ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第203話「進化のカタチ」

印刷された紙の束を一枚一枚じっくりと読んでいく。

まるで一文字ですら漏らさず記憶するかのように。

「資源の無駄遣いじゃないのかしら?」

「時間をかけて読み込むなら紙のほうがいいのでな。それに最初の整備内容だ。すべて頭に叩き込んでいかねばならん」

かけられた言葉に対し、デイライトはそう答える。

これまでとはまったく違う進化の概要に、デイライトは薄い笑いを浮かべた。

声をかけてきたスコールは少しばかり呆れたような顔を見せていた。

「これからしばらくは整備し続けることになるのでしょう?」

「無論だ。今回は日本の操縦者だけだが、各国の操縦者もすべて整備し、確認していく。どうやら我々が想像していたより面白い進化をしているぞ」

『そうなのですか?』と、その場に控えていたフェレスが尋ねかけた。

「うむ。まずあの鎧の形状だが、あれはベースだ」

「ベース?」

「本来の進化であれば、あそこから獣性を取り込んで装飾や意匠が変わる。だが、権利団体のAS操縦者の鎧はその獣性を取り込んでいないのだ」

独立進化にしても、共生進化にしても、その鎧は何らかの生物をモチーフにデザインが変わっていく。

進化にかかわった人間の獣性を取り込むことで。

「だが、これは少し違うことがわかってきた」

『えっ?』と山羊をモチーフにした鎧を纏うASであるフェレスが首を傾げる。

「それまでにそのISコアに触れた者、まあ近くにいるくらいでもいいのだが、それまでに感じた人の心の獣性が現れるらしい」

つまり、進化にかかわった人間だけの話ではないということだ。

ISコアができて十年余り。

その間にISコアを取り扱ったものはごまんといるだろう。

そんな彼らもまた、それぞれに獣性を持つ。

「サフィルスやオニキス、いまはヴェノムだったか。独立進化をしたあの者たちは、それまでにかかわったものの獣性を取り込んであの姿になったと考えられる」

特にサフィルスは雀蜂をモチーフとしている。

セシリアの性格から考えると雀蜂は考えにくい。

「むしろ、サフィルスの意匠は以前の操縦者であるエム、日野まどかのほうが近いだろう」

「あの子のASは確か蛇をモチーフにしてなかった?」

『獣性は一つだけとは限らないのよん』

と、面白い話をしていると考えたのか、スマラカタが声をかけてきた。

ウパラも一緒にいる。

「うむ。一人につき一つと決まっているわけではない。日野まどかはエムと呼ばれる時代は冷徹な少年兵、しかし今は日野諒兵に執着する少女だ。そのときにもっとも強い獣性が現れると考えるほうが自然なのだろう」

