猫鈴に対する空中土下座を済ませた後、鈴音はこっそり千冬のもとを訪れた。
「どうした、猫鈴は許してくれたのか?」
「それ言わないでください」
わりとマジな鈴音である。
気を取り直して、鈴音は懐から二枚の写真を取り出す。
「これ、今は千冬さんに預けるのが一番いいと思いまして」
「む?」と、疑問の声を挙げる千冬だが、差し出された写真を受け取る。
それを見た千冬は言葉を失っていた。
「データの墓場で彷徨ってたんです。蛮兄や束博士も考えたんですけど、これは一番に千冬さんに渡すべきだと思ったんで」
そう鈴音が声をかけるが、千冬は聞こえていない様子だった。
それどころか。
「千冬さんっ?」
その瞳を潤ませて、そっと写真を抱きしめていた。
「母様、父様……」
「あ、あの……」
鈴音もどう声をかければいいのかわからず、おろおろとしてしまう。
しばらくして千冬のほうから声をかけてくる。
「ありがとう、鈴音。本当に久しぶりに私の両親に会うことができた」
「い、いえ、拾っただけですし……」
実際、半分以上興味本位で拾っただけなので、泣くほど感激されると困ってしまう。
千冬がそれほどに家族への愛情が深いということの証左でもあるのだが。
どんなに強く、そして厳しくても、根幹にあるのは家族愛、それが織斑千冬という女性なのだ。
そんな千冬に鈴音はおずおずと声をかける。
「その、写真見たとき思ったけど、普通なんだなって……」
「普通?」
「その、出生の話聞いたとき、一夏や諒兵の家族ってどんな人たちなんだろうって想像してたんです」
一夏と千冬は両親とも亡国機業の構成員、諒兵は父は警察官、母は亡国機業の諜報員と肩書を聞くとどうしても特別な人間だったように思える。
それは鈴音にとって、引け目を感じてしまう部分でもあるのだ。
でも。
「何処にでもある普通の家族だなって……」
「ああ。普通の家族だったんだ。両親がたまたまそういうところに関係していただけで、私たちも、そして諒兵の両親たちも普通だった」
鈴音が引け目など感じる必要はない。
そんな想いを込めて千冬は諭すように語る。
「今はまだやるべきことがあるからな。一夏や諒兵には私のほうから時機を見て話をするよ」
「助かります」
「こちらこそ。思いだしてはいるがもう記憶も朧げでこのまま忘れてしまうのかと思っていたところだったからな」
大切な記憶が色鮮やかに蘇ってくれたことは、本当に千冬にとって感謝したいことなのだ。
だからこそ。
「終わらせよう。悲しいだけの過去が増えることがないように」
「はいっ!」
後日、千冬の執務机の上に伏せられた写真立てが置かれるようになった。
時折、写真を見ては僅かに顔を綻ばせるようになったという。