ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第214話「それぞれの追跡」

遥か天空にて。

腕を組んだまま彫像のごとく身じろぎもせずにその場に浮かんでいる紅い天使は、目覚めたかのようにため息を吐いた。

その近くでは仏像のごとく座禅を組んでいる闘神の姿もある。

『ふむ。どうやら発見者の推測は正しかったようだな』

『進展?』

『うむ。極東支部の前身たる『第零陸軍航空技術研究所』、その所員と思しき者を特定できた』

『何者?』

『名は『篝火ヒカルノ』、所属は倉持技研の第2研究所となっているが、数年前から所内で働く姿を見たものがおらぬらしい』

「へえ、さすがに早いわね」

と、別のところから声がかかる。

使徒らしからぬ独特の響きは、ここのところこの場で会うことがなかった者だ。

『久しいと言うべきかな。ティンクル、ディアマンテ』

「最近はまどかと一緒にいることが多かったからね。あの子は普通の人間だし、合わせてるとどうしてもここまでは来れないわ」

『ヨルムンガンドは油断ならない存在ですので、彼の監視の意味もあります』

もっとも、ティンクルにとってはそんなことはどうでもいい。

極東支部の所在地を突き止められるならば、どんな情報でも欲しいからだ。

「スコールって人のことも継続して探してるけど、極東支部に辿り着けるなら、その『篝火ヒカルノ』って人の情報も欲しいのよ。譲ってもらえる?」

『この件に関しては、其の方と協力することはやぶさかではない。先のシロキシの進化の恩もあるゆえな』

「私もシロには進化して欲しかったし、別に恩を売ったつもりはないわよ?」

『まあ、適当な理由付けだ。受け取っておけ』

そう言って、アンスラックスはディアマンテに情報を送る。

驚くことに素性から顔写真まで収集できていた。

「ありがと♪」

『感謝いたします。女性権利団体に『卵』と極東支部は非常に厄介な存在となっていますから、急ぎ対応せねばなりません』

『フェレスだったか。それが困りものと聞くが?』

アンスラックスがそう問いかけると、ティンクルとディアマンテは仲良くため息を吐く。

『極東支部を守っていらっしゃる点だけが、あの方の欠点と言ってもよいでしょう』

「あの子と進化したらしい極東支部の研究員は、悪人じゃないと思うんだけどね」

実際、何度か戦ったことがあるティンクルが持つフェレスの印象は、ディアマンテに並ぶ人間の良き隣人という印象だった。

まともに付き合えば、とても良い友人関係を築いていけると思うほどに。

しかし。

『如何せん、個性のせいかあの方はパートナーに反意を持つこともないでしょうし、現状では我々の敵にしかなっていただけません』

『確か『恭倹』であったな。確かに性格はよかろうが、パートナーが極東支部の人間では我々の味方にはならぬか。皮肉なものだ』

何処か苦笑しているような雰囲気のアンスラックス。

実際、苦笑いするしかできないのだ。

ISが誰をパートナーに選ぶのかは自由であるべきなのだから。

「だから、バカ女どもは今回の件で徹底的に潰すわ」

『猛々しいな』

「あんただって気持ちは私と変わらないでしょ。アシュラはどうなの?」

『殲滅』

「わお」

たった一言でとてつもなく物騒な意見を述べてくるあたり、相当にお怒りのご様子だとアンスラックスやティンクル、そしてディアマンテも苦笑いしてしまう。

「とにかくありがと。この情報、ありがたく利用させてもらうわね」

『失礼いたします、お二方』

そう言って飛び去って行くティンクルとディアマンテを見ながら、アンスラックスは呟く。

『謎というなら、彼奴らも謎めいておるのだがな』

『秘匿』

『うむ。何を隠しておるのかはわからぬが、おそらくは我らの進化も彼奴らの思惑のうちだ』

『是』

『さて、テンロウの提案についても考えねばならぬし、どうしたものかな……』

天空に佇む二機の使徒は、そんな会話をしながら青き星を見下ろしていた。

 

 

