ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第225話「ストラトスフィアの会合」

鈴音は一人、猫鈴を纏った姿で空を目指して飛んでいた。

既に高度は一万メートルを超えている。

さらなる高い空へ行くために、鈴音はまっすぐに上昇していた。

「ずいぶん前に束博士が進化してないと行けないって言ってた理由がわかるわ」

『人間ニャらこの高度でたぶん死んでしまうニャ』

人間が生身で存在していられる高度は七千メートルと言われている。

世界で最も高い山であるエベレストが約九千メートルあるので、実は頂上付近に長く滞在することはできない。

まして、周りに何もない天空で生きていられるはずがない。

鈴音がここを飛んでいられるのは、猫鈴と共生進化したからである。

「目的のポイントまではあと何メートル?」

『あと四千メートルくらいニャ』

「上に行くの?」

『見下ろせるポイントニャ』

ならばかなりの高さまで上昇しなければならないと鈴音は考える。

目的地はかつて丈太郎が訪れたところだ。

共生進化を果たした者たちの中で、ここまで訪れた者は他にはいない。

自分が初めていくことになる場所に対して、鈴音は少なからず興奮していた。

そもそも、何故そんな場所まで行くことになったのかというと、昨日のブリーフィングでアンスラックスに対話の警護の指名をされたことがきっかけだった。

「任務だから、やれっちゃやるけどさあ」

『理由がわからニャいってのは気持ち悪いニャ』

「グラジオラスが一夏と諒兵を指名するのはわかるのよ。あいつらISの好感度めっちゃ高いもん」

実際、多数のISが白虎とレオに嫉妬してると言ってもいいほど、二人の好感度は高い。

実は早い者勝ちだったことを知るのは白虎とレオの二機のみである。

『そもそもアンスラックスがリンを気にする理由がニャいニャ』

「そうなのよ。だから気になるのよ」

ゆえに、実はアンスラックスに会いに行くために、鈴音と猫鈴は遥か天空を目指して飛んでいるのだ。

「ほとんど接点ないもんね。地中海で戦った時くらいじゃないかしら?」

『リンがコアを抉ろうとしたからって、それを根に持つタイプでもニャいのニャ』

正々堂々と戦って勝利したのなら、それを恨みはしない性格なのが『博愛』のアンスラックスだ。

そう考えると本当に鈴音のことを気にする理由がない。

「会えばわかるかな」

『聞いてみるしかニャいのニャ』

いくら考えても思い当たることがない以上、考えること自体が時間の無駄だと鈴音はあっさりと割り切る。

ぶっちゃけ言うとめんどくさいのだ。

それよりも、この先にあるものを見られる期待のほうが大きいのでわりと楽しみながら目的地へと向かっていた。

 

