ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第232話「大和撫子の想い」

鈴音が簪にケンカを吹っ掛けた翌日。

簪は刀奈、本音と共にブリーフィングルームで千冬からある映像データを見せられ、愕然としていた。

「そんな……」

「戦闘時の言葉を考えても、これをやったのは大和撫子で間違いなかろう」

見せられていたのは猫鈴から回収した映像データである。

鈴音が謎の人形たちに襲われたときのものだ。

「この人形たちは不明機だ。猫鈴が確認しているがIS学園製のFSコアではない。パーツはどうやらIS学園から盗んだものらしいがな」

「それって」

「おそらくは権利団体が組み上げたんだろう。そうなると」

「ノワール、に?」

「まだ明言していないから何とも言えんが、大和撫子が権利団体の人間に興味を持つとは到底思えん。そう考えるとノワールが大和撫子に接触してきたと考えるのが一番可能性が高いんだ」

あまりの衝撃で簪は言葉を失っていた。

昨日、鈴音がケンカを売ってきたのは彼女の身勝手だとばかり思っていたが、むしろ正当と言っていい理由があったのだから。

「勘違いするな、更識簪」

「えっ?」

「鈴音はお前も大和撫子も恨んではいない。一番心配していたのは、グラジオラスとの対話で大和撫子がこれを使って邪魔をしに来ることだ」

ISに馴染みのない一般人がこれを見た時どう感じるか。

これを使って一般人を襲ったとき。

また、物言わぬISだと誤認されたとき。

一般人はISに対して忌避感を持ってしまう。

それではグラジオラスとの対話も意味がないどころか、敵対を煽る結果になってしまう。

「向こうはわざわざ大統領に断って、対話の機会を設けるように譲歩してきた。人と共存する道筋の一つを提示してきたと言っていい。それを邪魔されることだけは避けたいんだ」

「昨日、手癖の悪い人たちとは『お話』しておきました」と、刀奈。

「ああ。助かった」

ちなみにここで言う『お話』とは肉体言語でのHOTな会話である。

二度と悪さをしたくなくなるくらいに説得したのである。

病院送りにしたとも言う。

「それじゃあ……」

「更識簪、グラジオラスとの対話までに大和撫子との関係を改善してほしい」

「そんなこと言われてもッ!」

「昨日はどうだった?」

「えっ?」

質問の意図がわからず、簪は戸惑ってしまう。

どうだったと言われても、鈴音との戦闘とその後の整備だけで一日のほとんどが終わってしまったからだ。

だが、そここそが千冬が聞きたいことであるらしい。

「鈴音と本気で戦ったとき、お前は大和撫子とどう協力した?」

「協力なんてしてません。ケンカしただけです」

思い返せば、簪は強引に大和撫子の才能で次々と思いついた機能を再現して鈴音と戦った。

大和撫子は勝手にFEDを動かして、鈴音と猫鈴のコンビに対抗していた。

お互いに勝手に戦って、お互いを邪魔だとケンカしていただけだ。

そのせいか、今日も大和撫子はどこかに行ってしまって全然話ができていなかった。

「それであの再現力か。呆れてしまうな」

と、千冬はため息を吐く。

だが。

「更識簪、お前と大和撫子の関係はそこからだと私は思う」

「そこから、ですか?」

「互いに本気でケンカをして、共通の敵を見い出した。今度はお互いがどう戦えば鈴音に勝てるのかを考える必要がある」

そのためには、簪が楽しいと思うこと、大和撫子が楽しいと思うことをお互いに知り合う必要があるのだ。

お互いを何も知らないまま、一緒に戦っているというのは歪んだ関係と言ってもいいだろう。

少なくともASとその操縦者でやるべきことではない。

「共生進化していないハミルトンは大和撫子同様にヴェノムを好きにさせているが、気が合うときは話もする。お前たちはその段階まで行けていないんだ」

「すみません……」

「責めているわけではない。はっきり言おう。このまま鈴音に負けっ放しでいいのか?」

「イヤです」

鈴音の名前が出たとたん、簪の目は真剣なものになる。

昨日の戦闘では、思いつく限りの手で戦ったが、ことごとく上回られた。

こちらの戦闘手段を全て叩き潰されたのだ。

こちらの手を封じる方法もあったにもかかわらず、だ。

最後は相討ちに近かったとはいえ、内容は圧倒されていたと言ってもいい。

「そんなの、悔しくてしょうがない」

「ならば、大和撫子と共にお前自身の戦闘スタイルを作り出していくしかあるまい。そうあるべきパートナー関係をお前は間近で見たのだからな」

「……はい」

悔しいけれど、鈴音と猫鈴は理想的なパートナー関係だった。

どんな戦闘手段も、二人で作り上げてきたという印象があった。

行き違いもあっただろうが、それすらも二人の関係づくりのために吸収してきていると思う。

だからこそ。

「次は負けません」

決意の眼差しでそう呟く簪をその場にいた全員が期待の目で見守っていた。

 

 

 

