Bブロック一回戦、第一試合。
ライフルを連射してくる相手に向かい、一夏は突撃する。
「速いッ!」
相手にしてみれば、信じられないような速度らしいが、単に白虎の性能というわけではない。
一夏は常に最短距離を選択し、全速力で相手に迫る。
同じ速度でも、回避行動を取る操縦者に比べ、速いのは当然でもあった。
その一夏の斬撃が相手のシールドエネルギーをゼロにする。
「あっ!」と、対戦相手のパートナーが気を取られた瞬間、シャルロットがアサルトカノンを放つ。
完全な近接型の一夏が相手の連携を乱し、シャルロットはその隙を突く。
一夏とシャルロットはそれを基本戦術としていた。
試合終了のブザーが鳴る。
「大丈夫か?」と、そういって一夏が手を差し伸べると、相手は顔を真っ赤にして気を失ってしまう。
「あれ?」
「一夏、けっこう天然だよね」
シャルロットが呆れたように突っ込む。
イケメン効果発動に気づかない一夏であった。
少し飛んでBブロック一回戦、第八試合。
シールドエネルギーがゼロになって倒れた相手に、ラウラはさらなる追撃として、プラズマブレードを突き刺そうとする。
「何ッ?」
「よせよ。もう終わってる」
その手を諒兵が止めていた。
ラウラが振り向くと、諒兵の後ろには同様にゼロになって降参の意を示している相手の姿があった。
「止めを刺さずに終われるか」
そうはいうものの、試合終了のブザーが鳴り、仕方なくラウラは手を止めた。さすがに最低限のルールまで無視する気はないらしい。
だが、戦闘において、ラウラはとにかく突出していた。
諒兵と連携しようなどという意識は欠片もないらしい。
一人ですべてを相手にし、圧倒するつもりなのだろう。
だが、機体性能の差だけですべてが決まるわけではない。そのことは既に知っているはずだが、変わらない様子を見ると意固地になっているようにも感じられる。
先が思いやられるなと諒兵はため息をついた。
「ここは戦場じゃねえよ。あんま殺気立つな」
そして「わりいな」といって、倒れた対戦相手に手を差し伸べる。
そんな諒兵の姿をちらりと見て、ラウラはさっさと戻っていった。
「ちっとおっかねえけど、許してやってくれな」
「ありがとう日野くん。お詫びに今度デートして♪」
「待てコラ」
思わず突っ込む諒兵だった。
一回戦を突破した各々は学園中央のラウンジに集まっていた。
ただし、ラウラは諒兵が声をかけるも無視してフラッと消えてしまい、簪は用足しといって避けていたが。
「みんな余裕ね」
「お前とセシリアは組んだこと自体が反則とかいわれてんじゃねえか」
「しょうがないでしょ。申し込み、ギリギリだったんだから」
「恥ずかしくない試合ができればあまり文句も出ませんわ」
諒兵の突っ込みに鈴音とセシリアが笑いながら答える。
「箒もすごかったね。あれ、日本の剣術なの?」
「あ、ああ。もともと実家が剣術道場だからな。剣には自信がある」
シャルロットの質問に少し慄きながらもそう答える箒。
今までなかなかこうした話ができなかっただけに、なんだかふわふわとしているような感じだった。
「試合内容を見る限り、Aブロック決勝は箒さん、更識さんのペアとですわね」
「あいつへのリベンジもあるし、負ける気はないわよ」
「わ、私だって負ける気はない」
そう答えると鈴音は満足そうに笑う。
ライバルといえる相手が増えるのは嬉しいらしい。
そこに「みんな、すごかったね~」と本音がトコトコとやってきた。
「かんちゃんは?」
「用足しだ」と、箒が答えるとわずかに眉をひそめたが、空いている椅子にちょこんと座った。
「他の試合も見てたのか、のどぼとけ」
「うん、意外とやる子もいるよ~」
「伏兵上等。そうでなきゃな」
「剣を握る以上は、負けないさ」
と、諒兵の言葉に一夏が続くと本音も楽しそうに笑う。
「がんばれ~、応援してるよ~」
本音の言葉に強く肯くと、各々はそれぞれの試合会場である各アリーナへと向かっていった。
Aブロック二回戦。
箒は簪とともに打鉄を纏い、第2アリーナの空に浮いていた。
「お願い」
「わかった」
基本的に箒と簪のペアは箒が前衛、簪が後衛で戦っている。
もともと実家が剣術道場である箒は、はっきりいって銃火器の扱いは苦手だ。
