IS学園、第3アリーナでは、鈴音と簪の戦いが続いていた。
果敢に攻めてくる鈴音に対し、大和撫子との息が合わないながらも必死に凌ぐ簪は間違いなく互角に戦えていると言っていいだろう。
だが、大和撫子はそれでは物足りなかった。
一人をパートナーとしてしまっては全力を出せないなら、数を増やすのは自然な選択だったと言えるだろう。
「撫子っ?」と、簪が驚きの声を上げる。
ソレは突然転移してきたからだ。
しかし、鈴音は驚いた様子もなく、干将と莫邪を如意棒に切り替えて問いかける。
「コツを掴めば余裕?」
『なぁーんだ、やっぱ気づいてたんだぁー』
と、悪びれる様子もなく、大和撫子は答える。
簪と大和撫子の周囲に転移してきたのは、学園の防衛に使われるFEDの予備機だった。
武器こそ手にしていないが、結構な数である。
『ニャデシコ(撫子)流の身外身の術ってところニャ』
西遊記の孫悟空が使う術の一つに身外身の術、いわゆる分身の術がある。
大和撫子が複数の機体を同時に動かしているというこの状況は、まさにそれが近いだろう。
そして、その意味は。
『これでちょっとは動きやすくなったしぃーッ!』
行き場がないために抑え込んでいた才能をフルに発揮できるということだ。
四方八方から襲いかかるFEDを鈴音は如意棒を振り回して迎撃する。
すると、いきなり通信がつながった。
[予備機だ。叩き落してかまわん]
(了解っ!)
戸惑ったままの簪に関してはいったん置いておき、鈴音は大和撫子の分身を叩き落としていく。
分身の動きは粗削りではあるが、ちゃんとこちらを追い詰めようと連携してきていた。
だが。
「撫子ッ、勝手なことしないでッ!」
『好きに動けッ、あんた一人くらい余裕だしぃーッ!』
仮にここに刀奈がいたとしても大和撫子は余裕で対応できる。
だから大和撫子が勝手に動いていても、簪は思い通りに戦うことができる。
むしろ、簪に意識を大きく割かなくてもいいので大和撫子は好きに動けるし、実は簪も邪魔が入らないから動きやすくなるのだ。
「さっきより動きいいわねッ!」
「そうだけどッ!」
『ニャデシコ(撫子)が意識を分身に向けてるからニャのニャッ!』
猫鈴の解説に納得はするものの、簪としては複雑だ。
自分一人では大和撫子を扱いきれないと証明されたようなものだからだ。
なので、とりあえずこんな状況に追い込んできた鈴音に八つ当たりすることにした。
「恨まないでッ!」
「楽しいからおっけーッ!」
『余裕かますんじゃぬぁーいッ!』
この状況ですら全力で楽しんでいる鈴音に簪も大和撫子も本気で怒っていた。
こっちは必死だというのに余裕があるようにすら見える。
だが、それは間違いだ。
正確に言えば、確かに鈴音には余裕はあるのだが、戦力的には簪と大和撫子のほうが上回っている。
心に余裕があるだけだ。
人を守るとか、噂を流して学園を守るとか、そんなことを考える必要のないシンプルなバトルなので、気持ちよく集中できているのである。
負けたくはないが、負けたなら次は勝てるように自分を鍛えればいい。
そう思える戦いは鈴音にとって楽しめるものだった。
逆に簪の心には余裕はなかった。
とにかく腹が立つ。
楽しそうな鈴音にも腹が立つし、大和撫子が勝手にFEDを動かすことで逆に思い通りに動ける自分にも腹が立つ。
何とかして大和撫子を自分に集中させたかった。
どんな形であれパートナーとなったのは簪なのだから。
鈴音には悪いが、自分との一騎討ちに集中してもらう。
ゆえに撫子が使っていた追尾砲弾を今度は自分の意思で撃ち出した。
『バカッ、あたいに当てんなぁーッ!』
「邪魔ッ、当たりたくないなら避けてッ!」
さすがにティンクルとディアマンテの銀の鐘のような完全な追尾はできないため、鈴音のみならず大和撫子の分身にも当たってしまう。
だが、そんなことかまっていられない。
この場で置いていかれてなるものかと、簪は強い意志で大和撫子を操る。
むしろこの場において簪は鈴音ではなく大和撫子と大ゲンカを始めてしまっていた。
指令室では。
「本音ちゃん、打鉄弐式にあんな機能無かったよな?」
「ないよ~」
『おそらくだが、ナデシコが自身の才能だけでやっている』
そう説明してくれたのはアゼルだった。
もともと才能が巨大な大和撫子は一つのISコアに収めるのが難しいのだが、複数のISコアに一つの個性基盤が収まることはできないという。