「なるほど……」

『加えて言うとお、私の鎧がトカゲなのはアンタの影響なのよん』

「嬉しくないわね……」

変なところでゴールデン・ドーンとのつながりがあったとはいえ、本当に嬉しくないスコールである。

「話を戻すぞ。権利団体の者たちの進化はベースとなる鎧を纏っているだけで、獣性が現れない。ここまではいいな?」

デイライトが確認するようにそう述べると、その場にいた一同は肯いた。

「つまり、あれはこれまでの常識から考えると、共生進化ではないということが言えるわけだ」

「そうでしょうね」

「だが、連中の頭上にはエンジェル・ハイロゥが発現し、さらに飛行も可能となっている。プラズマエネルギーで武器を作ることも可能だ」

『ビャッコやレオみたいね……』

「いいところに気付いたな」

ウパラの呟きを聞いたデイライトはニヤリと笑う。

どうやらウパラは重要なポイントを言い当てたらしい。

「おそらくISの世代に関係なく、あの進化は基礎的な進化しかできないのだ。そうだな、便宜上、第2世代進化と名づけよう」

白虎とレオはもともと第2世代の打鉄なのだが、そういう意味ではなく初代ASである天狼を第1世代。

それを受けて、ISから初めて共生進化した白虎とレオ、他にヨルムンガンドやフェレスが第2世代。

「そして搭載された兵器や武装ごと進化したものを第3世代とする」

『なるほど。テンロウは別として、搭載武装を持たない進化を第2世代、持っている進化を第3世代ということにしたのですね』

この分類でいうと、本来は第1世代の暮桜は、武装である雪片ごと進化したため第3世代の進化をしていることになるとデイライトは説明する。

「そして、連中の進化は第2世代、あの時我々が提供した兵器を持っていたにもかかわらず、進化に巻き込んでいなかった」

「そう言えばそうね……」

『戦闘も力任せの暴力だった。武器を捨てたんじゃなくて搭載できなかったからなのね……』

と、スコールやウパラも納得した顔を見せる。

「そうだ。あれはあくまでISコアの持つ力を人間が利用しているだけだ」

『つまり、力のみを抽出したってことお?』と、スマラカタ。

「それが一番可能性が高いだろう。ISコアが死んでしまっていては力も消えてしまう。ゆえに生かしたまま、頭上の天使の輪、つまりエンジェル・ハイロゥだけを抜き取っているのだ」

だからこそ獣性が現れない。

ISコアの心が人の心と共感したわけではないからだ。

「フェレスと私の関係も近いところがある。本体は私と共生しているが、フェレスの活動のベースとなっているのはアバターだからな」

フェレス本体、正確に言えばフェレスの心はデイライトこと篝火ヒカルノと共にある。

その点では他のASと変わらない。

ただ、その状態で動かせるアバターを制作したフェレスは、日々の活動においてはアバターで活動している。

一見すると、アバターにフェレスの心があるように見えるが、フェレスの心はデイライトと共にあり、アバターは通信で動かしているにすぎないのだ。

『確かにおっしゃる通りです、ヒカルノ博士』

「そうか。あの進化は捕まえたISコアを利用してアバターを作り、それを装着しているということなのね?」

「おそらくな。だから心が要らなかったのだ」

つまり、ISコアに無理やり作らせたアバターを人間が動かしているというのが、あの進化だとデイライトは解説する。

だから武装を搭載することができず、また、鎧に獣性が現れないのだ、と。

そのため大きなデメリットが存在するという。

『デメリットお?』

「連中は単一仕様能力の発動はできん」

と、デイライトは断言した。

ASや使徒の単一使用能力の発動にはISコアの心が不可欠となる。

ASであれば、人間側の心も必要となる。

封じているのか、何処かに閉じ込めているのかはデイライトたちにはわからないが、ISコアの心がない状態では発動は不可能なのだ。

『仏作って魂入れずってところね』と、ウパラは苦笑した。

武装を搭載していない第2世代進化において、単一仕様能力を使うことができないということは最大最強の攻撃ができないということなのだから、ウパラの言葉は的を射ていると言えるだろう。

