IS学園に戻った鈴音は、天空での出来事を千冬に報告していた。
なお、それより前に諒兵にちゃんとまどかに助けてもらったことを伝えたのは余談である。
それはそれとして。
「確かにそれは考えられるな。つくづく面倒な相手だ」と、千冬はため息を吐く。
「コア・ネットワークからFSコアだけ遮断するってことはできるんですかね?」
「それについては束に聞いてみよう。コアを停止させる装置の亜種として可能かもしれん」
現在、束が研究中のコアの停止装置が効くのであれば、かなり有効な対抗手段になる。
対話までまだ時間があるので、そっちの機能のみで作ることなら可能かもしれないと千冬は話す。
「お前の話を聞く限り、グラジオラスは権利団体のAS操縦者たちも見捨てたわけではないようだしな」
「アンスラックスに近い性格なのかもしれません。まあ、助けたくはないけど見捨てるのは寝覚めが悪いですし」
「はっきり言いすぎだ」と、千冬は苦笑する。
内心では千冬も同じ思いなのだろうと鈴音は感じ、釣られて苦笑してしまった。
「いずれにしても対策はこちらでも考えよう。次につながる対話にしなければならんからな」
「はい。せっかく話せる空気が生まれた感じなのに、消されちゃ意味がないですから」
最後に「失礼します」と言って離れようとした鈴音に、千冬が声をかけてくる。
「追い詰めるなよ」
「敵わないなあ、もう」
そんなつもりはなかったのだが、改めて戒めるような言葉を放ってくる千冬に鈴音は困ったような笑みを見せていた。
千冬と別れた鈴音は整備室を訪れていた。
本音に会うためである。
既に他の機体の整備は終わっているらしく、整備室は本音がデータを纏めているところだった。
「あ~、りん、待ってたよ~」
「遅くなってゴメンね」
「何かあったの~?」
「なんか変なのに襲われてさ」
そう言って、手短に天空で起きたことを説明する。
もともとエンジェル・ハイロゥまで行くことを公言していたので、それ自体は特に問題にはならなかったのだが、人形に襲われたというと本音は驚いていた。
「だから整備とデータ回収お願いしていい?」
「いいよ~」
本音の返事を聞くと、鈴音は整備台に身を預け、猫鈴を展開した。
そこまでダメージを受けたわけではないので、整備もデータ回収も時間がかかるというほどのことはない。
本音ももう慣れたものなのでさくさくと進んでいく。
すると、本音はなぜか唸り始めた。
「む~?」
「どしたの?」
「りんが話してた人形を見てたんだけど~、なんか見覚えあるかも~」
「そうなの?」
「う~ん、とりあえず整備終わらせるね~」
「ん、わかった」
本音の言葉から、どうやら自分も一緒に見て考えたほうがいいらしいと鈴音は判断する。
そして数十分後、整備を終わらせた鈴音は、本音から説明を受けていた。
「こことか~、ここもかな~、うちで使ってるFEDのパーツっぽいんだよね~」
「でも、コアは違うみたいだけど……」
『そうニャ。識別コードには引っかからニャかったのニャ』
猫鈴もそう言ってくる。
実際、似たところはあるが微妙に違うというのが鈴音や猫鈴の印象だったのだ。
ならば、IS学園のFEDであるとは思えない。
「予備パーツかも~」
「予備?」と、鈴音は首を捻るが、戦闘に運用していく前提で作られていたのがFEDだ。
AS操縦者が増えたからと言って、もう使われないということはない。
今後、FSコアを使ったパワードスーツを制作するのだが、そのオプションとして学園の防衛に使っていくし、自衛隊にも同様に配布する予定である。
ならば、交換のための予備パーツは不可欠なものである。
「けっこう多めに作ってたらしいから~」
「ふ~ん、だとすると……」
『学園からくすねたってことが考えられるニャ?』
FSコア自体はおそらく極東支部のものだろう。
