ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第206話「ともだちの先」

鈴音の治療が始まってから60時間が過ぎた。

あと半日でようやく目覚める。

そんな期待を胸に、子どもたちはそれぞれ自分の時間を過ごしていた。

そんな中。

「織斑先生?」

セシリアや数馬と戦術理論の勉強をしていたシャルロットに千冬が声をかけてきた。

「話がある。時間は作れるか?」

「はい。すぐでもいいですけど……」

ちらりとセシリアと数馬に視線を向ける。

せっかくの勉強会なのに、一人だけ抜けていいものかと思う。

「大丈夫ですわ。勉強しながらお待ちしています」

「そう長くかかるわけでもないんだろう?」

セシリア、数馬とそう言ってくれたのだが、千冬のほうから待ったがかかった。

「いいんですの?」

「込み入った話ではないのか?」

「少々込み入ってはいるが、むしろお前たちがいたほうがいいかもしれん。今後の戦略を考えていくうえでもな」

話を聞いて意見があるなら気にせずに話してほしいと千冬が言う。

それならば一緒に聞くほうがいいだろうと、シャルロット、セシリア、そして数馬は千冬に着いていくのだった。

 

千冬の話はシャルロットにとっては驚くべきものだった。

まさか祖国がそんなことになっていたとはと、驚愕する以上に落胆してしまう。

「どうにかできませんでしたの?」

「いくら何でもシャルを裏切ったようなものだろう?」

ショックを受けて喋れない自分の代わりに、セシリアと数馬が千冬を問い詰める。

そのくらいシャルロットにとってはあまりにひどい話だった。

「落ち着いてくれ。私たちも納得しているわけではない」

『と、いうより仕方ないと耐えているように見えるな、チフユ』

千冬の言葉をそう評したのはアゼルだった。

意味があるからこそ、シャルロットにも伝えてきたのではないのだろうかと問い質す。

『どうにかするなら、全員集めてブリーフィングを開くわね』

と、ブリーズも意見してくる。

そんな言葉を聞くことで、シャルロットの気持ちも落ち着いてきた。

自分なら、ある程度は感情を抑えてくれると思ったから千冬のほうから話してきたのだろうと。

「すみません、織斑先生。落ち着きます」

「シャル?」

「これは、きっと戦略的に意味のあることだと思う」

「すまんなデュノア。順を追って説明しよう」

「はい。心情的にはとってもイヤですけど、あの人たちが国防を担うなんて」

と最後にポロッと本音を漏らすと、千冬は困ったような顔を見せた。

千冬の話の内容を一言で言えば、フランスの国防を権利団体のAS操縦者たちが担うことになったというものである。

そのためシャルロットは国家代表の立場から外されることになったのだ。

現在、まだIS学園の学生であり、遊撃部隊の一員でもある以上、国家代表としておくべきではないと権利団体が主張してきたのである。

「デュノア社長も悩んでいたが、今はこちらで守ってもらうほうが良いと言ってくれたのでな。フランスの大統領とも相談して、一時的に代表の座から降ろすことになった」

「そっか。うちの会社がIS学園と提携してるから目障りなんですね?」

「うち半分は私への恨みが理由だろう。本当にすまん」

「いっ、いいえっ、織斑先生のせいじゃありませんから」

シャルロットは慌てて否定する。

昨日、ブリュンヒルデの称号を剥奪されたばかりの千冬を責めるなんてできるはずがない。

冷静に考えれば、称号を犠牲にしてでも学園を守ろうとしてくれたのだとわかるからだ。

「フランスにはドイツやアメリカと違って常駐しているAS操縦者がいないのでな。止めることができなかった」

「というのは表向きの理由でしょうか?」とセシリア。

「敢えて権利団体の意見を通したということか?」

数馬の問いかけにセシリアは肯く。

「止められなかったんじゃなく止めなかった……。そうか、『デコイ』になったんですね、フランスという国そのものが」

デコイ、すなわち囮。

国が囮になるというのもスケールの大きな話ではあるが、相手は各国に存在する団体だ。

そういう意味では国レベルで動かなければならないのかもしれない。

しかし、動ける国がほとんどなかったのだ。

「うむ。ドイツやアメリカ、そしてIS学園がある日本は連中の主張をまともに受け入れるわけにはいかんからな」

全て、常駐するAS操縦者がいる国である。

 

