指令室にあるモニターを生徒たちが見つめていた。
その場にいるのは一夏、諒兵、ラウラ、弾、数馬とそのパートナーたち、そして本音と虚である。
「こうして見ると強いな簪ちゃん。しっかり攻撃捌いてるぞ」
「ありゃあ攻撃と防御のバランスがしっかりしてんだな」
「鈴がどっちかっていうと攻撃重視だから、だいぶ違いが出るな」
「とはいえ、更識さんはやっぱり大和撫子に引っ張られてる感じがあるな」
と、弾、諒兵、一夏、数馬の順に二人の戦闘の様子を分析する。
こういうところはマジメな三人と、普段からマジメな一人である。
ここにいるメンバーは鈴音が簪というか大和撫子と本気で戦闘することを事前に聞いていたので、慌てるようなことはなかった。
「更識の武器の使い方は流派があるものなのか?」と、ラウラが疑問の声を上げると本音が肯いた。
「お屋敷の近くに道場があった古流剣術を学んでるの~」
「私も~」と続いた言葉に男子たちは目を丸くする。
「私もです。私たちは更識家のスペアとして育てられましたから同じように鍛えられてきたんです」
虚の説明に男子たちは納得した表情を見せる。
そういう世界もあるのだろうとは思うが、やはり一般人には遠い世界の話である。
なので再び全員がモニターを注視する。
「実際、地力はかなりしっかりしてるみたいだし、やっぱり撫子との関係なんだな」
「ああ。撫子が何をしてーのかを簪ちゃんが汲み取っていかねーと一緒に戦うのは厳しーな」
一夏の評価に対し、弾がそう答える。
実際、簪と大和撫子の強さが安定しないのは、簪の実力や大和撫子の性能ではなく二人の関係性だ。
一夏と白虎に代表される深い信頼からのパートナー関係でも、ティナとヴェノムのようなビジネスライクなパートナー関係とも言えない簪と大和撫子。
そこが二人の強さが安定しない最大の理由なのである。
「これがきっかけになってくれりゃいーけどな」
『にぃに、心配性』
ぽそっとそう呟いたエルの言葉に一同は微妙な表情をするのだった。
第3アリーナにて。
石切丸を握る簪の連撃を鈴音は如意棒を使って捌き続けていた。
きちんと型を習い、しっかりと身に着けている簪の薙刀は、鈴音が一度インストールしたとはいえ独学で覚えた棍術よりも連撃も一撃の威力も高い。
先達に学ぶというのは大事なことなのである。
それを誰よりも、対峙する鈴音が感じ取っていた。
打ち合えないことはないが打ち合い続けているとこちらが負ける。
それでも捌き続けられるのは、簪と大和撫子の息が合っていないからだった。
「せぃッ!」
「くぅッ!」
微妙に刃先がブレたところを狙って薙刀の刃を弾き飛ばす。
そこから如意棒を振り回し、上段から叩き付けるが簪はすぐに態勢を立て直して受け流した。
いったん互いに距離を取る。
「あなたは強い。でも、私だって弱くない」
「それは認めてるわよ」
気合いの籠った目で睨んでくる簪の言葉に、鈴音はそう返す。
実際、鈴音は簪の強さも大和撫子の強さも認めている。
認めなければ戦えないからだ。
「どういうこと?」
「私はね、弱いのよ。がむしゃらに努力しないと誰にも勝てない」
何処かで誰かがそんな言葉を聴いた覚えがあるが思いだせない。
なのに、鈴音がそう言い放ったことがすとんと胸に落ちる。
鈴音は、そういうIS操縦者だったのだ、と。
「だから相手の強さを認めて、受け入れて、対抗するために自分を鍛える。ずっとそれを繰り返してるのよ」
だから、簪が相手でも怯まずに突っ込むのだ。
棍の端を握り、全力で叩き下ろす鈴音の一撃を簪は顔を歪ませながらも受け止める。
即座に薙刀を回し、下段から斬り上げる。
だが、鈴音は間合いを変えてきた。
いきなり舞うように攻撃をかわし、薙刀の内側の間合いから横薙ぎに斬りつけてくる。
その手にあるのは如意棒でもなければ、娥眉月でもない。
「それ……」
「干将と莫邪、名前くらい聞いたことあるでしょ?」
二振りの武骨な中華剣だった。
干将と莫邪とは古代中国に伝わる名剣、陰陽の夫婦剣である。
それを手にした鈴音は京劇のような舞を見せつつ、両手の干将と莫邪を自在に振るう。
より正確に言うと、箒に近い剣舞を見せてきた。
