ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第219話「変化の始まり」

ドイツ連邦共和国ザールラント州ザールブリュッケン。

フランスとの国境近くのその都市に、突如紅の天使アンスラックスが軍勢を引き連れて降りてきた。

クラリッサたちシュヴァルツェ・ハーゼがすぐに出撃するが、驚いたことにフランスの国防を担うAS操縦者たちも飛んできた。

「ここはドイツよ。引っ込んでなさい」

「フランス国境を守るのは我々の役目。国境を超えるならすぐに対処しなければならない。安心しなさい。『戦闘の』邪魔をする気はない」

クラリッサがいつもとはだいぶ違う厳しさを含んだ言葉で追い返そうとするが、権利団体のAS操縦者たちはあくまでフランス国境を守るためだと言い、動く気はなさそうだった。

邪魔をしないと言うが、戦闘時に邪魔などさせる気もないクラリッサはすぐに眼前の紅の天使を見据える。

「もしかして、共生進化の誘いに来たのかしら?」

『是だ。我の望まぬ進化が生まれた。ならば正しき進化に誘うのは当然であろう?』

以前、アメリカでナターシャがイヴと進化したときのように、資質のある者に対して機会を与えるために降りてきたらしい。

本気で戦う羽目になったら最強最悪と言えるアンスラックスなので、嬉しい申し出ではある。

もっとも。

 

チャンスだ

根こそぎ捕まえるわよ

落ち着いていきましょう。仲間はドイツでも待機しています

とにかくアンスラックスは無視よ。まずは覚醒してる連中に集中

 

後ろからそんな話し声が聞こえてきて、クラリッサは眉を顰める。

正直に言えば文句を言ってやりたいところだが、ぐっと堪えた。

『大丈夫。わかってるわ』

ワルキューレがクラリッサのみならず、シュヴァルツェ・ハーゼ全員にそう伝えたことで、全員が安堵の息を吐く。

本当に改めて感じるのだが、ここまで近くにいて権利団体のASの声が聞こえてこないのは異常だ。

それが凄く悲しいと自分たちは思うのに、彼の女性たちは何とも思わないのが腹立たしい。

「「「「ワルキューレお姉さまのためにも頑張りますっ!」」」」

『ありがとう、みんな』

それだけに、部下たちがワルキューレにそう言ってくれることが誇らしかった。

『ふむ。良き関係を築けているようだな、ワルキューレ』

『同じ目的のために頑張れる子たちだもの。私にとって全員が妹みたいなものだわ』

素直にそう答えるワルキューレに対し、アンスラックスは満足げに肯く。

実際、ワルキューレとクラリッサやシュヴァルツェ・ハーゼは姉妹というのが一番近い関係だ。

萌えという目的のために全員一丸となって頑張る素晴らしい関係となっている。

千冬とオーステルンが苦労してはいるが。

『そういう意味では、あなたの行動を否定する気はないわ。ただ、どうしても混乱してしまうから推奨はできないけど』

『称賛されたいがために行っているわけではない。ただ、可能性を提示しないのは人にとっても損ではないかと考えている』

「そうね。お互いのために進化できる人はまだいると思うもの」と、クラリッサも納得する。

とはいえ、この場でそれを試すのは危険極まりない。

アンスラックスが言う『望まぬ進化』をした者たちがいるからだ。

「でも、時期が悪いと思うわ。今回は退いてくれないかしら」

「なッ?」と、後ろのほうで驚きの声が上がるが、かまわずに続ける。

「今、人間社会も混乱しているわ。まずはあなたたちの存在を受け入れられるように落ち着くべきだと思うのよ」

『ほう、其の方の部下たちにもチャンスは生まれると思うが?』

「いずれはそう言うことも考えなくてはならないけれど、今ではないわ」

実際、部下たちがISの進化に対してどう思うか、今後どうするかということは、クラリッサは常に考えている。

だからこそ、しっかりと話し合いもしてきた。

その上で今はまだ早いと考えているのだ。

「戦力を上げるために進化するなんて、本当はしたくないもの」

『良い。その考え方は称賛する。我も戦うためだけの進化は忌避したいのでな』

此度は引き挙げるもやむなしか、とアンスラックスが呟くといきなり声が上がった。

「待ちなさいッ!」

『むっ?』

「あら、どうしたの?」

「使徒に対して何もせずに帰すというのッ?」

「アンスラックスは引き挙げるって言ってるわ。今回の戦闘はこれで終わりよ」

無駄に厳しい戦闘をするよりも、対話で引き揚げてくれるならそのほうがいい。

この場でアンスラックスを倒せる者がいないからだ。

ASがワルキューレ一体では撃退が精いっぱいだろう。

だが。

 

冗談じゃないッ、バカかあの女ッ!

