ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第207話「裂光」

その警報はいきなり鳴り響いた。

鈴音が治療を始めてから70時間が過ぎたころのことである。

もう少し待ってほしかったと思いつつ一夏や諒兵たちが指令室に集まってくると、凄まじい怒鳴り声が聞こえてきた思わず固まってしまった。

 

「本気で言っているのかッ、敵を侮るなッ!」

 

その場にいたオペレーターの虚、オペレーションサポートの真耶や誠吾も固まるレベルで驚いている。

怒鳴り声の主、すなわち千冬は。

「戦闘を侮るな。正しく連携しなければ墜とされる羽目になるぞ」

[成果は認めるが、子どもに戦場でうろちょろされるほうが邪魔だ]

「成果を認めるなら、情報の引継ぎを行え。現場で得られた情報はお前たちにとっても有益なはずだ」

[これまでの戦闘の資料には目を通してある。十分に得られている]

「それだけで勝てるなら苦労はしない」

[そのための実戦でもある。我々も機会を得た以上、経験を積まなければならんからな]

「こちらがサポートでかまわん。お前たちが経験を積むことは確かに大事だからな」

[子どもにサポートができるのか?手柄を求めて勝手なことをされては困る]

「それができんほど子どもではないぞ、私の生徒たちは」

[親の欲目とはよく言ったものだ。これ以上の通信は無駄だ。失礼する]

「待てッ!」

画面の向こうの相手と言い合いをしていたが、最終的には決裂した様子で通信を切られてしまった。

悔しそうな顔をするものの、どうしようもないと感じたのか、千冬は大きく深呼吸する。

「すまん、騒がせたな」

「千冬姉、何があったんだ?」

「警報が鳴ったんだし、どっか襲われてんだろ?」

一夏と諒兵がそう尋ねると、千冬は深いため息を吐く。

アンスラックスがしばらく覚醒ISの襲来はないと話していたということは以前聞いているが、例外がないわけではないだろう。

それに使徒が来ないとは言っていない。

ならば、襲来があったと考えられるのだが……。

「ボルドーです。そこにサフィルスが来ています」

「ぼるどー?」と、せっかく教えてくれた虚の言葉に、勉強方面はさっぱりな一夏と諒兵は頭を捻る。

「シャルッ!」

そう言って思わず声を上げたのは、数馬だった。

ボルドーはフランス、アキテーヌ地域圏に存在する都市であり、フランス南西部の中心といってもいい。

フランスはドイツとスペインの間にある国なのだが、その中でもスペイン側に存在する都市である。

冷静にそれを思い出したシャルロットは、先ほどの会話の意味を理解する。

「そうか。あの人たち、自分で戦うから救援はいらないって言ってきたんですね?」

昨日、千冬に説明を受けていなかったらショックを受けるだけだっただろうが、話を聞いていたおかげで状況を冷静に整理できた。

「すまんなデュノア。お前の言う通り、いらないどころか助けに来るなと言ってきた」

「マジかそりゃあっ?」

「奢るにもほどがあるぞっ!」

諒兵、そしてラウラが呆れた様子で声を上げる。

敵はサフィルス。

ならば、当然シアノスやアサギ、そしてサーヴァントたちがいる。

軍勢としてみれば、使徒の中で危険性は一番高い。

そう考えれば、権利団体のAS操縦者だけで迎え撃つのは危険すぎる。

特に軍人であるラウラには、その無謀さがよく理解できた。

改めて千冬が説明を始める。

できればちゃんとブリーフィングしたかったのだが、この状況では仕方がない、と。

「デュノア、オルコット、そして御手洗には昨日説明していたんだが、フランスは権利団体のAS操縦者たちが国防を担うことになった」

「あいつらが……?」

厳密には一夏が映像で見たアレとは違うのだが、どうも一括りにしてるらしく、その雰囲気は剣呑なものとなっている。

「落ち着け、一夏」と、声をかけたのは箒だった。

『そうだよイチカ。今はガマンしよ?あとで絶対ぼこぼこにするんだからっ!』

『いやおぬしも落ち着かんか、ビャッコ』

箒と一緒に聡そうとしながらも、本音が漏れる白虎に対し思わず突っ込むシロこと飛燕だった。

それはともかく。

「どういう話でそうなったのかは知らねえけどよ、あいつらサフィルス相手に戦えんのか?」

無理に怒っても仕方ないと考えたのか、諒兵は冷静に問題点を指摘する。

それを受けてレオが戦力を分析し直した。

『サフィルスとサーヴァントの最も恐ろしい点は数ですね。その点で見れば、向こうのアレが全部出てくれば数だけなら互角ですけど、サフィルスのところには、さらにシアノスとアサギがいる』

