ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

243 / 273
第208話「黒衣の少女」

「お前は何を言っている?」

 

というのが、しばらく経ってようやく千冬が発することができた言葉だった。

いくらなんでもこんな馬鹿げた言葉が出てくるはずがないと思っていたからだ。

一夏と諒兵をテロリストとして扱うなど。

[IS委員会の決定により、イチカ・オリムラとリョウヘイ・ヒノはIS学園のみで活動を許すということになった。各国に移動して戦闘行動を行った場合、テロリストとして扱う]

「ふざけるなっ!」と、さすがにラウラが叫ぶ。

「だんなさまはっ、一夏と共にずっと苦しみながら人を守るために戦ってきたんだっ、テロリストなわけがないだろうっ!」

感情のままに叫ぶラウラだが、それはその場にいる者たち全員の気持ちでもあった。

ISとの戦争が始まってから、ずっと戦ってきた二人。

各国の国民たちには英雄と見ている人も多い。

なのに、テロリスト扱いできるはずがない。

[ラウラ・ボーデヴィッヒ、貴様もVTシステム起動というアラスカ条約違反について罪を償っているとは言い難い。まだ決定ではないが同様の措置をとることになる]

だが、モニターの向こうの女性は話をまったく聞かずに、そう言ってくる。

「ラウラまでっ?」と、シャルロットは思わず声を荒げた。

ラウラが以前起こした事件は千冬の尽力もあって収まっているはずだった。

ここにきて、こんな話を持ち出してくるとは誰も想像していない。

[黙って見ているがいい。我々の力をもってすればサーヴァントを奪い取ることも可能だ。貴様らにできることなどない]

「本気で言っているのかッ、このままでは死者が出るぞッ!」

千冬が叫ぶのも当然だった。

劣勢なんてものではない。

もはや敗走しててもおかしくない状況だ。

それがわかってこんなことを言うのであれば、頭がおかしくなったとしか思えない。

だが、通信相手はこれ以上は無駄だと言って通信を切ってしまう。

千冬はすぐに学園長の轡木十蔵に連絡を取る。

[本当に今さっきだ。確かにIS委員会が織斑一夏君と日野諒兵君の活動制限を各国に提出してきた]

「ならッ、まだ各国の決議は取れてないんですねッ?」

[そうだ、IS委員会の暴走と言っていい。問題は襲撃地点がフランスということだ]

「……そうかッ、先行特例を使う気かッ!」

先行特例。

単純に言えば、各国の賛成を取れていない状態だが、先行でIS委員会の決定を実施するということだ。

フランスは権利団体のAS操縦者たちを受け入れているため、権利団体の発言力が他国より増してしまっており、賛成せざるを得ない状況にある。

つまり、ボルドーに飛べば、本当に一夏と諒兵はテロリストとして捕まってしまうということだ。

[織斑一夏君、日野諒兵君]

「「えっ、あっ、はい」」

呆けていた一夏と諒兵に、轡木十蔵が話しかける。

それは貫禄がありながらも、優しい声だった。

「君たちが人を守るために戦ってくれているように、私たちは君たちを守ってみせる。ドイツは既に反対を表明した」

「我が国が……」と、嬉しそうなラウラ。

「だから、ここは堪えてほしい。この通りだ」

モニターの向こうで轡木十蔵は頭を下げてくる。

自分の父親か下手をすれば祖父ほどの年齢の男性が、まだ子どもと言っていい一夏と諒兵に頭を下げる。

それがどれだけ大きな意味を持つのか、一夏や諒兵でも理解できた。

そして返事を待たずに轡木十蔵は千冬に指示を出してくる。

「織斑君、出撃準備を頼む。人命がかかっている」

「わかりました学園長。ですが……」

「スペインだ」

「えっ?」

「スペインの国王陛下がフランスからサフィルスたちが襲ってくる可能性があるから、国防に力を貸してほしいとIS学園に要請してきた。戦闘で国境を越えてしまうのは仕方ないとおっしゃってくれている。すぐに飛べるぞ」