剣を振るうのではなく、剣と共に舞う動きである。
それでも剣技においては簪に分がある。
決して捌き切れないような見事な舞とは言えないが、初めて見せたわりには十分な剣舞となっている。
「なんで……?」
「悔しいもん」
「は?」
「私の二刀流、弱かったんだから」
以前にも語ったが、鈴音の二刀流はちゃんと型があるものではない。
手数を増やすことで相手の隙を見い出し、そこに最大攻撃を叩きこむというのが鈴音の戦い方だからだ。
つまり、しっかりと培われた技術で勝ってきたわけではないのだ。
「でも、それじゃ悔しいじゃない。適当なまんまの剣術なんて」
「それで舞と二刀流を組み合わせたの?」
「そうよ。如意棒からインストールした棍術は京劇の舞にも通じるものがあった。そこから二刀流を組み合わせたのよ」
「何で武器を変えたの?」
「というか、戻したのよ。これベースは双牙天月よ?」
「あ」と、簪は唖然としてしまう。
もともと猫鈴が甲龍であったころの武器は見えない砲身を作り出す龍砲と実体剣の双牙天月だ。
進化して身軽な武器として娥眉月を作ったが、剣舞には向かないと感じた鈴音は如意棒と同じように、娥眉月から今度は干将と莫邪を生み出したのである。
「形状変化はそこまで難しいことじゃないしね。剣舞に合わせて形を変えただけよ」
『もともとの双牙天月の形をいじるだけだから余裕ニャ♪』
と、鈴音と猫鈴はさすがのコンビネーションでそう答える。
そして。
「さて、まだまだ足りないわよ更識さん。撫子、龍砲も使ってくからね」
墜とされたくなかったら対抗してみなさいと言って、鈴音は簪と大和撫子に向かって特攻していった。
他方、アメリカ合衆国ニューヨーク、セントラル・パークにて。
多くの市民やビジネスマンたちがひとときの休憩を取っている中、ティナは呆れたような声を出していた。
「ここを警護するってちょー大変なんだけどー」
「ま、そう思うよな」
答えたのはイーリス。
ティナはグラジオラスとの対話の警護の打ち合わせのため、一足先にアメリカに飛んでいた。
セントラル・パークの確認と、アメリカ側から警護に出るイーリスやナターシャとの連携の確認のためである。
「ここを選んだグラジオラスの意識は好ましいと思うけど、警護するほうからすると大変よね」
と、ナターシャが苦笑しながら声をかけてくる。
実際、当人がどう考えているのかはともかくとして、騒ぎになったら抑える立場のティナ、ナターシャ、イーリスにとっては面倒なことこの上ない。
如何せん、セントラル・パークはただの公園なのだ。
建設物と違って、訪れるだろう人々を完全に監視するのは難しい。
「グラジオラスってけっこう意地が悪くない?」
『女神さまってなー、底意地悪いの多いぜー♪』
思わず呟いてしまったティナに対し、ヴェノムは楽しそうに笑っている。
まあ、神話に語られる女神は誰も彼もが優しく美しいというわけではないので、納得してしまう。
『ま、せっかく来てくれるんダ。しっかりお迎えしないとナ』
「わりと国家の威信がかかってるからな」
マッドマックスの言葉にそう答えるイーリス。
しかし、決して大袈裟な言葉ではない。
アメリカという国が、市民の暴動を抑えられるかどうかを試されているとも言えるからだ。
もっとも、一番大事なのはそこではない。
『みんなで楽しくお話しするの♪』
「そうね。仲良くできれば素敵ね」
イヴとナターシャの言葉に、ティナやイーリスも何となく笑ってしまっていた。
日本舞踊と京劇の舞踊は動きがだいぶ違う。
どちらかといえばゆっくりとした動きで舞う日本舞踊に対し、京劇は非常にダイナミックな動きを見せる。
両手両足を伸ばし、跳ね回るような動きすらある。
そうなると。
「くッ、届くのッ?」
「悪いわねッ!」
剣舞となるともっともイメージしやすい相手は箒なので、簪は箒と打ち合った時のことを思い出しながら対処しようとするが、ベースとなっている舞が大きく違うので間合いも異なることに驚く。
避けられるはずの攻撃が届くとなると、間合いの取り方も変えていかなけれは接近戦は難しい。
初見で簡単に対処できる攻撃ではないと感じた。
「撫子ッ!」
『うっさぁーいッ!』
