IS学園、格納庫にて。
一人の女性が背後から首筋をビシリと叩かれて気を失った。
「まったく、舐められたものね」
と、刀奈が呟くと傍にいた鈴音が苦笑しながら声をかけてくる。
「絶対、入ってくると思ってましたけどね」
「そりゃあ、またとないチャンスだもの。だからと言って好きにさせるつもりはないけど」
「だから私たちは警備なんですのね?」
「こういう対処は僕たちのほうが向いてるね」
と、セシリアやシャルロットも声をかけてきた。
実は、今日は鈴音、刀奈、セシリア、シャルロットはIS学園内の警備ということになっていた。
千冬が応接室でインタビューを受けているためだ。
指令室では虚が各セクションに目を光らせている。
何故か、などと言うまでもない。
外部の人間が入れるチャンスに権利団体が手を出してこないはずがないからだ。
ならばインタビューなど受けなければ良かったのではないかと普通は考えるし、これまでは受けてこなかった。
しかし。
『今回の対策、私たちのためにもなるものね』
と、ブリーズが言うように、千冬が受けるインタビューは今後のIS学園とその周囲の環境をを変えていく一手となる。
『こういう戦い方もあります。戦場で暴れるだけが戦争ではありません』
『派手さはニャいけど、大事ニャ策ニャのニャ』
「なら、僕たちも力を貸すに決まってるじゃない」
「ありがと、みんな」
と、発案者の鈴音はASたちやシャルロットの言葉に照れくさそうに笑う。
「学園を好きにはさせませんわ。正直、乗っ取りなどという方法で来るとは思っていませんでしたけれど」
「織斑先生から聞いたときは驚いたよ」
「でも、いい方法ではあるわね。IS学園を自分たちの城にしてしまえば好き放題できるわ」
実は先日、千冬は鈴音、刀奈、セシリア、シャルロットにはIS学園を乗っ取るか潰そうとしている動きがあることを説明した。
今はIS学園を目障りに思う者たちが出てきたからだ。
まして、その者たちは『ちから』を身に着けてしまっている。
後手に回り続けていると、いずれジリ貧になって本当に乗っ取られてしまうだろう。
ゆえに、鈴音は決意した眼差しで語る。
「噂の種もしっかり芽吹いたし、チャンスになりそうなら攻めていかなくちゃね」
「ザールブリュッケンに関しては本当に驚いたけどね」
「勝利の女神が使徒側に着いたことは恐ろしいことではありますけど」
『彼女は対話を重視するから、よっぽど人間側がひどいことしない限りは敵対はしないわ』
ただし、グラジオラスは何度も降臨しては語ろうとするだろう。
権利団体にとっては歓迎したくない使徒であるだけに、人間側が敵対する可能性は高い。
「ちったあ、人の話聞けって言いたいわ」と、呆れる鈴音である。
「よく言われる言葉だけどさ、すごく大事なことなんだよね」と、シャルロットもため息を吐く。
「だからこそ今日のインタビューよ。織斑先生のサポート、しっかり頑張りましょ」
千冬を始めとした職員たちが、この戦争において必死に頑張ってきたことを、自分たちを常に助けてくれていたことを生徒たちは理解している。
ゆえに、刀奈の言葉に全員が気を引き締めるのだった。
インタビューは続いている。
「えっ、全球型シールドの維持っ?、各シェルターの操作っ?、各施設の維持管理までっ?」
『そうだぞー、私がIS学園の中の人だー』
ヴィヴィに中の人がいないのは、ヴィヴィが中の人だったからである。
冗談はさておき。
「他にはIS学園のネットワークサーバーの管理と防衛を行っていますね。ここは機密の山なのでハッカー撃退は日常茶飯事なのです」
『あちょー』
どこぞの格闘家のようなポーズをとるヴィヴィだが、別にカンフーで戦っているわけではない。
こう見えて演算能力が優秀でもあるので、普通にハッキングを止めているだけである。
とはいえ、それだけでもヴィヴィが優秀であることは理解できたらしく、インタヴュアーが感心した声を出す。
「すごいんですねえ、ヴィヴィさん」
『もっと褒めていいぞー♪』
