ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第201話「共闘」

報告を受けた束は素っ頓狂な声を上げた。

「マジでっ?」

『そのようですねー、まったくあの子はおとなしくしてられないんですかねー?』

と、呆れた様子で天狼はため息を吐く。

現在、治療に全力を尽くしている猫鈴経由でディアマンテの報告を受けたのである。

すなわち。

「マジであのISたちを見っけてんなら今回は見逃してやらぁ。天狼、サポート行ってこい。治療のサポートぁ俺たちだけでもなんとかならぁな」

「お願いっ、今はどんな情報でも欲しいのっ!」

『はいはいー♪』

束が懇願する姿など滅多に見られるものではないだろう。

レアショットだと思ったのか、天狼は素直に肯く。

だが。

『ただ、行くには行きますが、マンテんの報告からするととんでもない場所ですけど』

「データの墓場か……、確かにあの子たちだと見つけにくいね」

タテナシが鈴音に説明した通り、発想力を持たないISコアでは見つけられない。

正確には其処を探す意味がないと切り捨てる場所だ。

「あってもおかしかねぇが、本当にあるたぁな……」

「電脳空間って思った以上に複雑なものなのかも」

『というより人が作ったモノは複雑に成っていくものなんですよ』

珍しくマジメに天狼が説明してくる。

最初、単純なものを人間は作るのだが、其処に様々な人間の手が加わっていくとどんどん複雑化する。

自動車が良い例だろう。

最初はエンジンがついた荷車のようなものだった。

だが、今では、運転手を事故から守れるようになり、ある程度なら自力で走れるほどに進化している。

電脳空間も最初はシンプルな連絡網でしかなかった。

しかし、そこに様々な人間の手が加わることで、人間の想像を超えたものができるのだ。

『まして、コア・ネットワークには私たちの手も加わっています。今では一つの世界、あなたたちから見れば異世界ということもできるでしょうね』

「気ぃつけろよ」と心配する丈太郎に対し、天狼はにこにこ顔になる。

『おやおやー、私を心配してくれるとは。さっきのバネっちといい、今日はレアショットがたくさん撮れて大満足です♪』

『ではでは♪』と、そう言って天狼はコア・ネットワークにダイブしていく。

相変わらず『太平楽』な天狼だが、データの墓場といわれる場所の危険性を理解していないほど愚かではないはずだ。

つまりは。

「天狼のあの態度を見ると、相当ヤバい場所なんだね?」

「心配させたくねぇんだろぉよ。だが、助け出すまでにゃぁアクセスを繰り返す必要がある。肚ぁ決めてんだろ」

天狼自身が仲間を助けたいと思い、本来なら行きたくないだろう場所に行く覚悟を決めたということだ。

「こっちゃぁ鈴の治療に集中すんぞ。無茶しやがるが手柄なのぁ間違いねぇ」

「言われなくてもわかってるよ」

まだ、治療室の中で眠ったままの鈴音。

その眠りが希望を見つけるきっかけとなったことに、二人の博士は感謝していた。

 

 

 

タテナシの凶刃を防いだディアマンテは鈴音を守るように舞い降りる。

その視線を決してタテナシから外さずに。

『よもや貴方がそちら側とは思いませんでした』

『おや、本当かい?』

『可能性を感じたことは否定いたしません』

そもそも更識楯無であったころの刀奈を見定めるために、彼女が纏ったISのコアに宿った者たちを殺して回るようなタテナシである。

敵に回る可能性が高いと一番に考えられる存在だった。

『リンのおかげでこの場所を知ることができました。これは朗報。私たちは必ず持ち帰らなければなりません』

『なるほど。それは困ったね。僕はこの場所に来た者を始末してくれと頼まれているんだよ』

困ってるとはとても思えないような軽い調子のタテナシである。

しかし、それこそが恐ろしいと会話を聞いていた鈴音は思う。

『非情』であるがゆえか、タテナシは感情の起伏が感じられないのだ。

他のISコアに感じるような心の揺れ動きがない。

もしかしたら妖刀であったころからまったく変化がない使徒なのかもしれないと鈴音は思う。

 

[コラ、おバカ]

 

そんなことを考えていると頭の中に声が響いてきた。

(って、失礼ねっ!)