『シアノスは敵にも味方にも正々堂々を求める方ですが、そうでない方に対しては……』

「フェザー?」と、解説してきたブルー・フェザーに対しセシリアが先を促す。

『本気で殲滅するでしょう。敵にも味方にもしたくないと断じた卑怯者に対しては、魔王の如き強さをもって叩き潰す方です』

本来『公明正大』を個性基盤とするシアノス。

敵にも正々堂々を求め、自らもそう戦うのだが、敵にも味方にも値しないと断じた相手に対しては冷酷と言っていいほどの厳しさを見せるとブルー・フェザーは解説した。

「あの人たち、好かれてるかな……?」

簪がボソッと呟くと、その場にいた全員が首を捻る。

はっきり言って、その点で見るとむしろ嫌われているというか、値しないと断じている可能性のほうが高い。

『シアノスは嫌いなヤツはきっちり割り切るぜー♪』

「ここでそう言われちゃ怖いってヴェノムっ!」

ヴェノムが楽しそうに言うのでティナは思わず突っ込んだ。

「わりとマジでヤバいんじゃない……?」

刀奈が冷や汗をかきながら呟くと、オーステルンも割と本気で心配し始める。

『その上でアサギが本気を出して戦ったら、下手をすれば全滅するぞ……』

身を潜めて狙撃する暗殺者の才能を持つ『臆病』のアサギ。

サフィルス陣営最強の前衛と後衛が本気を出してきたら、経験の少ない者たちでは本当に全滅する。

何よりサフィルス自身が手加減などするはずがない。

「というより、何故サフィルスは降りてきたんだろう?」

と、誠吾が呟くと突然モニターの一つが起動した。

『その点に関しては謝罪しよう』

「アンスラックス、せめて一言断ってから通信してきてくれ」と、千冬は思わず突っ込んだ。

『それも併せて謝罪しておく。それよりサフィルスだが降りてしまったのは彼奴の個性ゆえだ』

「個性?」と一夏。

『彼奴は『自尊』、その個性ゆえ先の進化に対して最も嫌悪感を抱いている』

もともと己こそ頂点にある者だと考える性格である。

そんなサフィルスから見れば、ISを隷属させるかのような進化など認められるはずがない。

叩き潰してやりたいと言っていたとアンスラックスは説明する。

『悪いことにシアノスもこの件に関してはサフィルスと同意見だ。同胞の心を踏み躙ったことに対し、本気で怒っているぞ』

権利団体のAS操縦者たちが相手になるかどうか以前に、下手をすればIS学園の遊撃部隊が全員出撃して本気で立ち向かわなければならないかもしれないと付け加える。

「我々も出撃することができるようにすぐに調整する。アンスラックス、すまんがサフィルスを退かせるよう呼びかけ続けてもらえんか?」

『そうしよう。何、あの無鉄砲な娘への礼と思ってくれ』

最後の一言に対しては全員が首を傾げたのだが、約束した以上やってくれるはずだと千冬はすぐにフランス大統領に対して通信をつなぐのだった。

 

 

 

