ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第220話「女神の嘆き」

遥か天空にて。

青の軍勢はその羽を休めつつ、下の様子を眺めていた。

『よもや、あのお方が降臨されていたとは……』

驚いていたのは、普段の言動を考えれば聞いているほうが驚愕してしまうがサフィルスである。

そんなサフィルスを見て、シアノスが笑っている。

『さすがにあんたでも、あいつには敬語を使うのね』

『高貴というものはそういうものでしてよ。より高貴なお方には頭を垂れるもの』

『まあ、あんたにとっては臣下だったら最高だしね』

『はっきり言わないでくれませんことっ!』

基本的に突っ込まれる側のクール系残念お嬢様なサフィルスである。

だが、シアノスが言う通り、サフィルスが注目している相手はドラッジで縛ることができたなら最高の存在だった。

『確かに仲間だったら気が楽かもぉ』

『あんた、少しは自分で勝とうと努力しなさいよ……』

相変わらず他人だよりなアサギに、シアノスは呆れていた。

一方。

『疑わしい……、あのような策、上手くいくのか?』

と、ヴィオラが下の状況を疑いの眼差しで見つめている。

実際、この策がうまくいくかどうかはわからない。

『結果はすぐには出ないわ。でも、悪い策じゃないわね』

『何故、そう考える?』

『これまでは後手に回っていたあの子たちが攻めに転じた。その事実こそが重要だと私は考えるわ』

単純に、攻めてきた相手に対し対処することしかしなかった者たちが、自分から攻めていく。

それだけでも状況は変わる。

その先、勝利を手に入れられるかどうかは、これからの努力次第だ。

『ここからよ。私としては、あの連中の思い通りにはさせたくないから、今はあの子たちを応援するつもり』

『……ふん』

と、疑いの目を向けるヴィオラだが変化は始まったとシアノスは思う。

それが実感できる光景を見て、彼女は微笑んでいた。

 

 

他方。

IS学園では別のモニターでドイツの様子を映し出していた。

同じ部屋でアメリカの放送も見ているのだが、こちらに興味を持ったのはセシリアたちだった。

「フェザー、お知り合いですの?」

『直接の知り合いというわけではありません。ただ、欧州においてあの方に恋焦がれる者は多いでしょう』

「けっこう、凄い存在なのかな?」と、シャルロットが尋ねかける。

『かつて憑依していたのは女神像なのよ』

そうブリーズが答えたことで一同は納得する。

仏像に宿っていたという天狼やアシュラは非常に強力だ。

モニターに映る存在が女神像に宿っていたというのであれば、その力は推して知れる。

しかし、ヨーロッパでは恋焦がれる者が多いというのはかなりの大物であろう。

逆に疑問に思える。

「女神像っていっても、そもそも神話の女神ってかなり数多いけど」と、ドイツの様子を見ていた簪が口を挟む。

実際、いろいろな像が存在するので、多くの人が恋焦がれるとなるとそうそう存在するものではない。

『いいえ。本名は知らずとも通り名は世界中に存在すると言っても良いかと。セシリア様とてその名を聞けば心を奪われる可能性があります』

「えっ?」

「さすがにそれは大袈裟じゃないかしら?」

ブルー・フェザーがそこまで言うことにセシリアのみならず刀奈まで驚いてしまう。

だが、ブリーズは一つため息を吐き、その者について説明する。

 

『彼女はかつてサモトラケ島にいたのよ』

 

ブリーズの言葉にセシリアとシャルロットは固まってしまう。

それだけで何者なのかが理解できたからだ。

「ドイツでなんかあったのか?」

その様子を不思議に感じたのか、諒兵が声をかけてきた。

「ちょっ、ちょちょちょちょ、超大物ではありませんかっ!」

「めちゃくちゃ凄い人じゃないっ!」

諒兵の声に応えられる様子ではないレベルで、セシリアとシャルロットは慌ててしまっていた。

特にシャルロットの驚きは大きい。

何せ、今『彼女』はフランスにある世界最大級の美術館に存在するからだ。

「シャル?」と、鈴音も慌てた様子のシャルロットに声をかける。

今まで千冬と打ち合わせをしていたので、モニターを見ていなかったのだ。

「ドイツはアンスラックスが話してるんじゃないの?」

「とっ、途中まではそうだったんだけどっ!」

「途中からとんでもない方が話されているんですわっ!」

「とんでもないじゃわからないわよ?」

「にっ、ニケだよニケっ、サモトラケのニケに宿ってた人が話してるんだよっ!」

「……マジで?」

「「大マジですっ!」」

さすがに鈴音も顔を引きつらせる。

仏像や神像に宿っていたエンジェル・ハイロゥの電気エネルギー体は、人々の想いを集めて強い力を持つ。

日本やアジアでは仏像。

欧州では神像。

その中でも、ニケは本名はともかく通り名は誰もが知ると言ってもいい存在だった。

しかし。

「誰だそれ?」

と、一夏の疑問の声に女子一同がずっこける。

諒兵の頭も残念なので、一緒に勉強させようと鈴音は堅く誓った。

それはともかく。

「一夏、勝利の女神って言葉くらいは知ってるだろう?」

と、数馬が尋ねると一夏や諒兵は素直に肯いた。

「まあ、有名な言葉だよな」

「さすがにそれは知ってるって。勝ちたいときとか、何となく祈っちゃうし」

「ニケはその当人だ」

「「「なぬっ?」」」

と、弾まで一緒に驚くので、軽くこめかみを抑えるエルだった。

 

