ボルドー襲撃戦から数日が過ぎた。
千冬を始めとした大人たちは、女性権利団体を抑えるため日々奔走しているのだが、生徒たちは襲撃がないためアリーナで訓練を続けていた。
ぶっちゃけ暇だったのである。
鈴音も戦線復帰したことだし、せっかくだからと皆がわりと真剣に汗をかいていた。
「せりゃぁっ!」
「くッ!」
鈴音が放つ上段からの棍の一撃を、箒が受け流す。
まともに受けたからと言って紅鬼丸が折られることはまずないのだが、それでもその気迫を正面から受け止めるのは至難の業だ。
「てぇいッ!」
鈴音はそこから槍衾の如き刺突を繰り出した。
さすがに百とまではいかないが、それでも軽く二桁を超えている。
「はぁッ!」
箒はそのすべてを斬り捨てんと、下段からの居合抜きで応戦して見せた。
抜けた一撃はあったが、それでもほとんどの刺突を叩き落としている。
そこで二人は動きを止めた。
「けっこう巻き込まれそうになるのね。おっかないわ」
「それが篠ノ之流の本質だ。こちらの舞いに巻き込めるかどうかが肝要となる。しかし、お前の才能には呆れるな。あの孫悟空の棍術を相手にすることになるとは想像もしなかった」
「まあ、やっぱり戦闘術としては最高レベルだし、ダウングレードしても習得して損はないじゃない」
と、鈴音と箒は互いに意見を交わす。
今後のためにも個人の技術を磨くのは大事だからだ。
「これで一通り相手にできたかな。やっぱり鈍ってるなあ」
と、鈴音は苦笑いしてしまう。
ずっと治療していたようなものなので仕方ないとはいえ、やはりこうして身体が動かせると気持ちがいい。
「鈍っててあの動きだとこちらの自信がなくなるんだが……」
「これでも中国最強って言われてた時期もあったのよ。そう簡単に追いつかれちゃったら沽券にかかわるわ」
「それもそうか」
そう言って箒も苦笑いしてしまう。
実はこの手合わせは箒のほうから言い出したことだった。
鈴音としては鈍ってる身体を鍛え直すため、戦闘に慣れてる者でじっくりやっていくつもりだった。
だが、箒のほうからせっかくなら全員と一通り合わせてみてはどうかと言ってくれたのだ。
箒は順番で言うと最後の相手となる。
それぞれ戦い方は異なるので、鈴音としては勘を取り戻す意味でもいい経験だと思っている。
もっとも、箒としては以前叩き落された悔しさもあるので、今の段階でどのくらいの差があるのかを見ておきたかったという腹積もりもあった。
「まあ、簡単に追いつけるような相手なら、飛燕と一つになることはできなかったかもな」
「へっ?」
「いや、独り言だ」
蟠りがないと言ったら嘘になるが、飛燕ことシロと進化できた今、箒にとって鈴音はAS操縦者として身近な良い目標と思える。
少しは自分も成長しているのかな、と箒は少し笑みを浮かべていた。
他方。
諒兵相手に奮闘しているのはラウラとシャルロットだった。
シャルロットの銃撃や砲撃を二本の左腕で防ぎつつ、ラウラのシュランゲを二本の右腕で捌く。
別に諒兵の腕が増えたわけではない。
かつてアシュラ相手にやった獅子吼を腕代わりにしての戦闘の訓練を行っていた。
アシュラを相手にしていたときとは違い、両手両足の爪で組み上げることができるようになっているのだが……。
「チィッ!」
「もらったぞっ、だんなさまっ!」
接近戦でも十分以上に強いラウラの猛攻を抑えきることができず、隙を見て放たれたシャルロットの銃撃を喰らう。
そして追撃を放たれる寸前で、二人は攻撃を止めた。
「さすがに神経使うぜ……」
「パターンの組み合わせは豊富だが、長く戦闘していると読めてくるな」
「防戦一方だとパターンも限られてくるからね。それでもけっこう長く捌かれてたけど」
「つってもやっぱ完全に腕みてえに使うのは無理があるな。使えねえことはねえけどよ」
発想力という点では諒兵はティナほどではなくても、かなりのものを持つ。
最初は爪として生み出した獅子吼だが、それを砲弾として投げ放ったり、ビットとして動かしたりもできる。
さらに今回の腕も含めれば、相当にトリッキーな戦い方ができるだろう。
「全体で見れば、諒兵って引き出しが多いからこっちが困るよ」
「うむ。戦況に応じて戦法を変えるということは重要だからな」
実際、集団戦闘ではサポートから遊撃、そして前衛までこなせるのが諒兵の強みだ。
突出して斬る一夏と違い、パーティ全体を見て上手く全員の攻撃をつなげることができるだろう。
だが今はまだ未熟な点も多い。
そのため、まだまだいろいろと戦い方を考える必要はあるのだ。
「ま、やれることは増やしときてえしな。また何か考えるさ」
「そうだな。私たちが強くなれば、オーステルンたちと一緒に戦うときに相乗効果が見込める。自分の武装の使い方を考えていかねば」