褒められたのが嬉しいらしく、応接室を軽やかに飛び回るヴィヴィである。
なのでカメラマンが必死にヴィヴィを撮影していたりする。
「ISコアはこのような使い方もできるという意味ですと、ヴィヴィは非常に稀有な良い例と言えますね」
「はい、驚きました」
「なので、IS学園では次の時代を見据えた提言も考えています」
「次の時代、ですか?」
「はい。ISコアの平和利用とでもいいますか、現存するISの別の使い方の模索を始めています」
これも、教職員たちはすでに検討を始めている。
束の目的は空の向こうに行くことなので、最終的には宇宙を行く船の制作になるだろう。
だが、それ以外にも利用方法はいくらでもあるのだ。
「平和利用、と言いますと?」
「例えば、住宅やマンションなどの防犯システムにISコアを組み込むことで、防犯のみならず建築物や建設物の維持管理をISコアにお願いするということもアイデアの一つとしてありますね」
ISコアとは現在対話が可能となっている。
ならば、住人たちがコミュニケーションをとることで、生活のサポートをお願いすることも可能となる。
「現在でも家電の音声操作はあるでしょう。それをさらに発展させた形になります。ISコアは既存のAIよりも高度な知能を有していますから、操作だけではなく防犯や防火などもコミュニケーションをとることで実行できるはずです」
「確かに。家を任せられるAIがいると生活は快適になりますね」
「他に自動車の自動運転なども容易く可能になるでしょう。それだけではなく幼児の車内放置も防げるかもしれませんね」
「見守ってくれるということですね?」
「そうですね。生活の守り神、というのは少し言いすぎでしょうか」
そう言って千冬が品良く微笑むと、インタヴュアーはその美しさにいくらか顔を赤くしてしまう。
モンド・グロッソを勝ち抜いた鬼神のような織斑千冬を知っている人間から見ると、別人のように見えるのだろう。
「では、男子生徒の受け入れを検討されているのは、そういった産業などにも向けて人材を育てていくためなのですか?」
「ええ。現在でも整備科などがありますが、ISコアを利用したライフクオリティのアップグレードはそれとはだいぶ異なります。兵器としてのISではなく、ISと共に生きる生活を考えていければ、ということになりますね」
実は本当に男子生徒を受け入れることを検討し始めたのは、ISバトルのみを考えた教育ではなく、ISコアの新たなる利用方法を考えるためでもある。
女性的な観点、男性的な観点が、今後のISコアの利用には欠かせないと考えているからだ。
「ISを特別なものではなく、より身近に感じていただける時代を今後は考えて教育していければ、というのが私たちの今の考えです」
「まさかこのような考えをIS学園の方々がお持ちだとは思いませんでした。ヴィヴィさんを見ているとそれも不可能ではないと感じますね」
「恐縮です」
『恐れ入ったかー♪』
何故か胸を張るヴィヴィである。
感心した様子で次の質問に移ろうと資料をめくるインタヴュアーだが、その顔が少し曇る。
「どうしました?」
「今のお話を聞いていると大変に聞きにくいことなのですが……」
「かまいません」
「その、もったいなくはないか、と……」
「もったいない?」
「ISは非常に強力な兵器です。それに対して別の使い方を考える必要があるのかと……」
要は、より強力なIS、今ならば第4世代の制作に力を入れるべきではないかとインタヴュアーは申し訳なさそうに尋ねる。
どうもインタヴュアー本人としてはヴィヴィによって毒気が抜けてしまったらしく、あまり聞きたくはないらしい。
「大丈夫です。聞かれると思っていましたから」
「すみません……」
「いえ、兵器開発からISコアを切り離すことは不可能だと私も考えています。これまでがそうだったのですから、これからも筆頭に挙げられる題材でしょう」
無論のこと、IS学園でもそういった教育自体は今後もやっていくことになると千冬は語る。
だが、逆にもったいないと最近は考えるようになったという。
