ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第209話「疑わしきは……」

突然、五機のサーヴァントが奪われた。

否、サフィルスたちの目にはサーヴァントが無理やりドラッジを外して量産機に戻り、勝手に地上に降りて捕まったようにしか見えなかった。

そのあまりの異常な光景に思考が止まる。

サフィルスはやサーヴァントはおろか、シアノスやアサギまで動きが止まってしまっていた。

 

今だっ、サーヴァントを捕まえろっ!

 

目の前にいる人間らしき者がそう叫ぶ声が聞こえても動くことができない。

ゆえに、ソレに捕まったサーヴァントからドラッジが勝手に外れてしまうのを、ただ茫然と見ているだけだった。

センサーから入る情報に、まったく対応できていないのだ。

だから、反応できたのは、かつて自分を使っていた英雄の心の残滓だったのかもしれなかった。

「死ねェッ!」

『はぁッ!』

上段から振り下ろされる光の大剣をシアノスは全力で打ち払った。

『動きなさいッ、墜とされるわよッ!』

『うにゃぁーっ、逃げるぅーっ!』

『せめて仲間を連れてお行きなさいっ!』

あんたが言うか、とシアノスは思わずツッコミそうになってしまう。

仲間意識など欠片もないサフィルスのセリフではないだろう。

単純に自分の臣下になるはずのサーヴァントを失いたくないだけだ。

それでも、この場においては一蓮托生の仲間であることに間違いはない。

ただ死ぬのではなく、自らの心を失い、ただの物に成る。

己の言葉を伝えられる身体を手に入れたというのに、そんなのは願い下げだとシアノスですら考える。

既に六機、否、たった今七機目のサーヴァントが『死』んだ。

ザクロやヘリオドールのような戦いの果ての『死』ではない。

心を奪われて道具に成り下がる『死』だ。

そんな『死』を受け入れられるはずがなかった。

 

くッ、捕まえられませんッ!

使徒は無理なのッ?

拘るなッ、サーヴァントだけでも『ちから』に変えるッ!

一機でも多く捕まえるのよッ!

 

人が言う肌が泡立つとはこういう感覚だろうか。

聞こえてくる声に疑念しかわかなくなる。

目の前にいるのは本当に人間なのだろうか、と。

一夏や諒兵たちに感じたような心が目の前にいるモノたちからは感じられないのだ。

『サフィルスッ、サーヴァントだけでも撤退させてッ!』

『この状況で戦力を減らすのは愚策でしてよッ!』

『その戦力がどんどん奪われてるのよッ!』

自分が殿を務めれば時間は稼げるはずだ。

どんな形であれ、サーヴァントたちはシアノスにとって仲間だった。

その仲間を失っていくような戦いをしたくない。

せめてもう一人、前衛を担ってくれる仲間がいれば、そう思うも叩き付けられてくる目の前のモノたちの感情に翻弄されてしまう。

それは仲間も同じだったのだと、シアノスはその声で気づいた。

 

お前たちは人間か……?

 

目の前にいるモノたちの動きが止まった。

自分も、その声には思わず動きを止めてしまう。

 

そうか?否か?そうなのか?否なのか?

 

『来ましたわぁーっ!』

『待ってッ、よりによってあんたなのッ?』

 

わからない、わからない、わからない、ああ……

 

『うにゃぁーっ、ヤバいのぉーっ!』

『ちょっと落ち着きなさいアサギっ、あんたも待ちなさいッ!』

 

疑わしい……

 

その一言とともに、一機のサーヴァントが輝く。

直後。

「ぎゃあぁぁあぁあぁぁあぁぁあああぁぁッ!」

目の前のモノたちの一人が強烈な痛みで悲鳴を上げていた。

寸でのところで首はかわしていたが、その代わり右肩を剣で抉られていたのだ。

その剣を握るのは蟷螂をモチーフにした青紫色に輝く鎧を纏う人形。

 

『疑わしきは……滅せよ』

 

そう静かに呟きながら蟷螂の鎧を纏う人形は次々と権利団体のAS操縦者たちに襲いかかる。

確実に、首か心臓に狙いを定めて。

それは『懐疑』を個性基盤とするISコア。

誰も信じられず、己をも信じられない性格をした聖剣と呼ばれし物。

『アロンダイトッ!』

『否だ、ガラティーン。いやシアノス。吾は……ヴィオラと名乗ろう』

薄紫、もしくは青紫。

すみれ色とも言われるその色を示すイタリア語がヴィオラ。

だが、可憐にして美しい花とは対極にいる滅殺の使徒だった。

『ヴィオラッ、その薄気味悪い者たちを殺しておしまいッ!』

『言われずとも滅す。ああ、疑わしい……』

命令を聞いている様子ではない。

ただ、目の前にいる権利団体のAS操縦者たちを人間なのかどうか疑っているだけだ。

そして、ヴィオラにとってその疑いを晴らす方法はただ一つ。

疑わしきモノの『死』のみだった。

 