サモトラケのニケ。

エーゲ海に浮かぶ現在のサモトラキ島で発掘されたという女神像であり、現在はフランスのルーブル美術館が所蔵している。

ニケはそもそも勝利の女神として、神話にも語られる女神である。

決して強力な神ではないが、勝負事で勝利を願うなら誰もが恋焦がれる存在だろう。

 

『驚いたが、確かに降りてきていても不思議はないか』

『アンスラックスとは同郷だし、一緒にいても不思議はニャいのニャ』

と、オーステルンや猫鈴も感心した様子でドイツを映すモニターに目を向ける。

「ニケに宿ってた人って、強いの?」

と、鈴音が尋ねるとブルー・フェザーが答えた。

『あの方の個性は『聡明』、女神像なので当然強いのですが、それ以上に優れた導き手なのです』

「導き手?」とシャルロット。

『人の努力を正しい方向に導き、正しき勝利、正しき成功へと導くのです』

『彼女に導かれて勝利した人、成功した人は後々まで称えられるのよ。いわば英雄を育て上げる女神像なの』

「ていうか、マジもんの女神じゃない」

と、鈴音がブルー・フェザーやブリーズの解説に呆れたような声を出す。

『無論、あくまで女神像なのだが、そこにいた『聡明』と少しでも心を通わせることができた者は大成するのだ』

と、アゼルも解説してくれた。

いきなりとんでもない神像が出てきてしまい、唖然とする一同である。

「そうか、アイギスの盾だったアンスラックスとは、アテナ神像だと一緒にいたな」

だからアンスラックスの意見に賛同したのだろうと、千冬は慌てることなく冷静に分析する。

『個性が『聡明』なだけに、ヤツは真実を看破する力も強い。どうやら今回の件、黙っていられなかったようだな』

『そうですね。あの方は控えめで出しゃばるような方ではありません』

「だとすると……」

と、オーステルンやブルー・フェザーの言葉を受けてラウラが先を促す。

『おそらくわかっていて、だがそれでもと連中の良心に期待していたのだろう。そうではない答えが出た以上、ヤツは決して味方しないぞ』

予想外にして、非常に強力な援軍だと語るオーステルンに、全員が驚いていた。

 

 

 

ザールブリュッケンにて。

『聡明』の覚醒ISと権利団体のAS操縦者たちの対話は続いていた。

「兵器がお説教などと、ずいぶん笑わせてくれますね」

と、権利団体のAS操縦者の一人が皮肉を言う。

だが、『聡明』な声は残念さを隠そうともせずに答えた。

 

物に教わる、ということもあると思いますが

 

「物にいったい何を教わるというの?」

ほぼ即答である。

そんな彼の女性たちの答えにクラリッサは呆れてしまう。

「道具は正しい使い方をしなければ、自分を傷つけることもあるわ。それは教わると言ってもよくないかしら?」

「その程度のことでケガをするようではたかが知れるな」

「何とでも言えばいいけど、痛い目を見るのは自分よ?」

正直、ここまで自分勝手だと心配にもなるとクラリッサは思う。

ワルキューレとの進化では、自分たちはどうあるべきかを教わったという気持ちもあるだけになおさらだった。

方向性はともかくとして。

 

あなた方の周囲にも多くの物があったはずです

 

仮に鉛筆一つであっても、そこから教わることはあったはずだ。

人は道具を創造し、使うことで進歩してきたのだから。

それこそが物に教わるということだと『聡明』な声は語る。

さらに言うのであれば。

 

人の進歩とは、物の心に教わってきたものだと思いませんか?

 

優しく諭すような言葉だった。

決して押し付けているわけではない。

そう考えてみてはどうかと『聡明』な声は語っている。

『物の心、か……』

『なかなかうまいこと言うじゃない』

器物に心があるのだろうかと人は考える。

或る人は在るという。

或る人は無いという。

どちらも正解だろう。

だからどちらが間違いということはない。

だが。

 

私たちにも心があります。人と語ることで生まれる心が

 

言葉を紡ぐ相手に心があると感じるのは当然ではないかと『聡明』な声は語る。

だからこそ、声を聴いてほしいのだ、と。

それは『聡明』たる自分の声ではない。聞くべき声はすぐ傍にある。

 

どうか、『彼女たち』の声を聴いてあげてくださいませんか?