それをコアとして使い、IS学園にあったFEDの予備パーツを無断で拝借して組み上げたのが鈴音を襲ってきた人形ではないかと本音は推察を述べる。
ただ、そうなると犯人は内部のものである可能性が高いのだ。
それでなくても立ち入りを厳しく制限しているIS学園は、使徒と戦っている今は関係者以外の立ち入りを禁止しているのだから。
「うちも~、一枚岩じゃないからね~」
「つっても、吊し上げなんてできないわよ?」
『下手ニャつつき方すると、相手に突っ込ませる隙を作るのニャ』
横領という形で犯人を吊し上げること自体は可能だ。
問題はそのあと難癖付けてくる可能性が高いということである。
『やっぱり元を抑えニャいとダメだと思うのニャ』
「もと~?」
「この人形操ってたISコアよ。ネットワークとかいろいろ調べてみるわ」
そう言って鈴音は少しばかり強引に話を打ち切る。
そんな鈴音を訝しげな顔をしながら見つめてくる本音に、彼女は別の話題を出した。
「なに~?」
「更識さんと撫子はうまくやれてるのかなって」
「かんちゃん、苦労してるみたい~」
そう言って苦笑いを見せる本音だが、鈴音としては気になる点があった。
ティンクルに煽られたこともあり、強くなるために必死な簪ではあるが、簪はわりと思い込むと一直線なところがあると傍から見てて思うのだ。
「え~っとぉ~?」
「撫子が今の状況を楽しんでるのかなって思うのよ」
「なでなでが~?」
「うん、それって私たちには重要なポイントよ。私だけが頑張ってもダメだし、マオだけが頑張ってもダメなんだもん」
『せっかくパートニャーにニャったのニャ。一緒に楽しむのは大事ニャポイントニャ』
鈴音と猫鈴の言葉を受けて本音もなるほどと納得した顔を見せる。
大和撫子はISコアの中では図抜けた能力を持つため、今の簪ですらその能力を扱いきれていない。
刀奈と二人で進化したにもかかわらず、だ。
そうなると簪は操縦者として大和撫子を楽しませてはいないということができる。
「そうかも~、私としてはショックだけど~」
「ゴメン、悪口言いたいわけじゃないんだけど、指摘しておかなきゃって思って」
「ううん、大事なことだからね~」
困ったような笑顔でそう言ってくれる本音に感謝しながら、鈴音は続ける。
そもそもが大和撫子は納得の上で簪と進化したわけではない。
そうなると進化してから関係を築いていくことになるのだが、実は厄介な存在がある。
「だれ~?」
「弾とエルよ。あいつ更識さんが心配だからって気にかけてるし、エルも根っこが優しいからついつい更識さんをフォローしちゃう」
今の簪は大和撫子との関係づくりで弾とエルに甘えている面がある。
これは以前ティンクルが簪に指摘していたことでもある。
『一緒にいるのに、他の子ばかり気にしてたらムカつくのもわかる気がするニャ』
「それは~、そうだけど~」
親友のことだけに本音は本気で困ってしまっている。
しかし、ここで道筋を作っていかないと、大変なことになると鈴音は考えていた。
だから。
「本音には更識さんのフォローをお願いしたいのよ。弾とエルには私のほうからしばらく距離を取るように言うから」
「それはいいけど~」
「私は撫子は更識さんが強くなればいいと思ってるわけじゃないと思う。弱くても一緒にいて楽しいなら、本気出してくれると思うの」
『確かに、あちしたちは戦闘力だけ求めてるわけじゃニャいのニャ』
「そっか~、そうだね~、かんちゃんに言ってみる~」
「お願いね。私は弾とエルに言っておくわ」
「ただ~」
「何?」
「りんはそう見てるんだね~?」
「ま、ね。私も一緒にいても楽しくなかったら、他の子と遊びに行くし」
何となく勘付いたらしい本音にちょっと釘を刺しつつ、鈴音は整備室を後にするのだった。
次に向かったのは校舎の一角にあるラウンジだった。
弾が一夏と談笑していたので、正直声をかけることをためらったのだが、グラジオラスとの対話まであまり時間がないことを思い出し、鈴音は話しかける。
