何処かの上空にて。
まどかは悩んでいた。
ティンクルはああ言ってくれたものの、やっぱり自分も同行するべきではなかったのかと。
『私としては同行に賛成するがね』
「うん……」
『君としては行きたくはないのかね?』
「わからない。でも、スコールは……」
その先の言葉が出てこない。
自分はスコールをどうしたいのか。
極東支部を探し出すことは諒兵たちの目的でもあるから、絶対に見つけたいと思っている。
だが、そのためにかつての同僚であったスコールを責めるのは、心に引っかかるものがあった。
ティンクルとの会話を思い出す。
ディアマンテが照合した情報をティンクルは受け取った。
「間違いないのね、ディア?」
『確率は九十六パーセントです。ほぼ間違いありません』
「あの人がスコール・ミューゼル……」
上空からサーチをつづけ、ようやくスコールを見つけることができたのだ。
一歩前進といったところだろうか。
「アンスラックスからもらった情報もありがたかったけど、根気よく探してて正解だったわ。ありがとまどか♪」
「う、うん……」
まどかの表情は冴えない。
ヨルムンガンドを通じて自分もちゃんとスコールを確認している。
そうすると何故かよくわからない感情が湧き上がってきた。
そんなまどかの感情を知ってか知らずか、ヨルムンガンドがティンクルに問いかける。
『尾行するのかね?』
「接触するわ。マーキングしたけど、これまでダミーに引っかけられたことを考えると、撒かれる可能性が高いし」
『相手は優秀な科学者と共に行動しています。見失ったときのために何らかの情報を引き出しておくべきでしょう』
そんな一人と二機の会話もあんまり頭に入ってこない。
どうしよう……と、そんな気持ちでいっぱいだった。
「まどか?」
「あっ、うん……」
「とりあえず、待ってて」
「えっ?」
てっきり一緒に行くことになると思っていただけにティンクルの言葉は意外だった。
「わ、私も一緒に……」
「無理しなくていいわよ。イヤなんでしょ、スコールって人に会うの」
答えられなかった。
イヤというのとは少し違う。
スコール自身に特別な思いなどまどかは抱いていないからだ。
ただ、スコールはまどかのママである内原美佐枝のことを気にかけていた。
そのことが何故か引っかかるのだ。
「もしかしたらあんたのママの友だちだったのかもしれないし」
接触すれば、極東支部の場所を聞かないわけにはいかない。
そしてスコールは簡単には答えないだろう。
そうなると力ずくで、という話になってしまう。
「だから、ここで待ってて?」
「でもっ、おにいちゃんがきょくとー何とかを探してるっ!」
だから、やっぱり自分も行くべきではないかとまどかは思う。
ティンクルに任せっきりでいいのかと思ってしまうのだ。
ちゃんと役に立たなければ、と。
そう思っていると、ティンクルはそっとまどかの頬に手を触れてきた。
「諒兵だって、あんたがイヤな気持ちガマンしてまで極東支部を探せなんて言わないわ」
「でも……」
「一番大事なのは自分の気持ち。まどかはどうしたい?」
「……あんまり、会いたくない……」
無理にスコールから極東支部の場所を聞き出そうとするのは、何故だか自分のママになってくれた美佐枝が悲しむ気がした。
ティンクルが代わりにやってくれるというのなら、任せてしまいたかった。
でも、それでいいのかとも思う。
肝心なところで気後れするようでいいのかと思ってしまうのだ。
「いいのよ。今は私がいるしね。言ったでしょ、一番大事なのは自分の気持ちなの」
「自分の気持ち……」
「でも、それだけじゃない。一番に自分の気持ちが来て、二番目は大事な人たちの気持ちを考えて、そうしたら大事な人たちの別の大事な人たちの気持ちも考えてくの」
「自分、だけじゃない?」
「うん、自分だけじゃなくて自分を真ん中においていろんな人の気持ちを考えるのよ。そうしていけば、たくさんの人とつながれるから」
そうしていくことで、家族、恋人、友だちと自分の大事な人は増えていくのだとティンクルは優しげな瞳でまどかに語りかける。
それはまるで……
「おにいちゃんみたいなこと言うんだね……」
「あー、元は諒兵のトコの園長先生の言葉なんだけどね。うつっちゃったのかも」
「えんちょうせんせい?」
「昔の話よ」
そう言うと、ティンクルはすぐにスコールに接触するべく下へと降りて行った。
そんなことを思い返したまどかとしては、いまだに何だかふわふわした温かい気持ちなので、決して悪い気分じゃない。
不思議とヨルムンガンドもからかうようなことを言ってこない。
だから、気づかなかった。
ディアマンテから生まれたはずのティンクルが、諒兵がいた孤児院の園長先生と知り合いであるという微妙な違和感に。
そこに。
『マドカ、武装したまえ』
「何ッ?」
『敵のようだ』
