ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第204話「雄叫び」

正直、その動きは驚くほど速かったとイーリスは思った。

圧力がかかってくる可能性があるという話を昨日したばかりだからだ。

まさか翌日に動いてくるとは想像していなかったというのが本音である。

権利団体に対する今後の対応を考えるため、ナターシャと共に大統領と打ち合わせをしていた時のことだった。

「国土防衛を行うというのかね?」

大統領がそう尋ねると、いきなり訪ねてきたアメリカの女性権利団体の代表を名乗る女性は鷹揚に肯く。

「これまでの戦果を見ても、現在の軍の力では防衛は難しいでしょう。我々が代わります」

「戦力差を考えれば、十分以上に防衛してきたのだ。代わるというのはありがたいが、まずは君たちにも防衛に加わってもらうほうがありがたいのだが」

今後、本当に防衛するつもりであるとするならば、まずはこれまで前線で戦ってきた者たちから情報を引き継ぐのが普通である。

未知の敵である覚醒ISとの戦闘を繰り返し、生き延びてきた戦術は決して馬鹿にできるものではない。

IS学園の遊撃部隊、つまり使徒たちと互角に戦える力を持つ者たちの存在は確かに重要だった。

だが、現地の民間人の安全を守ってきたのは現地の軍人たちだ。

さらに現在は経験を生かして貧弱な武装でも、相手が少数ならば撃退できるようになってきた。

その経験をまず学ぶべきではないかと大統領は意見する。

「そんなもの一度資料に目を通せば十分でしょう」

グッとイーリスは拳を握る。

気を抜けば殴りかかりそうな自分を抑えるためだ。

最前線で血と汗を流してきた者たちの記録を何だと思っているのか。

どういう手段を使ったのかは知らないが、自分たちもASを手に入れて増長しているとしか思えない。

チラッと傍らに立つナターシャに目をやると、ゾクッとするほど冷めた目をしていた。

本気の怒りを燃やしているときのナターシャは、雰囲気は氷のように冷たくなることをイーリスは知っている。

その様子を見て、少しばかり留飲を下げた。

「ふむ、では聞こう」

「何を?」

「これまでの防衛における問題点と改善策だ」

大統領は意外な質問を吹っ掛けた。

だが、巧い手だとイーリスは思う。

一度資料に目を通せば十分だと代表の女性は言った。

ならば、本当に読んでいるとするなら、この程度のことは具体策が既に考えられていなければならない。

まだ読んでいないとしても、ISとの戦争に関しては連日報道されている。

まったく見ていないはずがないし、それだけでも何が問題で、どうしていくべきかのビジョンはあるだろう。

ここで本当に参考になる意見を提示するなら、彼の女性たちと協力することは決して悪い手ではないのだ。

だが。

「我らに力がなかったことが問題。そして今は力を得たことが改善策よ」

イーリスは唖然とした。

ずいぶんと面白いことを言うので、できれば冗談であってほしいとイーリスは思う。

「私はマジメに聞いているのだが?」

「こちらもマジメに答えているのだけど?」

あの回答が本当にマジメなものだとするなら一流のコメディアンになれるとすらイーリスは感じてしまう。

呆れを通り越して笑いたくなってしまっていた。

それはどうやらナターシャも同じであるらしい。

「大統領、発言を許可していただけますか?」

「ふむ、かまわない」

「これまでアメリカに攻めてきた使徒の中で最も危険なのはサフィルスだと認識されています。あなた方が彼の使徒と対峙したとき、どのように攻め、そして撃退しますか?」

「我らの力をもってすれば撃退など容易い任務だわ」

さすがにイーリスも落胆してしまっていた。

具体策どころかビジョンすらないと感じたからだ。

ただただ力を渇望し、そして手に入れた力に耽溺しているとしか思えない。

「攻められてから考えるのでは遅いのです。力をどう使って戦うのか、戦術戦略がなければあなた方では墜とされます」

「あまり自信過剰すぎると見苦しいわよ、ミス・ファイルス」

いったいどちらが自信過剰だと思っているのだろう。

ナターシャは実戦経験こそ少ないが、IS学園の遊撃部隊と共にサフィルスと戦ったことがある。

まあ、あの時のサフィルスは面白すぎたのだが、それでも気を抜けば殺される可能性は十分にあった。

だからこそ、ナターシャは代表を見据えて窘める。

「そろそろISを舐めるのはやめたらどう?」

「何ですって?」

「イヴも、あの子たちも愚かじゃない。むしろ私たちを上回る知性がある。私たちも意識を高めなければ対等にはなれないのよ」

人間が成長しなければISコアは応えない。

応えない相手を無理やり使おうとしたところで、まともに戦えるはずがない。

「あなたたちには国土防衛どころか、後方支援すら無理だわ。敵を侮る者に勝利なんてあり得ない」

「言い切ったわね。少しばかり早く進化したくらいで」

「運が良かっただけよ」

「ごまかそうとしてもあなたの傲慢さは隠せないわよ。我々の力を理解させる必要があるようね、ナターシャ・ファイルス」

そうして、互いの力量を示すために、試合をすることになった。

 

交差する二つの光を見つめながら、イーリスはそんなことを思いだしていた。

「負けるなよ、ナタル」

この勝負に賭けられたものは国家の命運などではなく、ナターシャの信念であることをイーリスは理解していた。

 

 