「僕もブリーズに頼ってばかりじゃなくて、自分でいろいろと考えていかないとなあ」
と、シャルロットが苦笑するのにつられてか、諒兵やラウラも苦笑いしてしまう。
なお、先ほどの鈴音と箒もそうなのだが、ASたちはそれぞれ権利団体に進化させられた覚醒ISやサーヴァントを解放する方法を探すため、ネットワークを飛び回っている。
訓練のために最低限の補助のみ行っている状態だった。
ところ変わって、学園内の武道場。
両手に白虎の小手を発現し、白虎徹を左の逆手で握る一夏は眼前の巻き藁を見つめる。
その肩には白虎が座っていた。
一夏が己の力を高めるためには、白虎の協力が不可欠だったからだ。
そして。
「フッ!」と、短い気合いと共に相手の死角に回り込むと、白虎徹を下段から右手で一気に引き抜く。
そして振り切ると同時に距離を取って構え直した。
ゆっくりと巻き藁の上半分が落ちる。
ゴトンと音を立てて床に落ちた様子を見て、一夏は大きく息を吐いた。
「イケそーだな」
「うん、ちゃんと走った」
見物していた弾の声に一夏はそう答える。
他には簪、そして刀奈の姿もあった。
白虎の小手を収納すると、一夏は肩に座る白虎に声をかける。
「ありがとうな白虎」
『何とか形になってよかったよー』
一仕事終えたような様子で白虎が笑う。
実際、このためには一夏のイメージも大事だが、白虎がそれを上手く受け止める必要があったのだ。
「居合か。あの動きからだとかわしにくいわね」
「速いし威力もあった。実戦でも使えそう」
と、刀奈、簪が感想を述べる。
刀奈が言った通り、一夏はいつもの死角に回る動きからの斬撃の威力を高めるため、居合抜きを取り入れたのだ。
誠吾にどうしても動きに無理が出てしまうため、拮抗する相手だと一撃で倒すのは難しいと指摘されたためだ。
かといって、一夏の今の剣術はIS戦闘においてかなり役に立つので、大きく変えるのはもったいない。
そのため、今のままで威力を高める方法はないかと考えての選択だった。
ただし。
「新しく鞘を作るのは苦労したんだろ?」
『まあね。でも刀には鞘が付き物だからそこからイメージを固めていったの』
弾の言葉に答えた白虎の言葉通りである。
既に白虎徹というイメージが固まっている一夏が新たに武装を持つことはできない。
これはすべてのASに共通することだ。
そこで一夏は白虎と共に今の白虎徹を形状変化させて、刃の部分を一回り太くし、刃引きを行ったのだ。
その中で刃を分割した。
つまり、太くした刃引きの刃の中に新しく刃を作ったのである。
そう説明した白虎に刀奈が感心する。
「上手く作り上げたわね。居合となると鞘走りは必須だものね」
「うん、いつもってわけにはいかないけど、墜とすときには使える攻撃になると思う」
「剣士じゃないと切っ先が自分を向いていない恐怖はわかりにくいし」
「だろーな。それに外国だとあまり見ないしな」
実際、居合は日本独特の剣術と言ってもいいかもしれない。
刃を抜かずに戦おうとする姿は一種異様なものがあるだろう。
それは十分なフェイントにもなる。
「まだまだやれることはあるんだ。もっと視野を広げないと」
『そうだねっ、がんばろイチカっ!』
「ああ」
新たな力を得たと、その場にいた一同は皆が笑顔になっていた。
なお、一夏が居合を使うようになったと聞いて、箒が人知れず喜んでいたのは余談である。
会議室にて。
千冬、束、丈太郎、誠吾、そしていまだに絶賛引き籠り中の真耶が会議を行っていた。
「目星はついたんだ?」
「八割五分ってとこだな」
「それならかなり信憑性は高いでしょうね」
束の問いかけに答えた丈太郎の言葉に誠吾が肯く。
八十五パーセントと言えば、かなりの高確率なのだから当然と言えるだろう。
そして、丈太郎は配付した資料について説明を始めた。
「まぁ、灯台下暗したぁよく言ったもんさ。如何せん、こっちもけっこう頼りにしてたかんな」
「倉持技研、とは思いませんでしたね……」と真耶が呟く。
「だが、ここにゃぁ外からじゃ決してアクセスできねぇどころか、重役クラスでも所在を知らねぇ研究所があった」
「……そんな研究所があったんですか?」と誠吾。
「実際、サーバーにハッキング仕掛けても突破できねぇかんな。所在地自体はまだ不明だ。おそらく其処だと推測してるだけなんでな」
倉持技研には、打鉄などの量産機の開発と製造を行う第1研究所。
そして兵器開発などを行う第2研究所。
だが。
「この第2研究所がくせもんでな。通常の兵器開発を行う俺らも知る第2研究所とは別に新世代のISの研究開発を行う研究所があるらしい」
「らしい?」
「社内でも謎の部署だ。外には知らしめてねぇ。ただな」
「ただ、何ですか?」と誠吾が先を促す。