フランス共和国アキテーヌ地域圏、ボルドー。

ボルドーワインと言えば多くのものが知る名産品だろう。

今、その空に青き軍勢が攻めてきていた。

『シアノス、手を抜くような真似をしたら許しませんことよ。本気を出す準備はできていて?』

『誰に言ってるの。私はあいつらを『敵』とは認めてない』

サフィルスの言葉に静かにそう答えるシアノス。

その返答でシアノスが本気であることがサフィルスには理解できる。

敵ではない。

さりとて味方ではなく、守るべき無辜の民でもない。

シアノスにとってそういう相手はこの世に不要と断じられたモノなのだ。

一夏はシアノスは優しく面倒見の良い性格だと少し誤解しているのだが、本質は鞘に納められた剣。

一夏やまどかといった相手は競い導くべき存在で、そう言った相手には気さくなお姉さんという雰囲気で決して非道はしないシアノス。

だが、不要と断じた相手は、ただ殺す。

殺すと決めた相手に対しては一切の情けをかけない。

抜き放たれた聖剣は、相手を殲滅するまで止まることはないのだ。

『アサギ、私に当てたら今はあんたでも斬るわよ』

『わっ、わかってるもぉーんっ!』

相変わらず内気な少女のようなポーズで泣きそうな声を出すアサギだが、シアノスが本気であることは理解しているので当てないように注意するだろう。

もっとも、アサギは狙っても誤射することができないと言えるほどの命中精度を誇る。

実はシアノスがそう脅す必要はないのだが自分が本気であることを示すためにわざわざ口に出したのだ。

そして、その『相手』が、この空へと飛んできた。

サフィルスたちを目視確認するなり、砲撃や狙撃が飛んでくる。

『ふふっ、いいじゃない』

シアノスが聖剣であった時代は戦闘開始の前には名乗りを上げたり、法螺貝を吹いたりといったように開始の合図がある。

だが、現代の戦争においては戦いの前にそんなことはしない。

それは当たり前のことなのだが、相手を敵と認めないシアノスの目には卑怯者の行いとしか映らない。

ゆえに。

権利団体のAS操縦者たちの眼前まで瞬時加速で迫ったシアノスは、手にする大剣を全力で振るった。

 

 

 

再びIS学園。

「すまんな束」

[いいよ、向こうのサポートはあいつがやってるし。あの子たちを少しでも解析したいから]

束の協力により、ボルドーの戦闘は衛星やエルたち生身の人間と剥き出しのISコアが構成しているBSネットワークを使って確認することができた。

[エルとアゼルに近くに行ってもらってるおかげで、かなりしっかり確認できそうだよ]

「うむ。私はフランスの権利団体との交渉を続ける。状況確認は任せたぞ」

そう言って千冬は別のモニターを使い、フランス大統領とコンタクトを取り、権利団体の代表を何とか呼び出そうとしていた。

 

そして、モニターを見ていた者たちは。

「すげえな……」と、諒兵が呟く。

「ああ。割り切ってるのかもな。あれは倒すための剣だ」

一夏がそう評した通り、モニターに映る戦闘は凄まじいものだった。

シアノスの剣は今までのような互いに競う感じではない。

目に映る敵をただ葬ろうとする滅殺の豪剣だった。

「あの女たちの前衛担当が全く相手になっていない。逃げ回ってるだけじゃないか」

と、同じ前衛となる箒もそう感心したような声をだす。

「あの豪剣を前にしたら私も逃げるしか手がありませんわ。これほどでしたのフェザー?」

『序の口です、セシリア様』

「ちょっ!」とシャルロットが驚いてしまう。

『本気を出しすぎると『彼女たち』のダメージも大きいと理解しているのでしょう。操縦者だけに重いダメージがいくようにしています』

「あ、あれで……?」と、簪が戦慄した表情で呟く。

本気で戦うのと本気で殺すのは違う。

一夏やまどかとは本気で戦ってくれるシアノスだが、今は本気で殺そうとしているように見える。

その違いに一同は戦慄してしまう。

さらに。

「あの子も凄いわね……」

「そうだね。一発漏らさず命中させている」

「同時に一発もシアノスに当てていません。とてつもない命中精度です」

刀奈、誠吾、そして虚がそう感心したような声を漏らす。

アサギの狙撃は、狙撃手の理想形のような美しく恐ろしいものだった。

「狙い方がうまいんかなー?」

『いんにゃ、ポジション取りがうめーんだ』

『そうね、常に死角から死角に飛んで、狙うときに邪魔されてないわ』

ティナの疑問に対し、ヴェノム、そしてブリーズがそう解説してくれた。

『どう見ても相手が悪すぎる。既に撤退すべき状況だろう』とオーステルン。

これが使徒でも数体程度であれば権利団体のAS操縦者たちでも戦いになったかもしれない。

しかしサフィルスは使徒の軍隊だ。

あまりにも相手が強すぎた。

何よりサフィルス自身はまだ悠然と空に浮かんでいるだけで、身動き一つしていないのだ。

「交渉内容は変える。とにかく連中を撤退させるよう依頼を続ける。お前たちは出撃に備えておけ」

一夏たちの会話を聞きながら、千冬はそう言って交渉を続けていた。

 

 

 

戦況を見ながら、サフィルスは高らかに笑う。

『弱いにもほどがありましてよ。身の程知らずほど見苦しいものはありませんわね♪』

ほぼシアノス一機で敵を蹂躙しているのだから、サフィルスとしては笑いたくなるだろう。

 

くっ、何もしてないくせにッ!

何なの、あの偉そうな態度ッ!

調子に乗りやがってッ!

たかがIS風情がッ!