ただ、デイライトは別の感想も持ったらしい。

『この進化に意味があるとおっしゃるのですか?』

「うむ。ISコアと交渉して同じように装着するアバターの制作ができるなら、ISコアにとっても人間にとっても選択肢が増えるぞ」

「選択肢?」

「少ない可能性に賭けて共生進化するのではなく、自分に合った相手を見つけるために『試す』ことができるようになる」

「なるほどね。それは確かに重要な意味があるわ」

つまり、いきなり共生進化するのではなく、相手を見定めるためにお互いを理解する期間を作ることができるということだ。

今後、ISコアと人間が共存するようになっていくことは免れない。

人間は物言わぬ隣人の存在を知り、ISコアは人と会話することでさらなる進化ができるようになった。

お互いに利点がある以上、どちらかが消え去るようなことになるべきではない。

だが、独立進化にしろ、共生進化にしろ、いきなりそこを目指すと成功の可能性は非常に低くなる。

「はっきりいって織斑一夏と白虎や、日野諒兵とレオは特例だ。神がかり的な偶然の産物で生まれたと言っていい」

そんな偶然を何度も起こせるはずがない。

ならば、お互いを知ることこそ重要になってくる。

『なるほどねえん、そのためにIS側がアバターを作って人を乗せてみて、相性ばっちりなら共生しちゃえばいいし、無理なら他の人を探せばいいものねえん」

さらに言えば、独立進化したいなら、はっきりそう明言して探せばどこかに協力する人間はいるかもしれないのだ。

重要な点は、それができるという状況を作り出すことにある。

「今のISたちは進化に拘りすぎているのだ。そうではなく相手を試してみて判断してからでも遅くはない」

「逆に人間側も気の合うISかどうかを判断することができるようになるわね」

何が何でも進化しようとすることが、先日の悲劇につながってしまった。

もし、ゆっくりと試すことができていたなら避けられた可能性もある。

人間とISが互いの進化のために協力できるような関係になっていくことが今後の世界においては最も大事なことだと言ってもいいだろう。

「そうなるとISコアにもいろいろと権利が必要になるわね」

と、スコールは苦笑いしながらぽつりと漏らす。

だが、デイライトはそこに食いついた。

『ISコアに『人権』があることを認めるとおっしゃるのですか?』

さすがにフェレスが唖然とした様子でデイライトを見つめてくる。

しかし、さも当然と言いたげにデイライトは説明してきた。

「今後は重要になると私は考えているぞ。ここにいる者ならフェレス、お前やスマラカタ、ウパラ、ツクヨミにも守られるべき『人権』は必要となるはずだ」

「とんでもないことを言い出すのね……」

「この程度は私以外にも考えている者はいると思う。まあ、亡国機業に所属している私が言うのもなんだが、こうして会話できる相手に『人権』を認めなければ、別の軋轢を生むことになるぞ」

そもそも戦闘力では人間に大きく勝るISだ。

その気になれば、世界を征服することなど容易い。

だが、そうしないのはISコアたちは無意識に人の権利を認めているからだ。

それに対して、物であった自分たちの権利を主張しているだけなのだ。

「相手が認めているのに、我々が認めないのはおかしい。私はそう思うのだが?」

「以前なら一笑に付しただろうけど、今ならあなたの考えも理解できるわ」

だからこそ、権利団体のASを『分離』させることは重要になる。

対等な状態に戻さなければ、対話することもできないのだから。

そんな会話を続けながら、極東支部は権利団体のASの整備結果について検討し続けていた。

 

 