ナターシャ・ファイルスというIS操縦者は、軍属ではあるが厳密には軍人ではない。

基本的には新しい機体の試運転を行い、改善点などをチェックするテストパイロットだった。

実力はイーリスに順ずるものを持つが、戦うとなると千冬はもとより真耶や刀奈と戦っても負けてしまうだろう。

何故なら、戦いに勝とうという意識が薄いからである。

しかし。

「見た目のわりに物騒な武器を持つわねッ!」

そう評されるのも無理はないだろう。

かつてティナと訓練していた時にも見せた、光るモーニングスターを振り回す姿は、普段のおとなしげな雰囲気とは別人と言ってもいい。

しかも、ティナとの訓練で使っていた時とはその形状を変化させていた。

輪の形をした柄を中心に、一メートルほどの長さの二本の鎖の先に三十センチほどの柄と棘のついた光の鉄球がついている。

クラッカーズ。

日本ではだいぶ昔にアメリカンクラッカーという名称で遊ばれたおもちゃの様な姿をしていた。

とはいえ元々はモーニングスターだったのだから、その威力は決して侮れない。

叩き潰す武器と考えると、かなり物騒なのは間違いなかった。

驚くことにナターシャは、二つの鉄球を振り回しながら自らも舞い踊るように空を翔ける。

不用意に近づけば叩き潰されかねないため、試合相手の女性軍人はなかなか接近できずにいた。

彼女の武器は全長一メートルほどの光るカノン砲。

プラズマエネルギーの砲弾を撃つことができる砲撃兵器だった。

「喰らえッ!」

試合相手は、振り回される鉄球を狙ってカノン砲を撃ち放つ。

さすがに狙いは正確で、鉄球が弾かれてしまう。

「はぁッ!」

だが、ナターシャは弾かれた勢いを利用して、クラッカーズを投げ放った。

「何ッ?」

まさか投げてくるとは思わなかったのか、試合相手は驚きはするものの大ぶりの攻撃を喰らうほど間抜けではないらしい。

投げ返してぶつけてやろうと鎖の部分に手をかけようとして、すぐに離脱した。

『残念なの』

「さすがに気づいたみたいね」

戻ってきたクラッカーズを手にしたナターシャは、イヴの声に答えるかのように少しばかり残念そうに笑う。

「あなた、思った以上に性格悪いわね」

「褒めても何も出ないわよ」

「そういうところよ」

試合相手が鎖に手をかけていれば、そこで勝負はついた。

鉄球は二つ、片方を止めようとすれば、もう片方は反動で不規則に動き、相手の身体に絡みつく。

ナターシャがモーニングスターを変化させたクラッカーズは、叩き潰す武器であると同時に敵を捕らえる道具になっていた。

相手を傷つけて墜とすよりも、動きを封じて捕らえることを考えた変化なのである。

しかも。

「イヴッ!」

『行くのッ!』

掛け声とともに、ナターシャは瞬時加速を使って試合相手に迫る。

「その武器で接近戦なんて馬鹿なのッ?」

元々がモーニングスターなので接近戦は戦いづらい。距離を開けないと振り回せないからだ。

しかし、ナターシャのクラッカーズの鉄球には。

「グゥッ!」

試合相手はカノン砲の砲身を振り回して、その攻撃を止める。

元がプラズマエネルギーなので簡単には壊れないとはいえ、まさか鉄球を抑える羽目になるとは思わなかっただろう。

クラッカーズの鉄球には柄がついている。

その柄を握れば、近距離打撃武器、つまりメイスとしても使えるのだ。

「むしろ、そっちのほうが接近戦は難しいでしょう?」

