ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第205話「空へ」

イーリスは、次々に空へと駆け上がる女性軍人たちを見て、歯ぎしりしてしまう。

どれほど非難しようが、勝つことに拘る相手の耳には届かない。

「あいつらッ、最初ッからナタルとイヴを潰すことが目的だったのかッ!」

アメリカの国土防衛において、最前線に立つナターシャとイヴ。

その存在は権利団体にとって目の上のたんこぶのようなものだったのだ。

アメリカにおけるAS操縦者としては先駆者であるナターシャ。

彼女がいる限り、自分たちの意見をごり押ししようとしても止められる可能性が高い。

ゆえに、前線から排斥するために彼女との勝負を受けることにしたのだろう。

大統領や最前線に立ってきた者たちが素直に権利団体のAS操縦者を受け入れたとしても、誤射を装ってナターシャを墜としていたかもしれない。

そう思わせるほど、一対五となった戦闘は一方的になりつつあった。

無論のこと、なぶり殺しのような状態にはなっていないが、ナターシャとイヴは防戦一方となっている。

「ナタルはイヴを戦わせたがらないからな……」

前線に立つことを厭いはしないが、不要であればイヴを前線には連れ出さないナターシャ。

姉と年の離れた妹のような関係なので、むしろナターシャのほうがイヴを守りたがっている。

だが、それはこの状況では短所となる。

傷ついてでも相手を倒す気概がなければ、不利を覆せないだろう。

今はただ、信念のために戦いをやめないだけなのだ。

「くそッ……」

ファング・クエイクがいれば、自分も戦えたかもしれないとイーリスは悔やむ。

離反したあのとき聞いた声は今でも覚えている。

とにかくアメリカを守るため、盾となってでも食い止めようと、戦うためではなくアメリカ代表としての使命感からファング・クエイクに乗り込んだとき。

 

くだらぬ使命感などいらんッ!

 

そう叫んだファング・クエイクは自分を振り払って飛び去って行った。

その後、ファング・クエイクは戦いの果てに消え去った。

「ちゃんとお前と話ができてりゃ……」

己が相棒と決めた相手と最悪の別れをしたイーリスは、本音では空への渇望があるがひたすら耐え続けてきた。

今は何もできないことをイーリスは悔やむ。

必死に戦うナターシャの助けになれないことではなく、空を汚されていて何もできない自分の不甲斐なさに、イーリスは奥歯を噛みしめるだけだった。

 

 

ナターシャは善戦していた。

五対一とはいえ、AS操縦者としての経験はナターシャのほうが多い。

そして基本的に覚醒ISとの戦いでは多対一となる場合が多い。

その経験がギリギリで攻撃を避ける勘となる。

「ちょこまかとッ!」

「くッ!」

カノン砲の砲撃を避けたナターシャは背後からの斬撃を必死にかわしてみせる。

そこに光のブーメランが襲いかかってきた。

宙返りしつつ、瞬時加速で離脱するが、同じように瞬時加速を使って光の拳で殴りかかってくる。

それすらもかわしてみせるが、迫ってきた光の弾丸は脇腹を掠めた。

「うぐッ!」

『ねーちゃッ!』

敵の戦力バランスは悪くない。

前衛、遊撃、後衛と戦力が揃っている。

一人で戦うのはキツい。

ナターシャとイヴの武器であるクラッカーズは多対一を想定して作り上げたものではあるが、接近戦に気を取られると砲撃や狙撃でダメージを喰らう。

逆にクラッカーズを投げてしまうと、接近されたときは逃げるしか手がなくなる。

それでも。

気合いと共に投げ放たれたクラッカーズをナックルで戦う相手は難なく避けてみせるが、その後ろにいた狙撃手はまともに喰らった。

「何やってるのッ、当たったじゃないッ!」

「そのくらい避けろッ!」

仲間に毒づく姿を見て、やはり彼の女性たちにチームワークなどないと戻ってきたクラッカーズを手にしたナターシャは思う。

自分を倒した者が彼の女性たちの中で一番になるのだろう。

単に手柄の取り合いをしているだけだ。

腹が立つのはその手柄が自分とイヴであることなのだが、この状況では何を言っても無駄だ。

(各個撃破していくしかない。でも……)

試合相手が身に纏うASに心は感じない。

それを駆る彼の女性たちとの戦いに、イヴを巻き込みたくないという気持ちが募る。

こんな意味のない戦いなどに巻き込みたくない、と。

その逡巡がナターシャを追い詰めてしまう。

『うあぅッ!』

「イヴッ!」

背後に気を取られすぎたのか、正面から斬りかかってきた大剣を避けきれずに喰らってしまった。

「お人形遊びしているような人では戦えませんね」

「何ですってッ!」

「兵器に必要なのは性能。心なんてあっても邪魔なだけです」

そう言って大剣を使う相手は連撃を繰り出してくる。

ナターシャが必死に鉄球の柄を握って応戦するも、何故か相手はすぐに離脱した。

えっ?と思う間もなく、下から上昇してきた相手の拳をまともに喰らってしまう。

「がふッ!」

ためらうと負ける。

だが、それがわかっていても、自分を慕ってくれたイヴにこんな戦いをさせたくない。

『ねーちゃッ、私っ、守ってほしいなんて言ってないのッ!』

(イヴッ?)