コア・ネットワークにて。

『ここにいた』

『なぁーにぃー?』

エルがネットワーク内をブラブラしている大和撫子を見つけ出していた。

実はこの二機、あまり仲は良くない。

簪がエルを頼りにしていたこともあり、大和撫子としては面白くなかったのだろう。

エルは根っこのところでは他者にかかわりたがらないので、簪がいなければ大和撫子と話もしなかっただろうことも理由の一つだ。

エルとしては別に大和撫子を嫌っているわけではないのだが。

『珍しぃじゃぁーん?』

『別に、会いたかったわけじゃない』

『ならどっか行け』

『そうしたい。というか、にぃにの傍で引き籠りたい』

あっさりと本音を漏らすエルに、逆に大和撫子は興味を持ったらしい。

何故わざわざ自分を探しに来たのか尋ねかける。

『ノワールのアドレス知りたい』

『あぁー、そっち?』

『アレは落とせるときに落としておかないと気分悪いから』

珍しく、エルが真剣な眼差しを見せている。

勝手な行動をしているように見えるが、実は弾も納得しているのだ。

一夏、諒兵、弾、数馬の四人はノワールを敵視している。

ISコアに気持ちが傾いている彼らにとって、あの進化は受け入れられるものではないからだ。

『捕まる危険性もあるから、一人では行かないけど』

『あたいは平気だしぃー』

『ホントに?』

『あれは人間を介さないとぉー、無理っぽい』

『なるほど』

大和撫子の説明によると、ノワールこと『天使の卵』は人間と融合したせいか、ISコアよりも人間のほうに影響が大きいのだという。

ノワール自身よりもISを捕まえたいという人間の願望を増幅した『ちから』だというのだ。

そのため、媒介として女性権利団体の人間たちを使わないと、捕まえるのは難しいのではないかと説明した。

『たぶんそんな感じぃー』

『確率は?』

『はちじゅうろくぱぁー』

九十パーセント近い数字を出してくるあたり、ほぼ確信があるのだろう。

実は会うと決めたとき、さすがに大和撫子でも警戒していたという。

そのため『不羈』の才能を使ってネットワーク上での分身を作って会いに行き、ケンカを吹っ掛けたという。

不意を突かれれば使い慣れた手を使ってくると考えたのだ。

しかし、まったく捕まえる素振りを見せなかった。

それでノワールの素振りから捕まえているのは『人間』の方ではないかと判断したという。

わりと本気で殴りかかったにもかかわらず、余裕の表情であったことにはムカついたというのは余談である。

しかし、エルとしては今の話の内容で気になる点があった。

『ノワールも半分は人間だけど』

『アイツはある意味、もうISを捕まえてんじゃぁーん?』

『あ、そうか』

ノワール自身はもう相手がいると言ってもいい。

その相手と融合してしまっているのだが。

だが、権利団体の人間は違う。

ISの『ちから』が欲しくて欲しくてたまらないのに、全然捕まえられない。

不満は溜まる一方だろう。

『そのストレスから来る強い欲望を増幅したんじゃなぁーい?』

『厄介』

『ホント言うとあたいもかかわりたくなぁーい』

『じゃあ何で?』

『ファンリンインとティンクルが『変』だから』

いきなり、関係のない名前が出てきてエルは驚いてしまう。

しかし、大和撫子としてはそちらのほうが目的で、ノワールに会ったのは手段を得るためにすぎなかったという。

『データの墓場の話したっけぇー?』

『聞いてない、ていうかあなたも行ったの?』

『ヴェノムに声かけられてぇー、あたいが穴開けた』

『すごい……』

アンスラックスや飛燕ことシロですら、空いている穴を拡張するだけでも一苦労だったのに、大和撫子は自力で勝手にISコアが通れるだけの穴を開けたというのだから、エルが感心するのも当然だろう。

