ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第224話「女神の望み」

アメリカ合衆国、ワシントンD.C.

その地にあるホワイトハウスにあまりにも意外な来客があった。

補佐官が非常に慌てた様子で報告してくる。

「本当かね?」

「はっ、はいっ!」

「ファイルス君とコーリング君は」

「今、こちらに向かっています」

「わかった。あまり待たせるのも失礼だろう。応接室の準備を行ってくれ」

「はいっ、あっ……」

「どうしたのかね?」

「飲み物などは何を用意すれば……」

「まずは落ち着け」

思わず突っ込んでしまう合衆国大統領である。

 

十分後。

ホワイトハウスの執務室にて大統領は訪問してきた客に挨拶していた。

完全に見た目が人のそれではないが、今では驚くほどのことではない。

もっとも『彼女』がイヴやマッドマックスの言う通りなら、大統領の本音としてはこの国に留まってほしいと思う。

この国の未来が約束されたようなものだからだ。

だが、そんな自分の気持ちなど見透かしてしまうのだろうと、そんなことを考えてしまっていた。

『ご丁寧な歓待、痛み入ります』

「いや、できれば今後はアポイントメントを取ってほしい。申し訳ないが突然の来客にはそう簡単に対応できないのでね」

『回線をお教えいただければ、今後はそういたしましょう。良ければお持ちの他国の回線もお教えいただきたいのですが』

「ふむ。我が国の回線に関しては後程お伝えしよう。他国はまず確認を取ってからとなるがかまわないだろうか?」

『十分です。ご協力、心より感謝いたします』

驚くほど丁寧な言葉遣いに謙虚な態度、人間であったとしても一級品ではないかと思わされる。

訪れた客、グラジオラスの態度に大統領は感服していた。

 

ホワイトハウス前に、ナターシャとイーリスが慌てた様子で飛んでくると、そこには二機の使徒がいた。

「おいおい、大本命かよ」

『望むなら手合わせもやぶさかではないが?』

『承服』

「さすがにここでそんなことはできないわ。あなたたちでは力が大きすぎる」

『ちょっと大変なの』

『試すには最高の相手だけどナ!』

そこにいたのは紅の天使アンスラックスと闘いの神アシュラ。

この二人が本気で襲撃してくるというのなら、まさに戦争になってしまう。

幸い、そんな雰囲気ではないが。

「大統領に面会に来たと聞いたけど……」

『この国の首魁とは、今グラジオラスが対話を行っている』

「サモトラケのニケに宿ってたヤツだっけか」

『我の考えは以前伝えていたのだが、己がやりたいことと我が行っていることを継続していくなら、こういった方法はどうかと提案してきてな』

「どういうこと?」

『我の考える進化の提言、彼奴めの考える人との対話、それを安全に行うなら各国の行政の許可を得ようと言ってきたのだ』

「「はあっ?」」

『人間社会のルールを守る。我々にはその意思がある、より正確にはその意思がある者がいるということを伝えるべきだと言ってきたのだ』

まったく彼の女神像はなかなかに変わり者だとアンスラックスが愉快そうに語るのを、ナターシャとイーリスは唖然とした様子で見つめていた。

 

 