そう言いながらも大和撫子は翼から無数の光弾を放つ。
いったん距離を取って中距離戦に切り替える。鈴音の舞の動きを確認するためだ。
追尾能力がない龍砲なら、避けるのはそれほど難しくない。
そう思っていたのだが。
「あぐッ!」
避けた先で、簪と大和撫子は不可視の砲身から放たれる見えない砲弾に襲われる。
追尾能力を後から追加することはできないはずだ。
それならば。
「連射ッ!」
「そういうこと」
簪がどう避けるか、どう移動するかの軌道を計算して、連射していたのだろう。
この短時間でそこまで計算できることに驚く。
『このくらいは軽いニャ』
と、どうやら軌道の計算をしたらしい猫鈴が答えてくる。
とにかく連携が上手い。
おそらくコンビネーションはIS学園のAS操縦者の中では一、二を争うレベルだろう。
「マオが戦うときはどう考えてるのかってことを常に意識してるだけよ」
「簡単に言ってくれるッ!」
ギリッと歯噛みしてしまう。
猫鈴が合わせてくれる鈴音と、大和撫子が勝手に戦う簪ではハンディキャップが大きいのだ。
しかし、そうではないと猫鈴が説明してくる。
『リンは戦うとき楽しそうニャのニャ。一緒に遊んでる感じニャ』
『楽しぃーい?』
『そうニャのニャ。負けるのが悔しいから強くニャりたがるけど、基本的には楽しむのニャ』
だから、どう動けば、どう戦えば楽しいのかということを『猫鈴と一緒に』考えるのだ。
目的が一つであればチームは強くなる。
だから、そうではないときは鈴音の強さは一気にガタガタになってしまう。
アシュラ戦で斉天大聖の戦闘技術をインストールしたときがまさにその典型例だ。
戦闘に感情が強く影響する分、強弱のふり幅が非常に大きいのである。
「使命感とか義務感とか、そんなもん関係ないわ」
「くッ!」
『にゃろぉーッ!』
撫子は再び翼から光弾を放つ。今度は追尾砲弾だ。
無数の光弾が、鈴音に襲いかかる。
避けることなどさせないと、空を駆け回る鈴音を追い詰める。
だが。
「私は全力で今この瞬間を楽しむのよ」
キュッ、ドドドドドドドドンッと変わった砲撃音が聞こえたかと思うと追尾する光弾を全て破壊してみせた。
「なっ?」
『強度と威力はあたいの砲弾のほうが上だしぃーッ?』
『ニャらこっちも威力を上げればいいだけニャ』
やり方は非常に単純だ。
龍砲の砲身は空間を圧縮することで作られる。
通常の龍砲はそのまま撃つのに対し、面撃ちは大きな空間を圧縮することで巨大な砲弾を撃つ。
今、鈴音と猫鈴がやって見せたのはその逆だ。
限界まで空間を圧縮し、針のような細い砲弾を撃ち放ったのである。
「同じエネルギーでも、出口が小さいと威力とスピードは上がる。ホースで水を撒くみたいなもんよ」
「くッ!」
使いこなすということを目の前で見せられるほど悔しいことはない。
猫鈴の元の機体である甲龍は、安定性は高いが攻撃力などはそこまで高くなかったはずだ。
しかし、その能力を使いこなせばこれほど強くなる。
鈴音は『猫鈴と共に』自分たちの能力を使いこなしているということだ。
それが、本当に悔しいと簪は感じていた。
ブリーフィングルームにて。
刀奈は千冬からある映像を見せられていた。
「どう思う?」
「動きから見てもおそらく間違いないと思います。いい勘してますね、凰さん」
「布仏本音は鈴音との会話で気づいたらしい。ほぼ間違いあるまい」
刀奈ははぁ~っと深いため息を吐いた。
今回の騒動の原因は自分たちにあると思うとため息を吐きたくもなるだろう。
正直に言えば、鈴音が簪にケンカを売ると言ってきたときは、自分が買ってやろうかと思っていたのだが、これでは文句など言えるはずもない。
「誰が持ちかけたと思う?」
「ノワールなのは間違いないかと。捕まってるISコアたちを見つけた凰さんを「気持チ悪イ」って言ってましたし」
「だろうな。ネットワーク上の動きを制限するわけにもいかんから放っておいたが、こういう接触をしてくるとは思わなかった」
基本的にコア・ネットワーク上ではASたちを自由にさせていることが今回は完全に裏目に出たと千冬はため息を吐く。
かといって動きを制限するわけにもいかない。