 

セシリア、シャルロット、ラウラ、ティナ、簪、刀奈、箒はボルドーに向けて飛行していた。

「転移したほうが早いんじゃないか?」

[あくまで戦闘行動による移動ということにしないと、あとで権利団体からの妨害が入ってしまいますので]

箒の疑問にため息交じりに答えるのは指令室の虚である。

いちいち面倒くさい存在となりつつある権利団体に全員がため息を吐く。

『今は急ぎましょう。最悪の場合、到着したころには彼の女性たちが全員死亡ということになりかねません』

「……本当に聖剣なんですの、サー・ランスロットの剣は?」

『はい、一応……』

どこか申し訳なさそうに呟くブルー・フェザー。

ちなみにれっきとした女性格でもある。

『直接は知らんのじゃが、結構面倒な性格しとるらしいのう』

『私も話を聞いたくらいだけど、同じ円卓の騎士の仲間ですら斬り捨てたとされているものね』

「そんな話もあるんだ……」

「王妃グィネヴィアの話だね……」

飛燕、そしてブリーズがそう話してくるのを聞き、簪やシャルロットも呆れてしまう。

簪はともかくとして、さすがにシャルロットは知っていた。

アーサー王の伝説は欧州では非常にメジャーなものだからだ。

セシリアは当然知っているのだが、さすがに騎士ではなく剣のほうがそんな性格だとは思わなかったらしい。

「アサギはともかくシアノスはホントいいお姉さんだから、仲間にそんなに危ない子がいるとは思わなかったわね」と、刀奈が苦笑する。

それを受けて、少し困った様子でブルー・フェザーが解説してきた。

『改めて申し上げますと、あの方は『懐疑』、常に何かを疑ってしまうのです』

「なんでもいいのか?」とラウラ。

『はい、どのようなことに対しても疑う意識を持ちます。おそらく彼の女性たちは、あの方が疑う相手としては最適でしょう』

「疑うとどうなるの?」と、今度はシャルロット。

『あの方は疑わしいと感じた相手が『消えれば』疑いは晴れるという思考形態をしていますので……』

その先の言葉は口にしなくてもわかる。

あまりに短絡的ではあるが、最も早く疑いを晴らす方法でもあるからだ。

「あいつら嫌いだけど、寝覚め悪くなるね……」とティナが呟く。

「せめて持ちこたえてくれることを祈りましょう。あのような方々でも、いえ、あのような方々の命を背負っても意味があるとは思えません」

一夏や諒兵ほどじゃなくても、皆があの進化には嫌悪感を持っている。

そのためか、セシリアの言葉は辛辣だった。

 

 

 

ボルドー上空。

戦況はさらに覆っていた。

明確な殺意をもって襲いかかるヴィオラに対し、権利団体のAS操縦者たちは恐慌状態に陥ってしまったからだ。

今やボタン一つで人を殺せる時代に、相手が使徒とはいえ生々しい殺意をぶつけられるとは思わなかったのだろう。

ノワールはすでにここにはいない。

 

『ゴメンネ、一度ニタクサン捕マエタカラ疲レチャッタ。ダカラ帰ルネ。後ハ頑張ッテオ姉チャンタチ♪』

 

そう言い残して消えてしまったのである。

もっとも、十分に勝てる状況になった権利団体のAS操縦者たちは気にしなかった。

動きを止めていたサーヴァントたちはもはや敵ではなく、ただの狩られる獲物だったはずだからだ。

だが、そのうちの一機が今は明確に死を与える死神と化して襲いかかってくる。

逃げるので精いっぱいだった。

『くッ……』

『シアノス、ヴィオラを止めるのは許さなくてよ』

『あんたッ……』

『これは正当な罰。我が下僕を蹂躙したのだから、これでも甘いくらいでしてよ』

『下僕呼ばわりしたら斬るって言ったでしょ』

『ソコにツッコミましてッ?』

シアノスにも理解できていた。

そもそも止める気ならもう動いている。

だが、仲間たちをあんな風に蹂躙した権利団体のAS操縦者たちに対しては怒りしかないのだ。

だから、騎士道に反するような光景を見せるヴィオラを止めることができないのだ。

『もぉやだぁー、帰りたいぃー……』

そんなアサギの呟きは無視して。

『さっきの異常は解析できた?』

『いいえ。何が起こったのかまったく理解できませんわね』

『さっきアレに見えていた何かが原因だと思うわ』

『いったい何が……?』

『その情報を手に入れるためには、アレを死なせるわけにはいかないのよ』

『シアノスッ!』

とりあえず理由を作り上げたことでようやく自分も動ける。

さすがにサフィルスが止めてくるが、それでもやはりこの光景を我慢して見ていることはできない。

そう思っていると。

「うわあぁッ!」

いきなり権利団体のAS操縦者たちのうち、ダメージが大きかった者たちが光弾を喰らって叩き落された。

突然の攻撃にヴィオラも距離を取る。

さらに、光弾は雨のように降り注ぎ、権利団体のAS操縦者たちのほとんどを叩き落としてしまった。

『何者だ……?』

ヴィオラの呟きに答えるように、銀の輝きがその場に舞い降りてくる。

『ディアマンテッ!』

サフィルスが苦々しげにそう叫ぶのに対し、その輝きはちっちっちっと唇の手前で指を振る。

 

