ゆっくりと目を覚ました鈴音の目に映ったのは、ひたすらに広い空間だった。
無数の光が、星々のように輝いている。
こんなにきれいな場所だったのかと、鈴音は場違いにも感心してしまう。
「此処が、コア・ネットワーク……」
今、鈴音はISスーツを纏い、頭に金の輪を嵌めているという姿で、コア・ネットワークに立っていた。
鈴音の治療が始まる、ほんの数分前のこと。
鈴音の脳内にて。
『動きたいってニャんニャのニャ?』
「私の人格データをパッケージングするって言ってたじゃない。それをコア・ネットワークで動けるようにしてほしいのよ、マオ」
『できニャくはニャいけど……』
猫鈴にしてみればできないことではない。
とはいえ、鈴音は治療している間、つまり72時間は寝てるだけだ。
治療が終わって目が覚めれば、時間が経過している以外に特に問題はない。
つまり無理に動けるする必要はないのである。
『めんどくさいのニャ』
「どストレートに言ってきたわね、マオ……」
『本音ニャ』
そうしれっと答える猫鈴だったが、実際はネットワーク上に無防備なままで鈴音を放り出したくはないということだ。
無論、鈴音もそんな猫鈴の気持ちはわかっているが、どうしても譲れない理由があった。
「囚われた子たちは見つかってないんでしょ?」
『シロやアンスラックスにテンロウどころか、アゼルでも見つけられニャいらしいのニャ』
情報収集能力ではトップクラスのアゼルですら見つからないとなると、相当に厄介な場所にとらわれていると推測できる。
そもそもネットワーク上にいるのだろうか、とも考えられるが……。
『アゼルがいうには何処かいるのは間違いニャいのニャ。ニャぜ(何故)ニャらネットワークを使って『卵』があの進化をした全機体を支配してるらしいのニャ』
「なら、ネットワークのどこかにいるのは間違いないのよね。私が探してくるわ」
『危険ニャのニャ』
「でも、今一番辛いのはその子たちでしょ?」
『それはみんニャわかってるニャ。だからみんニャが探してるのニャ』
探しているメンバーは情報収集能力の高い者たちばかりだ。
鈴音が探しに行ったところで、先に見つけられる可能性のほうが高い。
つまり無駄足になる。
ならば三日間寝てたほうが有意義だろう。
だが、鈴音は使徒やASたちには絶対に見つけられないと断言した。
『どうしてニャ?』
「こう考えてほしいの。ISたちを捕らえてるのは人間なのよ」
『それは物理的にニャのニャ』
「違うわ。ネットワーク上で捕らえてるのも人間よ」
人間がコア・ネットワークに干渉するためには、ISコアの協力が不可欠だ。
そして、こんなことに協力するISコアは存在しない。
ならば人間が捕らえているという鈴音の言葉はおかしいのだ。
『ニャに(何)が言いたいのニャ?』
「むしろ気付いてほしいんだけどね。『天使の卵』はISコアと人間が融合したものでしょ」
『ニャッ?』
思わず声を上げた猫鈴はようやく鈴音が言いたいことに思い至る。
捕らえているのが『天使の卵』ならば、その場所は融合した人間の性質により『発想』したものである可能性が高いのだ。
『そうだったのニャ……。ニャら見つからニャいのも当然ニャ』
「そうよ。マオたちの常識で探しても見つからないはずよ。探すためには私たちの発想力が必要なはずなの」
だからこそ、鈴音は自分が探しに行くと言い出したのである。
如何に情報収集能力が高くてもISコアでは人間の持つ発想力を超えることは難しい。
というより、思いつかないのだ。
だが、鈴音なら人格データであったとしても人間として発想できる。
「だから、私が探してくるわ。無理しないから安心してマオ。居場所を特定できれば、みんなも行けるでしょ?」
『ほんっっっとうに無理だけはしニャいでほしいのニャ。約束ニャ』
「うん、約束する」
約束した以上、必ず無事に戻ってくると決意して鈴音は眠りについた。
そして現在。
「それじゃ、探しに行きますかっ!」
そう言って鈴音はふわりと浮かび上がる。
できると知っているわけではなく、何となくできそうな気がしたので飛ぶことにしたのだ。
基本的に、ほぼ勘だけで生きてる鈴音である。