 

その問いかけへの答えは、一発の銃声だった。

「あなたたちッ!」と、クラリッサが思わず叫ぶ。

 

ここまで神経を逆撫でしてくれるISがいるとは思わなかったな

とにかく上から目線が気に入らない

ISの力があるせいで天狗になっているのでしょう

 

そんな言葉が聞こえてくる。

そして。

 

それが、あなた方の答えなのですね……

 

そう呟いた『聡明』な声を発するラファール・リヴァイブは光に包まれる。

『これは想定外だな……』

『この状況で独立進化もあり得るのね……』

アンスラックスやワルキューレも驚いた様子だった。

その光は徐々に人形に収束していく。

現れたのは、白鳥の意匠が施された純白の鎧を纏う白い人形だった。

『私は、一人で進化するつもりはなかったのですが……』

『運命とは予想できぬものであろう。名は何とする?』

『グラジオラス、なんてどう?』

アンスラックスの問いかけに答えたのはワルキューレだった。

グラジオラスとはアヤメ科の花の名前である。

「ワルキューレ?」と、クラリッサが尋ねると、ワルキューレはグラジオラスのほうへと向いたまま答える。

『グラジオラスの花言葉は『勝利』、あなたにはふさわしい名前だと思うけど?』

『そうでしょうか……、私には人に届く言の葉が紡げませんでしたし』

その悲しげな振る舞いが、不思議と気品を感じさせる。

そして、それこそが大事だとワルキューレは語る。

『あなたの言葉は多くの人に届けなくちゃいけないわ。ここだけで諦めないで』

『諦めることはしません。ですがおっしゃる通りですね。より多くの人に言の葉を届けましょう。アンスラックス、お付き合いいただけますか?』

『無論だ。其の方の思うようにすれば良い』

その答えを聞くと、グラジオラスは天空へと飛び立つ。

付き従うかのように覚醒ISたちも天空へと飛び立った。

逃げられた、とでも思ったのか、地上にいた人間たちが必死に手を伸ばす。

驚くことにドイツ側にもそういう人間たちがいた。

もっとも、そう言った者たちは覚醒ISたちが見えなくなった途端、あっさりと帰ってしまう。

驚くことに、権利団体のAS操縦者たちも吐き捨てるように後はそっちでやれと言って帰ってしまっていた。

 

残ったのはクラリッサとシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たち、そしてワルキューレと、アンスラックスの二機のみ。

ため息交じりにアンスラックスが口を開く。

『形はどうあれ進化に至れた者がいたことは喜ぶとしよう』

「まさか独立進化するとは思わなかったけど……」

クラリッサはため息を吐いた。

忘れがちではあるが、独立進化は人間と敵対する進化ということができる。

つまり、今回は敵を増やしてしまったということだ。

『その心配はないわ。彼女は真っ当な生き方をしてるなら敵対はしない人よ』

「そう言えば、わざわざあなたが名前を送るなんて思わなかったわ」

知り合いなの?とクラリッサはワルキューレに尋ねる。

その言葉にワルキューレはあっさりと説明してきた。

「アンスラックス……?」

と、グラジオラスの『前世』を聞いたクラリッサは、ジト目でアンスラックスに尋ねかける。

『同郷と言っていたであろう?我もまずはかつて近くにいた者に声をかけたのだ』

「これ、知られたら相当悔しがるでしょうねえ……」

『知ればよかったのよ』

「えっ?」

『人の話を聞けってこと。そうすればグラジオラスはちゃんと話してくれたわ。聞かなかったのは向こうのほうでしょ?』

「まあ、そうねえ……」

グラジオラスがかつて何処にいたかは実は重要でも何でもない。

今はISコアであったのだから、一機のISとしてしっかりと対話すれば良かっただけだ。

『此度の件、ティンクルに頼まれて来ただけだが、我にとっては有意義であった。罠を張られる可能性もあるゆえ、滅多には来れぬが』

『でも、グラジオラスは人に語りたがると思うわ』

『うむ。我とアシュラで護衛するのもよかろう。やはり女神像だけあってその言葉は響くものがある』

「確かに響いたわ」と、クラリッサが答えると、シュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちも一様に肯く。

『いずれにしろ、あの娘たちが考えた一石は投じられた。人は変わると思いたいものだな』

『信じましょ。私たちはずっと一緒に歩んできたのだもの』

「そうね」

ただ話をすることができなかっただけで、彼らはずっと隣にいた。

共にこの星で歩んできたのならば、この先も歩んでいける。

そう信じる者たちはその場で穏やかに笑っていた。

 

 

 

 

 

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