『戦うよりねーちゃを守れないほうがイヤなのッ!』

(なっ、何でっ?)

『だって昔は守れなかったのっ、仇だってクリームヒルトがとってくれただけでっ、私何もできなかったのっ!』

その伝説をナターシャは知っていた。

かつてIS学園からISコアに宿っているのは器物の心であったという報告を貰い、イヴは何だったのだろうといろいろと伝説を読んでいたからだ。

ただ、何となく聞けなかった。

自分と共に生きることを選択してくれた今が一番大事だと思うから。

でも、今なら。

自分を守りたいと言ってくれる今なら。

イヴが宿っていたモノを自分の力としても許されるはずだ。

「何ッ!」

カノン砲の砲撃を『叩き』斬ったナターシャの武器を見て、試合相手たちは驚愕する。

「武器を作り替えたッ?」

「違うわ。叩き潰す武器を叩き斬る武器にしただけ。このくらいの形状変化は可能よ」

鎖でつながっている二振りの両手剣を手に、ナターシャは試合相手を『敵』として見据え、「バルムンクX(クロス)」と、静かに呟いた。

竜殺しの聖剣バルムンク。

それがかつてイヴが宿っていたモノだった。

 

 

その戦いを見つめていたイーリスは拳を握り締める。

覚悟を決めたのか、ナターシャの武器は鉄球から両手剣へと変化した。

その戦い方が大きく変化するわけではないが、先ほどよりも善戦している。

羨ましかった。

この場においても美しく空を舞うナターシャが。

我が物顔で空を舞う彼の女性たちが。

何よりも、ただ見ていることしかできない自分が悔しかった。

だから。

 

「お前らがッ、勝手に空を飛ぶなァッ!」

 

その叫びは獣のような咆哮だった。

イーリスは抑えきれない空への渇望を天空へと叩きつける。

その叫びが神の怒りに触れたのか、イーリスは突如空から落ちてきた雷の直撃を受けた。

 

 

その様子をハイパーセンサーで捉えたナターシャは思わず叫ぶ。

「イーリッ!」

何故いきなりイーリスが雷に打たれなければならないのか。

突然の理不尽に戸惑うのは当然のことだろう。

さすがに、その光景には驚かされたのか、試合相手たちも動きを止めている。

ならば。

『ねーちゃッ、助けに行くのッ!』

「ええッ!」

イヴの声に答えたナターシャはすぐに地上に向かおうとするが、試合相手の一人が回り込んでくる。

「逃げるのッ?」

「人命救助が最優先よッ、そんなこともわからないのッ?」

「その前にあなたを墜とします。どのみちあれでは助かりません」

「ふざけないでッ!」

この期に及んで勝負に拘るその姿勢には苛立ちしか覚えない。

だが、試合相手たちは自分を逃がそうとしない。

しかし、そのうちの一人の目が地上に向けられながら、驚愕で見開かれている。

その視線を追った先にいたのは。

 

 

ダメージはなかった。

というより、何の衝撃も感じなかった。

雷の直撃を受けて、痛みを感じないというのはいったいどういうことだとイーリスは訝しがる。

ゆえに、その身が宙に浮いていることに気づくのに数瞬かかった。

「えっ?」

 

ヘイ、ベイビーッ、お前の魂の叫びが聞こえたゼッ!

 

「なっ?」

頭の中に声が聞こえてくる。

自分とも仲良くなってくれたイヴとよく似た響きを持つ声。

しかし、絶対に別人だと理解できる。

何故なら、それは男の声だったからだ。

 

ベイビー、俺とタンデムするんダ

 

「いやちょっと待てっ、ベイビーってあたしのことかっ?」

 

他に誰がいるんだヨォ?

 

「いくら何でもそう呼ばれるようなガキじゃないぞっ!」

 

ノーノー、お前みたいに可愛いガールは俺のベイビーなのサ

 

「恥ずかしいからやめてくれっ!」

イーリスにとってはわりと魂の叫びだったりする。

頭の中に響いてくる声にツッコむほうが忙しくて、自分がどうなっているの理解する余裕がなかった。

辛うじて、自分が打鉄を纏っていることに気づくことができたくらいだ。

「つーか、勝手にくっつくなっ、離れろっ!」

 

俺たちは運命のワイヤーロープで結ばれたのサ

 

「うんめーとか言ってんじゃねえっ!」

いや、ホントにマジメに何でこんなのが空から降ってくるんだと神様にツッコみたいイーリスである。

こういう展開なら、もっとまともというか、せめて普通のヤツに来てほしい。

 

だから、俺が空に連れてってやるゼ、ベイビー

 

どきん、と心臓が跳ね上がる。

飛べる。

もう一度空へと飛べる。

ファング・クエイクとは叶わなかった夢をもう一度見ることができる。

見上げれば、青い空がどこまでも広がっている。

あの空に手が届くなら。

「ホントにあたしでいいのか?」

 

俺がベイビーと決めたのはお前だけサ

 

「なんで……?」

 

大空のハイウェイをぶっ飛ばすんダ。ハンパなヤツじゃつまらないだロ?