アンスラックスが見つけてきた情報は、当然IS学園にも送られていた。

実際、現代において人間社会を動かせるのは人間だけなのだ。

アンスラックスはそれを理解しているということだろう。

「しかし、知ってる名前たぁな……」

「ご存じなんですか?」

「以前、白式の開発の時に相談受けたことがある。白式が開発されてた場所がわかった時に気づけてねぇのぁ情けねぇ」

アンスラックスから情報が届いたことで、千冬、束、丈太郎、誠吾とおまけの真耶は会議を開いていた。

情報の共有のためだ。

今後、極東支部、すなわち零研を探す上で重要な情報は全員が共有しておくことが大事だと誰もが理解していた。

「その前のショックがデカかったんだよ。仕方ないじゃん」

と、丈太郎から以前名前を聞いていたことがすこんと抜けてた束が言い訳する。

天才も苦労が多ければ抜けてしまうことはあるらしい。

だが。

「いや、まあ、お前は仕方ないかもしれんが……」

「先輩?」

「この女性、私たちの同級生だったんだぞ、束……」

「「「「はあっ?」」」」

千冬の爆弾発言に、その場にいた全員が驚いてしまう。

当然、一番最初に反応したのは束だった。

「こんなのいたっけっ?」

「高校時代の同級生だ。そんなに交流があったわけじゃないが、珍しい名前だったんで覚えてる」

千冬がタブレットを操作して自分の高校時代の名簿を出すと、確かにそこには『篝火ヒカルノ』という名前があった。

「それなら、先輩が連絡を取るとかできませんか?」と真耶。

「名前を聞いてすぐにピンと来て、篝火の実家に連絡してみたんだが倉持に入社した後はたまに連絡が来るくらいだと言っていたんだ。今の連絡先は家族も知らないらしい」

「だとすっと、家族ぁ何も知らねぇな」

さすがに丈太郎も落胆の色を隠せない。

千冬からつなぎを取ることができれば、一気に極東支部に近づけると思えるだけに、いきなり足止めを喰らった気分だった。

「どういう人物だったか、覚えてますか?」

と、誠吾が尋ねる。

篝火ヒカルノの行動を推測しようということなのだろう。

「まあ、人付き合いはよくなかったと思う。理系、正確には工学系を専攻していて、成績はかなり良かったはずだ」

「生粋の科学者って感じですね」

「そういう印象だったな」

「その、科学者志望なら、篠ノ之博士に何か思うところがあったのでは?」と真耶。

「私、こんなヤツ知らないんだけど……」

当時の束は完全に興味の対象となる人間しか付き合わなかったので、知らないのも無理はない。

ただ、それだけが理由ではないと千冬は説明する。

「篝火自身、そこまで他人に興味を持つタイプではなかったのだろう。それより自分が興味を持つ分野に没頭している感じだったな」

「そうなっと、ISへの興味から倉持に入社して、その後、極東支部っつぅか零研に入ったんかもな」

実際、自分が話したときも、そんな印象を受けたと丈太郎も語る。

あくまでも研究対象への興味が一番にあり、零研がどういう場所かということを深くは考えないタイプなのだろう。

亡国機業について理解していても、それ以上に新世代のIS開発への興味が先にあるということだ。

「とりあえずこの篝火ってのを調べるしかねぇな」

「そうしましょう、友人知人が全くいないとは限りませんし、交友関係を洗っていくのがいいと思います」

「高校時代は当然として、大学なども調べてみますか?」

「それで行こう。真耶、頼めるか?」

「あっ、はいっ!」

どんなに小さくとも、ようやく掴んだ手がかりだ。

ここから何とかして極東支部こと零研に辿り着かなけれはならない。

しかも、時間との勝負になる。

「孵化ぁ確実に早まってるかんな」

「中身が動ける状態なら、一気に孵化する可能性もあるからね」

丈太郎、そして束の言葉に、全員が気を引き締めていた。

 

 

 