自由に動ける者と動けない者を生み出してしまうと、やってることがノワールや女性権利団体と変わらなくなってしまうからだ。
しかも。
「布仏本音が言っていたが、使われているパーツはおそらくIS学園にあったFEDの予備パーツだ」
FSコアを使ったパワードスーツの制作のため、防衛のために数馬が何機か使っている以外は動いていないので、パーツが余っている。
こっそりと盗んでいったのだろうと千冬は推測を述べる。
つまり、今回はIS学園の隙を突いて新たな敵を生み出されたということができるのだ。
「とりあえず動いてもらうぞ、更識。穏便に事を済ませてくれ」
「了解です」
ここで言う『穏便』とは、表沙汰にせず、またそうさせないという意味である。
こういう仕事になると、気分のいいものではないにしろ、刀奈が一番向いていた。
逆に派手な行動は鈴音が一番向いている。
「しばらく胃が痛くなりそうです」
と、刀奈が再びため息を吐くと千冬は苦笑する。
今回の騒動は特に簪側でしばらく尾を引くことになる。
刀奈としては簪の味方をしたいのだが、だからといって憎まれ役を買って出てくれた鈴音には感謝するするほかない。
問題は簪のほうにあるからだ。
「鈴音としては更識簪の意識を改善することで、関係を前に進ませるつもりなんだろう」
「確かに簪ちゃんも苦手ですからね……」
「だが、それでも選んだ以上ほったらかしというわけにもいかん。乗り越える手助けをしていくしかない」
「はい」
そう答えてくれた刀奈に対し、千冬は「すまんな」と言って困ったように笑いかけていた。
セシリア、シャルロット、そして箒は第1アリーナにて、ヴィヴィが見せてくれる映像を通して鈴音と簪の戦いを見守っていた。
正確に言えば、研究していた。
「戦い方に合わせて形状を変化させたのか」
映像の向こうの鈴音は干将と莫邪を手に簪に対して接近戦を挑んでいる。
中距離では龍砲を上手く使って追い詰める。
だが、簪も決して押される一方ではない。
大和撫子が非協力的であることを考えると、善戦どころかある意味互角といっていいだろう。
見事としか言えない二人と二機の戦闘に箒は自分との差を感じるものの、劣等感までは抱いていなかった。
「あれってベースは踊りだと思うんだけど、箒とはだいぶ違うね?」
鈴音の剣舞に興味を持ったのかシャルロットが尋ねかける。
答えてくれたのはシロだった。
『ホウキの神楽舞は日本舞踊じゃ。リンインのアレは京劇じゃの』
「キョウゲキとは?」とセシリア。
『北京で発展した中国のオペラとでも言えばいいかのう。ただし動きはだいぶ派手なのじゃが』
「確かに動きはかなり大袈裟ですわね」
納得したように映像を見つめるセシリアとシャルロット。
「しかし、鈴音が京劇を嗜んでいたとは聞いてないが……」
と、箒が疑問の声を上げる。
確かに、そんな話は聞いたことがないので、いつの間にと皆が思う。
推測を述べてきたのはブルー・フェザーだった。
『あの動きは舞のように見えますが、舞のベースは武術です』
『もしかして、インストールした棍術なの?』とブリーズ。
『はい。間近で見ていましたから間違いありません。あのときの棍術を舞に昇華し、その舞を二刀流に転用しているのでしょう』
一つ覚えたことを深く掘り下げ、発展させていく。
これも発想力の一つだと言えるだろう。
さすがと言いたいところだが、ブルー・フェザーは少しばかり訂正する。
『あの二刀流はマオリンが手伝わなければ習得は難しいかと』
「どういうこと?」
『マオリンの知識にある彼の神仏の動きをリンイン様が学んだ結果だと思います』
単純に、鈴音は才能で二刀流を習得しているわけではないということだ。
猫鈴に斉天大聖の動きを教えてもらい、身に着けるために訓練を重ねたのだろう。
短期間でやろうとするので、だいたいいつも徹夜になるのが問題点だが。
それでも、鈴音は強くなるためならいろんなことを貪欲に吸収し、がむしゃらに自分を鍛えてくる。
『なるほどね。それこそが『無冠のヴァルキリー』ってことなのね』
そうブリーズが評したことで、セシリア、シャルロット、そして箒も感心した。
これが本領を発揮した無冠のヴァルキリー、凰鈴音なのだ、と。