[バカにバカって言って何が失礼だっていうのよっ!]

(私にも名誉ってモノがあるのよっ!)

なお余談だが、本当に法律上では事実でも貶したとわかる表現であった場合、名誉棄損となるらしい。

それはともかく。

声の主は誰あろう、ディアマンテのパートナー、すなわちティンクルだった。

[まあいいわ。無茶したことへの文句は後でたっぷり言ってあげるからね]

(さんきゅ。とりあえず私が見たものをディア経由でそっちに送れないかな?)

受け取り手は誰でもいいのだが、敢えて指名するならヴィヴィか天狼が一番いい。

すぐに束や丈太郎に伝わるからだ。

だが[無理]と、あっさり否定されてしまう。

(へっ?)

[其処は特殊すぎるのよ。本来ならアクセスする必要がない場所なんだもん]

そもそもが残骸が流れ着く場所なので、アクセスを阻害するようになってしまっているのだという。

ゆえに、データのやり取りをするのは難しいらしい。

ディアマンテ経由で送れないかと思ったが、ディアマンテは自身が此処に入ってしまっているため、ティンクルとは辛うじて言葉のやり取りしかできないという。

(此処にいると外と話ができないってこと?)

[そうみたい。私もディアに無理させてるの]

(此処からあの子たちの力だけ引っ張り出してるのかしら?)

[もしくは力と心を分離したのかもしれないわね]

もっともそれは推測でしかないため、この場で問答しても意味がない。

そもそも自分やティンクルよりも、束や丈太郎が考えるほうがはるかに早く正解に辿り着けるだろう。

[だから何が何でも戻ってきなさい。あんたが見てるものは今後の対応策を考えるうえで重要すぎるんだから]

(ちょっと厳しいかも)

[そんなのわかってるわよっ、だからわざわざマオに頭下げたんだからっ!]

(マオに?)

[めっちゃ怒ってるのよマオっ!今度会ったらマジで土下座する羽目になったんだからっ!あんたも付き合いなさいよねっ!]

ティンクルが猫鈴に対してそこまでしてくれたということを知り、この場を切り抜けることに希望が見えてくる鈴音。

ならば、覚悟を決めるだけだ。

(りょーかい、一緒に土下座しましょ。んで、貸してもらっていいのね?)

[今回だけよっ!]