「あー、ティンクルってのにも言われて、俺も考えてるんだ」
「そなの?」
『訓練のときとかあまり協力しないようにしてる』
「そう言えば、訓練はよく箒と一緒にやってるな、更識さん」
と、一夏も思いだしたようにエルの後に続けた。
弾は弾なりに簪のことを心配しているらしい。
『ティンクルに言われたから?』
と、白虎が問いかけると、少し悩んだ後に弾は首を振る。
返ってきたのは意外な答えだった。
「撫子との関係をほっとくのはマズい気がすんだよ」
「……何で?」
「あいつ、下手したら簪ちゃんから自力で離れる気がする」
簪と刀奈の二人で進化できたというにもかかわらず、自力で離れるとなるとかなり危険な事態だ。
そもそも撫子、つまり以前打鉄弐式だったISコアは独立進化されると手に負えない敵になってしまう可能性があるために、簪と刀奈の二人の想いで進化させたのだから。
一体何を知っているのかと鈴音は弾に尋ねるが、答えたのはエルだった。
『単純に前世の話をしただけ』
「前世って?」
もしかして同郷なのかと思い、鈴音はエルに聞いてみることにした。
エルは前世は天岩戸だとヨルムンガンドが言っていた。
日本の神話では神様が閉じこもってしまい、一切の光を漏らさなかったという。
そんな前世を持つエルが知っているとなると、大和撫子も日本にいたことになる。
ただ、少し違っていた。
『日本にもいた。でもいろんな場所にいた』
「けっこういろいろなものに憑依してるんだ?」
『ものというか都市』
「「へっ?」」と、一夏と鈴音が間抜けな顔になってしまう。
『古くからだとウルク、ローマ、長安、平安京、ロンドン、ニューヨーク』
「「なんじゃそらッ!」」
思わず突っ込んでしまう一夏と鈴音である。
古代からの名だたる都市の名前が出てくれば当然とも言えるだろう。
そもそも器物ではなく都市となると広さが半端ではない。
「あいつどんだけでかいのよっ!」
『それだけの才能がある』
そして、それだけの才能があるだけにかなりの移り気であり、興味がなくなるとあっさりと捨ててしまうという。
『ナデシコも人間を見るのは好きだと思う。だから物じゃなく人が集まる場所に憑依するようになった』
いろんな人を観察するうえで、都市は確かに一番いい場所だと言えるだろう。
様々な人間が集まるからだ。
扱う情報量も半端ではない。
そのためか『不羈』の大和撫子は器物といった小さなものではなく、全体を見られる都市に憑依するようになったのだとエルは説明した。
「そんな話を聞いたんだぜー、不安にもなるだろ?」
「いや、まあ、うん……」
と、鈴音もうまく言葉が見つけられない。
確かに弾の不安も納得できるからだ。
能力のレベルにおいて、大和撫子は桁が違っていたのだから。
「スケールが凄まじいな」
『確かにカンザシとカタナだけで抑えるのはキツいかも』
と、一夏は呆れ、白虎は更識の姉妹を心配してしまう。
鈴音としても、こんな話を聞いてしまっては弾に距離を取れというのは逆に不安になる。
下手に簪自身を不安にさせると、それがきっかけで大和撫子が離れてしまいそうな気がしてきたからだ。
ただ、だからこそ先ほど本音に言った言葉が重要だと思えた。
「そっか。やっぱり頑張るだけじゃダメなんだわ」
「鈴?」と一夏。
「更識さん自身が楽しまないと、今の状況を。撫子に向き合った上で」
必死に頑張るのではなく、大和撫子というパートナーと共に今の状況を楽しむこと。
その余裕を持つことが一番重要だと。
「エル、更識さんだけじゃなくて、撫子もフォローできる?」
『やれないことはないと思う』
「二人の邪魔をしないようにしてほしいんだけど」
『にぃに』
「まあ、やれねーことはねーよ」
と、エルの言葉に弾はそう答える。
完璧にやるのは無理かもしれないが、そう努力することはできるという意味で。