無理に苦手なものを扱うよりも、得意なもので押したほうがいいと簪にもいわれたことで、箒は近接用の大型ブレードと小型ブレードのみを積み、基本的には大型ブレードのみで戦っていた。
「つぇいッ!」
気合いとともにブレードを振り下ろす。
相手は剣は素人だが、ブレードとアサルトライフルを同時に扱っている。
とはいえ、近接ならトリガーを引かれる前に箒には対処できた。
そして、機体の操作を間違えたのか、相手が隙を見せたところに連撃を与え、見事勝利した。
簪もほぼ同じタイミングでもう一人を倒している。
「ふう……」と、息をついた箒は思う。
(やれる。私だって十分に戦える)
無論、簪と組んだおかげだとは理解しているが、そこいらの素人相手にはそうは負けない。
自分は十分一夏の背に届くと箒は感じていた。
そんな箒の試合の様子を見ていた鈴音は隣に座るセシリアに声をかけた。
「気づいてないのかしらね?」
「どうでしょう。ただ、更識さんの腕前は相当なものですわね」
二人の代表候補生にとって、箒、簪組の恐ろしさは簪に集中しているように感じられた。
「箒を助けながら、自分はきっちり一人で相手を倒してる。あの子すごいわよ」
「あれほど気持ちよく戦わせてくれるサポートは見たことがありませんわ」
それだけに倒すとしたら基本的には分断工作をすることになる。
「セシリア、一騎打ちいける?」
「何とかしますわ」
「そう時間はかけないから。箒には悪いけど、負ける気はないし」
Aブロック決勝を視野に、二人の代表候補生は既に戦術を練り始めていた。
『砂漠の逃げ水』、ミラージュ・デ・デザートと呼ばれる技法を使い、シャルロットは相手とうまく距離を保ちつつ、細かくダメージを与え続ける。
「くっ、距離を詰め切れないっ!」
相手の悔しそうな声が聞こえてくるが、どんな形であれこれは勝負だ。手は抜かない。
シャルロットは確かに代表候補生を務められるほどの実力があった。
真耶に近い戦い方だが、さすがに7種の武装を同時展開できる彼女ほどではない。
それでもIS操縦者としては並外れた実力があった。
そこに。
「ごめん」と、一言呟き、一夏が対戦相手に斬撃を喰らわせた。
異常なほどの攻撃力を誇る白虎徹は、まともに喰らわせれば一撃でシールドエネルギーをゼロにできる。
「しまったっ!」
シャルロットと一夏の連携であることに、対戦相手は気づかなかったのだ。
そしてシャルロットは一夏を追いかけていた相手に、アサルトカノンと重機関銃を用いての連撃をお見舞いする。
「あーんっ!」
一夏に集中しすぎていたその相手はシールドエネルギーがゼロになり、あえなく地面に落ちた。
「助かった、シャル」
「作戦でしょ?」
「いや、さっき撃たれそうになったとき隙を作ってくれただろ?」
気づかれるとは思っていなかっただけに、シャルロットは驚く。
一夏はうまく対戦相手を引き付けていたが、逆にそのせいで攻撃を受けるところだった。
そこで相手の装甲に軽い攻撃を入れておいたのだ。
とはいえ、まさか気づかれるとは思わなかった。
「よく気づいたね。マズいかなって思って一発当てといたんだけど」
「周りの状況はちゃんと見るよ。諒兵とコンビを組んでたときもけっこうあったんだ」
お互いにフォローしあうことで、多対二のケンカでピンチを切り抜けてきたことがあった。
そのために、自然と自分を助ける一撃などはすぐに気づけるようになったのだ。
「だからありがとうな、シャル」
「どういたしまして」
自分のフォローに気づかれたことは恥ずかしいものの、お礼をいわれたことは素直に嬉しかった。
忌々しいとラウラは舌打ちする。
二対一で相手にうまく連携を使われると対処しきれないということは鈴音とセシリアを相手にしたときに思い知らされたが、まさか学生程度に被弾するとは思わなかったのだ。
相手は正面からではなく、ひたすら脇や背後に回って銃撃を繰り返してきたのである。
向上心のある学生なら、自分と同レベルとでもいうのかとラウラは苛立つ。
だが。
「よっと」
背後から声が聞こえてくる。
突出してしまった自分をフォローするかのように、背後の敵の銃撃を諒兵が防いでいた。
(何だこの感覚はッ!)