そのため。
「とりあえず適当に飛んでみよっか」
囚われたISコアを探すために、場所を推測するようなことなど考えてなかった。
数分後。
しばらく飛び回っていて、コア・ネットワークの大雑把な構造は理解できてきた。
「小さな星がコアなのね。輝きが弱いのはまだISで、輝きが強いのはASや使徒……」
ASや使徒の輝きは、ただ輝いているのではなく銀色や青色などの色がついていた。
「そっか、イメージカラーなのね。青が多い思ったけど、あれサフィルスたちなんだわ」
サファイアのような輝きがサフィルス自身。
同じ青でも少し違う輝きがシアノスやアサギ、そしてサーヴァントたちなのだろう。
「あのバカでっかい紅色はアンスラックス……」
さすがに最強の使徒だけあって、ネットワーク上の存在感も大きい。
以前はネットワークを完全遮断していたはずだが、今は存在を示すかのように輝いている。
他にも様々な輝きがあるが、いちいち確認していてもしょうがないと、鈴音は他に目を向ける。
「光は薄いけど、妙に範囲が大きいのはサーバーかしら?」
コア・ネットワーク上にもサーバーは存在する。
一番わかりやすいのはIS学園の基幹サーバーだ。
何しろ目印がついているのだから。
「あれ、ヴィヴィなのね」
範囲の広い光の上に、ちょこんと可愛らしい赤い輝きがある。
IS学園を守るASとなったヴィヴィ。
その輝きだった。
それ以外にもサーバーは無数に存在している。
各国の軍事用サーバーなどは非常にわかりやすい。
アメリカ軍には近くにイヴがいるし、ドイツ軍にはワルキューレがいた。
ちょっとお邪魔しようかと思った鈴音だが、すぐに思い直す。
「動いてるのバレたら絶対止められるもんね」と、苦笑い。
うっかり白虎やレオのところに行ってしまったら、絶対二機とも止めてくるし、白虎は素直だけにすぐに一夏に喋ってしまう。
そうして飛び回っているうちに、かなりの巨大さを誇るサーバーを見つけた。
「……これ、多分極東支部の基幹サーバーだわ」
今、IS学園と敵対する立場となっている亡国機業極東支部。
その基幹サーバーだった。
「入るのは無理か……」
その防壁は堅牢かつ強固で、とてもではないが鈴音に突破できるレベルではない。
ただ。
「いない、みたい……」
ここに『天使の卵』が存在することは感じられるのだが、囚われたISコアは此処にはいないと鈴音は感じ取る。
極東支部のサーバーの近くには、オパールのような輝きと、月のような輝き、緑色の輝き、そして。
「この子がフェレス、極東支部のASね……」
紫水晶の輝きを見て鈴音はそう感じる。
何となくではあるが、フェレスはパートナーとの関係は良好のようだと、その輝きから感じ取る鈴音だった。
「まあ、仲良しならいっか。それよりも……」
目的の存在がないのなら長居しても仕方がないと、鈴音は再び飛び立つ。
次に目指したのは。
「う~ん、あんまりいい設備持ってないわね」
今やIS学園にとって厄介な敵となった権利団体のサーバーだった。
しかし、IS学園の基幹サーバーや各国の軍事サーバー、極東支部の基幹サーバーに比べてかなり貧弱に思える。
冷静に考えれば、別に研究所でもないし、IT系の会社や普通の会社ですらないのだから、自前で巨大なサーバーを持つ理由がない。
「ここじゃ捕まえてられないわね……」
仕方なく、鈴音は再びネットワークに飛び立つ。
ただし、少し落胆していた。
「サーバーにいないとは思わなかったわね」
正直に言えば、ISたちはどこかのサーバーにまとめて囚われていると考えていたからだ。
それがないとなるとネットワーク上のかなり意外な場所にいるのではないかと考えられる。
「私なら、どうする?」
と、鈴音は『天使の卵』の考えを推測するべくイメージする。
見つからないように、見つかっても容易に手出しができないように捕らえておく。
そう考えながら、いったん落ち着こうと最初に立っていた場所に戻る鈴音。
猫鈴の輝きなのでしっかり覚えているのだ。
だが、その途上。
「ん?」
と、小さな違和感を抱いた鈴音はその場にとどまる。
そこは。
「これ、自衛隊の軍事サーバー……?」