「なら、お願い。私はちょっと本音に訂正しないと。マオ、先にちょっと話しといてくれる?」
『了解ニャ』
「なんか言ったのか?」
「んー、更識さんのフォローをお願いしたんだけど、今の話聞いたら少しやり方を変える必要があると思ったからね」
弾の問いかけにそう答えると、一夏が不思議そうに声をかけてきた。
鈴音の行動に不思議なものを感じたらしい。
鈴音と簪にはあまり接点がないからだ。
「鈴がそこまで更識さんのことを心配するなんて思わなかったな」
「そこまで親しくはしてないけど、友だちみたいなもんでしょ?」
『まあ、そうかも』と、白虎は鈴音らしい答えにクスッと微笑む。
「別に恩を感じてほしいわけじゃないのよ。ただ、パートナーと仲良くなってほしいから、その手伝いくらいはしたいと思ってさ」
そう言って苦笑いする鈴音の顔を、一夏や弾は不思議そうに見つめていた。
剣が舞う。
神楽舞が源流だと言ったその言葉に嘘はなく、その剣舞は美しい。
ただ、ときどき感情が邪魔をして足元がブレてしまうことがあった。
それは付け入るに十分な隙となる。
バシィッとお互いの刃がぶつかり合うと、その舞は途切れてしまった。
「同じところでブレるね」
「そうみたいだ」
簪がそう意見を提示すると、箒は同意する。
おそらく悪い意味で癖になってしまっているのだろう。
癖となって身についてしまったものは、なかなか抜けるものではない。
今後、どういう訓練をしていくかと箒は考え込んだ。
簪と箒は武道場で打ち合っているところだった。
個人技を極めていけば、ASはそれを活かしてくれるのだから、無理にASを纏って訓練をする必要はない。
箒は特にシロが例の進化の件で飛び回っているだけに、なかなか一緒に訓練できないという理由があった。
簪はそんな箒に付き合って、武術の訓練をしているのである。
「篠ノ之流はそんなに型は多くない?」
「あまり多くはないな。でも、そうか……」
と、箒は簪が言おうとしていることに気づいた。
悪い癖がついている舞を外し、あまり癖がついていない舞で本来の篠ノ之流を改めて身体に覚えさせるというのはいい方法だろう。
そう考えた箒は再び竹刀を構え、思わず声を漏らす。
「あっ、いいか?」
「大丈夫」
断りもなく確かめようとしたことを謝る箒だったが、簪は問題なさげに薙刀を構えた。
そして再び打ち合う。
簪としては別に箒に気を使ったわけではないのだ。
一つ一つの型を確かめながら舞う箒と打ち合うことは、簪にとっても自分の型を思い出すうえで都合がよかった。
更識の剣は本来は暗殺剣。
しかし、父親の先代楯無は刀奈にも簪にも暗殺剣に関しては教えようとしなかった。
二人は市井にある道場で古流剣術を学んでいた。
物心ついたころにISが生まれためか、二人の姉妹はISを使っていくことを念頭において育てられたと言ってもいい。
もっと突っ込んで考えれば。
(人殺しにさせたくなったのかな……)
厳しい父であったと思う。
ただ、簪と刀奈が更識の家に生まれた以上、いずれは殺し合う運命にあった。
父はそれを避けようとしていたのだと今は思う。
厳しいというより、優しさの表し方が不器用だったのだろう。
決して親と仲が良かったとは言えない簪だが、今思うとちゃんと愛されて育ったのだと理解できる。
拗ねているばかりでは相手の気持ちなんて理解できないのだろう。
特に才能の差という意味では、簪は今でもコンプレックスがある。
何しろ進化した相手が圧倒的な才能と抑えきれない力を持つ『不羈』の大和撫子だからだ。
だから、何となく、大和撫子を纏って訓練することに対し、簪は少なからぬ忌避感を抱いている。
それではダメだと思いつつ、箒に付き合うという言い訳を使いながら、訓練はほぼ武道場で行うことが多かった。
そんな簪と箒の舞う姿を、入り口で鈴音が見つめていることに簪は気づいていなかった。