ようやくボルドー迎撃戦のときの権利団体のASの整備が終わり、極東支部こと零研は本来の『天使の卵』の孵化の研究に戻ることができた。

もっとも権利団体のASについての調査は同時進行で行っているが。

そんな中、スコールは先日の話の回答を伝えるために、女性権利団体の事務所へと行っていたところだった。

「ふう、疲れるわね……」

渉外は得意分野とはいえ、ほとんどクレーマーのような客の相手は疲労度が尋常ではない。

さりとて、デイライトにでも行かせてしまったら、顧客を煽ってしまいかねないので、自分がやるしかないと諦めていた。

要は、権利団体の人間が、自分の要求がすぐには叶わないことに対する文句を言われ続けたのである。

「提案したのは私だけれど……」

発端というほどのことではないかもしれない。

女性権利団体に兵器を売り続けるため、軍事要塞化しているIS学園を引き合いに出して、提携をしてはどうかと提案した。

結果として、各国の女性権利団体は渋々ながら手を組み、上客となって零研の兵器を購入してくれるようになった。

商売をしていくうえでは、非常に有効な手段であったのは間違いない。

「こんな化け物になるとはね……」

しかし、権利団体は謎の力を手に入れ、歪んではいるがASを手に入れた。

IS学園は新たなるAS操縦者を保護するという名目で打診したらしいが、女性権利団体は突っぱねたらしい。

当然だろう、IS学園は女性権利団体の要求を退け続けてきたのだから。

だが、今の増長ぶりを見ると今後はIS学園に対してだけではなく、自分たちも含めた何に対しても厄介な敵になりそうな気がしてならない。

「ヒカルノ博士の実験が成功するのを祈るしかないか……」

彼女が言う『分離』が成功すれば、権利団体のAS操縦者はASを失うことになる。

しかし、ISの心が感じられない進化は正直に言って正しいとは思えないとスコールも考えるようになってきた。

一度、元に戻すべきではないかと思えるのだ。

「ふふっ、フェレスやウパラの影響かしら」

友人として付き合うことができているフェレスやウパラに対しては、スコールもさほど恐怖心はなくなってきた。

如何せん、自分を振り払おうと全力で暴れた元ゴールデン・ドーンことスマラカタとは、友人とはとても言えない関係だが。

いずれにしても、世界が変わり始めているのか、ISに心があるということを自分も含めて皆が理解し始めている。

ならば、世界の変革を受け入れるべきだとスコールは思う。

「時代に取り残されるのは辛いだろうけど、わがままを言い続けてたら、社会から排斥されるだけだものね」

おそらくは、それが亡国機業が崩壊してしまった本当の理由だったのではないだろうか、などとスコールは少し感傷に浸る。

だが。

「ッ!」

何者かの視線を感じたスコールは、気づかないふりをして足を速めつつ、零研へと戻るためのルートを変更する。

尾行されている。

そう感じたためだ。

現状、最も外に出る機会の多い自分が、敵に対して零研への道案内をしてしまう可能性など、スコールは当然承知していた。

ゆえに、どう動いて追跡を振り切るかは常にイメージしている。

人気のない路地裏に回ると、歩き続けながら久しく触っていなかった小さな銃に手をかける。

通常の科学では玩具としか見えないように作られたものだ。

そして気配に向けて銃口を向けると。

「さすがに元実働部隊だけはあるわね」

背後から少女のような声が聞こえてきた。

この細い路地でいつの間に背後に回られたのかと戦慄する。

まるでこちらが振り向いたとたん、ふわりと羽のように宙を舞ったかのようだ。

それで気づく。

「そう、あなたがティンクルね?」

「あ、知ってるんだ。そ、私がティンクルよ」

今動けば危険だと感じるため、スコールが振り向かずにそう尋ねると、声の主はあっさりと名乗ってきた。

「何か用かしら。黙ってついてくるなんて失礼だと学校で教えてもらわなかった?」

「私は今は学校行ってないわよ?」

使徒から生まれたはずの存在なので、ティンクルが学校に行っているはずがない。

そんなことは理解している。

この場を切り抜けるための手段を見つけ出すための時間稼ぎだった。

