ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第202話「脱出」

ディアマンテの個性は『従順』であるとは、これまでに幾度となく語っている。

ゆえに、自分に対して的確な指示をする者がいるときにこそ、本領を発揮できる。

要は名サポーターなのである。

「ロックッ!」

『承りました』

鈴音の叫びに対し、戸惑うこともなくディアマンテはそう答え、銀の鐘を撃ち放つ。

驚くことに、先ほどは外してしまっていたにもかかわらず、いまだに浮遊する明鏡止水を一発漏らさずに撃ち落とした。

『なるほど、パートナーが認識するほうが狙いを定めやすいんだね?』

『何か問題が?』

そう答えるディアマンテの態度はさも当然と言いたげだった。

パートナーが鈴音であっても、ディアマンテのサポート能力は変わらないということなのだろう。

「せえりゃぁぁぁッ!」

直後、鈴音は手刀を振るい、タテナシに斬りかかる。

『フッ!』と、珍しく気合の籠った声を漏らしながら、タテナシは液体でできた小太刀『落花流水』を手に応戦する。

しかし。

『何ッ?』

鈴音は光の手刀を合わせると、猫鈴を纏っていた時に使っていた棍を発現して無数の刺突を繰り出す。

その動きを直接見たわけではないが、敵である以上、その情報は重要だとタテナシは識っている。

鈴音はさらに頭上で棍を回すと体重を乗せて上段から叩き潰すかの如く振り下ろしてきた。

だが、タテナシは両手の小太刀で棍を捌きつつ、柳のように緩やかな動きで避けてみせる。

もっとも、対処はできても鈴音とディアマンテの戦闘には驚かされている。

『斉天大聖の棍術とはね。マオリンに怒られたんじゃないのかい?』

「インストールしたことに対してはこってり絞られたわよ。マオったら怒ると容赦ないんだもん」

『でも使うんだね』

「もう二度とインストールはしないわ。マオと約束したし。でもね……」

『でも?』

「間違ってても命を懸けたのよ。あっさり忘れちゃ意味がないわ」

つまり、鈴音はインストールした際の身体の動きを自分の頭に叩き込んでいたのである。

要は学び取ったということだ。

間違いだったとしても命を懸けたことを無駄にしないために。

『君は不可解だけど面白いね』

「アンタにそう言われると、ゾッとするわね」

鈴音の感想は至極当然のものだ。

タテナシに面白いといわれるということは、今後命を狙われる可能性があるということなのだから。

しかし、タテナシは鈴音のことを面白いと考えていると同時に異常だとも考えていた。

何故なら、鈴音が今纏っているのは猫鈴ではなくディアマンテなのだ。

『ファンリンイン、君はディアマンテを『使える』んだね。戸惑ったりはしないのかい?』

「そんなもん、女の勘で何とかするわよ」

『断言するとは思わなかったよ』

勘だけで別の機体を乗りこなせるとなれば、それは天才どころの話じゃない。

一種の化け物と言っても過言ではないだろう。

おそらく一夏や諒兵、そして丈太郎でも無理な話だ。

「ていうか、使うんじゃなくて、ディアがどう考えて動いてるのか想像しながら合わせてるだけよ」

『それこそ、一級品のタレントだよ?』

ここで言うタレントとは『才能』という意味だ。

タテナシをしてそう言わしめるほど、ディアマンテを纏ってすぐに使いこなす鈴音はおかしいのである。

だが、何と言われようが、この場を切り抜けるためにはあらゆるものを使いこなすしかないのだ。

(ディア、サーチして。必ず何処かにデータの残骸が漂ってた場所へのアクセスポイントがあるはずよ)

『良いでしょう。承りました』

(出来ないとか不可能だとか考えちゃダメよ)