「逆に?」
「はい。兵器としてしか使わない、それはISコアの可能性を狭めてしまうと私は思います」
先のアイデアのように、視野を広げていくと様々な場所でISコアを活用することができる。
それだけではなくISコアとコミュニケーションを取っていくことで、より高度な開発もできるようになる。
「いわゆる製造工場などでも、ISコアを組み込むことで人の手が届かないところをフォローすることができますし、逆にISコアでは気づけない点を人がフォローすることができます。社会をより発展させられる技術を兵器開発だけにしてしまうのは、もったいないと思いませんか?」
「確かにおっしゃる通りですね」
「軍事産業を否定することはできませんが、その技術を転用して平和利用することを否定すべきではないと私たちは考えています。それが先ほどの考えになりますね。何よりISコアの個性の中には兵器に向かない者も多いのです」
「兵器に向かない個性……」
「例えばヴィヴィは『無邪気』ですが、話してみて戦闘に向いていると思いますか?」
「いいえ。ヴィヴィさんみたいなISコアは守るというのが相応しいかと」
「そう思っていただけると嬉しいですね。実際、ISコアの個性は今後の利用方法を考えるうえで無視できないものです。だからこそ、男女の区別なく、ISコアとしっかり対話できるかどうかが重要なのです」
「なるほど。コミュニケーションを取り、個性に見合った活用方法を考えていくということでもあるんですね?」
「はい。その点で考えれば兵器も選択肢に入ります。ただ、それ以外の選択肢を失くすべきではありません。生活の傍らにいてもらうという在り方も重要な活用方法の一つです」
それが、ISコアを身近に感じられるようにするということなのである。
彼ら、彼女らの存在は特別ではない。
ずっと昔から、器物に宿って人類の傍らにいた存在なのだから。
千冬がそっと手のひらを差し出すと、ヴィヴィは察した様子でその手の上にちょこんと座ってみせる。
「物言わぬ隣人であったISコアたちの声が、今は私たちに聞こえるようになった。ならば共に手を取り合うことはできるはずです。私はそう信じています」
『一緒に頑張るのだー♪』
そう言ってヴィヴィと共に微笑む千冬にインタヴュアーも微笑みを返す。
「そうですね。一緒に頑張りたいです。本日はありがとうございました。とても有意義な時間を過ごすことができました」
「こちらこそ。私たちの考えをお伝えできる機会をいただけたことに感謝します」
『ありがとー♪』
応接室は和やかな雰囲気のまま、放映は終了したのだった。
繁華街のカフェにて。
放送を見終えたので改めてケーキを注文するティンクル。
「まどかは?」
「食べる」
「じゃあ、二つ♪」
畏まりましたと言って離れるウェイトレスから目を離すと、まどかがティンクルに尋ねてきた。
「さっきのテレビ見るのが用事だったのか?」
「そうよ。IS学園が今、何を考えているかってことを知っておきたかったの」
無論のこと、公表できないことが山ほどある学園である。
発表された内容だけで推し量るのは難しいだろう。
一応、今は協力体制にあるので、ある程度は聞けば教えてくれるかもしれない。
だが、それだけでは足りないものがあった。
「大事なのは、社会に対するアピールね」
「あぴーる?」
「わかりやすく言うと、普通の人たちに対して、どうアピールするかなのよ」
今までとても存在感がありながら、何をしているのかわからないのがIS学園だった。
ISという存在が普通の人々にとっては遠い存在だったからだ。
当然、IS学園も謎の存在だった。
しかし、これからはそれではダメなのだ。
透明性が必要になってくるとティンクルは考えているのである。
「なんでだ?」
「ISたちの声が普通の人にも届くようになったからよ」
今まではほとんどの人間に聞こえなかった声が聞こえるようになった。
そして、ISたちは人間を差別や区別しようとはしていない。
「相性がいいかどうかだけ見て進化を考えてるんだもの」