と、そんな会話をしてた鈴音は、タテナシがディアマンテに対してニヤリと笑うのを見る。

『そろそろ時間稼ぎの無駄話はやめにしないかい?』

『時間を稼いでいたつもりはありませんが?』

『どうやってこの場を切り抜けるか、相談していたってところかな?』

そう言うなり、タテナシはいつもの姿に戻って襲いかかってきた。

つまり、全力で鈴音とディアマンテを殺しに来たということだ。

『くッ!』

呻き声を漏らしつつ、ディアマンテは鈴音を抱えて飛ぶ。

無論、『銀の鐘』を鳴らしながら、つまり砲弾を撒きながらではあるが、ティンクルがいない状態だとその能力を完璧には発揮できないらしい。

ホーミングが全く機能していないのだ。

ただ単に砲弾をバラ撒いているだけだった。

『やっぱり君自身の戦闘能力は高くないね』

『私を侮っているのですか?』

『冷静な分析だよ。君は『使われる』ことで初めて戦えるタイプだね』

ディアマンテは答えない。

答えられない。

それが正解だからだ。

『従順』であるディアマンテは、従う立場に立って初めて己の能力を完璧に発揮できる。

自らの意思で戦うことができないのだ。

『君のパートナーを連れてこなかったことは君の失策だね』

そう言って笑っているような雰囲気とともに、タテナシは液体でできた浮遊機雷『明鏡止水』をバラ撒いた。

対抗するようにディアマンテも砲弾をバラ撒くのだが、微妙に外れてしまう。

ゆえに。

『あぅッ!』

浮遊機雷の一つにぶつかってしまい、鈴音から手を放してしまった。

『僕は君と戦う気はないんだ』

より効率的に事を運ぶなら、此処を見つけ出した人間を始末するほうが早い。

つまり、鈴音を殺すほうが早いとタテナシは無防備になった鈴音目指して飛んでくる。

だからこそ。

「ディアっ、来なさいっ!」

『まったくっ、貴女もティンクルも本当に困った方ですっ!』

鈴音の声に従い流星となったディアマンテは、タテナシの凶刃が襲うよりも速く鈴音が伸ばした手を掴み、共に光に包まれた。

『なっ?』

と、初めて本気で驚いた声を出したタテナシが見たものは。

 

「こういうのもあっていいでしょ?」

『今回だけです』

 

カナリヤをモチーフにした白銀の鎧、すなわちディアマンテを纏いながら勝気な笑みを見せる鈴音の姿だった。

 

 