正直言って、グラジオラスがこんな動きをしてくるとは思わなかったというのが本音だった。

そう、千冬はため息を吐く。

「千冬さん」と、鈴音もさすがに困ったような顔を見せている。

「対話の内容は大統領から教えてもらえることになっている。グラジオラスが聞く通りの存在であるなら見抜けるだろうし、断りを入れてからだが」

『間違いニャく、そういったことは見抜いてくるのニャ』

「使徒や覚醒IS相手に隠し事をしてもダメでしょうね」

「ああ。こちらの手を晒していくことが一番いい戦術になるだろう」

絡めてで勝つことも可能だろう。

しかし、それは今後を考えていくと悪手になる。

対等な関係を築かなければならないのは人間側だからだ。

数では勝っているが、個々の地力が違いすぎる以上、使徒や覚醒ISに対抗するには正々堂々が一番良いのである。

「とはいっても、いきなりアメリカに降りるなんてびっくりしたわ」

「何を目的としているかで話が変わってくるが、グラジオラスはしばらくはヨーロッパには降りんだろう」

「先日の進化の件を気にしてると思いますか?」

『というか、邪魔されたくニャいと思ってると思うニャ』

グラジオラスはザールブリュッケンでもちゃんと対話しようとしていた。

相手が誰であろうとまずは話し合うことから始めたいのではないかと猫鈴は推測する。

そして、そうなると今のヨーロッパはかなり難しいことが鈴音にも理解できる。

「連中は確実に邪魔しに来るわね」

「グラジオラスの性格とは合わんようだからな。あの状況で発砲する度胸にはある意味感心するが」

身の程知らずというか、命知らずというかと呟きながら千冬はため息を吐く。

ある意味ではISを拒絶したとも言える態度を、対話を望むISに対して見せたのだ。

落胆は大きいだろう。

そうなると、別の国に降りるというのは納得がいく。

「アメリカを選んだのは、単なる偶然でしょうか?」

「日本にはそう簡単には来ないと私は思う。余程の目的がない限りはな。アメリカはファイルスとコーリングがインタビューを受けたことで、国民がISに対して寛容になっている。話が通じると考えても不思議はないだろう」

いずれにしても、グラジオラスは戦闘ではなく対話を望んでいる数少ない使徒であると言える。

IS学園にとっても、実は失い難い存在となる可能性があった。

「アンスラックスと共に使徒の代表となってくれるかもしれん。できればアメリカでの対話が穏便に済めばいいが」

邪魔が入らない限りは穏便に進むはずだと思いたいが、如何せん、異様に動きが速いうえに厄介な存在となっている権利団体とノワールの存在が千冬の心に不安の影を落としていた。

 

 

ホワイトハウス内の応接室にて。

大統領とグラジオラスの対話は続いていた。

「つまり、あらかじめ予定を決めてから対話を行いたいということなのかね?」

『はい。良き同胞でありますし悪口を言うつもりはないのですが、アンスラックスの行いは人の世に混乱を招きます』

「それは、確かに」

『進化の提言にしても、私の望む対話にしても人がまず準備をする期間が必要と考えております』

「なるほど。予定日を決めておけば君たちと何を話すべきかを考えることができるな」

しかし、それはその場を取り繕うための嘘を作り上げてくる可能性もある。

とにかく進化するために、ISたちを騙して進化しようと考える者がいる可能性を大統領には否定できない。

否、人間であれば決して否定できない可能性だ。

『それでは進化できません』

「それは間違いないのかね?」

『進化に至るためには己の心を剥き出しにする必要があります。取り繕っただけの言葉では我々のほうが進化に至れません』

先ごろ例外が生まれましたが、とグラジオラスは続ける。

女性権利団体の人間たちがISと無理やり進化した件である。

アレは対話による進化ではなく、何らかの方法で力のみを抜き出しているのではないかとグラジオラスは推測を述べる。

『だからこその準備期間なのです』

「そうか。君の同胞を守るためなのだね?」

『はい。我々も準備いたしますが、人にもお力を借りたいと思っておりますので』

要は、謎の進化ができる者を排斥するか、その進化をしないと確約を取るか、ISと人が安全に対話できるようにすること。

そこには別の意味も含まれるのだ。

「なるほど。信頼できる人間を探す意味もあるのだな」

『ご明察、恐れ入ります。人が変わることを期待しておりましたが、良からぬ方向への変化が生まれた今は、それが良き方向へ変わろうとする人々を駆逐する可能性もあります』

それは、ISと人、お互いの未来を悪い方向へと誘っていく。

その先にあるのは破滅だ。

『我々は確かに古くから存在しますが、歴史の中で最も強く影響を及ぼしているのは人なのです』

「そうなのかね?」

『聖書の一説にありますでしょう。「まず言葉があった」と』

「そうか。君たちを形作る情報とは言葉から生まれるものなのだな」

意を得たりといった様子でグラジオラスは肯いた。

情報自体は、言葉や文字だけのものではない。絵や造形も含まれるだろう。

ただ、それを伝えるとなると言葉を無視することはできない。

それは情報の集合体であるISコアに憑依した電気エネルギー体も同じだ。

言葉は自分たちの存在を確立するために不可欠なものなのだ。

だからこそ、グラジオラスは言葉による対話を重視する。

『すぐに、とは申しません。お忙しい身でしょうし、私としては待つことは苦ではありません』

「ふむ。確かにすぐにとは言えんが、優先して考えるようにしよう。詳細はこちらから追って連絡する。我々は君たちのことをもっと理解する必要がある」

それだけは間違いないと大統領が断言すると、グラジオラスは穏やかに微笑むような様子を見せるのだった。

 