「このォッ!」

「これが考えるってことなのよ」

どう戦うのかを考えていれば、自分の武器がカノン砲でも戦い方はある。

常に距離を開けるといった形で。

だが、試合相手にはそれがなかった。

IS、そしてASの武器はプラズマエネルギーで作られただけのものであっても並の威力ではない。

普通の兵器が相手であれば、あっさりと蹂躙できるだろう。

だが。

「私たちが戦う相手は同じ力を使いこなしてくる。私は今でもISとの戦場に立つのは怖いわ。子どもたちが戦ってるから逃げないだけよ」

「くだらない説教なんてやめてちょうだいッ!」

「きゃッ!」

試合相手は至近距離でカノン砲を撃ってきた。

さすがにまともには喰らえないので、ナターシャは瞬時加速で距離を取る。

だが、試合相手はそのままでカノン砲を撃ち始めた。

『ねーちゃッ、バラ撒いてきたのッ!』

そもそもエネルギーがある限り、いくらでも撃てるのがASの武器の強みだ。

とはいえ、癇癪を起したように砲弾を撃ち続けるとは思わなかったとナターシャは驚くと同時に呆れてしまう。

あっという間に空が砲弾で埋め尽くされたからだ。

『一発のエネルギーはそんなに多くないのッ!』

「数だけ揃えたってことなのね……」

撃ち出すエネルギーを小さくしたのか、砲弾のスピードは遅い。

だが、それが逆にタテナシの使う浮遊機雷『明鏡止水』のような効果を生んでいる。

少しは考えたということなのだろうかとナターシャは思う。

だが、この程度の策に負けたりはしない。

「はぁッ!」

再びクラッカーズを振り回したナターシャは、バラ撒かれた砲弾に向けて投げつける。

頑丈さならばASの武器の中でもトップクラスに入るように作られたものだ。

あの程度の砲弾、何発喰らおうと壊れたりはしないのだ。

 

 

試合を観戦していたイーリスはホッと息を吐いた。

「大丈夫だな」

負けてほしくないと思って観ていたが、この程度の相手ならばナターシャが負けることはあり得ないと判断したからだ。

むしろ、この程度で前線に立とうとしていた相手のほうが心配になってしまう。

「ASを使えるようになっただけで、戦えるわけじゃないのか」

軍人としての練度はそれなりにあるだろう。

だが、ASの戦闘はISの戦闘術が応用できると言っても、異なる面も多い。

まずは使いこなせるように訓練することから始めなければ、前線どころか戦場に行かせることすらできない。

「これで少しはあいつらも黙るだろ」

できれば、権利団体のASは何とかして一度解除させ、それからまともに進化してから仲間として加えるのがベストだ。

「そのあたりは博士や天災を待つしかないし、ナタルのサポートをもっと充実させる必要があるな」

アメリカにおいては、基本的には一人で前線に立たなければならないナターシャ。

今考えるべきは彼女のサポートだとイーリスは視線を下す。

「何とかあいつらにもわからせないと……ん?」

視線の先に行く女性軍人たちを見て、イーリスは違和感を抱く。

何か足りない気がしてならない。

「あいつら、確か全部で五人いたよな……?」

一人は現在ナターシャと交戦しているので、下にいるのは四人だったはずだ。

「一人足りない……」

そう気づいたイーリスはハッとした。

権利団体のAS操縦者たちは『我々』の力と言っていたことに気づいたからだった。

 

 