ドイツのクラリッサとシュヴァルツェ・ハーゼ。

アメリカのナターシャ、そして新たにイーリス。

日本は更識簪と更識刀奈。

 

協力する気があるならともかく、こちらを排斥しようとするのでは主張を受け入れられるわけがない。

だが。

『それで抑えつけてしまうと、暴発する可能性があると言っても過言ではないでしょう』

ブルー・フェザーの言葉に千冬は肯く。

「何処かでガス抜きをする必要があった。同時に油断させる必要もあったんだ」

「それで、普段シャルロットさんがいないフランスがデコイとしてあの人たちを受け入れたのですわね?」

「そうだ。これに関しては大統領やデュノア社長か上手く動いてくれてな。フランスの連中は完全にとは言えんが国の管理下に入る」

「監視か……」

そう数馬が呟いた通り、実際には国が監視するのが目的だった。

国防を担うというのに、勝手にされては困る。

国から報酬を出すので大統領直下の部隊として働いてもらいたいと言うと、それは嬉しそうに、高慢さを隠しきれずに喜んだらしい。

「単純だなあ」

シャルロットはいろいろと人間関係では苦労してきただけに、ちょっといい思いをしただけで有頂天になる彼の女性たちには呆れるしかなかった。

「だが、おかげでこちらは助かった。アメリカやドイツの団体の操縦者たちも合流する動きがあるからな」

「少しは裏があると考えないのでしょうか」

セシリアが苦笑いしながら、その行動を批判すると、千冬も苦笑いを返す。

少しは考えてくれないと敵対しているとはいえ心配になってしまう。

「いずれにしても、連中の動きを監視するため主張を受け入れた。そして変に危害が及ばないようにお前を国家代表から降ろしたんだ」

仮にシャルロットが国家代表のままだと、誘き寄せて潰そうとする可能性がある。

各個撃破は戦術の基本だからだ。

そして、下手にそれをIS学園や千冬が抑えようとすると大きな反発がある可能性は高い。

ゆえに主張を通す代わりに、シャルロットをIS学園に避難させたということだ。

「すみません」

「いや、気にすることじゃない。それに私たちは向こうと相談したくらいで、実際に動いたのは大統領やデュノア社長に……」

「に?」

「デュノア夫人もだ。実家を少し動かしたらしい」

「そう、ですか……」

ほわっとした雰囲気で優しげな笑顔を浮かべるシャルロット。

一応は義理の母であるカサンドラが自分のために動いてくれたことが嬉しかったのだ。

 

千冬の話はそれだけらしい。

近く発表になるので、シャルロットにはその前に話しておきたかったのだという。

そこに疑問を呈してきたのは数馬である。

「やはりそこが気になるか」

「IS学園でも重視している点だろう。さすがに権利団体だって気にすると思うが」

「そうだな」と、千冬は肯く。

数馬が聞いてきたのは『整備』だ。

IS学園においてもっとも重要視されているのは実は整備である。

現在、AS整備担当のメインは本音だが、それ以外のスタッフとて一流を揃えている。

また、整備施設のメンテナンスも欠かさない。

日々戦う一夏や諒兵たちAS操縦者。

彼らのためにも整備を疎かにすることはできないのだ。

「もしかしてデュノア社が担当することになるのか?」

「あっ、そうか。フランスだとうちが一番いいんだ」

あっさり納得するシャルロット。

このあたりの割り切りの良さが彼女の強みでもあるので数馬は安心する。

対してセシリアは別の疑問点を上げてきた。

「しかし、シャルロットさんを国家代表から降ろさせた方々がデュノア社を頼るでしょうか……?」

「正直なところ、頼ってくれたほうが良かったんだがな」

「えっ?」

「整備を担当することになれば、権利団体のASたちを調べることになる。つまり、情報をそこから集めることができた。この点はデュノア社長も納得の上で進言してくれたのだが……」