数十分後。

眼下に空の青が見える場所で、鈴音は奇跡を目の当たりにしていた。

「これが……」

『あちしたちの本体ニャ』

赤道に沿って回る巨大な光の環、エンジェル・ハイロゥ。

成層圏に存在するそれは神々しいばかりの光を放ちながら、何処かゆっくりと回り続けているように見える。

「あれ、光速で回転してんのよね?」

『その通りニャ』

速すぎて逆にゆっくりに見えるのかもしれない。

そして、この場にいても感じられる無限に近い情報とエネルギー。

丈太郎が魅了されるのも理解できる。

同時に、丈太郎が発表を危険視したことも理解できた。

「これ、マジで神の力だわ。こんなもん欲しがらない人間なんていないわよ」

『あちしもそう思うニャ。本体をめぐって進化した人たちが争う可能性もあるのニャ』

「私の知ってる人たちは大丈夫だと思うけど……」

そうではない人間がいることを理解している鈴音としては、これは安易に公表できるものではないと理解できる。

人が変わらない限り、これは触れてはならないモノなのだ、と。

そこに。

「ちょっとお、人を待たせて観光なんて酷くない?」

「あ、ゴメン。さすがにびっくりしちゃって」

と、現れた人影に対し鈴音は素直に頭を下げる。

実はアンスラックスの居場所に行くために案内役をティンクルに頼んでいたのである。

「気持ちはわからないわけじゃないけど、私もそんなに暇じゃないのよ?」

「だからゴメンって」

『エンジェル・ハイロゥにようこそおいでくださいました、リン』

「ありがと、ディア」

さすがにこの場にいるためには、例え共生進化していても猫鈴やディアマンテ、つまりASの鎧を展開していなければ難しい。

ティンクルはディアマンテを纏った姿で天空に浮いていた。

とはいえ、目的はアンスラックスに会うことなので、すぐにティンクルに案内を頼む。

ついでに聞いてみることにした。

「何でアンスラックスが私を指名するわけ?」

「知らないわよ」

即答だった。

完全にまったく知らないらしく、文句交じりに答えてくる。

「むしろ私が聞きたいくらいよ。アンスラックスも指名するなら諒兵や一夏の二人だと思ってたし」

「まあ、そうよね」と、鈴音は肯く。

鈴音もそう考えただけに、ティンクルの言葉に疑問は感じない。

もっとも、そう言えばティンクルは今回の件は部外者だったことに気づき、鈴音は問いかける。

「あんたは何処まで聞いてんの?」

「アンスラックスから頼まれてね。使徒側ってことで私も警護に行くのよ」

「そうなんだ。良く引き受けたわね?」

「まあ、アンタと私が一緒にいるところを見れば別人だと思うでしょうし、私にもメリットがあるから」

同一人物という疑いがかけられている鈴音とティンクルとしては、同じ場にいるということは疑いを晴らすにはちょうどいいと言ってもいいかもしれない。

ティンクル自身、そう考えたためアンスラックスの依頼を受けたのだという。

「こっちは最低でも私と一夏と諒兵、そして場所がセントラル・パークってことでティナも来るわ。後は状況次第ね。ラウラは来たがってるみたいだけど」

「こっちはまどかも連れていくつもり。グラジオラスの言葉は聞くだけで価値があると思うしね。後はもしかしたらシアノスが来るかも」

「シアノス?」

「サフィルスたちもグラジオラスには興味持ってるのよ」

だが、サフィルスは性格的に自分が格下に見える状況は作らない。

ヴィオラはそもそも興味を持っていない。

アサギは人間が多く来るところには来たがらないという

「て、ことでシアノスも警護に来るかもしれないわ」

「一夏も来るけどまさか戦ったりしないわよね?」

「約束くらいはするだろうけどね」

何しろ使徒側ではザクロがいたとしても互角に戦える剣士であるシアノス。

一夏としても手合わせするには最高の相手だ。

もっとも、問題点はそこではないと鈴音は指摘する。

「まどかも暴れさせるわけにはいかないわよ?」

「諒兵が止めるでしょ?」

「まあ、そうだろうけど」

「大好きなおにいちゃんに嫌われたくないから、おとなしくしてくれるわ」

ティンクルは冗談半分で言っているように聞こえるが、わりとマジメにその通りになりそうな気がする鈴音である。

「と、居たわ」

そう言ってティンクルが指し示す先には、眼下の青を眺めながら佇む紅の天使の姿があった。

 

 