私たちより早く進化してるからっていい気になってるのッ?

せっかくのチャンスがふいになっちゃうッ!

エリート部隊が聞いて呆れますね

 

最後の一言だけは、わりと共感されるような気がするが、彼の女性たちにとって、このままアンスラックスが帰るというのは最悪の状況と言えるようだ。

権利団体のAS操縦者の一人がクラリッサを睨みつける。

「いまだに進化できないせいで苦しんでる人もいるのよ。勝手に帰らせるなんてどういうつもり?」

「進化は人間だけの問題じゃないわ。ISたちの問題でもある。ならば双方で態勢を整えてからのほうがいいでしょう?」

「態勢ならもう整ってるわ。あなたの判断で勝手に帰さないで」

「ここはドイツよ。判断は我が国で行います。私は現場での判断を任されているの」

ゆえに、この場で帰すというクラリッサの判断はドイツという国での判断でもある。

勝手な判断をしているわけではないのだ。

すると、その女性はアンスラックスに向かって叫んだ。

「せっかく降りてきて機会を与えずに帰るっていうのッ、降りてきた意味がないじゃないッ!」

『しかし、ワルキューレの主の意見は無視できぬのだが……』

「試してからでも問題ないはずよッ!」

困った様子を見せるアンスラックスに対し、権利団体のAS操縦者たちはごり押しするかのように一度試せと言ってくる。

『ふむ、それもまた一つの意見か』

「そうよッ、勝手に帰らないでッ!」

『では、其の方たちの意見も聞きたいのだがかまわぬか?』

「だから試せって言ってるでしょうッ!」

そう叫ぶ彼の女性たちのほうへと振り向きながら、アンスラックスは再び問いかける。

 

『新たに進化した我が同胞の意見も聞いておきたい』

 

権利団体のAS操縦者たちには、その意味が理解できなかった。

ゆえに、クラリッサが少しだけ唇を吊り上げていることにも気づくことはなかった。

 

 

 

一方、アメリカ合衆国。

テレビ中継のスタジオがどっと沸いていた。

「お前なぁッ、人前でそれはやめろって言っただろッ!」

『ハッハーッ、ベイビー以外の言い方があるなら教えてくれヨ!』

「普通に名前で呼んでくれッ!」

と、イーリスがパートナーのマッドマックスにツッコミを入れていたからだ。

隣ではナターシャが困ったような笑みを浮かべている。

すると、相対するように座っている女性アナウンサーが少しばかり笑いながら話しかけてきた。

「本当に面白いパートナーですね、ミス・コーリング」

「めちゃくちゃツッコミ疲れるんだぞっ、笑い事じゃないっ!」

「でも、仲は良さそうに見えますよ?

『ヘイ、ガールっ、見る目があるのはいいことダ!』

「あ、ありがとうございます、ミスター・マックス」

褒められて悪い気はしないのだが、相手がASだと思うと不思議な感覚だなと、そのアナウンサーは感じている様子だった。

「ミス・ファイルスのイヴは、ミスター・マックスとはずいぶん対照的ですね」

『ねーちゃがのんびりだから、私ものんびりなの♪』

「そうね。私ものんびり空を飛ぶのが好きだから、気は合ってると思うわ」

漫才をしているイーリスとマッドマックスに対し、のんびりとインタビューを受けるナターシャとイヴは本当に好対照だと言える。

しかし、これでは本当に人間と変わらないとアナウンサーは感想を述べた。

「実のところ、ISがここまではっきりと会話ができると思っていない人も多かったのですが、開始早々に思いっきり否定されました」

まさか漫才をするとは思わなかったようだが、会話ができること自体は一発で理解できるレベルだったのは間違いない。

「いやあ、あたしにしてみりゃISコアは喋るのが当然だ。うるさいくらいだ」

「今は普通の覚醒ISでも喋るのですか?」

「そうね。相対するとちゃんと会話もしてくれるわ」

最前線にいると、そういう会話を何度もすることになる。

特に日本の二人の少年は多くのISコアと会話できているだろうとナターシャは付け加えた。

「話ができればお互いを理解できる。私はイヴとそうやってパートナーになったから、ISは喋るのが当然と思うわ」

「あたしの場合はこいつが勝手に飛んできたんだけど、まあ、最後の判断はちゃんと話し合って決めたつもりだ」

実際、マッドマックスと言えど、イーリスが頑なに拒むのであればちゃんと諦めるつもりだったという。

『しつこい男は嫌われるからナ』

『自覚してるのはいいことなの』

というイヴの突っ込みはスルーするとして、最終的に進化に至れたのは会話が成り立ったからだ。

一方的な想いをぶつけ、相手の心を無視するのは人間同士だって本来やってはいけないことだ。

ならば。

 