各国にあるように、当然日本の自衛隊にも軍事サーバーがある。
ただ、気になったのはサーバーそのものではない。
その横にある小さな傷だった。
「ネットワークが傷ついてる?」
そんなことがあり得るのだろうかと思うも、ふとある記憶が蘇った。
かつてこの場所に弾と数馬が来た時のことを。
「これっ、一夏と諒兵が付けた傷だわっ!」
かつて、初めての機獣同化によって一夏と諒兵は獣と化してネットワークでも大暴れしていた。
さすがにそのままにはしておかず、ネットワークは修復されていたのだが、小さい傷が残っていたのだろうと思う。
「違う……修復されてない……」
そう言って鈴音は自身の考えを否定する。
よくよく見ればその傷は亀裂のように見えた。
つまり。
「表面上を修復しただけなんだわ……」
破壊されたネットワークの残骸はそのままに、表面をカバーしているだけだと鈴音は気づいた。
ごくっと生唾を飲み込んだ鈴音は、そぉっとその傷に触れる。
「きゃぁッ!」
とたん、鈴音は傷の中に吸い込まれてしまうのだった。
まどかはカフェのテーブルに突っ伏していた。
「わからない……」
「そりゃ、簡単にはわかんないわよ」と、ティンクルが苦笑いしてしまう。
「でも、おにいちゃんが泣いてたんだもん。何とかしたい」
「まあ、ね……」
と、ティンクルも肯く。
まどかはティンクルやヨルムンガンドに手伝ってもらいながら、先の進化について調べていた。
一番いいのは極東支部を見つけ出すことなので顔を覚えているスコールを探していたのだが、なかなか尻尾を掴ませない。
なので、カフェで考えをまとめようとしているのだが、わりと脳筋なまどかには難問すぎるのである。
「きょくとー何とかって其処まで見つからないの?」
『如何せん、反応を追っているとダミーが多すぎるのです』
『ネットワークからならわかるのではないかね?』
「アンタ、入れたことあるの?」
『なるほど浅はかだったな。謝罪しよう』
ネットワーク上の基幹サーバー自体は発見しているのだが、防壁が強力すぎて入れないのだ。
在ることがわかる。
それだけなら誰にでも理解できることである。
「蛮兄や束博士も極東支部の基幹サーバーならもう見つけてるはずよ。でも、物理的に見つけないと叩けないから極東支部は厄介なのよ」
「まあ、物理的に叩くほうがいいけど」
「あんたもわりと脳筋よね。諒兵に似てるわ」
「だっておにいちゃんの妹だもん♪」
再び苦笑するティンクルに、まどかは胸を張ってそう答えた。
わりと辛辣な評価に思えるがまどかにとっては嬉しいものらしい。
「とにかく、あんたが知ってるスコール探しを継続するしかないわ」
「捕まったISはどうするんだ?」
「ディアにも頼んでるけど……」
そう言ってティンクルが言葉を濁すと、申し訳なさそうにディアマンテが続ける。
『捜索に全力を尽くしていますが一向に見つかりません……』
『ネットワーク上にいるのは確かだと思うが、私にも見つけられん』
ヨルムンガンドまでがそう言ってくることに、まどかもティンクルも驚く。
特にヨルムンガンドは物の見方が捻くれており、通常のISやASの常識とは異なる見方ができる。
それでも見つけられないとなると……。
『『卵』の考え方は我々とは全く異なるのだろうな』
根本的な部分で違う存在である『天使の卵』は、ISやAS、そして使徒とは考え方がまったく異なる存在だとヨルムンガンドは説明してきた。
その言葉で、ティンクルは思いつく。
「……そか。『天使の卵』は人間なんだわ」
「えっ?」
「融合進化は人間とISコアが融合する進化。つまりISだけど人間でもあるのよ」
その解説でまず気づいたのはヨルムンガンドだった。
『そうか。『卵』は単独で人間の発想力も持つのか』
『ならば、おそらく私たちでは囚われたISたちの居場所は見つけられません……』
ディアマンテの言う通り、最強クラスの使徒であるアンスラックスや飛燕ことシロ、天狼でもかなり難しい。
そのうえ。
『情報収集力なら最高クラスのワルキューレやアゼルでも見つけられんぞ』
「それじゃどうしようもないのかっ?」