ハイパーセンサーが見知らぬ敵を捕らえる。
クジャクをモチーフとした鎧を纏ったブラック・オパールを思わせる人形だった。
『初めまして、ね』
『君は……ヘル・ハウンドか』
『今はウパラと名乗ってるわ。フェレスが心配してたから代わりに出てきたのだけど、正解だったみたいね』
「知り合いか、ヨルム?」
『元はIS学園にいた機体だ。直接話したことはないがね』
ヨルムンガンドにとっては一応、同僚だったということができるだろう。
もっとも。
『ずいぶんと派手に改装したようだ。君の趣味に合わせたのかね?』
『戦争は火力っ!』
どどんっと何故か胸を張るウパラに、まどかは唖然としてしまう。
ヨルムンガンドは何だか冷や汗を垂らしているような雰囲気だ。
『確か、かなりのトリガー・ハッピーだったな……』
『こうしてくれたのは、あなたたちが追ってる極東支部なのよ。悪いけど恩義があるのよね』
『マドカッ!』
「わかったッ!」
無数の砲身を向けてきたウパラに対し、まどかはティルヴィングを構えて突撃していった。
ツクヨミとストリートファイトする羽目になったティンクルは。
「ディアッ!」
『サーチを続けますッ!』
「お願いッ!」
そう答える間もなく、ツクヨミの渾身のストレートが顔面に迫ってくる。
首を捻ってかわしたティンクルは、距離を開けるために身体を反転させつつ、後ろへと蹴りだした。
「もぉっ、メンドくさいわねッ!」
そう叫びつつ、ディアマンテを展開したティンクルは一気に上空へと舞い上がる。
『まだまだ遊び足りないぜッ!』
しかし、ツクヨミもまた鎧を展開させて追ってきた。
そう簡単に逃がす気はないらしい。
少しばかり息を吐いたティンクルは、ツクヨミに問いかける。
「あんたがそこまで人間を守ろうとするなんて意外だったわ」
『んー、最初はフェレスが心配だから様子を見に行ってくれって言われて来ただけなんだけどな』
別に守ろうという意識はないらしい。
以前、最後までは戦えなかったこともあり、ティンクルと勝負をしてみたくて襲いかかってきたという。
「なんつー傍迷惑」
『わりいが、人の迷惑なんて気にする性格じゃないぞ?』
「威張って言うなっ!」
ここで、ツクヨミの戦意を削ぐ内容となると、やはりアレだろうとティンクルは思う。
あの進化を受け入れられる使徒なんてそうはいないだろう。
『ふ~ん』
「ちょっ、反応薄くないっ?」
『天使の卵』が何をしているかを説明したというのに、ツクヨミはあまり興味がない様子だった。
ティンクルとしては、最低でも極東支部に戻って確認するくらいはして欲しかったのだが。
『ま、確かにあの進化にはムカついてる』
「だったら……」
『だから生まれてきたらぶっ潰す』
「へっ?」
『あの『卵』を孵化させようとしてる連中のことは嫌いじゃないんだ。あいつらバカだけど嫌いなバカじゃないからな。けど……』
「けど、何よ?」
『孵化したら潰す。わりいと思うが守るのは『卵』であって、出てきた中身じゃない』
ティンクルは知らないが、かつてスマラカタが極東支部の人間に言ったのと同じ理由だった。
『天使の卵』を孵化させることは、極東支部の者たちが必死に取り組んでいるのだから止める気はない。
しかし、孵化した『ナニカ』を守ってやる気もないということだ。
そしてそれが理由なら、この場を退くことは決してあり得ないだろう。
ある意味では人間の味方をしているツクヨミのことを否定することはできない。
ティンクルは一つため息を吐く。
『ティンクル、ジャミングされました。スコール・ミューゼルを見失ってしまいました』
「そ……」と、言葉少なにディアマンテの報告を受けた。
今から追いかけても見つからないだろう。
見つからないものに拘っても仕方がない、そう気持ちを切り替える。
「ツクヨミ、覚悟してもらうわよ」
『言ってくれるじゃないか』
「ちょっと事情があって前の時は全力だせなかったからね」
そう言って、ティンクルは冷艶鋸を構える。
ピリピリした殺気がその場に満ちていく。
その殺気に当てられたツクヨミは相棒である大剣『弓張月』を取り出した。
「私の本気を見せてあげる。だから、全部終わったらあの子たちに謝りなさいよね」
そして、感情を消し去った能面のような無表情のまま、ティンクルはツクヨミの視界から消えた。
否、消えたように見えるほど迅く、ツクヨミに斬りかかっていたのだった。
とんでもない数の砲身だった。
両肩に大型のカノン砲が二門、両脇に二門、腰の左右に二門、太ももからさらに二門、脛の位置から二門、とどめにリアスカート、正確には孔雀の尾羽のような部分にフレキシブルに動くカノン砲が四門と計十四門もの砲身、さらに。
『行きなさいッ、ストライダーズッ!』
背中の翼から、二門のカノン砲を備えたジェット機のようなビットを放って来たのである。
「BT兵器ッ?」
