」

「少しずつではあるが、カサンドラはシャルロットのことを受け入れてくれているからね」

不仲であった夫婦が、娘であるシャルロットを通して関係を修復しつつあるのは、千冬としても嬉しかった。

「いずれにしても現状は厳しい。少しでも力になれるよう私も対策を講じていこう」

「本当にすみません」

「謝らないでくれブリュンヒルデ。君たちの戦いを見てきたものは、君たちの苦悩を理解しているからね。それでは失礼する」

そういうとセドリックは通信を切る。

真っ暗になった画面を見つめながら、千冬は呟く。

 

「ブリュンヒルデ、か……」

 

何処か、物悲しい雰囲気を漂わせながら。

 

 

 

 

 

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