千冬の言葉に一同は納得した表情を見せる。

現在、権利団体が保有するASたちの情報はまったくない。

正確には物理的に確認することができない。

そこで、千冬たちとしてはセドリックたちデュノア社と連携し、整備をするという名目で権利団体のASを調べようと考えていたのだ。

「さすがに危機感を持ったか、もしくは単に我々を嫌悪しているだけか、整備は自前の施設でやると言ってきた」

「ちょっと残念ですね」とシャルロット。

『いや待て』

だが、アゼルが矛盾を感じたのか突っ込んで聞いてくる。

『連中はそんな施設を持ってるのか?以前、それほどの科学力はないと言っていたはずだが』

『そうよね、まああの進化は無理があるけど、通常の整備施設もあるとは聞いてないわ』

『そう言った情報は何処の国の団体にもありません。隠す能力が高いとも思えませんし』

「イギリスもそうですわね。ただの団体、人の集まりにすぎませんし」

「フランスも同じだと思う……」

と、アゼルの言葉を受け、ブリーズ、ブルー・フェザー、セシリア、シャルロットは考え込む。

通常のISの整備施設が充実しているとも聞いていないのだ、ASの整備となればそれ以上のレベルが必要となる。

一流企業レベルの施設が必要となってくるだろう。

そこに。

 

「なら、極東支部じゃないのか?」

 

不思議そうにそう尋ねてきた数馬に、全員がハッとした表情を見せた。

千冬ですらも。

「何故そう思った?」

「もともと対『使徒』用兵器をそこから購入していたんだろう?今の段階で権利団体が信頼できる研究所となるとそこしか考えられないが」

信頼されているのかどうかはともかく、IS学園と提携、もしくは連携している企業や研究所を権利団体が頼るとは考えにくいのだ。

ならば、自分たちに仮初とはいえ力をくれたところを頼るのは自然な流れでもある。

「そうかっ、そうだよっ、そこしかあり得ないっ!」

「そうすると合流の動きがあるのは、ローテーションを組んで定期的に整備するために人数が必要だからと考えられますわね」

ならば、彼の女性たちを監視することで見えてくるものが必ずある。

それは極東支部の所在地だ。

IS学園や千冬のもとには一向に情報が入ってこない極東支部の場所を突き止めることができれば『天使の卵』を破壊する重要な一手となる。

「助かったぞ御手洗、すぐにこの情報を向こうに伝えよう。あとは各自、自主訓練に励んでくれ」

そう言って千冬は足早に指令室へと向かっていった。

「これはお手柄ですわね」と、セシリア。

「すごいよ数馬っ!」

嬉しそうなのはセシリアもなのだが、シャルロットに至っては飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる。

国家代表を降ろされたばかりとは思えないほどの笑顔だ。

「いや、そこまで考えての発言じゃなかった」

何となくそう思っただけの一言をここまで褒められると照れくさいが、それでも一歩前進となったことはその場にいた者たちにとって確かな喜びだったのである。

 

 