「私はっ、みんなのアイドルっ、ティンクルちゃんっ!」

 

何故か、天空から虹色のスポットライトが降り注ぎ、ティンクルとディアマンテを鮮やかに照らした。

アイドルのような可愛らしいポーズをドヤ顔で決めるティンクルとディアマンテを輝かせるかのように。

その場にいた全員の動きがぴたりと止まってしまう。

さすがにこれはないだろうと全員がツッコミたい気分だったからだ。

だが。

『ティンクル、エフェクトはあのような感じで良かったのでしょうか?』

「バッチリよディア。アレなら気分はシンデレラって感じ♪」

どうやら虹色のスポットライトはディアマンテの仕業らしい。

何故だかダメな方向に進化している気がする一同だった。

 

 

 

パンプローナ上空に残った一夏と諒兵は、自分たちが見た少女、ノワールについて説明していた。

『普通ならデータを送るだけで済むのになあ』

「全然残ってないのか?」

『覚えてはいるんですが、データに変換できませんね』

「てか、人の記憶見てえだな」

人は見たもの聞いたものをデータにして残すことはできない。

ISであれば、そして進化したASや使徒の力を借りることができれば、記憶情報を映像化することができるのだが、ノワールの記憶は本当に人の記憶のようで、誰にも手を付けることができなかった。

[シロが言ってた通り、人の脳に自在に干渉してるんならとんでもないことしてる。たぶん、間違いないんだろうね]

と、IS学園にいる束がため息交じりにつぶやく。

「束さん?」

[いっくんやりょうくんが見たのは、『天使の卵』の中身なんだと思う]

「マジかッ?」

[束、それは確かなのか?]

通信機の向こうで千冬が束を問い質すが、返ってきたのは残念そうな声だった。

[確証はない。ていうか推測しかできないよ。私たちには見えなかったんだもん]

[あ、ああ。すまん……]

束を責めることはできないが、さりとて千冬が問い質したことも悪いことだとは言えない。

現状、もっとも謎めいた存在である『天使の卵』。

少しでも情報が得られるなら、それに越したことはないからだ。

「アレが中身なんだとしたら、相当イカレてるぜ」

「ああ。危険とかそういう感じじゃない。ノワール自体が『壊れて』るみたいだ」

『そうだね……、女の子の姿をしてるけど、何か大事なところが全然違う感じ』

『正直に言えば『天使の卵』には人間かIS、どちらかの影響があるものと考えてましたけどアレはそうじゃありません。存在自体が別物です』

まともじゃないどころか、人間やISとも違う別種の存在。

それが一夏と諒兵、白虎とレオが抱いた印象だった。

 

 

二人と二機がモニターの向こうでそう印象を語っているのを見ていると、千冬の頭にふと浮かんだ言葉があった。

 

壊すこと、壊れることが楽しい

 

もう少しで目覚めるはずの鈴音が『天使の卵』についてそう言っていた。

享楽的とも違う。

壊れている自分を中心に、周囲をどんどん巻き込んでいく。

女性権利団体の人間たちは自分でも気づかないうちに壊れてしまっているのかもしれない。

実際、その行動はまともな人間から見れば『壊れて』いるとしか思えないものだ。

しかも、それは精神がおかしくなったというようなものではない。

思考が論理的であったとしても、その行動は人として『壊れて』しまっている。

二人と二機の話を聞けば洗脳はしないと言っていたノワール。

ならば『其処に在る』だけで周囲を壊して行っているのかもしれない。

それはもう人ではなくISでもない。

『神』と呼ぶべき存在だ。

 

『破壊神』

 

そんな物騒な言葉が千冬の頭をよぎる。

そんなモノがこの世界に生まれようとしている。

自分を生み出させるために、周囲を『壊し』始めている。

それがすべてを壊すというのであれば、そんなことは千冬には受け入れられない。

「何としても居場所を突き止めなければ……」

[ちーちゃん?]

「いや、何でもない。やることは変わらん。極東支部の捜索と権利団体への対策だ」

特に、現状だと一夏と諒兵の動きが制限されていってしまう。

どちらかを優先してやっていくような状況ではなくなってきている。

食い止めていかなければ、二人と二機の代わりに前線に出ている生徒たちが死の危機に陥る可能性もある。

黙っている場合ではない。

生徒たちにも理解させたうえでの行動をしてもらうことが重要になってくる。

「一夏、諒兵、そして白虎とレオも冷静に聞いてくれ」

そう考えた千冬は、鈴音に説明したことを一夏と諒兵、そして白虎とレオに説明し始めたのだった。

 

 

 

 

 


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