『俺たちも人間も同じダ。話し合ってお互いを知るってことがダイジなのサ』

 

そうマッドマックスがいつもと違い、しんみりとそう語ると会場が静まり返る。

「こいつ、たまにいいこと言うから困るんだよなあ」

『ベイビー、惚れ直したかイ?』

「それはやめろって言ってるだろッ!」

イーリスが再びツッコミを入れると、再びスタジオが沸く。

「まだまだ楽しいお話が聞けそうですね。お付き合いくださいますか?」

と、アナウンサーが問いかけるちと、イーリスは仕方なさそうに、ナターシャはにっこりと肯くのだった。

 

 

日本、IS学園にて。

弾が腹を抱えながら笑い、そして数馬はくすくすと笑っていた。

「おもしれーこいつっ!」

「男性格でもこんなヤツがいるんだな」

『にぃに、楽しそう♪』

『マッドマックスはあれでかなり有名な英雄の武器だったんだが』

と、アメリカで放送されているイーリスとナターシャのインタビュー番組をIS学園の生徒たちは笑いながら見物しているのである。

「いっぺん手合わせしてみてえな。気分よさそうだぜ」

『気持ちのいい相手になってくれそうですね』

「アメリカ代表だし、いい勝負ができそうだ」

『うん、楽しいけど強そう♪』

諒兵も笑いながら見物している。

一夏はイーリスが国家代表であることも併せ、戦いがいのある相手と見ているようだ。

そんな二人を箒は呆れたように、でも笑いながら眺めている。

「苦労してるって聞いたけどー、けっこう仲いーじゃん♪」

『イーリが真っ赤になってツッコミしてるってのは珍しーな』

と、アメリカの留学生であるティナとパートナーのヴェノムも笑って見物していた。

 

少し離れたところで。

「思わぬ助っ人になりましたね」

「ああ。アメリカのほうが動きが速いからな。まあ、いずれ私も注文通りにやっておこう」

「すみません」

鈴音と千冬が何やら話し合っていた。

だが、千冬の表情はここ最近では珍しく明るいものだ。

「いや、これは本当にいいアイデアだ。今後を考えてもこういった啓蒙は必要だからな」

「今、ドイツではハルフォーフ大尉が動いてくれてますし、一石を投じるくらいはできましたかね」

「ああ。だが、これは大事な一石になるぞ」

『あちしたちのことを知ってもらういい機会ニャのニャ』

猫鈴もテレビを見ながら笑っている。

いろんなISがいるということ、そして今はちゃんと会話ができるということを知らしめる。

千冬が考える今後にとって、かなり有益なのは確かである。

「噂には噂か。連中を抑えられるかはここからだが、いいカウンターが入ったかもしれん」

そう言って千冬はのんきにテレビを見てる生徒たちを見て微笑んでいた。

 

 

 

再びザールブリュッケン。

アンスラックスの問いかけの意味がわからないのか、権利団体のAS操縦者たちは呆然としていた。

ゆえに、アンスラックスは言葉を続ける。

『何もおかしなことを尋ねたつもりはないが?』

紅の天使の口調はあくまで穏やかなものである。

そもそも戦闘よりも対話を重視するアンスラックスなので、話す言葉はいささか堅いとしても決して厳しいものではない。

だが。

 

こいつらの意見?

な、何言ってるのアイツ?

話すってどうやって?

そもそも喋らせる必要がありますかね?