『なるほど。この場においては重要な思考でしょう』

鈴音の指示に従い、ディアマンテはタテナシに気付かれないように気を付けつつ、周囲のサーチを始める。

鈴音が『逃げる』とディアマンテに話したのは嘘でも何でもない。

それがこの場でのベストな選択だと考えているからだ。

だが、逃げるのが最善の一手である以上、そのことをタテナシに悟られるわけにはいかないから、果敢に攻めているのである。

本気で倒そうという気迫をもって。

「ディアッ、三十発ッ!」

『了承いたしました。『銀の鐘』起動いたします』

鈴音の叫びに呼応するように翼を広げたディアマンテは、そこから無数の砲弾を撃ち放つ。

認識対象は一機、つまりタテナシのみだ。

『僕一人にずいぶんと大盤振る舞いだね』

そう言って明鏡止水を撃ち放とうとするタテナシだが、すぐに棍を受け止めた。

「三十一対一よッ、恨まないでよねッ!」

『それは無理というものじゃないのかい?』

鈴音はタテナシに襲いかかる砲弾の間を縫うようにして攻め込んだ。。

さらに、棍を手刀に戻すと連撃を繰り出す。

タテナシに『銀の鐘』に対応させないためだ。

さすがに経験値が違うのか、それでも一発ずつ落としていくタテナシだったが、砲弾がその身を掠めると舌打ちする。

『自分に当たる可能性もあるだろうに、君は変わってるね』

『私の友だちはこれ以上の攻撃の中に飛び込んでくるのよッ、負けてらんないわッ!』

『なるほどね。ブルー・フェザーとそのパートナーの戦闘方法か』

かつてセシリアがビット兵器を用いて行った近距離砲撃。

あの時の戦いを鈴音なりに再現した攻撃なのである。

そんな必死の戦いを繰り広げる鈴音の頭に、ディアマンテの声が響く。

『リン、残念な報告があります』

(なにっ?)

『アクセスポイントは入ってきた渦以外に存在しません』

そう言って見せてきた映像は、鈴音が飛び込んできた黒い渦。

そこが唯一のアクセスポイントだという。

あの流れに逆行するしかないのかと考えた鈴音だが、改めて見せられた黒い渦の映像を見て何かがおかしいと感じ取る。

(ディアっ、渦に向かってバレットブーストっ!)

『ですがッ!』

(いいから私が示す座標に全力で突っ込んでッ、座標間違えないでよッ!)

此処は鈴音の言葉を信じるしかないと判断したのか、ディアマンテは今は鈴音の頭上にある天使の輪を光らせる。

『何ッ?』

タテナシが驚くのも無理はないだろう。

この状況で渦に向かって突っ込むのは自殺行為だ。

普通に考えれば渦の流れに巻き込まれて再びこの場に叩き落されるだけだ。

普通に考えれば。

『其処まで気づくのかファンリンインッ!』

声を荒げるタテナシなどめったに見られるものではないだろうと思いつつも、鈴音とディアマンテは渦の中心に突っ込んでいく。

其処は外側の渦の流れが折り返されるように内側に向かっていた。

「ビンゴッ!」

その流れを捕まえた鈴音とディアマンテは渦に吸い込まれていった。

 