「何でだ?」と一夏。
『仮に入り込んだ個性が同じものだとしても、別種の存在として確立されてしまうからだ』
同じ個性であっても、別人になるとアゼルは説明する。
双子が全く同じ人間に育たないのと同じことだ。
『個性が『不羈』であるナデシコは同じ個性はかなり少ないだろうが、それでも別人になる。双子や三つ子になるというのが一番近いか』
同じ前世を持つ二人の大和撫子が生まれてしまうということなのである。
そんな状況を誰よりも大和撫子自身が許すはずがない。
そのために、一つのISコアに自分を収めているのだと言える。
「けど、窮屈ってことか」と諒兵。
『そうだ。ナデシコにとってISコアは狭いんだ。それを解消させてくれるくらい、サラシキカンザシがナデシコを使いこなせればいいんだが、はっきり言って無理な話だ』
「かんちゃん頑張ってるけど~」
『努力の話じゃない。おそらくチフユでもナデシコは扱いきれんだろう』
単純に、人間の限界を遥かに超える才能を持っているために人間一人で抑え込むのが難しいのだ。
むしろ、簪は良く抑えていると言ってもいいとアゼルは言う。
『打鉄弐式に選ばれてしまったことが不幸だったと言えるだろう。ナデシコの才能に合わせた機能となるとBT機が一番良かったかもしれない』
「なるほど。ビットを撫子が操り、機体は操縦者が操ればちょうどいい関係になれるのか」
アゼルの説明に、数馬が感心したように呟く。
実際、簪の戦いに合わせながらFEDをあれだけ自在に操れるなら、ブルー・フェザーやサフィルスを超えるBT機になれるだろう。
だが。
『楽に、だがな』と、アゼルは呟く。
「なんだそりゃ?」と弾。
『ナデシコに向いた機能だと思うが、それでは操縦者といい関係は作れない。何しろ飽きっぽいヤツだからな』
つまり、ビット操作に飽きたら操縦者ごとあっさり見捨てる可能性が高いということだ。
それよりも今の状態で関係を築いていかなければ、何より簪のためにならない。
「しかし、どうしろと言うんだ。更識簪はよくやっているが限界なんて簡単に超えられるものじゃないぞ」
と、意外にもラウラがそう評する。
『限界を超えるのではなく、カンザシと共にいることを楽しめればいいんだ。完全に使いこなそうと思い込んでしまうのは悪手だ』
そう言ったのはオーステルンだった。
大和撫子の才能を使いこなせれば、相手がアンスラックスやアシュラでも互角に戦える可能性はあるが人間には難しい。
使いこなせるように努力したうえで、大和撫子を飽きさせない関係を作ることが一番大事なのだろうと説明してくる。
「かんちゃんとなでなでが~、ちゃんと友だちになれればいいってこと~?」
『そうだな。その点を考えればリンインは良い手本だろう』
怒られたり、一緒に笑ったり、時には悩んだりと、本音で付き合っている鈴音と猫鈴の関係はAS操縦者たちの中ではベストと言ってもいい。
そんな関係を作れるかどうかが、簪と大和撫子の今後を決めるだろうとオーステルンは語るのだった。
追尾砲弾の軌道をより正確に操らなければ。
そう考えた簪は鈴音の動きをしっかり観察しながら、攻撃が当たる軌道をイメージする。
先ほどよりも正確になった光弾は鈴音を背後から襲う。
だが。
「これ、こういう使い方もできるのよ」
と、手にしている如意棒を再び干将と莫邪に形を変えて、鈴音は両方とも投げ放った。
思いの外、硬く作られているのか、ブーメランのように飛ぶ干将と莫邪は異なる軌道を描きつつ、光弾を叩き落としていく。
「甘いッ!」
武器を手放したということは、鈴音は攻撃手段を失ったと言える。
幸い、と言っていいのかどうかはわからないが、大和撫子が操るFEDを龍砲で対処しているので、こちらの攻撃には対処できまい。
鈴音が落とし損ねた光弾の軌道を計算し直して、集中砲火を浴びせようと簪は考えた。
干将と莫邪が戻ってくるまでに片が付くと。
しかし、甘いのはどちらかをすぐに思い知る。
「引き出しは多いほどいいのよ♪」
「あッ!」
鈴音は両足に展開させた娥眉月を使い、華麗な蹴り技で襲ってきた砲弾全てを叩き落とした。
簪は思いだす。
もともと娥眉月は両手両足の爪として展開される武装だったことを。
そして鈴音は剣技は一夏から、空中殺法は諒兵から学び取っている。