 

 

翌日。

IS学園では生徒たちを集めてブリーフィングが行われていた。

内容は当然、昨日の大統領とグラジオラスの会談内容である。

「以上が、大統領とグラジオラスの会談内容だ。わかりやすく端折ったが、要点は抑えてある」

「つまり、グラジオラスは予定を立てて人と対話することにしたということですのね?」と、セシリア。

「そうなるな。最初の対話は二週間後となっている」

「けっこう早いですね」と、シャルロット。

「大統領が動いて人員を割いた。他にやるべきことがあるとはいえ、使徒が降りてくることが事前に予測できるということは大きかったそうだ」

『まあ、あらかじめ言ってくれれば、こちらも合わせやすいわね』とブリーズ。

結果として、人間側としても動きやすくなり、二週間後に実施されることが決定したという。

それだけではなく場所の指定も大きかったらしい。

大統領としてはマディソン・スクエア・ガーデンかヤンキースタジアム辺りを開催場所にするつもりだったが、これに関してはグラジオラスはどうしてもと言って譲らなかったという。

「何処なんだ?」と一夏が尋ねる。

「ニューヨークのセントラル・パークだ」

「えっ、あそこっ?」とティナが驚いてしまう。

『おいおい、ただの公園じゃねーか』と、ヴェノムも呆れた様子だ。

アメリカ合衆国ニューヨーク市のマンハッタンにあるセントラル・パークは世界的にも有名な公園である。

様々な映画で舞台としても使われたことがあるため、映画などを含めれば一度は見たことがあるという人も多いだろう。

だが、今回のグラジオラスとの対話において驚くべきは、公園を指定してきたという点であると千冬は説明する。

「対話においてお金を取る気がないそうだ。そのため入場料などが必要な施設は断ってきたと言っていた」

「公園でただ語り合うと言うだけなのですか?」と、ラウラ。

「少なくとも最初はそのつもりらしいな」

『らしいと言えばらしいかもしれんが、ある意味では大胆とも言えるな』

と、オーステルンが感心したような声を出す。

だが、重要なのは対話の内容であって、場所ではないとグラジオラスは大統領に説明したという。

ただし。

「今後同様に対話を重ねることで、そこを進化の場にすることも考えているそうだ」

「アンスラックスがやってることのサポートってことか?」と、諒兵。

「そうらしい。共に行動してくれているので助力するのは当然だとな」

「なんつーか、ずいぶん周りに気い使うヤツなんだな」と、弾。

「だが、ここまでお膳立てしてくれれば、人間側も対応しやすいだろう」と、数馬。

実際、二週間で使徒との対話を開催できるほどに動けたのは、グラジオラスがこちらに気を使ってくれたからだと言える。

こちらの準備を待ってくれるというのは本当にありがたいことなのである。

『性格もあるんだろうが、おそらく現在の状況を憂いているのだろう』

アゼルの言葉通り、グラジオラスは現在の人とISの戦争を憂いている。

ISが自己を主張することは自身も含めて否定しなかったのだろうが、さらに先に進んだ今、そうではない進化が出てきたことが最も問題だと考えていることが窺い知れる。

「なんだかんだ言ってもグラジオラスもISから進化した使徒だということか」

『まあ、自分のことを優先に考えるのはしょうがないじゃろう。それでもこちら側にも気を使っておるからの。譲歩してくれたのはありがたいものじゃ』

箒の言葉を飛燕ことシロがやんわり否定した。

グラジオラスは自身やISたちを守るだけではなく、人間側も守る意志があるともいえる。

その考えを形にしたのが、今回の対話なのだと言える。

問題は、今回IS学園がどう行動するか、ということになる。

「戦うわけじゃないのなら、私たちが行かなきゃならない理由はないですよね?」と簪。

「まあ、対話の内容はテレビ中継されるそうだから、ここで見ているだけでも問題ない」

だが、と断りを入れて千冬は言葉をつづけた。

「一夏、諒兵、そして鈴音、最低でもお前たち三人は当日セントラル・パークに飛んでもらう」

「「「へっ?」」」

「任務内容は『対話』の警護だ」

「あっ、そういうこと?」と、鈴音が察すると生徒の中では刀奈もすぐに察した。