渦の中心を進む鈴音を、ディアマンテが問いただす。

『ほとんど抵抗がありません。まさかここが出口なのでしょうか?』

「出口ってより抜け穴ね。さっき渦の映像見せてもらったとき、おかしいと思ったのよ」

『何をでしょうか?』

最初、鈴音が飛び込むときに見た渦は周囲から中心に向かって流れるという構造をしていた。

鳴門の渦潮を想像してもらえばわかりやすいだろう。

その流れに乗ることで、あの場所へと入ることができた。

『私も吸い込まれたのですから、その構造だと考えて問題はないでしょう』

「残骸を飲み込んでたのも見た?」

『はい』

「じゃあ、あの場所に残骸があるのを見た?」

質問の意味が理解できないディアマンテだが、素直に自分が見てきた映像データを再生する。

あの場所にあったのはISコアを捕らえている檻とタテナシ、そして鈴音。

『おや?』と、思わず疑問の声を上げてしまう。

「なかったでしょ?」

『確かに残骸は存在しませんでした』

「あの渦は、渦じゃなかったのよ」

『それではいったい……』

「アレは、残骸を『対流』させる流れだったんじゃないかな?」

対流とは、わかりやすいのはガスコンロを用いてお鍋でお湯を沸かすことになるだろうか。

火に近い部分の熱せられた水は上に向かって上昇するが、反面まだ冷えている周囲の水は下に流れる。

いわゆる熱対流だ。

「もし、あの場所がデータを飲み込んで奥に捨てるものだったなら、あの場所には残骸の山があるはずよ。でも、何も無かった」

『そうですね。そういったものはありませんでした』

「んで、あの渦がデータを完全に破壊するものなら、飛び込んだ私はもっとダメージ受けてたわ」

『常識的に考えると飛び込むこと自体あり得ませんが』

「そこ突っ込まないで」

囚われたISコアが見つかったのだから、自分の行動を非常識というのは少しばかり違うはずだ、と鈴音は訴えたい。

「ていうか、私データの残骸がある場所でかなり古いデータも見つけてるのよ。普通に考えれば古いデータから破棄されていくでしょ?」

『日付等を参照して古いデータから破棄するという手法はよく使われものですね』

納得したようにディアマンテが答えると、鈴音は肯く。

「アレは見た目が渦になってるからわからなかったけど、奥を下だと仮定するなら外側が下降して内側が上昇してるという形は一般的な熱対流の流れだわ」

『つまり、あの渦は流れ着いたデータの残骸を再び廃棄場に戻す流れであったということでしょうか?』

「たぶんね。あの子たちが捕まってた場所は吹き溜まりか何かだと思うけど、詳しくはわかんないわね」

何分、見たものすべてが初めての世界なので、鈴音にはわからない。

天狼当たりなら知ってる可能性あると思うのだが。

「気が向いたら聞いてみるわ」

『そうしてください。そろそろ先ほどまでの廃棄場が見えてくるようです……リンッ!』

いきなり最後に叫んできたディアマンテの真意を、鈴音は即座に理解した。

「応戦してッ、何とか狙ってみるッ!」

『はいッ!』

背後から液体でできた無数の砲弾が迫ってきていた。

タテナシの持つ『雨水巌穿』だ。

ディアマンテはすぐにエネルギー砲弾を放ち、墜としていく。

「追ってきたッ?」

『君をマオリンの元に帰してはいけないと思ってね』

「しつっこいわねっ!」

『ストーカーだと言われたこともあるよ』

楽しそうな雰囲気で物騒なことを言ってくるタテナシに呆れてしまう。

だが、以前は刀奈に付きまとっていた時期があったのだ。

確かにストーカーだった。

「私はマオのトコに帰るのよっ、約束したんだからっ!」

『それは困るんだ。君を殺しにくくなる』

確かに鈴音の本来のパートナーである猫鈴の元に戻れれば、そう簡単には殺されないだろう。

しかし、タテナシの言葉には猫鈴自身を強く警戒している様子が見て取れる。

「そんなにマオが怖いわけッ?」

『彼女は天界の暴れん坊の相棒だったんだよ。ああ見えてかなりの武闘派なのさ』

『勇敢』を個性基盤とする猫鈴はかつては如意金箍棒だったと自ら明かしている。

鈴音が斉天大聖の戦闘方法をインストールしたのもそれが発想のきっかけだ。

確かに伝承や創作に語られる斉天大聖は、三蔵法師に出会うまでは様々な騒ぎを起こしたことでも知られている。

そう考えると武闘派という表現には納得させられてしまう。

『もし独立進化していたなら、アシュラと互角に戦える最強の使徒になっていただろうね』

「マジ?」

『わりとマジと言ってよいでしょう』

ディアマンテまで肯定してくるので、鈴音は自分の大事なパートナーがわりとどころか相当に恐ろしい存在なのだと理解した。

『順位をつけるつもりはありませんが、リンの友人たちの中でマオリンと互角に戦えるのはオーステルンくらいです』

「武器だっていうならフェザーもそうじゃない。あの子、聖剣よ?」

『だが、神が使った武器は、君の友人たちの中ではその二人しかいないね』