『確かにそれは言えるな。進化できるのであれば誰であっても問題ない』
と、ヨルムンガンドの言葉にティンクルは肯く。
ならば、IS学園は選ばれし者の学園ではすぐにやっていけなくなる。
見捨てられてしまうからだ。
「誰に?」
「ISコアに」
『それは言えましょう。選民するような場所であるなら私たちには必要ありません』
ディアマンテの言う通り、IS学園が個人的な努力の結果で入れる場所ではなく、学園に都合の良い人間ばかりを集める場所なら、ISたちは見捨ててしまうだろう。
「最悪、アンスラックスたちが潰すわね♪」
『確かに盾の君はそう言った人間たちを救うことは諦めるだろう』
「楽しそうに言っていいのか?」
にこやかに言うティンクルや楽しげに呟くヨルムンガンドに呆れるまどかである。
それはさておき。
「話の本質は、ISコアの選択肢を増やすことなのよ」
「ISコアの?」
「個性に合わせた開発をしていくことで、ISコアとの関係を良好にしたいんでしょうね」
そうすることで、離反の可能性を減らしたいという気持ちもあるのだろう。
今後のIS開発において、普通に兵器として制作した場合、個性次第では離反される可能性も生まれている。
万が一、下手に強力な兵器に離反されると一大事だ。
「アンスラックスやアシュラがいい例ね」
「確かに、あいつ強い」
『一騎打ちで勝てる者はそうはおるまいな』
「だからこそ、ISコアとコミュニケーションを取り、その個性に合わせた開発をIS側に提示する。それが今の話の本質なんだと思うわ」
男子生徒の受け入れも、他の産業に向けての人材育成も根幹はそこにあるのだとティンクルは説明する。
良好な関係を維持することで、これ以上敵を増やさないようにすることが、今のIS学園の考えということだ。
「ISは兵器、そういう考えを持つ普通の人々の意識を変えるためのインタビューだってってことね」
『提示された別の開発例ですと身近なサポートなどもありました。そういうことが好きな方もおられましょう。あとは受け入れる側、つまり人間の問題ですね』
既に、ザールブリュッケンの一件で意識の変化は始まっている。
そこに、これからのIS学園の在り方を提示することで、普通の人々が持つIS学園への偏見をなくす。
結果として、それがIS学園が国際社会での立場が良い方向に変化するかもしれない。
そのための放送であったということだ。
「元は向こうの邪魔になる噂を作ろうって考えだったけど、わりといい戦略にもなったかもね♪」
「よくわからない」
「ま、のんびり見ていけばいずれはわかるわ。今度は次の手を打っていかないと」
「次の手?」
「極東支部、ううんノワールを早く見つけ出さないとね」
そう答えたティンクルの眼差しは驚くほど厳しいものになっていた。
閑話「公式という名の神」
ドイツ空軍のとある施設内にて。
多数の軍人たちが巨大モニターを見つめている。
ある者は目頭を押さえていた。
また、ある者は嗚咽している。
別の者は流れる涙を拭おうともせずに天を仰いでいた。
「もう、ダメかと思っていた……」
「たった三年弱と思っていたが、同胞は一人、また一人と去って行った」
「十年戦えるとうそぶいていたが、備蓄は減るばかりで日に日に不安が募っていった」
「「「だがッ!」」」
「公式は我らを見捨てなかったッ!」
「溢れんばかりの供給ッ、我らに恵みの雨が降り注いだのだッ!」
「我らは百年は戦ってみせるッ!」
「「「我らブリュンヒルデファンクラブに栄光あれッ!」」」
巨大モニターには千冬のインタビュー番組が映し出されていた。
わざわざワンカットを抜き出している。
千冬が手のひらにヴィヴィを乗せて微笑む姿だった。
その様子を見て感極まったのかクラリッサも眦に浮かぶ涙をハンカチでふき取っている。
だが。
「せめてインタビュー内容に感動して……」
サーバーに溢れんばかりに収められた千冬の新規画像を涙を流しながら喜ぶ将校たちを見ながら、アンネリーゼはわりと絶望していた。