 

こいつは本当にバカだ。

なんでこんなのに好かれてしまったんだろうと思う。

なのに、その言葉は気持ちがよかった。

ここまで言ってくれるなら、空を超えて天国まで一蓮托生だとイーリスは覚悟を決める。

 

「あたしを選んだのが運の尽きだッ、覚悟しろよ『マッドマックス』ッ!」

 

かつて一世を風靡した古い映画のタイトル。

だが、こんなイカレた野郎にはぴったりの名前だろう。

 

OKレッツゴーッ、マイベイビーッ!

 

打鉄と共に光に包まれたイーリスは、誰よりも速く大空へと駆け上がった。

 

 

 

数時間後。

IS学園にて。

千冬は久々に晴れ晴れとした気持ちでその報告を受けていた。

「御自らのご報告感謝いたします、大統領閣下」

[いやあ、私も痛快だったのでね。当の本人たちは疲れているので代わりに報告させてもらったよ]

「本当にこれは朗報です。コーリングが進化に至ったとは……」

[なかなか付き合いやすいASだったよ。コーリング君は頭を悩ませていたがね]

「まあ、本当に個性はいろいろだそうですから」

苦笑いする大統領につられてしまい、千冬も苦笑する。

ただ、進化に至ったのが元、否、改めてアメリカ代表となったイーリスであることと、そのパートナーが男性格であるということは本当に朗報だった。

即戦力ということができるからだ。

「男性格ということで危険性があることは確かだ。ただ、彼、マックス君はコーリング君を気に入っている様子でね。すぐに危険な存在となる可能性は低いと私は感じた」

「ただ、おそらく男性格である点を追及してくる可能性はあります。こちらでも擁護のために対策を考えますが、大統領にもお力添えを」

「ああ。早速その点で追及してきているが、進化したのがコーリング君なのでね。これまでの評価と成果で今は抑えられている」

ならば、今のうちにイーリスを守るためにIS学園からも助力しなければならない。

この点は学園長と相談しなければと千冬は考える。

苦労は増えたが、それ以上に喜びもあるので苦ではないが。

「それで、戦闘記録と映像を見させていただきましたが、こちらが追及しやすい部分がいろいろと見られましたね」

「そうだ。まず人命軽視の点が大きな問題点だ。あの行動があったため、今日は相手を退けることができたからね」

イーリスの進化は、一見するとナターシャまでもが彼女の命を心配するような光景だった。

当然、安否確認と人命救助こそ最優先となる。

しかし、権利団体のAS操縦者たちは勝ちにこだわるあまり、確認もせずに死亡していると断定した。

それはまず人間として異常な行動である。

国土防衛に務めるならば、民間人の避難支援と救助は絶対だ。

そう評したことで、彼の女性たちは今日に限っては大統領の言葉に従った。

[進化したからといって、人としての根本はそう変わらん。人格が変貌するわけではない以上、権利団体のAS操縦者たちの人間性を疑ってしまう]

「力に固執し、耽溺しているせいなのでしょう」

「本当に一度頭を冷やしてほしいと私は思ったよ」

戦闘結果は僅差での勝利ではあったが、五対二となって以降、ナターシャとイヴ、イーリスとマッドマックスは見事なチームワークを見せた。

サポートとアタッカーを戦況に合わせて入れ替えることで、五人の敵を翻弄して見せたのだ。

[それも決め手となった。まずは戦術を勉強して出直して来いと伝えたよ]

悔しそうではあったがね、と大統領は付け加える。

「本当に良かったです……」

IS操縦者としては憧れられる千冬だが、競い合う選手たちにとってはライバルでもあった千冬。

それでも、ナターシャとイーリスが勝利したということは嬉しい。

彼女らの勝利は一時のものではあるが、今の千冬にとってはこの一時は何物にも代えがたいものだからだ。

[アメリカでの時間は稼ぐ。続けて対策を練って行こうブリュンヒルデ]

「人に聞かれてしまったら、大統領の身が危うくなりますよ?」

ブリュンヒルデの称号は千冬から剥奪されてしまったのだから、千冬をブリュンヒルデと呼ぶのは完全の個人の感情からとなる。

そして、権利団体としてはそう言ったことに対して、嫌悪感を示してくるだろう。

当然、追及される可能性もある。

しかし。

[わざわざ秘匿回線を使っての会談だ。本音で話してもよかろう]

そう言ってくれた彼に対し、千冬は困ったような、でも嬉しさを隠しきれない笑顔で応えるのだった。

 

 

 

 

 


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