鈴音が眠りについて48時間が経過したころ。

IS学園では。

「拡張と固定は完全にできたみたいだね」

「あぁ。すぐにゃぁ解放できねぇが、あのISたちに接触を続けることも大事だかんな」

猫鈴の元に戻ってきた鈴音から貰ったデータを丈太郎と束が調べていた。

無論、同時に鈴音を治療する本音のサポートも行っている。

このくらいのことは朝飯前だった。

『アンアンとしろにーも行ってくださるそうですよー、リンが移動経路を確立してくれたので楽になりました♪』

と、戻ってきた天狼がお茶を啜りながらにこにこと笑っている。

あくまでホログラフィであって、実際にお茶を入れたわけではない。

それはともかく。

「タテナシゃぁあっち側か。厄介なことになっちまったな」

「そこまでされるなら私も保護できないよ」

と、束はため息を吐いた。

ISコアにも様々な個性があるとはいえ、束は基本的には全員が自分の子どもだと感じている。

なので、あのような行為に手を貸すのであれば許すことはできない。

タテナシに関しては破壊することも視野に入れなければならないと考えていた。

「鈴の治療が終わり次第、俺ぁ極東支部探しに集中すんぞ」

「あの進化もどきの解析とあの子たちのケアは私がやる。手出しはいらない」

天才博士二人が真剣な眼差しでそう語ると空気までがピリピリしてくるが、そんな空気をあっさり破壊する者がいた。

『チフユのフォローはー?』

「それが一番頭痛ぇんだよなぁ……」

「うにゃー……」

ヴィヴィの言葉にいきなり机に突っ伏してしまう天災と博士であったりする。

如何せん、政治方面の問題は天才的な頭脳をもってしても、簡単には解決できないのだ。

「あんたさー、各国首脳部につなぎ持ってんでしょ」

「少しゃぁな」

「動かしてよ」

「無茶言ぅんじゃねぇ、阿呆」

丈太郎は各国の軍にIS開発でかなり協力してきている。

その点で見ると各国首脳部の受けは良いほうだ。

束は気が向いたときにしか手を出さなかったので、正直に言えば政治団体の受けはかなり悪い。

『ジョウタロウは大統領や首相とか男性議員の受けはいいんですけどー』

『女受け悪いー?』

『如何せんズボラですからねー♪』

「誤解させるよぅな言ぃ方するんじゃねぇ」

言い方はともかく、丈太郎は一部の女性政治家や女性権利団体の受けはあまりよくなかった。

「何で?」

「けっこう馬鹿にされてきたかんなぁ」

ISが女性しか乗れなくなってしまったことで、女尊男卑の風潮が生まれた。

その点に関しては丈太郎も例外ではない。

後天的にとはいえ天才的な頭脳を持つのだが、どんなに優秀でも「男だから」という理由で丈太郎の言葉は軽く見られることが多かったのだ。

「昔ゃぁ兵器に対するアドバイスだって聞いちゃもらえねぇことも多かったぜ」

「う~ん、その点はシロや私に責任あるかー……」

「それに、ディアマンテの件から俺にも新規のIS開発依頼が山ほど来たが、全部断っちまったかんな」

権利団体からは特に多かったのだがすべて断っている。

この戦争が落ち着くまではダメだと言い続けてきたために、権利団体も丈太郎のことを疎んじていた。

「織斑ほどじゃぁねぇんだろぅがよ」

「ちーちゃん、ずっと矢面に立ってくれてたしなあ。助けてあげたいんだけど……」

『まあ、私がやってきたことが実を結べば、そこから権利団体を突き崩すことはできるでしょう』

「天狼、何かやってきたの?」

『丈太郎の代わりに各国首脳部といろいろ話し合ってきたんですよー』

『何をー?』

「五年くれぇ前から下準備してきててな」

どうやら天狼が勝手にやっていたことではなく、丈太郎の考えもあって実行していたらしい。

まだ明かせる段階ではないと言うものの、束の頭脳に閃くものがあった。

「ああ、そういうこと。面白いじゃん♪」

「そのためにゃぁ、権利団体の動きを制限してかねぇとなんねぇ。天狼、鈴の治療が終わったらおめぇも忙しくなんぞ」

『仕方ありませんねー、伴侶が怠け者だと苦労しますよー、ホント』

「誰が伴侶だ、誰が」

言葉のわりには楽しそうな天狼に丈太郎が突っ込むと、束とヴィヴィはおかしそうに笑っていた。

 

 

そして。

アメリカ合衆国メリーランド州にあるアンドルーズ空軍基地にて。

「ナタル」

「負ける気はないわ。そうでしょう、イヴ?」

『私とねーちゃが一緒なら絶対負けないのっ!』

ナターシャが何者かと対峙するような形でイーリス、そしてイヴと話していた。

眼前にいるのは、自信に満ち溢れた笑みを浮かべる何人かの女性軍人たち。

そのうちの一人がナターシャに声をかけてくる。

「墜とされれば負けを認めるのね?」

「空を翔ける者である以上、墜ちれば負けでしょう。認めないわけにはいかないわ」

戦い、というより試合を始めるような様子だが、雰囲気は恐ろしく剣呑なものとなっている。

真剣勝負どころか、本気の殺し合いでも始めそうな雰囲気だった。

 

少しの間とはいえ、一人でアメリカ防衛を担ってきたことは認めてあげてるのにねえ

だけど、私たちに協力しないというのは、傲慢が過ぎる

先に進化できていい気になってんじゃない?

たまたまでしょうに、過信しすぎているんですよ

 

ナターシャと対峙する様子の女性軍人以外は、呆れたというかどこか嘲っている様子でナターシャたちを眺めながらそんな話をしていた。

「あなたたちだって本気で国土防衛を務めるのでしょうけど、さすがに命を懸けてきた仲間たちに「どけ」なんて言うのは申し訳ないと思わないの?」

「大した力もない男性たちが無理をしてきたから、代わってあげようというのよ?」

確かに、大した力はなかっただろう。

だが、ISとの戦争で前線に立ってきた仲間たちは、男性も女性も必死に戦ってきた。

知恵と勇気をふり絞って。

「力で戦ってきたわけじゃないわ」

「力がなければ戦えないでしょうに」

おそらく、言葉では理解してもらえないだろうとナターシャは落胆する。

ナターシャとイヴは実戦回数は少ないがその分訓練に時間を費やしてきた。

空を飛ぶこと自体が好きなナターシャにとって、それは大事な時間であったのだが、実は内心忌避していたこともある。

イヴを実戦に巻き込みたくないということだ。

同じISとの戦いなら、主張の違いも理解してくれているので仕方ないとは思うのだが、相手が彼の女性たちとなると話は違う。

できれば、イヴに人間の醜さを見せたくないと思っているのだ。

『ねーちゃ、私は大丈夫なの。ねーちゃと一緒に飛びたいの』

(イヴ……)

だから、そう言ってくれることは本当に嬉しい。

ゆえに眼前の『敵』を見据えて決意する。

「負けないわ」

「ナタル、気負いすぎるなよ」

「そうね」と、そう答えたナターシャはゆっくりと深呼吸して。

 

「行きましょうッ、イヴッ!」

『わかったのっ!』

 

己のプライドを懸けた戦いのために、ナターシャはイヴと共に空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 


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