砕かれた砲弾が爆散すると、その場に爆炎が広がっていく。

試合相手は煙幕代わりに利用したのか、そこから突き抜けた直後にカノン砲を放ってきた。

だが、ナターシャはこの程度は十分に予想していた。

逆に軍人らしく考えたものだと感心したくらいだ。

舞い上がるようにその場を離脱すると、クラッカーズの鉄球を相手目がけて振り回す。

「少し頭を冷やしなさいッ!」

先ほどから、戦闘の最中も全く相手の『声』が聞こえてこない。

やはりIS学園から報告があったように『彼女たち』の心はどこかに閉じ込められているのだろう。

そんな状態で戦える試合相手に対し、ナターシャは本当にキレている。

共に戦うパートナーを信頼しない人間と、仲間として戦えるはずはないと。

ゆえにASを纏う試合相手に対しては本気で頭を冷やして来いと思っていたのだ。

だが。

 

「ナタルッ!」

 

地上からイーリスが叫んでくる。

まるで自分の身に危機が迫っていることを教えてくれているかのように。

『ねーちゃッ、後ろなのッ!』

「なッ?」

いきなり現れた別のAS操縦者が、光る大剣を手に斬りかかってくる。

『きゃあぁぁぁッ!』

「イヴッ!」

必死に身体を捻じってかわそうとするナターシャだったが脇腹に一撃を受けてしまった。

この場で応戦するのはマズいとナターシャは瞬時加速を使って離脱しようとするが、相手も瞬時加速を用いて迫ってくる。

「くッ!」

鉄球の柄を握って大剣を止めるナターシャ。

「一対一じゃなかったのッ?」

「私たちはチームですよ。『我々』の実力を示すならばチーム戦になるのは当然でしょう」

会話をしているときに、女性軍人たちにチームワークなど感じなかった。

ならば、味方を助けるために割って入ってきたはずがない。

「喰らえッ!」

「くぅッ!」

一瞬背後からの砲撃に気を取られたナターシャを、別の襲撃者が蹴り飛ばす。

バランスを崩してしまったナターシャはカノン砲の直撃を受けてしまった。

『うぁあぁッ!』

イヴが、カノン砲を喰らった衝撃で悲鳴を上げる。

そもそもあまり戦闘してこなかったナターシャとイヴは、ダメージを受けることに慣れていない。

「イヴッ、ゴメンなさい堪えてッ!」

それでもここで逃げるような真似をすれば、そこに付け込んで権利団体が自分たちを排斥しようとするとナターシャは思い至る。

負けられない。

負けるわけにはいかない。

イヴたちとの未来を歪ませるわけにはいかない。

何より。

 

「あなたたちをISたちのパートナーだなんて認めないわッ!」

 

自分の信念をこんな相手に折られてたまるものかとナターシャは雄叫びを上げるのだった。

 

 

 

 

 




閑話「ドイツ軍最強」


ナターシャがアメリカの空で戦っているころ。
ドイツでも同様の事態が起きていた。
権利団体のAS操縦者たちが変人ぞろいのシュヴァルツェ・ハーゼに国防は無理だと言ってきたのである。
クラリッサとてIS操縦者としての自負があり、今はワルキューレのメインパートナーだ。
ゆえに、誇りをかけて勝負に挑んだ。
結果。
「こ、こんなはずじゃ……」
勝負を仕掛けてきた相手は以前シュヴァルツェ・ハーゼに入隊していた人間だった。
あの時、確かに厳しく指導したのだから、恨まれているだろうとクラリッサは納得していた。
だからといって手を抜くはずがない。
クラリッサ、そしてシュヴァルツェ・ハーゼは正規軍人どころか、エリート部隊なのだから。
ラウラに隊長職を譲ったとはいえ、クラリッサはもともとは実力でシュヴァルツェ・ハーゼの隊長となったほどの腕前を誇るのだ。
ゆえに。
「一分も持たないなんて……」
それは圧倒だった。
それは完勝だった。
そう、それは最強だったのだ。
勝負はわずか三十五秒でクラリッサの勝利となった。
墜とした相手を見て、クラリッサは無情な声をかける。

「出直してきなさい。萌えないゴミに用はないわ」

権利団体のAS操縦者たちは墜とされた相手を連れて逃げるようにその場から去っていく。
そんな姿を見て。

「何で、強いのに残念さが抜けないの……?」

クラリッサのセリフの微妙さに涙するアンネリーゼ。
ドイツ軍最強を誇る残念美人、それがクラリッサ・ハルフォーフである。




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