背中が暖かい。
なんだか気持ちがよくて、身を委ねてしまいそうになる。
ラウラはそんな自分の気持ちを必死に否定するかのように、眼前の敵を倒した。
即座に背後の敵にワイヤーブレードで襲いかかろうとするが、手を出そうとしたときには戦いは終わっていた。
「わりいな」
「しょうがないよ。でも、強いね日野くん、今度デートして♪」
「待てコラ。なんでみんな同じこといいやがる」
呆れたような顔で突っ込んでいる諒兵を見ると、ラウラはいやな気持ちになった。
そうして、学年別トーナメント初日の全試合が終了した。
学生寮のラウンジにいつものメンバーが集まっている。
全員が二回戦を突破したことで、雰囲気は和やかなものとなっていた。
「シャルはサポートうまいな。全体をよく見てやがる」
「そうかな。そういわれるとちょっと恥ずかしいよ」
と、諒兵の言葉にシャルロットは恥ずかしそうに頬を掻く。
だが、恥ずかしがることないだろうと一夏も褒めた。
「いや、ホントにありがたいぞ。戦いやすいし」
「はは。でも連携うまいのは鈴とセシリアもでしょ?」
そういって、シャルロットはそれぞれ喉を潤していた鈴音とセシリアに話を振った。
「セシリアはやっぱり優秀な遠距離型の操縦者ね。安心して背中を任せられるわ」
「狙撃には視野の広さと集中力が要求されますもの」
離れた位置から戦況を見るのはむしろセシリアにとって必須の能力だ。
その点に関しては自信がある。
「前衛が役割を果たせば、後衛も自分の役割を果たせるけど、逆もまた大事だな」
「そうなのか」と、一夏の言葉に箒が納得したような表情を見せた。
もっともこれまでの結果を見る限り、自分も役割を果たせているだろうと箒は自信を持っていた。
「あんたはちょっと苦労してるみたいね」
と、鈴が諒兵に声をかける。
いかんせん、ラウラは協力するという意識がない。
自然と諒兵がサポートに回ることになる。
「ま、暴走してるってほどでもねえし、何とかできてるさ」
「見ている限り、ボーデヴィッヒさんもわかってはいるみたいだよ」と、シャルロット。
「ただ、不機嫌にも見えますわね」
サポートされることに慣れていないのではないか、とセシリアは意見するが、諒兵は否定した。
「千冬さんも知ってるみてえだし、いってもかまわねえと思うがよ。ボーデヴィッヒはIS部隊の隊長だとよ。たぶん、サポートされるのは初めてじゃねえはずだ」
「なら、ボーデヴィッヒさんをうまくサポートしてらっしゃる方がいるのでしょうか?」
「たぶんな。俺と組んだのはここに来て初めてだから、違和感あるんだろうよ」
人によってサポートの仕方は異なる。
今までと違うサポートを受けていることで、勝手が違うということを感じているのかもしれない。
それなら不機嫌になる理由もわかるのだが、ラウラはサポート自体を否定している感じがするということは諒兵は口に出さなかった。
ラウラは一人、暗い部屋の中、ベッドの上で膝を抱えて座っていた。
その手には軍用の通信機がある。独自の秘匿回線を使っているため、IS学園のセキュリティすら抜けられるものだ。
もともとドイツ軍上層部から手渡されたもので、緊急の場合は連絡できるようになっている。
同じものを自分の部隊であるシュバルツェ・ハーゼの副隊長も持っていた。
副隊長の名はクラリッサ・ハルフォーフ。
階級は大尉。少佐である自分より年上、というか部隊でも年長で、まだ年若いラウラに代わり、部隊を牽引している優秀な副隊長であった。
ラウラと同じようにアイパッチをしているので、どこか親近感を持っているというのは余談である。
「はい、こちらクラリッサ・ハルフォーフ」
「私だ」