鈴音が声をかけると、アンスラックスはこちらへと顔を向けてきた。

『こうして会うのは二度目か、マオリンの主』

「凰鈴音よ。鈴でいいわ。猫鈴は確かにパートナーだけど、私の名前を呼ばないのは気に入らない」

『それはすまぬ。ではリンインと』

最強最悪相手にそう言える鈴音の度胸も大したものだが、あっさりと謝罪するアンスラックスも相当なものである。

「私が聞きたいことに関してはもう聞いてる?」

『ふむ。グラジオラスの対話の件であろう?』

「それ。何であんたが私を指名するの?」

今回の件で一番不明な点だけに鈴音はどうしても拘ってしまう。

すっきりしないからだ。

ただ、何故かはっきりと答えないような気がしている。

アンスラックス自身、それがわかっていないのではないかとこうして対峙することで感じ取れる。

『そうさな。一時でも我が主であった娘の恋敵ゆえ、というのはどうだ?』

「またずいぶんと取ってつけたような理由ね」

そう言って鈴音は苦笑する。

さすがに適当すぎるので、この場で考えたとしか思えない回答だからだ。

アンスラックスが箒のパートナーであったならそれも理由として考えられるが、箒を捨てて独立進化した使徒の言葉ではないだろう。

「あんた自身、はっきりわかってない感じ?」

『すまぬな。なかなか答えが纏まらぬ。其の方と会うことで見えてくるものはある気がしていたが、やはり朧気だ』

「それじゃあ、しょうがないか」

『いいのニャ、リン?』と、猫鈴が問いかけてくる。

鈴音とてすっきりしたわけではないのだが、相手が答えを見つけられないのに問い詰めても仕方がないと思う。

「まあね。ここまで来ただけでも私としてはいい経験になったし、アンスラックスに無理を言うつもりはないわ」

『気遣ってもらうとは思わなんだな』

「あんたは別に敵ってわけじゃないでしょ?」

『敵対することもあろうが、今はそうではない』

「なら、友だちってことでいいんじゃない?」

鈴音がそう言うと、アンスラックスは驚いた様子で固まってしまった。

さすがにこんな答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。

だが、鈴音にしてみればおかしなことを言ったつもりはなかったので、逆に固まったアンスラックスに驚いてしまう。

「えっと、私なんか変なこと言った?」

「別に?」と、ティンクルも鈴音の言葉におかしさは感じていなかった。

『さすがに敵じゃニャいニャら友だちっていうのはびっくりするのニャ』

『このあたりの割り切りの良さが彼女の長所とは思いますが、驚くのは無理もないでしょう』

そう言って猫鈴とディアマンテは苦笑いしているような雰囲気を出してくる。

そしてようやくアンスラックスも再起動してきた。

『其の方の考え方は面白いな。友だちでかまわぬよ』

『なるほど。興味深い御仁ですね、アンスラックス』

そう言って飛んできたのは純白の女神、グラジオラスだった。

『む?』

『今日、ここに来るとお聞きしていましたので離れたところから見ておりました。不躾な真似をして申し訳ありません』

話してはいたが来るとは思っていなかったらしいアンスラックスだったが、グラジオラスのほうが鈴音に興味を持ったらしい。

グラジオラスはアンスラックスに軽く謝罪を述べると、改めて鈴音のほうへと顔を向ける。

『私の名はグラジオラス。先ほどより話を聞いておりました』

「全然かまわないけど、何で聞いてたの?」

『この地を訪れる方は珍しいのです。対話を望む身ですが、そうそう降りるわけにもいきませんから、来ていただけることは嬉しく思っております』

「大した話をしに来たわけじゃないんだけどね」

と、鈴音も苦笑いしてしまう。

しかし、こうして相対すると存在感はアンスラックスやアシュラ並みに大きいことが感じ取れる。

女神像に宿っていたというのは伊達ではないということだろう。

「奈良の大仏様だったっつー天狼はそんな感じしないんだけど……」

『あの方の御力は私とは比べ物になりませんよ?』

「あー、知ってる。前にコア・ネットワークで見たし」

『彼奴は進化して長いゆえ、力を漏らさぬことにも慣れておるのだろう』

『ああ見えて、力が強すぎるのニャ』

『あの方が本気になられたら、我々は逃げるしかありませんね』