「ここぁ倉持技研ができる前から在ったみてぇだな」
「えっ、それはおかしくないですか?」と、真耶。
倉持技研の研究所なのだから、倉持技研ができてから作られたものだろうと普通は考える。
しかし。
「逆だ。ここを隠すために倉持技研が作られたんだろぅよ」
つまり、フランスのデュノア社もそうなのだが、通常は優秀なIS開発会社に亡国機業が入り込んでつなぎを作る。
だが、倉持技研第2研究所のもう一つの研究所は違う。
先にこの研究所があった。
すなわち。
「まず極東支部があったってことか」
「資料がほとんど手に入んねぇかんな。詳しいことはまだわからねぇが、天狼が拾ってきた情報を確認すると第一次大戦時にはこの研究所の前身になる施設があったみてぇだ」
「古いですね……」
楽に百年前から存在することになるので、誠吾の感想は当然のものだろう。
「その上でこっちに所在を掴ませねぇ。相当隠蔽に慣れてやがんぞ」
その場が静まり返る。
敵が謎めいているだけに気を引き締めなければならないと誰もが思う。
そこでふと気づいた者がいた。
「新世代のISの開発ってことはさ……」
「ああ、白式ぁ最初ここで開発されてたはずだ」
「うにゃーっ、あのときコアも引き取っとけばよかったぁーっ!」
思わず叫んでしまう束に皆が困ったような顔をしてしまう。
白式は束が引き取って開発したのだが、そのときは厳重な警戒と共に輸送されてきただけだったのだ。
もし、そこにコアがあったなら、今の事態はなかったかもしれないと思うと叫びたくもなるだろう。
だが、済んだことを悔やんでいる暇はない。
それを理解している千冬が口を開く。
「博士」
「おぅ」
「倉持技研と交渉します。博士にも同行をお願いします」
「わかった」
「束、囚われているISコアの様子は?」
「何とか大丈夫。わりと日参してるからね。面白い子たちだし、楽しんでくれてるみたい」
「継続してケアしてやってほしい」
「お任せ♪」
「井波と真耶は生徒たちの訓練のサポートを頼む」
「「はい」」
「まずはぶつかってみる。突破できるならそれに越したことはないし、そうでなくとも何らかの情報は掴もう」
千冬の瞳には、これ以上子どもたちを苦しめるような戦いをさせたくないと、そう決意した光があった。
某国、某所。
亡国機業極東支部にて。
「本社のほうにIS学園からアポイントがあったそうよ」
「ふむ。勘づいたか」
スコールの連絡に対し、さして驚いた様子もなくデイライトはそう呟いた。
その目は新たに収集された権利団体のASに関する情報をまとめた資料に向けられたままだ。
「あの『博士』が開発した兵器の開発ラインのチェックと、男性用PSスーツの共同開発依頼だとか」
「まあ、それが一番無難なアポイントになるだろう」
デイライトは資料から目を離さずにそう答える。
「ずいぶんと余裕ね」
「連中が本社からここに勘づくだろうことは十分に予測できた。予測できたことに驚いても仕方あるまい?」
「まあ、そうだけど」
「大方、権利団体のAS操縦者たちの失言でも拾ったのだろう。受け入れると決めた段階でいずれは知られると皆が覚悟していた」
だからと言って、この研究所の所在地は簡単に知られることはないという。
「そもそも本社の連中もここを知らん。向こうはあくまで通常の開発会社だからな」
「権利団体から漏れる可能性は?」
「むしろひた隠しにしてくれるだろうよ。下手にストーキングでもすれば訴える準備もあるだろう」
「確かに」と、スコールは苦笑する。
今、女性権利団体はIS学園よりも極東支部を信頼している。
そこにIS学園が迫るとなれば、何としても来させまいと妨害するだろう。
「頼まなくてもやってくれるでしょうね」
「人の信頼は勝ち得ておくものだな」
無論、デイライトは女性権利団体が極東支部を信頼しているなどとは思っていない。
ただ、自分たちの役に立つ場所を奪われまいと必死になると理解しているだけだ。
「とはいえ、見つけられた場合の手を考えておく必要はあるな」
「どうする気かしら?」
「私としても、少し天災か博士の意見を聞きたいことがあるのでな。取引の材料を集めておく」
「取引?」
何か、手に入れたい物があるのだろうか。
それとも向こうに出せるものがあるというのだろうか。
そんな疑問を口にするスコールに対し、デイライトはニヤリと笑う。
「取引材料は何も物とは限らんさ。ボルドーで痛い目に遭ったらしいからな。予約が殺到していてなかなか大変だ」
「ああ、そういうこと」
デイライトが言う取引材料についてピンときたスコールも、薄く笑う。
「さて我ら『零研(ぜろけん)』の整備施設を開けるとしよう」
立ち上がったデイライトはフェレスを呼び出すと、スコールを伴って整備施設へと向かうのだった。