特別整備室で鈴音の治療を続けている本音に声がかけられる。

『一時間の休憩ニャ。その間にリカバリーしたリンの脳神経を安定させるニャ』

「わかった~、休んでくる~」

『ホンネ、あともう少しニャ』

「大丈夫だよ~、まおまお~」

だいぶ疲れた様子で答える本音だが、それでもこの治療が終われば鈴音が戦線に復帰できる。

気合を入れ直そうと隣に設えられた休憩室に向かう。

そこで。

「おっ、休憩か本音ちゃん?」

「あれ~、だんだん~?」

「ホットココアを入れてきたところだったんだ。飲んでゆっくりしてくれよ」

ちょうど弾が湯気が立つマグカップを小さなテーブルに置いていたところに遭遇する。

少々大きめのふかふかのソファに身を預けた本音は、弾が差し出してきたマグカップを両手で受け取った。

「甘いね~♪」

「こーいうときは甘いのがいいからな」

「かんちゃんはどうしてるの~?」

「お姉さんとティナと訓練してる。どうもこっちにいる連中がちょっかいかけてくるとしたら日本の防衛やってるお姉さんらしいから、後れを取らないためだってさ」

刀奈はオプション機体を使っているため、どうしてもスペック差がでる。

素の実力では刀奈のほうがはるかに強いとはいえ、それでも油断はできない。

ティナの発想力を学び、スペック差を覆せる戦術を構築しようとしているいうことだ。

簪もあの進化には思うところがあるため、訓練に付き合っているらしい。

「鈴が復活すりゃー、IS学園も全力が出せるんだろ。ありがとな本音ちゃん」

「なんでお礼~?」

「戦力とかじゃなくてさ、友だちを助けるために頑張ってくれてるんだ、お礼言うのは当たり前だろ」

友だち。

弾の口からそんな一言が出たことで、本音は聞いてみたいと思っていたことを口にしてしまう。

いつもは簪のことを考えて口に出せなかったが、やはり疲れているのかもしれない。

「だんだんは~、りんのこと友だちと思ってるんだね~」

「ああ」

「女の子として見たことないの~?」

「おっ、そこを聞いてくるかー」

と、苦笑いする弾に本音は「ゴメンね~」と謝りつつも、前言を撤回することはできなかった。

「まあ、初めて会った時にゃー、あいつもう一夏を見てたからなあ。そういう興味は沸かなかったな」

「へ~、じゃあ何でひーたんはりんのこと好きになったのかな~?」

本当に自分は疲れてるらしいと本音は思う。

普段なら、こういった話は考えることはあっても口には出さないからだ。

人間関係が壊れてしまう可能性を秘めた発言は、なかなかできないのが本音だった。

「まあ、ちょっとした事件があったんだ。それは俺の口からは言えないな」

「ゴメンね~」

「いいさ。それはそれとして、その事件から諒兵は鈴のことを見つめるようになった」

「ひーたんはりんが誰を見てるか気づいてなかったの~?」

「いや気づくよ。鈴もわかりやすいからな」

だから、どうなるんだろうと思いながらも、さすがに恋愛関連で余計な口出しはできないと、弾は傍観に徹したのだ。

「それでも、あいつは告った。あとで聞いただけだけどさ、自分のためなんだって言ってたな」

「自分のため~?」

「自分の気持ちにしっかりケジメをつけねーと、一夏と友だちとしてやっていけなくなる。それがイヤなんだって言ってたよ」

「そっか~、どっちも大事だったんだね~」

「ああ、あいつ身内をすげー大事にするからな」

「わかるかも~」

手の届かないところにいる人間は仕方ないと諦められるが、手が届く範囲にいる人間は必死に守ろうとするのが諒兵だ。

だから、鈴音のことが好きになっても、一夏との関係を疎遠にするようなことはしなかったのだ。

「でも、今考えりゃー良かったなって俺は思ってる」

「何で~」

「鈴も、いい加減な告白じゃだめだと思うようになったんだ」

マジメな話、酢豚云々で告白したつもりになっていた鈴音のヘタレっぷりは相当なものだろう。

ちゃんと『好き』だと口にすることは、一夏に理解させる以上に鈴音自身が自分の勇気を振り絞ることを理解することになる。

それは人として大事な強さなんだろうと弾は語る。

「そっか~」

鈴音が一夏に告白したときのことを本音は思いだす。

それまでは悩んでいながらも巧く隠していた鈴音だったが、告白してからは何かしっかりとした芯が出来たように感じたからだ。

「大事だよね~」

「ああ。前に諒兵がこんなことを言ってた」

 

ともだちの先に行こうとすんのは、すげえ勇気いるんだな。

 

「ともだちの先……」

そんな言葉が本音の胸に沁み込んでくる。

とても大事なことだと感じてしまう。

「言われたときはピンと来なかったけど、今は何となくわかる気がするんだよ」

「そうなの~?」

「ああ。俺が誰か大事な人に出会ったとき、俺はちゃんと言えるのかなって思うときがあるんだ」

そう言って笑う弾を本音は思わず見つめてしまう。

言ってもらいたいという女の子の欲が自分の中に生まれてくるのがはっきりと理解できる。

「もう手遅れかも~」

「えっ、そりゃひでーよ本音ちゃんっ!」

「あはは~」

どうやら弾は本音に「告白とか無理」と言われたと思ったらしい。

気づかれていないことに安堵しながらも残念に感じてしまう自分を、笑ってごまかす本音だった。

 

 

 

 

 


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