「わお、初めて聞いたわそんな話」

ティンクルも呆れ顔になるほど、意外に天狼の評価は高かった。

話が逸れてしまったが、せっかくグラジオラスがここに来てくれたというのなら、ちょっと話してみたいと思う鈴音。

適当と言うわけではないが、聞いてみたいことを聞くことにした。

『これは、意外な質問ですね……』

「あんたが人をちゃんと見てることはこうして会ってみてわかったわ。だからこそ、あんたを進化させた人たちをどうするべきかも考えてると思ったのよ」

『少なくとも、今のままでは対話は難しいでしょう。『ちから』とやらを捨て、身一つで私たちに相対する覚悟を持っていただかなくてはなりません』

「やっぱそうよね。捕まってる子たちの気持ちは切り捨てちゃダメだもん」

直接会ったことがあるだけに、鈴音は囚われたISコアに対して同情的だ。

話してみると決して非道な個性ではなかった。

捕まってしまったのは、どこかで人間に期待していたからではないかと思うのだ。

「何でそう思うのよ?」とティンクル。

「期待してない個性の例があったじゃない。ボルドーで」

『ヴィオラのことニャ』

「あ、そっか」

誰に対しても疑ってしまうヴィオラは、当然権利団体のAS操縦者たちにも期待などしていなかった。

結果として進化後には即行で殺そうとしている。

普通に考えれば、それが当たり前の行動だと言えるだろう。

現在、人とISは敵対しているところなのだから。

『実際、各人で人を襲っていたISたちは多くが進化のきっかけを得るためであった。そういう意味では立ち向かう人に対して期待していたとも言えよう』

「やっぱそうよね」

『なればこそ、解放していただきたいと思いますね』とディアマンテ。

『同胞を解放していただければ、方々のケアに私も尽力いたします』

今はそれよりも人間を変えないと解放しても同じことの繰り返しになってしまう。

ゆえにグラジオラスは人との対話を優先しているのである。

「そうなんだけど、蛮兄と束博士が頑張ってるけど、一番いいのは連中の鎧を直接調べることなのよねえ」

「さすがにIS学園には来ないでしょ」

「そうなのよ。もー完全に敵扱い。同じ人間だっつーのに」

と、ティンクルの言葉に鈴音は疲れた表情になってしまう。

ある意味ではISたちよりも厄介な敵になっていることに鈴音としては呆れてしまう。

権利団体がIS学園に敵対するのは主義主張や思想ではなく、人類の利益でもなく、完全に己の利益だけだと思える。

それでは、まだまだまっすぐな年代の鈴音としては呆れてしまうしかないのだ。

「蛮兄たちのほうに何か動きがあったみたいだけど、教えてくれないのよね」

「私も掴めてないわ。あっちに行った連中、そのあたりけっこう義理堅いのよね」

そっちは?と、鈴音はアンスラックスにも尋ねてみる。

『こちらも話は聞いておらぬ。ネットワーク上で会うことはあるのだが、機密は話せないの一点張りだ。テンロウは一度隠すと期が来るまでは決して明かさぬしな』

『私も聞いてはおりません』

「ホント、義理堅いわね」と、二機の使徒の答えに呆れる鈴音である。

いずれにしても、自分たちが権利団体とまともに戦うことはできない。

力で叩き潰すのは、却って凶悪な存在に変えてしまいかねないからだ。

「政治なんてわかんないもん」

「そりゃそうでしょ」

相手は権力を駆使してIS学園を動きにくくしてくる。

そんな相手を物理で殴ったところで意味がない。

政治的に勝つしかないのだ。

『その点では、今はいくらか良い状況なのであろう?』

「まあね。普通の人たちは変わり始めてると思うわ」

先のザールブリュッケンの一件や千冬のインタビュー以降、世論は確実に変わり始めている。

この流れを断ち切られるのがIS学園としては一番怖い。

だからこそ鈴音は決意している。

「私たちであなたとの対話を守るわグラジオラス」

『ありがとうございますファンリンイン。全力を尽くす所存です』

「あっ、うっ、うんっ、こちらこそっ!」

恭しく頭を下げるグラジオラスに、鈴音も慌てて頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 

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