まどかが悲鳴のような声を上げるが、この点に関してはそうとしか言いようがない。
だが、やれることはあるのだ。
『極東支部を見つけて『卵』を破壊するのが一番手っ取り早かろう』
『それが最も有効でしょう。捜索を続けるのが良いと進言します』
ヨルムンガンドやディアマンテの言う通り、極東支部の捜索と『天使の卵』の破壊が最も有効だろう。
普通に考えれば。
「ディアッ!」
突然ティンクルが叫び、一同はびっくりしてしまう。
「マオにつないでッ!」
『どうしましたティンクルッ!』
「急いでッ!」
有無を言わせぬ態度でティンクルが叫ぶので、ディアマンテはそのまま猫鈴につなぐ。
それが何を意味しているのか、まどかには理解できない。
だが、ヨルムンガンドだけはその思考を囚われたISたちではなく、ティンクルとディアマンテに向けていた。
鈴音が目を開くと、其処はこれまでとはだいぶ違う場所となっていた。
一言でいえば
「墓場みたい……」
今の鈴音はデータが可視化されて見える。
そのために其処に在る物は文字通りの残骸に見えた。
魔の海域と呼ばれるバミューダ・トライアングル、そこに隣接するサルガッソー海はあくまで創作ではあるが船の墓場と呼ばれる。
データの残骸が漂うその場所は、まさにデータの墓場という表現が相応しい。
「コア・ネットワークのサルガッソーってトコね……」
我ながら巧い表現だと鈴音は自負するが、それは何となく感じている恐怖を和らげるためのものでしかない。
だが、此処に入ったこと自体は間違いではないと鈴音は確信していた。
「いる。かなり弱々しいけど……」
微かにではあるが、ISコアの気配がある。
此処が目的地なのだ。
「つったって、広いわね……」
見渡す限り残骸が漂うだけの暗い空間なので、果たして何処にいるのかもわからない。
ゆえにこういうときにどうするかは決まっている。
「こういうときは女の勘よっ!」
要するに適当に飛び回るだけだった。
しばらく飛び回っているのだが、景色は全く変わらない。
本当に見渡す限り残骸だらけだ。
今の時代には使い物にならないデータも山ほどあった。
「ネット黎明期のデータまであるじゃない」
まだISが開発される前のデータまであることに気付く。
「あれ?」
ふと目についたテキストデータに鈴音は惹かれるように近づいていく。
「これ、報告書……」
手に取ると、その内容に驚いてしまう。
「……一夏には言えないわよね」
その内容は亡国機業がまどかを拉致した際の顛末を記した報告書だった。
やはり一夏の両親である織斑深雪と織斑陽平は亡国機業に殺されていた。
強力な銃弾で、まどかを守ろうとした二人の心臓を一発で射抜いたらしい。
「何となくまどかには聞けないでいたけど……」
改めて確認したところで、まどかの古傷を抉り、一夏や千冬に大きなショックを与えるだけだ。
もし、二人が聞きたいというのなら自分の口から伝えるべきだろうと、鈴音はその内容を記憶することにした。
「ん?」
今度は二個のグラフィックデータが目に留まる。
どうせなら、と鈴音は手を伸ばして掴んだ。
一枚は赤子を抱いた優しそうな女性と男の子を抱き上げている屈強な男性、そして幼い少女が写っている写真。
もう一枚は赤子を抱いた勝気そうで物凄くきれいな女性と赤毛の優しそうな男性の写真。
一夏と諒兵の家族写真だった。
「何よ。普通の家族じゃない」
何処にでもありそうな幸せそうな家族写真に鈴音は顔を綻ばせる。
「回収できるみたいだし持ってっちゃお」
と、鈴音は身に纏うISスーツの格納スペースにグラフィックデータを格納する。
そんな寄り道をしていた鈴音はふと気づいた。
「此処、一夏と諒兵が壊した場所ってだけじゃないのね」
むしろ、電脳世界が生まれた時から存在する、古からのデータの墓場なのだ。
思い返せば、亡国機業の本部はヴェノムたち三機に破壊されている。
そのデータも今は残骸となってしまったために此処にあるのだろう。
自分が足を踏み例れてしまった場所に対し、鈴音は身震いしてしまう。
それでも。
「急がなきゃ」
そう言って鈴音は再び飛び立つ。
胸にしまった幸せそうな家族の写真が、仄かに暖かいと感じながら。