さらに、議会でまだ決定していないため、現時点なら一夏と諒兵がスペインに飛んでもテロリスト扱いはされないという。

フランスに入ることはできないが、向こうがスペインに飛んでくるのなら話は別だといって、轡木十蔵はニヤリと笑う。

「わかりましたっ、総員出撃ッ!」

『はいッ!』

自分たちを助けてくれる大人たちがいる。

それは生徒たちにとって、そして一夏や諒兵にとっても戦う意志を支えてくれる確かな力となっていた。

 

 

スペイン王国、ナバーラ州パンプローナ。

フランスとの国境に近いその町の空に、一夏と諒兵たちは転移してきた。

「全員来ちゃったけど大丈夫なのかな……」

と、日本から出ることのなかった簪が不安そうな声を漏らす。

すると、IS学園から通信が入ってきた。

[状況によって、更識簪、更識刀奈と篠ノ之、もしくは一夏と諒兵は学園に戻す]

「了解」と一夏が素直に返事をした。

先ほどのショックも、学園長の轡木十蔵のおかげで抜けている。

「さっきのアホな理屈もバカにできねえし、俺たちはここから動かないほうがいいんだろ?」

「そうだね。僕たちがフランスに飛ぶよ」

と、諒兵の問いかけにシャルロットが肯く。

現状、それが一番ベターな選択であると言えた。

「飛ぶのはいいがどうするんだ?」

「申し訳ないと思いますか、サフィルスたちをフランスから誘い出しましょう」

『スペインが一番近いですが、海上であっても彼の者たちの理屈を無視できると思います』

箒の疑問に対しては、セシリア、そしてブルー・フェザーが答える。

現状のシアノスは強敵だ。

一夏と諒兵抜きで戦える相手ではないと全員が理解していた。

だが。

 

「ねえ、あの子、誰?」

 

ティナの言葉に全員が目を向けると、異常な光景が目に入った。

 

 

 

ボルドー上空。

もはや逃げる以外に生き延びる手がない状況の中、権利団体のAS操縦者たちはまるで希望の光を見たかのように目を輝かせた。

「ノワールっ!」

その名前が、サフィルスたちには理解できない。

そもそも彼の女性たちが何を見ているのかもわからない。

『アサギ、サフィルス、誰か来たの?』

『えっ、見えないよ……?』

『幻覚でも見えているのではございませんこと?』

呆れたようなサフィルスの態度も理解できる。

彼の女性たちの視線の先にあるのはただの空でしかない。

センサーにも何も映っていない。

だから、そこに何かがいるかのように見えている権利団体のAS操縦者たちの頭がおかしくなったとしか思えない。

『まあ、最初から頭おかしいんだけど……』

嫌いな相手にはかなり辛辣なシアノスである。

 

そんなことを思われている権利団体のAS操縦者たちの目には、黒い少女用のドレスを纏った少女の姿が映っていた。

「ノワールっ、来てくれたのねっ!」

『ウンッ、ダッテオ姉チャンタチ頑張ッテルノニ、酷イ事シテルンダモン』

「助けてくれるのか?」

『ソンナニ大シタ事ハデキナイケド、『アレ』ヲ何機カ捕マエチャウ♪』

そう答えて、ノワールはサーヴァントに向けて両手を広げる。

直後。

『馬鹿なっ、私のサーヴァントがッ!』

サフィルスが驚愕の叫びをあげる。

五機のサーヴァントからドラッジが無理やり外れてしまい、ただの量産機に戻った。

否、それはまるで意思を失ったかのようにただ宙に浮かんでいる。

「やったっ!」

「すごいぞノワールっ!」

『サア、新シイオ姉チャンタチノ『ちから』ニナッテネ♪』

ノワールがそう指示を出すと、かつてサーヴァントだった量産機たちは地上に向かって飛んでいく。

そこにいた女性たちは我先にと群がり、新たなAS操縦者となった。

その様子を、サフィルスはもちろんとしてシアノスやアサギも驚愕の眼差しで見つめている。

『ウ~ン、『懐疑』ハ逃ゲチャッタカア。アイツ捕マエニククテ嫌イ』

「仲間が増えたし大丈夫でしょう」

『ソウダネッ、モットモォーット増ヤシテイコウネ♪』

「もちろんよノワール」

驚愕で動きを止めているサフィルスたちを獲物を見る目で見つめながら、権利団体のAS操縦者たちは武器を構え直す。

その様子をノワールは無邪気な笑顔で眺めていた。

 