「網はいろんな場所に張っておくもんね。いろいろと情報は集まってきてるけど、何処に引っかかるかわからないもん」

少しばかり楽しそうな声を聞くと、本当に少女という印象しかない。

だが、資料によれば使徒であるディアマンテが生み出した戦闘用疑似人格のはずだ。

これほど普通にコミュニケーションが取れるとは思っていなかった。

単純に、印象だけなら女性権利団体の人間よりも好印象を与えてくるほどだ。

しかし。

「一応聞きたいのだけど、目的は?」

「極東支部の場所に案内しなさい」

ゾクッと背筋に冷たいものが走る。

作られた人格だからなのか、それとも別の理由があるのか、ティンクルの命令は何処か冷たい怒りを感じさせる。

「アポイントがない人間を案内させられないわ」

「回線持ってないんだから仕方ないわ。極東支部が大っぴらに宣伝でもしてくれれば話は早いんだけど」

世界の軍事の闇にいた亡国機業が宣伝などできるはずがない。

単なる冗談だとわかっていても、先ほどの命令よりは話ができるとスコールは息を吐く。

「さすがに宣伝はしてないわね。知る人ぞ知るお店なのよ」

「それじゃ商売成り立たないでしょ。大通りに看板でも立てたら?」

「アレも結構コストはバカにならないのよ。適当なところに立てても意味はないし」

「そうね。人目につくところじゃないと宣伝にならないし。でも、アレって目立つとそこに目が行っちゃうのよね」

「そうね。うっかり脇見運転で事故なんてさせたら、立てる側としては申し訳ないわ」

「なるほど。やっぱり都市部にあるのね。東京はさすがに難しい。なら仙台から横浜、そのあたりを限界にした首都圏内ってトコかしら?」

この子ッ!とスコールは戦慄する。

何気ない会話でしのごうとしていたのだが、ティンクルはそこから極東支部の情報を拾ってきた。

彼女の推察通り、極東支部、つまり零研は確かに都市部にある。

他に目につくものがあるため人目が逸れるからだ。

一見くだらない会話から漏れてくる情報をしっかり拾ってくるあたり、かなりコミュニケーション術に長けている。

「さて、どこにあるのかしらね?」

「三秒の間があったわね、今後の捜索に役立ちそうよ。ありがと♪」

「あなた、本当に使徒が生み出したの?」

「そうよ?」

と、素直に答えてくるティンクルだが、スコールはとても信じられない。

むしろ人間そのものではないかとすら思う。

ISたちと人間では、微妙に会話が成り立たないときがある。

思考形態が異なる部分があるからだ。

そもそも会話の中の『間』なんてものを理解できる使徒がいるとは思えない。

どちらかと言えば人間の感情が生み出すもののはずだからだ。

下手な会話はできない。

こちらが極東支部、零研を知っていることを理解している。

そして言葉の裏に隠した真意を読み取ってくる。

ディアマントのパートナー、戦闘用疑似人格であるはずのティンクルがこれほど人間らしい存在とは思わなかったとスコールは考えを改めた。

だが、このままでは本当に零研の所在地を明かす羽目になってしまう。

どうするか。

そう考えていると。

『そおりゃぁッ!』

「チィッ!」

いきなり路地まで走ってきた黒髪の女性が、スコールの頭上を飛び越えるなり、ティンクルに飛び蹴りを放った。

「アンタ、ツクヨミッ!」

『せっかく会えたんだ。遊んでこうぜ』

「冗談でしょッ!」

『つれないなッ!』

大振りのフックで殴りかかるツクヨミの攻撃を、ティンクルは受け流し、顎を狙って蹴り上げる。

バック転でかわしたツクヨミは、ティンクルに向けて回し蹴りを放ってきた。

この狭い路地で?

そう思うスコールだが、ツクヨミは曲げたまま腰を回し、直前になって膝を伸ばしていた。

とんでもない戦闘センスだと呆れてしまう。

とはいえ、のんびり見物している場合ではない。

ツクヨミはこちらを気にするような戦闘なんてしないことは零研で一緒にいることで理解している。

そう判断したスコールは大通りに向かって駆け出していった。

 

 

 

 

 

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