 

敵である権利団体のAS操縦者たちの罵詈雑言も、今は心地よいとすらサフィルスは思う。

自らは手を下さず、下僕が戦い、圧倒的な力で勝利する。

これが自分がいる戦場の在るべき姿だと。

だが。

『ちょっとっ、下僕とか調子乗ってるとあんたもぶった斬るわよっ!』

『少しはいい気分に浸らせてくださいましっ!』

シアノスのツッコミに思わずツッコミ返してしまう、クール系残念お嬢様なサフィルスである。

とはいえ、この場での戦いはサフィルスに優位に動いている。

訳の分からない力で覚醒ISと進化した者たちが相手だけに、サフィルスは十分に警戒してエンジェル・ハイロゥから降りてきた。

だが、戦闘者としてこのレベルなら、IS学園の者たちのほうがはるかに恐ろしいと言える。

ゆえに。

『シアノス、このまま道具として使われるくらいなら、この場で破壊するのが慈悲というものでしてよ』

『そうね。次はいい相手に巡り合ってちょうだい』

その会話はその場にいる権利団体のAS操縦者たちを戦慄させた。

殺しに来るということが理解できたからだ。

シアノスは大剣を持つ右手と、空いている左手を胸の前でXの形に交差させる。

 

『天魔斬滅・サンライトラプチャー』

 

直後、欧州全土が眩い光に包まれた。

 

本能からか、上昇や下降した権利団体のAS操縦者たちは、何とか直撃だけは免れる。

しかし、その剣圧は余波だけでその場にいた者たちに大ダメージを与えてきた。

まともに喰らっていたら確実に命を落としていたと言えるレベルの必殺の剣だったのだ。

『まったく、手を抜くなと命じていましてよ』

『しょうがないでしょ。空だと上下に逃げられる可能性はあるんだから。私は本来は地上で戦う剣士なのよ』

あまりに普通の会話なので、先ほどの攻撃がまるで夢だったのかと思える。

だが、既に辛うじて浮いているというレベルのダメージを受けており、もはや勝負はついたと言っても過言ではなかった。

 

 

 

その様子を一夏や諒兵も指令室で見つめていた。

「あれは……」

「間違いねえ。単一仕様能力だ」

「強力な横薙ぎの剣……、もともとは地上で軍勢を相手にするような形の剣だったんだろうね」

誠吾が冷静に解説するが、他の者たちは声を出せなかった。

まさかシアノスが単一仕様能力を使ってくるとは思っていなかったからだ。

もともとはドラッジで縛られたサーヴァント。

これほどの力を持つとは思わなかったというのが本音である。

「ザクロ以外に、これほどの剣士がいたのか……」

箒も剣、というか刀を使って戦うだけに、その剣の恐ろしさは一夏や誠吾と同じように理解できる。

「もう、勝負はつきましたわね……」と、セシリアが震えた声で呟く。

次に対峙したとき、あの剣を相手に戦えるのかと不安になってしまうからだ。

「千冬姉……」

「ダメだ。こちらの進言を聞かない」

[脳みそあるのっ?]

一夏が言葉少なに尋ねかけたが、千冬の回答は思っていたものではなかった。

束も呆れたような声を出す。

だが。

「行かせてくれ。戦いたい」

『うんっ!』

「一夏ッ?」と、箒が驚愕の声を出した。

あの剣を見て「戦いたい」なんて言葉が出るとは思わなかったのだ。

「俺も行くぜ。さっきからアサギがけっこうおもしれえし。生徒会長には悪いけどよ」

『いろいろと試せそうですね』

諒兵までもが戦意を高めている。

それほどにシアノスの単一仕様能力は、彼らの戦意を刺激していた。

「任せていいか?」

「シアノスに負けんなよ?」

既に一夏と諒兵は完全に戦場に向かうつもりだった。

確かに、一夏と諒兵ならばシアノスとアサギを抑えられるだろう。

そして敵がその二機であるならば正しく成長できる戦いとなるはずだ。

アサギに対してはいささか疑問は残るが。

しかし。

 

「イチカ・オリムラ、リョウヘイ・ヒノ、お前たちが出撃した場合、テロリストと見做して拘束する」

 

スピーカーから聞こえてきた言葉に、二人は唖然としてしまった。

理不尽なんてものではない。

不条理なんてものでもない。

馬鹿げた妄想を吐き出したとしか思えない言葉だった。

声の方向に視線を向けると、千冬も呆然としている。

モニターに映る女性をニンゲンですらない何かと思っているかのようだった。

 

 

 

 

 


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