 

一方。

ティナの言葉でその場所に目を向けた一夏や諒兵たちの目にも、黒い少女用のドレスを纏った少女、ノワールの姿が映っていた。

だが。

『ティナ、何も見えねーぞ?』

『センサーにも反応はない。何も無いはずだが……』

「えっ?」

ヴェノムやオーステルンの言葉に、ティナは、それどころかその場にいた者たち全員が驚く。

「待ってくれ。飛燕まさかお前にも見えないのか?」

『ホウキが何を見ておるのかわからんのじゃが……』

「フェザー?」

『完全に無反応です。ただの空しかありません』

『いったい何のことを言ってるの?』

「ブリーズもっ?」

どうやら人間には見えているのに、ASたちには全く見えていないらしい。

全員が動きを止め、驚いたまま固まっている。

「教官っ、そちらのモニターに何か映っていませんかッ?」

[い、いや、何も映っていないが……]

映像で捉えることもできていないらしい。

人の肉眼にしか見えていないのだろうかと思うと、意外な言葉が発せられた。

『なんか、黒い服着た女の子がいるよ?』

「白虎には見えてるのか?」

『リョウヘイ、小さな女の子だからって油断しないでくださいね』

「待てコラ」

白虎とレオだけが、人間同様にノワールを認識していた。

『ソッカア。貴女タチハ、オ兄チャンタチノ影響ガ強インダネ。ヤダナア、気持チ悪イ』

不思議な声を発するノワールに全員が身構える。

喋り方は本当に普通の女の子としか思えないが、その声を聞くとひどく不安を掻き立てられる。

『ていうか、あなた誰?』

『私ハ『ノワール』ッテ呼バレテルヨ』

『只者ではありませんね。雰囲気が異常です』

「確かにヤバそうだ」

「鳥肌立つなんて久しぶりだぜ……」

そもそも空に浮かぶ女の子という時点でおかしな話である。

そして、白虎とレオ以外のASにはまったく認識できず、映像で捉えることもできない。

ノワールが異常な存在であることはそれだけで理解できた。

すると、再びノワールが口を開く。

『セッカクオ姉チャンタチガ頑張ッテルンダカラ邪魔シチャ駄目ダヨ』

「限界があるだろ。逃げなきゃダメなときは逃げるべきだ」

「三十六計なんとかって言葉もあるんだぜ?」

三十六計逃げるに如かず。

逃げるべき時には逃げることで生き延び、次の機会に備える。

それもまた戦術だ。

大局の勝利のためには、恥をさらしてでも生き延びることが大事なのだ。

だが、答えるかのように放たれたノワールの言葉で、全員の思考が止まる。

 

『モットタクサン、オ姉チャンタチノ仲間ヲ増ヤシタインダカラ』

 