タテナシの言葉で鈴音にも理解できた。

斉天大聖は東洋で信仰される神仏だ。

そして、かつてミョルニルであったというオーステルン、彼女を使っていたのは北欧神話に出てくる『雷神』トールと伝えられている。

人であった英雄が使う武器に対し、神が使う武器はまた異なるのだろう。

『だから僕のような平凡な武器が警戒するのもわかるだろう?』

楽しそうにそう言いながら、タテナシは鈴音とディアマンテの周囲に明鏡止水をバラ撒いた。

「くぅッ!」

触れれば爆発する浮遊機雷を、鈴音は必死になって避けながら飛び続ける。

性格の悪さに関してはタテナシは最強と言っていいんじゃないかと鈴音は思う。

『リンッ、このままではッ!』

「とにかく渦から出ないとまともに応戦できないわっ!」

ダメージを食らいながらの逃走ははっきりいって悪手だが、ここで戦うと弾き飛ばされて、周囲の渦の流れに巻き込まれる可能性がある。

そうすれば逆戻りだ。

それでは同じことの繰り返しで、先にこっちが疲弊してしまう。

だが、タテナシは鈴音とディアマンテを渦の流れに巻き込ませることができたなら、自分も巻き込まれることにためらいはないだろう。

この場での戦いには鈴音とディアマンテにとって制限が多すぎるのだ。

「だからとにかく逃げるっ!」

『はいっ!』

『そうはいかないさ』

そう楽しげにタテナシが声をかけてくるが、ガン無視して前を見ると、鈴音とディアマンテの前方に撒かれた明鏡止水がいきなりぶつかり合う。

「しまったっ!」

爆風で押し戻されそうになる一人と一機は思わず舌打ちした。

周囲の渦の流れを警戒しすぎて、正面から押し戻す可能性を失念していた。

しかも浮遊機雷はまだ山ほどある。

連鎖反応で次々と爆発し始めており、前方が見えなくなり始めていた。

「ホント性格悪いわねッ!」

『照れてしまうね』

「根性曲がりすぎよアンタっ!」

そう毒づきながら何とか先へ行こうと必死に手を伸ばす鈴音。

そんな鈴音の手に、爆炎を突き抜けて現れた白い糸が絡みつく。

「へっ?」

『はっ?』

そして、一気に上へと引っ張り上げられた。

 

『フィーッシュッ♪』

 

と、楽しそうな声を上げたのは、ティナと一緒にいるときの姿のまま、クロトの糸車を発現しているヴェノム。

黒い渦の上で、まるで釣りでも楽しんでいたかのようだ。

そして。

『しまったッ、君かッ!』

鈴音とディアマンテを追って爆炎を突き抜けてきたタテナシはその姿を見るなり驚愕していた。

ゾッと鈴音の背筋が凍る。

いつもとはだいぶ違うアルカイック・スマイルを浮かべ、左足のみ座禅を組み、本当に毘盧遮那仏像、つまり奈良の大仏様のようなポーズをしている天狼。

その背後から光が放たれている。

『施無畏』

静かに呟かれた一言。

だが、その攻撃は凄まじいなどというレベルではなかった。

背後からの光、すなわち後光は広範囲ではなく全範囲を光で塗り潰すという強力な攻撃を放ったのである。

猫鈴の龍砲の面の制圧よりもはるかに広いのではないかと鈴音は戦慄してしまう。

そして僅か一瞬ののち、タテナシは全身がズタズタになってしまっていた。

『三度まであと一回ですねー、四度目はありませんよ?』

『化け物め……』

『失礼ですねー』

ポーズを崩さない天狼を警戒したのか、タテナシはダメージを修復することすらせずに去って行った。

そうして、タテナシの気配が完全に消えたと感じたのか、天狼はいつものポーズに戻る。

「あ、ありがとう天狼。ヴェノムまで来てくれたのね、ホントに助かったわ」

『ノムさんとは途中で会ったんですよー』

『オレはただの暇潰しだ。ま、おもしれーもん見せてもらったけどな』

楽しそうにそう言いつつも、視線はディアマンテを纏った鈴音から外していなかった。

その視線に気づいたのか、ディアマンテはすぐに鈴音から外れる。

『タテナシ相手では共闘以外の選択肢はあり得ませんでしたので』

『アホ猫に飼い主が浮気してたって伝えとくぜ♪』

「待って、マジで待って」

先ほどの猫鈴の話を思い返すと、本当に凄いことになりそうなので鈴音は必死である。

『マオリンには許可を得ています』

『けっけっけー♪』

冷静に答えるディアマンテに対し、ヴェノムは本当に楽しそうに笑っていた。

そんな様子を見て、天狼はにこにこと笑う。

『では戻りましょうかー、お説教は戻ってからですよー』

「あうぅ……」

鈴音としては頑張ったつもりではあるのだが、無茶をした自覚もあるので反論はできない。

だが。

 

『良く見つけてくださいました。本当にありがとうございます、リン』

 

落ち込む鈴音を慰めてくれているのか、天狼は優しげに微笑んでいた。

 

 

 

 

 


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