「隊長、どうなさいました?」
ラウラは、どうしたんだろう、と、副隊長のクラリッサの言葉に自分でも考え込んでしまう。
どう答えるべきかと考えて、うまく考えをまとめられていないことに気づかされる。
「暖かいんだ」
「は?」
「いや、何をいっているのか自分でもわからない。ただ、日野と一緒に戦っていると、背中が暖かい」
通信機の向こうのクラリッサが少し考え込んでいるような雰囲気が伝わってくる。
自分でも何をいっているのかわからないのに、相手にわかるはずがないとラウラは話していることがばかばかしくなる。
そう思い、通信を切ろうかとクラリッサに伝えようとしたら、向こうから質問してきた。
「ヒノ、とは?」
「今、IS学園でトーナメントをしていることは知っているか?」
「はい。IS関係者にとってはこの時期、注目のイベントですからね」
「試合形式の変更でタッグを組むことになったんだが、私の相手の名が日野、いやリョウヘイ・ヒノという」
「ああ、あの」と、意外な言葉がクラリッサから聞こえてきてラウラは驚く。
「知っているのか?」
「男性IS操縦者の名前は有名ですから」
織斑一夏と日野諒兵の名は、IS関係者ならば知らない者はいないといっていいレベルだ。
それほどに特別ということができる。
ただ、それは男性でISを操縦できるからということができた。
少なくとも、自分はそう認識しているとラウラは考える。
それはクラリッサも同じらしい。
IS部隊の隊長を務めるラウラのパートナーになるほどの実力があるとは思っていなかったようだ。
「隊長が組んでらっしゃるとは知りませんでした」
「教官が決めたらしい」
「織斑教官が?」
肯定の言葉を伝えたラウラは、組んでいるのはあくまでそれが理由なのに、何故、背中が暖かいのかわからないと自分のまとまらない感情をそのまま伝える。
クラリッサは再び沈黙した後、こう伝えてきた。
「今はともに戦うことです、隊長」
「何故だ?」
「理由はいずれわかります。それよりも目の前の戦闘に集中すべきです」
「……確かに、そうだ」
ラウラがそう呟くように伝えると、クラリッサはご健闘を祈りますといって通信を切った。
「背中が、寒いな、今夜は……」
膝を抱えたまま、ラウラはそう呟いた。
閑話「ラウラの(おそらく)有能な部下たち」
遠くドイツにて。
通信を終えたクラリッサに部下の一人が声をかけてくる。
「隊長ですか?」
「ええ、そうよ。今IS学園のトーナメントに出場しているらしいわ」
「今年はタッグらしいと聞きましたが」
「ええ」と、クラリッサは答える。
そして今ラウラが諒兵と組んで戦っていること、不可思議な感情に揺れていることを部下に伝えた。
すると部下の目が光り輝く。
「つまり、それは……」
「リアル少女マンガよッ!」
「なるほどっ!」
クラリッサ・ハルフォーフ。
大変な日本の少女マンガ好きである。
「隊長は初恋に揺れる生真面目な風紀委員ッ、相手は学園の問題児ッ!」
「萌えシチュですねっ、おねえさまっ!」
「彼がときどき見せる優しさに『きゅんっ♪』とくる風紀委員(隊長)ッ!」
「ときめきますっ、おねえさまっ!」
「でも問題児であるがゆえに周囲が反対ッ、却って燃え上がる恋心ッ!」
「最高ですっ、おねえさまっ!」
「まったくだわッ!」と、クラリッサはド真剣な顔で答える。
いつの間にか、その周囲には少女マンガや乙女ゲーの刺さった携帯ゲーム機を手にした隊員たちが集まっている。
シュヴァルツェ・ハーゼ。
わりと残念な女性軍人の集団であった。
「ダメだこいつら、はやくなんとかしないと」
部隊唯一の常識人、アンネリーゼ・ブッケルがたそがれつつ呟いていた。