剣を手放さずに戦う一夏と違い、手放してからも戦える術を学んでいたということだ。
さらに、大和撫子の分身に対してもサマーソルトキックで蹴り上げつつ、反転した踵落としで叩き落した。
『こんっにゃろぉーッ!』
「撫子も少しはマジになってる?」
『ずぇったい墜とすッ!』
相当に真剣になっている大和撫子の様子に、鈴音はニッと笑いながら戻ってきた干将と莫邪を掴み、再び如意棒へと形を変えさせる。
「そおりゃあッ!」
掛け声とともに豪快に振り回された如意棒は、周囲のFEDを纏めて叩き落した。
そのまま簪の眼前から消える。
「なッ!」
「これはけっこう前から見せてたわよ?」
声は背後から聞こえてきた。
マズいと感じた簪はすぐに石切丸を発現して棍の一撃を受け止める。
さらに連撃で放ってきた刺突を簪は必死に凌ぐ。
鈴音はマキシマム・イグニッション・ブーストを使い、簪の視界から外れるためにいったん大きく迂回し、背後に迫ってきたのだ。
今までの技術を捨てない。
積み重ねて使いこなす。
鈴音の力で一番恐ろしいのは、自分にできることを増やすことで、その組み合わせを広げていける感性を持っていることだ。
追尾砲弾や薙刀だけでは、こちらの手が少なすぎる。
大和撫子がFEDを使っていることで、ビット攻撃に近いことができている。
しかし、それだけでは足りない。
「はぁッ!」
「ちぃッ!」
強引に鈴音を弾き飛ばした簪は、脳裏に閃いた機能を再現するために、鈴音をその空間、正確には周囲の大気ごと睨みつける。
ガチンッという不可思議な音と共に、鈴音はその場に固定されていた。
第1アリーナにて。
シャルロットが呆れたような声を上げていた。
「今度はAICぃっ?」
「どれだけ再現できる才能があるんだ……」
「アンスラックス並みの高性能ですわね……」
箒、そしてセシリアも呆れたような声を出す。
マルチロックに追尾砲弾、ビット操作、さらに停止結界と次々と再現していく大和撫子に呆れてしまうのは当然ともいえるだろう。
『正確には違うようじゃな』と、飛燕ことシロが呟く。
「どういうことなんだ、飛燕?」
そう問いかける箒に対して、解説を始めたのはブリーズだった。
『AICは物体の慣性を止める、つまり運動エネルギーに作用する兵器よね?』
「そうだね」と、シャルロット。
『アレは一定空間の大気を圧縮固定してるみたいよ』
「つまり、周りが固まってしまい動けないということですのね?」
動けないという状況に対する原因は様々あろう。
ブリーズの解説した通り、AICは認識した相手の運動エネルギーを止める第3世代兵器である。
対して、簪と大和撫子が再現しているのは、鈴音の周囲の大気を圧縮固定することで動けなくしているということだ。
プールの水が凍ってしまったような状況だと言えるだろう。
それでは動くのは簡単なことではない。
つまり、現在簪と大和撫子は相手そのものではなく相手の空間にその能力を作用させているのだ。
だが、周囲の大気を圧縮固定していると聞き、シャルロットは慌ててしまう。
「鈴は大丈夫なのっ?」
『呼吸に関しては心配ありません。そもそもISであったころから私たちにはデフォルトで操縦者の生命維持機能があります。宇宙空間でも活動可能です』
以前に語っているが、鈴音はエンジェル・ハイロゥまで飛んでいっている。
そこは常人ならすぐに死んでしまう場所だ。
そこでも生きていられるように猫鈴が生命維持を行っていたので行くことができたのだ。
何より、今の問題はそこではない。
「鈴音を止めたうえで、そこに最大攻撃を与える気か……」
箒はいつもは少し引っ込み思案でおとなしい簪が、ここまで苛烈な戦闘を見せることに驚いてしまっていた。
ぶっちゃけ言うと少し引いていた。
鈴音を固めて動きを封じた簪に、大和撫子が文句を言ってくる。
『バカッ、あれじゃ攻撃も届かねぇーだろぉーッ!』
周囲の空間を大気ごと圧縮固定したということは、その空間自体が動かないということができる。
実は、軽い攻撃は圧縮固定された大気が弾いてしまう。
動きを封じている反面、攻撃が届かないという欠点があった。
その点ではAICほどとは言えない。
だが。
「空間ごと吹き飛ばせばいいッ!」
予想を上回る脳筋発言である。
圧縮固定された大気を破壊できるレベルの攻撃であればまったく問題ないのは確かなので、簪の答えは間違いではないのだが相当に頭に血が昇っているような発言だった。