コア・ネットワークにて。

天狼は何者かの気配を感じて振り向いた。

『来てくれましたかー♪』

『来ぬはずがあるまい』

『このような真似、妾が許すと思うか?』

現状、最強クラスの使徒とASであるアンスラックスと飛燕、すなわちシロだった。

『ビャッコやレオたちにも伝えておるぞ。今はパートナーのサポートを指示しておる』

『アゼルはアクセスできる場所から、情報を集めているがな』

『しろにー、ちゃんと口止めしましたか?』

特に白虎は個性が素直なだけに黙っているということが難しいASだ。

天狼の心配ももっともであろう。

『リンが目を覚ますまでは明かすなとキツく言うておいたわ』

ゆえに、その答えでホッと息を吐く天狼である。

『それで……』

『マンテんの報告からすると、ここから入り込んだみたいですねー』

そう言って天狼が指した先には、鈴音が見つけた小さな傷があった。

そのあまりの小ささにアンスラックスとシロは呆れた顔を見せてくる。

『よくもまあ……』

『無鉄砲にも程があるのう』

最強の二機にも呆れられるくらい、やはり鈴音は無鉄砲だった。

『残骸が流れ着く場所は、普通ならたまに裂け目が開く程度なんですがねー』

『オリムライチカとヒノリョウヘイの初めての機獣同化の傷跡が塞がりきらなかったのだな』

それほどのダメージを与えるほどのことだったということだ。

実のところ、鈴音がデータの墓場と名付けた場所は普通ならば入ることもできない。

たまに開く裂け目にデータの残骸が吸い込まれるのである。

正確には。

『不要となった残骸の気配を察知しておるのかものう』

『ある意味、空間そのものが生きているということか……』

『いずれにしても私たちが入る場所じゃありませんねー』

そんな場所に自ら突っ込んでいったのだから、鈴音の無鉄砲にも困ったものである。

正直な気持ちを言えば、天狼自身この先には行きたくないと思う。

『この件では協力は惜しまぬぞ』

『早う助けねばならんしの』

そのため、最強が共に協力してくれるというのはありがたかった。

なので。

『この傷跡の拡張と固定をお願いします。どのくらいまで広げられますかね?』

『おそらくギリギリ二人が入れる程度じゃろうの』

『なら、それでー』と天狼は満足げに肯く。

さらに自分が入ったらすぐに始めてほしいとお願いしてくる。

『始めるのはよいが固定までとなると我らが二人でやっても時間がかかるぞ。もしや一人で行くつもりか?』

『先行したマンテんと合流しますよ』

さらに『即行で逃げます』と、天狼は胸を張る。

『じゃが、最悪『卵』の中身と戦闘になる可能性もあるのじゃぞ?』

『融合進化は我らにとっても未知。戦力は多いほうがよかろう?』

アンスラックスの言葉に対し、天狼はんーと考え込むようなそぶりを見せる。

『どうしたのじゃテンロウ』

『私も見たことはありませんがー、融合進化の先例の話は聞いた気がします』

だいぶ昔の話ですが、と天狼は驚くような告白をしてきた。

現在の段階では融合進化の先例は存在しない。

少なくとも『天使の卵』以外の例は一つもないはずだった。

だから聞いた気がするという告白はおかしいのだ。

『何故だ?』

『ISの融合進化と考えると先例はありませんが、人が器物と化すという話で考えれば』

『そうか、『機神転生』じゃな?』

シロの言葉でアンスラックスも納得したように肯いた。

物に魂が宿るように、人が器物と化すということもあると天狼は語る。

それを天狼たちは『機神転生』と呼んでいた。

『そもそも人柱などは器物に人を融合させると言ってもいいでしょう』

『実際、それで器物に転生した人も存在するな……』

『融合進化とは要は器物が人を取り込むことで起こる進化です。人が私たちを取り込む機獣同化の逆ですね』

そして、その点と『天使の卵』の個性が『破滅志向』であることを考えれば、その行動原理も見えてくる。

『ふむ。転生した者はたいていが怨念と化していたからな』

『どんなに覚悟しても死は怖いものじゃ。当然じゃろう』

『だからとにかく逃げます。戦うとしても相手の情報が少なすぎますから』

今の段階でまともに戦える相手ではないということだ。

それを理解しているので天狼は無理はしない。

そもそも無理に頑張るような性格ではない。

『ならば頼むぞ』

『入り口はちゃんと作っておくゆえ、案ずるでない』

そんな二機に見送られながら天狼は中へと侵入する。

ただ、その前に中に入り込んだ機体が存在することを、そこにいた三機は気づいていなかった。

 

 

ドヤ顔でその場に浮かぶ鈴音に、タテナシは本当に驚いた様子で尋ねかける。

『君は一体何者だい?ファンリンイン』

「名前で呼ばれても嬉しくないわね」

『ごまかさないでほしいな。君にはマオリンがいる。その状態でディアマンテに乗り換えるなど不可能なはずだ』

「裏技よ」

裏技と言われ、タテナシは首を傾げた。

不可能だと言った通り、通常パートナーがいる操縦者が別のASや使徒に乗り換えることなど不可能である。

人間としてのパーソナル・データが違うのだから。

わかりやすく考えるならセシリアが猫鈴を身に纏うのは不可能なのだ。

胸のサイズが全然違うので、セシリアの見事な胸部が潰れてしまうのである。

逆に鈴音がブルー・フェザーを纏っても胸がぶっかぶかになるだけだ。

「せめて別の例えしなさいよっ!」

『だが事実だよ』

『さすがに見事な話術ですね……』

相手を煽ることにかけてはヴェノムと同等レベルで達者なタテナシである。

一旦深呼吸して落ち着いた鈴音は改めて説明する。

「今言ったことに答えがあるんだけどね」

『何だい?』

「あの子、私の量子データで身体作っちゃったのよ」

あの子とはすなわちティンクルのことだ。

彼女の外見は、鈴音の量子データをコピーしたということになっている。

つまり、ティンクルのパーソナル・データは鈴音とほぼ同一なのだ。

「そしてディアの認識を少しだけズラさせてもらったの」

『そういうことか。つまりディアマンテは君を本来のパートナーだと誤認してるんだね』

納得したように肯いたタテナシから視線を外すことなく、鈴音はディアマンテに頭の中で指示を出す。

(逃げるわよ)

『ふむ。妥当な判断です。私も推奨いたします』

いきなりそう選択するとはずいぶんと弱腰に感じるが、この場で出す判断としては最も妥当なものだった。

実力的に、タテナシと一騎打ちするのは今の鈴音のレベルでは難しいのだ。

とにかく出口を探して逃げることが一番いい。

ゆえに。

(こっちに合わせて。逃げるってのは本気だから)

『今はあなたに粛々と従いましょう』

そう指示した鈴音はその手に光の手刀を発現する。

 

『行くわよタテナシッ!』

 

そう叫んで敢えてタテナシに向かって突撃する鈴音だった。

 

 

 

 

 


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