かつて自分が乗っていたIS、サイレント・ゼフィルスというBT機であっただけに、まどかは驚いてしまう。
もっとも数は圧倒的に向こうが勝っているが。
ただ、ウパラのBT兵器『ストライダーズ』は、ブルー・ティアーズやサイレント・ゼフィルス、つまりブルー・フェザーやサフィルスと違って、けっこう大きめのデザインとなっていた。
ストライダーズは中距離からぶっ放しまくるウパラとは対照的に、接近しながらビームカノンを放ってくる。
『あはははははははははははははっ♪』
「数が多すぎるッ!」
『どれだけトリガー・ハッピーなのかね君はッ!』
思わず突っ込んでしまうヨルムンガンドである。
まさか共にIS学園にいた元同僚で個性基盤が『実直』であるはずのヘル・ハウンドことウパラが、ここまで能天気にビームをぶっ放しまくるとは思っていなかったらしい。
『マドカッ、あの武装なら完全な後衛タイプだッ!』
「わかってるッ!」
何とかして接近してしまえば、近接戦闘ではなす術がないはずだとまどかにも理解できた。
バカみたいに撃たれまくっているビームを必死にかわしつつ、下へ回り込んでから一気に上昇してウパラに迫るまどか。
しかし。
『そう簡単にはいかないわッ!』
「逃がすかッ!」
『逃げやしないわよッ!』
『マドカッ、上だッ!』
ヨルムンガンドの叫びに思わず上を見ると、右肩の砲身がアームによって大きく向きを変え、マドカとヨルムンガンドに向けられていた。
「くッ!」
『命知らずだなッ!』
『当たればいいのよッ!』
放たれたビームカノンを身体を捻ってかわしたまどかは、ティルヴィングを振り抜こうとするが、さらに腰の砲身が狙っているのに気付き、慌てて離脱した。
その先にストライダーズが回り込むが、苛立ち混じりに叩き斬る。
もっとも、相当硬く作られているのか、ほとんど傷がつかなかったが。
いったん距離を取った、まどかとヨルムンガンドはウパラを睨みつけた。
自分も被弾する可能性があるにもかかわらず、ためらいなく撃ってきたウパラにヨルムンガンドは呆れてしまう。
『君がIS学園を出ていった理由が理解できたよ』
『私好みの武装だと人間に扱うのは無理かしら?』
『少なくともまともな人間には扱えまい』
こんなのと共生進化する人間がいるとは思いたくないというか、独立進化はある意味正しい選択だったとすら思えるヨルムンガンドである。
冷静に考えるなら、完全な後方支援型砲台であるウパラに対し、先ほどのように近接戦闘を仕掛けるのは正しいはずだ。
だが、そういった相手に対する対処法をちゃんと考えて改装されていた。
「こうなったら、あの大砲全部ぶった斬る」
『そう簡単には行くまい』
「何でだ?」
『通常なら、あの手の砲身くらいなら我々はプラズマエネルギー化してしまう。だが、ウパラは砲身が物質化している。そうなるとあの砲身全てが最低でも第3世代クラスの武装であるはずだ』
『正解よ、これは『鈍器』だもの』
「どん…き…?」
『君はまず世界中の銃器や大砲の制作者に土下座してきたまえ』
一瞬、ウパラが何を言っているのかまどかには理解できなかった。
ヨルムンガンドは理解したくなかった。
なるほどと理解できてしまった自分の個性を恨みたくなったのはこれが初めてというわけではないが。
『私の趣味に合わせるとどうしても後方支援型になる。当然近接では戦いにくくなるわ』
『それが普通なのだがね……』
『でも、私、別に近接戦闘ができないわけじゃないわ』
「そうなのか?」
『我々の場合、単純に好みの問題だな。本来は個性の情報を基盤として集った情報の集合体だ。得意不得意はないよ』
『でも、私が攻撃を避けても砲身が受けてしまったら、歪んだり壊れたりするじゃない。そうなると最悪撃てなくなるわ』
『砲身なのだから仕方ないとは思わなかったのかね……』
『だから、多少の攻撃では壊れない大砲が欲しかったのよ』
それに対して、大変に頭の悪い回答を出したのが極東支部こと零研なのである。
どうせなら鈍器でも使えるようにと、単純な強度だけ馬鹿みたいに強くしたのだ。
結果として、ツクヨミの弓張月と打ち合えるほどの硬さを誇る砲身ができてしまったのである。
『人間って面白いわ。まさかこんな答えが返ってくるなんて思わなかった♪』
『君を改装した人間はかなり珍しい種類だと思うのだがね……』
『だから、彼らの『目的』を私は守る』
それが『実直』を個性基盤とするウパラが出した答えなのだろう。
自分と真摯に向き合って武装を作ってくれた極東支部の人間たちに恩義を感じているために、彼らが目的とする『天使の卵』だけは守ると決めたのだ。
この手の考え方をする者は容易に考えを改めたりはしない。
『マドカ、何としても突破するぞ』
「当然だッ!」
強敵なのにどうにもこうにもアホらしい戦闘になりつつあるので、気合いを入れ直すまどかとヨルムンガンドだった。