翼を広げた簪は通常よりも強力なエネルギー砲弾を生成する。
しかも、ただ撃つのではなくレールカノンとして撃ち放つつもりだった。
しかし、バキャンッという轟音を響かせた直後、鈴音が簪に向かって『撃たれて』きた。
「なぁッ?」
『なんでぇーッ?』
突然のことに対応しきれず、とにかくぶち当てようと簪はレールカノンを発射する。
だが。
「私のほうが迅いッ!」
マキシマム・イグニッション・ブーストよりも迅いスピードを乗せて、鈴音は如意棒を横薙ぎに叩き付けてくる。
「『あぐぅッ!」』
防御にエネルギーを使いすぎた簪と大和撫子は、エネルギーを失ってそのまま地面に叩きつけられる。
だが、鈴音も地面に落ち、両手両膝をついて喘いでいた。
しかし、がっちり固めたはずなのにいきなり脱出できた理由がわからない。
納得がいかないと簪は口を開く。
「ど、どうやって……?」
「龍砲ぶっ放しただけよ……」
簪の問いかけにちゃんと答えてきた鈴音ではあるが、言っている意味がわからない。
だが大和撫子にはそれで理解できたようだ。
『お前ッ、大気を割ったんだなぁーッ!』
『けっこうしんどかったのニャ……』
と、猫鈴もけっこうキツそうに答える。
龍砲はもともと空間を圧縮させて砲身を作り、衝撃を放つ衝撃砲だ。
鈴音の脱出はその応用である。
自分を固めている大気ごと周囲の空間を圧縮し、自分を衝撃で撃ち出すための砲身を作り上げて発射したのだ。
「そんなことしたらッ!」
「いやー、さすがにキッツいわ。骨が砕けるかと思ったわよ」
圧縮固定された大気を割るためには、自分が居る空間を圧縮する必要があった。
つまり自分ごと圧縮したのである。
下手をすれば空間の圧縮で鈴音自身が潰れてしまうところだったのだ。
それでも。
「勝ち筋があるならやるだけよ。マオも厳しいって言ってたけど反対はしなかったからね」
『できれば二度とやりたくニャいけど』
手段を思いつく限り決して諦めない。
それが、中国最強とまで呼ばれるようになった無冠のヴァルキリーの本領なのだ。
「でも、面白かったわ」
「こっちは全然面白くない」
「更識さんも撫子もマジですごいわね。息合ってないのにあそこまでできるなんて」
二人の息があったとき、どれだけ強くなるのか。
怖いけど楽しいと鈴音は言う。
そして。
「箒たち呼んでおくから」
そう言ってよろよろとしながらも、鈴音は自力で立ち上がってアリーナを去って行った。
「勝手すぎる……」
『次は叩き潰す』
珍しくマジ声で呟く大和撫子の言葉に、簪は心の底から共感していた。
閑話「背中のぬくもり」
アリーナの廊下を出口までよろよろと歩き続ける鈴音。
簪と大和撫子は予想以上に強かった。
もう少し楽に勝てるものと思っていたが、さすがに刀奈の妹だけのことはある。
こういう言い方を簪は嫌うだろうけれど。
そんなことを考えながら歩いていると、さすがに身体がぐらついてしまう。
そしてぽすっと何かにぶつかってしまった。
「暴れすぎだ」
「ホント無茶ばかりするよな、鈴」
「あ、れ……?」
倒れそうになった自分を一夏と諒兵が二人で支えてくれていた。
そのぬくもりが自分を立たせてくれない。
気持ちがよくてこのまま眠ってしまいたいくらいだった。
「何を抱え込んでるんだ?」と一夏。
「何でもないわ……」
「何でもねえヤツの暴れっぷりじゃねえよ」
「うっさい……」
せめて口だけはと自分を奮い立たせるけれど、身体は言うことを聞いてくれない。
それだけのダメージを受けているのだと、必死に自分に言い訳をする。
本当は。
「一夏、いけるか?」
「ああ」と、そう答えた一夏が鈴音の身体を背負う。
「何よ……」
「とりあえず医務室に行くぞ。そのあと、のほほんさんのところに行かないと」
一夏の言葉に今はそれで十分だと思ってしまった鈴音は、素直に一夏の背中に身を預ける。
温かいからもういいやと気持ちも安らいでいた。
「ありがと……」
「話せるようになったら話せ」
「うん……」と、諒兵の言葉に素直にそう答えた。
ちなみに。
「へっ?」
一夏の横を歩く諒兵の背中にくっついている人影と目が合ってしまう。
「何してんのラウラ?」
「お前のそれが羨ましいので真似することにした」
「それ以上聞くんじゃねえ……」
相変わらずの漫才コンビだと鈴音はくすくすと笑ってしまったのだった。