その意味を理解するまでに何時間かかっただろう。

実際には十秒もかからなかったはずだが、それほどに衝撃的な言葉だったのだ。

気づけば一夏と諒兵はノワールに攻めかかっていた。

頭が理解するよりも迅く、心が猛った。

『オッカナイナア♪』

だが、その攻撃は効かなかった。

というより、あっさりとすり抜けてしまった。

『リョウヘイッ、イチカッ、其処には何もないぞッ!』

オーステルンが二人の行動を窘める。

実際、まったく手応えがない。

「白虎ッ!」

『実体がないよこの子ッ!』

「レオッ、何だこりゃあッ?」

『おそらく人間の脳だけに信号を送り込んでるんですッ!』

此処に在るように見える。

此処に居るように聞こえる。

だが、ノワールは此処にはいないのだと白虎とレオが解説する。

それに反応したのは、この中では最年長ともいえる飛燕ことシロだった。

『人間の脳に勝手に干渉できるなぞッ、妾たちでも無理じゃぞッ!』

かつて飛燕がシロだったときに束と話をしたときは、前頭葉を狙って微弱な電気を飛ばして話をしていた。

ノワールが今やっていることに近い。

だが、それはISのセンサーに反応しないということはない。

あくまで電気信号だからだ。

しかし、ノワールは人間の脳だけを狙って自分の姿と声を届けている。

「みんなッ、信号をシャットアウトしてッ!」

その危険性を理解したシャルロットが叫ぶと、白虎とレオ以外のASすべてが、パートナーの脳を守ろうとする。

「消えたっ!」と、ティナが、そして他の仲間たちも同じように叫ぶ。

人間の脳に干渉できるということは、誰でも簡単に洗脳できる可能性があるということだ。

だが、ASたちが完全にシャットアウトすればノワールが脳に干渉することはできなくなる。

シャットアウトは当然の処置だった。

『フ~ン、凄イネ。私ノあくせすヲ拒ムナンテ』

「どうでもいい。答えろノワール」

「てめえ、ISたちを何処にやった?」

しかし、白虎とレオだけはシャットアウトしていない。

当然、ノワールと会話することも可能だ。

シャットアウトのやり方がわからないわけではない。

やる必要がないと理解しているからだ。

「一夏ッ、諒兵ッ!」と、状況の危険性を誰よりも理解してるシャルロットが叫ぶ。

「大丈夫だ、シャル」

「何となくだけどな」

一夏と白虎。

諒兵とレオ。

この二人と二機だけは、他のすべてのAS操縦者たちと『少し』だけ異なる。

その『少し』がノワールに洗脳されるかもしれないという可能性を潰している。

『心配シナクテモ私ハ洗脳ナンテシナイヨ。ソレハ『壊レタ』ッテ言ワナイモン』

「てめえ、イカレてんな」

『デモ、本当ニ気持チ悪イネ、オ兄チャンタチ。ISト人間ガ互イニ守リ合ウナンテ。気持チ悪イカラ、モウ帰ルネ♪』

「待てッ!」

そんな一夏の叫びを無視して、ノワールは一夏と諒兵の視界からも消える。

悔しげな顔を隠しもしない一夏と諒兵に、誰も声をかけられない。

だが、慌てたような声で千冬が通信してきた。

[一夏と諒兵はその場で待機ッ、他の者はフランスに飛行しろッ!]

「千冬姉ッ、ノワールを探さないのかッ!」

思わず一夏が反論する。

だが、既に予断を許さない状況らしい。

[すぐには見つからんッ、白虎ッ、レオッ、お前たちが見たものを送れッ!]

『理由はわかりませんがデータが残っていませんッ!』

[何ッ?]

『覚えてるんだけどッ、記録できてないのッ!』

白虎とレオがそう答えると、千冬は少し逡巡したのち、改めて指示を出す。

[ならばその話は後だッ、ラウラッ、篠ノ之ッ、お前たちが前衛だッ、すぐに移動しろッ!]

「「はいッ!」」

さすがにこの慌てようだと、何かマズい事態になっていることが一夏や諒兵にも理解できる。

「千冬姉ッ、向こうで何が起きてるんだッ?」

[サフィルスのサーヴァントが強奪されたッ!]

「んだとッ?」

「問題はその後だッ、『懐疑』のISコアが進化してしまったッ!」

その連絡を受けて真っ先に動き出したのは、他ならぬブルー・フェザーだった。

『急ぎましょうセシリア様ッ、あの方はシアノスとは別の意味で危険すぎますッ!』

「フェザーッ?」

『あの方は一度疑わしいと感じれば目に映るすべてを屠ってしまうのですッ!』

それがかつて不義の騎士が握っていた聖剣。

サフィルスがシアノスに並ぶ最強の前衛として期待していたのは、聖なる剣にあるまじき虐殺の剣だった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。