「確かに警護は必要ね。冷静に考えればかなりの大物が降りてくるんだし」

つまり、円滑に対話ができるように、混乱を抑える任務ということである。

グラジオラスやアンスラックス、アシュラの性格を考えると有り得ないと思いたいがIS側が人間を襲う可能性もあるし、逆に人間が暴徒になる可能性もある。

「特に、例の連中はな」

「でも、それだと一夏や諒兵は向かないんじゃ……」

と、少し鈴音が心配そうに意見してくるが、千冬は首を振る。

「一夏と諒兵はグラジオラスが指名してきた。警護するのであればお前たちがいいとな」

『信頼されてるのかな?』

「なら頑張るさ」

『まあ、ありがたいことではありますね』

「わりいようにはしねえよ」

と、二人と二機はわりと素直に任務を受け入れる。

そうなるともう一人は何故かと当然考える。

「鈴音、お前に関してはアンスラックスが指名してきたそうだ。理由はわからんが」

「何で?」

「いや、わからんと言っただろう……」

実際、理由を明かさなかったそうなのでこちらには意図は読めないが、グラジオラスが望む対話を行う以上は素直に受け入れるべきだろう。

『ニャに(何)か考えてるのは間違いニャいけど、今はわからニャいのニャ』

「それなら行ってみるしかないか」

この点、割り切りの早い鈴音である。

「当日の状況によるが、後は土地勘を考えてハミルトンには必ず飛んでもらう」

「りょーかい」

「他の者は状況次第だ。ただ基本的には一夏や諒兵と共にセントラル・パークに飛ぶことになると自覚しておいてくれ」

「はい」と、全員が素直に答えると千冬は肯き、さらに続ける。

「当日気を付けるべき点は二つある。まずは例の進化を阻止することだ。向こうが一夏と諒兵を指名してくれたことはありがたかった」

「どういうことだ?」と一夏。

「まだ推測の段階だが、お前たちはそういう人間がわかる可能性がある」

「へっ?」と諒兵。

「以前、進化させられたISの声をお前たちはダイレクトに受け取っている。そのときの感覚を覚えている可能性があるんだ」

『うん、たぶんわかるよ』

『感じることは可能でしょうね』

と、白虎とレオも答えたように、一夏と白虎、諒兵とレオは感覚でそう言った人間が認識できる可能性があるのだと千冬は説明する。

なので、当日は意識して人間を見分けてほしいという。

「わかるだけなら止めなくていい。グラジオラスだけではなくアンスラックスも言っていたそうだが、考えを改めてほしいそうだからな」

「まあ、それなら……」

「つうことは、そうじゃねえときは」

「止めるくらいは何とかなるだろう。どうしようもないときは」

「私がやります」と、鈴音が手を挙げた。

むしろ、こういった役目を譲る気はない鈴音だった。

千冬もわかっていたらしく、任せると言って肯く。

そして。

「もう一つはノワールの存在だ。かなり大勢の人間が集まることになるから、ヤツが出てくる可能性がある」

ノワール、すなわち『天使の卵』にとって、グラジオラスが望む対話は決して放っておけるものではない。

むしろ、大混乱を起こそうとしてもおかしくない。

「現在、ヤツを認識できるのは人間だけだ。グラジオラスの言葉を無理やり捻じ曲げる可能性もあるが、ISや使徒には認識できん」

つまり『天使の卵』からISや使徒を守ることも今回の任務であると千冬が説明すると、一夏と諒兵の目が真剣なものに変わった。

「以前、お前たちのASが行ったような脳への干渉のシャットアウトを広範囲で行うことになる。この点に関しては鈴音、お前がティンクルと連絡してアンスラックスやアシュラと連携してくれ」

「了解です」

「そのうえで白虎やレオにもそのサポートをしてほしいが、可能か?」

『大丈夫っ!』

『余裕です』

その答えを聞いた千冬は満足そうに肯いた。

 

「今回の任務は今後のためにも重要だ。一夏、諒兵、鈴音、ハミルトン以外で当日セントラル・パークに行ける者は前日までに指名する。各自準備を怠るな」

「「「「はいっ!」」」」

 

そうして、ブリーフィングは終了する。

その日までにできる準備を各自が行っていくことになるのだった。

 

 

 

 

 

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