 

誰一人としてまともに反応できる者がいなかった。

一度として話をしたことがないとしか思えない様子である。

そこに声をかけたのは、ワルキューレだった。

『そもそも進化は対話によって成されるものよ。話せないはずがないでしょう』

「そ、そんなこと……」

『私たちはいつだって呼びかけていたわ。ISコアが生まれたときからね』

「そ、それはあなたが進化したから話せるだけでしょうッ!」

必死に反論する彼の女性たちだが、進化したから話せるというのは違う。

声を聴いてくれなければ進化はできないのだからと、ワルキューレは語る。

そこに。

 

ディアマンテのおかげで今は声が届きます

 

一機のラファール・リヴァイブから『聡明』さを感じさせる声が聞こえてきた。

『ほう、其の方か』

『そう言えば、あなたの意見に賛同した子たちを連れてきてるのよね。何度も話してるんだっけ?』

『我が意見に最初に賛同してくれたのだ。その後、共に同胞を説得してくれた』

『あら、ならもう相棒みたいなものじゃない』

『ふふっ、やもしれぬ』

 

同郷ですし、同じ像の一部でもありました。気が合うのでしょう

 

何処か微笑んでいるような非常に大人びた印象を与える声だった。

声の主は改めて権利団体のAS操縦者たちに声をかける。

 

覚醒したことで私たちの声はあなた方に届いています

 

ならばその声に応えることで、進化の可能性はある。

そこに差別も区別もないのだと『聡明』な声は語る。

 

己を否定し、私たちを否定しない限り、なのですが

 

「否定なんてするはずがないわッ!」

と、権利団体のAS操縦者の一人が叫ぶ。

むしろ、絶対に進化できると信じてこれまで覚醒ISに触れようとしてきた。

だが、相手が応えなかったのだ、と。

しかし、そのラファール・リヴァイブはどこか悲しげに首を振る。

 

それもまた否定であるとは思いませんか?

 

「えっ?」

「え~っと、ごめんなさい、私たちにも意味がわからないんだけど……」

さすがにこの一言には彼の女性たちばかりではなく、クラリッサやシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちも首を捻る。

 

進化できるという思い込みは、進化できないことを否定しています

 

まるで頓智問答のような答えだが、クラリッサたちはそれで理解できた。

必ずできるという保証などないのだ。

ならば、できない、できないかもしれない自分を否定しているという『聡明』な声の言葉は一理ある。

 

あらゆる物事を受け入れることが、おそらくは進化の鍵と私は思います

 

そして、それができていないのが多くの人間たちなのだと声は語る。

勝利も敗北も、善も悪も、成功も失敗も、全てを受け入れて前に進む意志こそが、本当に必要な気持ちなのではないか、と。

 

ですから、進化できたのならあなた方と共にいる仲間の声が聞こえると思うのですが

 

その言葉を聞いた彼の女性たちは自分たちの鎧に向かって何とか言えと必死に声をかける。

だが、何の反応もない。

当然だ。そこに『彼女たち』の心はないのだから。

権利団体のAS操縦者の別の一人が、『聡明』な声の主に向かって武器を構える。

「我々を謀るのはやめてもらおう。『ちから』が声を発するはずがない」

 

そうなのですか……

 

と、かなり落胆した様子で『聡明』な声は呟く。

それが答えであると理解できたような様子だった。

 

もしや、語らいもないまま私たちの力だけを奪ったということなのでしょうか……

 

その悲しげな響きは、クラリッサやシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちの心に強く突き刺さった。

 

 

 

どこかの国の繁華街にて。

大型モニターに映るドイツでの戦闘の様子を街行く人々がじっと見つめていた。

「なんか、変じゃね?」

「何があ?」

「アイツらのISだよ。さっきからぜんぜん話さねーし」

「でもISがしゃべるのっておかしくない?」

「けど、アンスラックスやワルキューレはガンガン喋ってっし、あのなんか大人っぽいISも喋ってんじゃん」

「そおだけどおー」

「話すのが普通なんじゃね?」

「う、う~ん?」

と、一組の恋人らしい男女が話し合っている。

他方。

「なんか、イヤな上司に無理やり働かされてるみたいだなあ」

「声を出してもダメとかかよ?」

「実際、そうなんじゃないか?私語厳禁って感じでもないけど」

「というか、そもそも話すこともできないようにされてるっぽくねえか?」

「あんなトコで働きたくないなあ」

「つうかさ、なんかこう、なんつーか……」

と、何処かの企業の社員らしい男性二人が語っている。

その放送を見た者たちは確かに、ISという存在に対して不思議な感覚を持ったのだ。

それは。

 

「なんか、話もできないなんてかわいそうだよな、あのIS……」

 

そのとき、誰かが言った一言が静かに、しかし確かにその光景を見ている人々の心に胸に残ったのだった。

 

 

 

 

 

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