『そんときぃー、中にいたファンリンインを見てぇー、あたいも気になってきた』

『そうなんだ。ヴェノムは前から気にしてるみたいだけど』

『だってぇー、あいつディアマンテを着てたしぃー』

『えっ?』

『ネットワーク上っつっても、ディアマンテを着て戦ってたしぃー』

『ウソ……』と、思わず呟いてしまうほどエルは驚愕していた。

自分たちの常識から考えると、共生進化した人間が他の使徒やASを纏うのは不可能のはずだからだ。

鈴音がディアマンテとやったことは自分たちの常識を覆してしまう。

『どうやって……?』

『ティンクルがぁー、ファンリンインの量子データで外見をコピーしたからできるって言ってたけどぉー』

『だからって、できると思えない……』

『そぉーゆーこと。マオリンとディアマンテは何か隠してるっぽいしぃー』

だから、大和撫子はあの二機を信頼も信用もしていないという。

ヴェノムは独自に調べている様子だが、大和撫子も自分なりに観察しているのだという。

『あんたもアイツらは信用しないほうがいい』

『急にマジにならないで』

『だってマジだし』

さすがにこう言われるとエルとしても、鈴音とティンクル、猫鈴とディアマンテを安易には信用できなくなる。

しかし、性格的には信用も信頼もできる相手なので困ってしまう。

だが、大和撫子は二人と二機を相手に戦う気満々の様子だ。

『カンザシがやっとやる気になったから、アイツらいっぺん叩き潰す』

『やっぱり待っててくれてたんだ?』

『あんなちんけでも一応あたいのパートナーだしぃー』

意外とパートナー想いなところのある大和撫子に、エルはにこっと微笑んでしまう。

それなら、一緒に強くなることを否定はしないだろうと、ちょっとだけ安心する。

『絶対大ゲンカすると思うけど』と、思ったことは内緒だ。

『んで、ノワールのアドレスだっけぇー?』

『あ、うん』

『あいつぅー、自分のアドレスは絶対教えなかったしぃー』

『そう』

『期待してなかったぁー?』

『ノワールは油断ならない相手だから』

もし知っていたら、情報を共有してこちらから攻める態勢を作るように皆に伝えようと思っていただけだったので、知らなかったとしても大和撫子を責める気はない。

だから。

『ありがとう、ナデシコ』

『ふぅーんだ』

そう言って去っていく大和撫子を、エルは微笑ましげに見つめていた。

 

 

 

IS学園内第1アリーナにて。

簪はセシリア、シャルロット、ラウラ、そして箒に対し、事情を説明したうえで特訓の相手を願い出ていた。

「そうだったのか……」

「その、ショックだとは思いますけど」

箒やセシリアの言葉に、簪は首を振る。

原因がどこにあるのかを理解しなければ、特訓の意味がなくなってしまうからだ。

「私は撫子から逃げてた。あんな才能、扱いきれないって思って」

だから、戦闘では大和撫子に投げっ放しにして、簪は引っ張られながら戦っていただけだ。

本気で大和撫子に立ち向かったのは先日の鈴音戦と、そして。

「飛燕が進化したときの、ティンクルの時だけだと思う」

「そうだね。見た目は一緒だけど」

と、シャルロットが苦笑いしながら言うと、簪も笑ってしまう。

実際、鈴音とティンクルは外見は同じなのだから、何だか同じ人間と戦ったような気がしないでもなかった。

「だが、扱いきれないからというのは、撫子を放っておいていい理由にはならないな」と、わりと厳しいラウラ。

「うん、扱えないとしても、一緒に戦う努力をしないことこそ、パートナーに対する裏切りだと思う」

だからか、今でも大和撫子は勝手にどこかに行ってしまって、簪とはほとんど話をしていない。

見捨てられかけているのだと簪は理解していた。

理解していたが、受け入れられなかったのだ。

自分とて、いろんな人の力を借りたとは言っても、進化できたはずだ、と。

「大事なのは進化してからだって、わかろうとしなかった。だから、私は凰さんに完敗したんだと思う」

「最後は相討ちに近いものでは?」

「私の攻撃を全部受け止められたうえで、上回られたのは完敗だと思う」

単純に蓄積したダメージと消費したエネルギー量で相討ちに近かっただけで、もし鈴音が本気で勝ちに来ていたなら、こちらは思うように戦えなかった可能性だってある。

だからこそ。

 

「もう何日もないけど、例の対話までにもう一度戦って、私は勝ちたい」

 

その言葉に嘘がないことは、簪の目を見ればわかる。

恨みなどない。

一番近い表現は憧れかもしれない。

鈴音と猫鈴のようにパートナーと一緒に戦えるようになりたいという憧れだった。

「気持ちはわかった。けど、肝心の大和撫子がいないのでは……」

と、箒が言うようにこの場に大和撫子がいないのでは一緒に戦うどころではない。

『いや、問題なかろう』

「オーステルン?」と、ラウラ。

『カンザシ、試しに追尾砲弾を撃ってみろ。ラウラ、シュランゲを一つ的にしてやってくれ』

オーステルンの言葉に従い、簪は追尾砲弾を撃ち放つ。

ラウラが放ったレーザークロー、シュランゲをしっかりと追尾していた。

だが、これがどういうことだというのだろうか。

『ナデシコが本当に無視していたなら追尾砲弾とて使えるはずがない。この場にいないだけで、お前の戦闘をサポートすることをやめてはいないんだ』

「あ……」

『あの子は才能が大きいから、片手間でもあなたをサポートできちゃうのよ。ここにいないだけであなたを見ていないわけじゃないわ』

『ですから、ヤマトナデシコがここに来たくなるように、まず貴方が機体を使いこなすことが肝要です』

『アレもなかなかの捻くれ者じゃからのう。まずは根気よく特訓を続けるのじゃ、カンザシ』

それぞれのパートナーたちの言葉に簪は自分の不明を恥じる。

大和撫子は才能も大きいが懐も大きいらしい。

その大きさに自分が気づかず、勝手に嫉妬していただけなのだ。

それで、新たに気づいたことがあった。

「そうか、凰さんがあんな言い方で煽ったのは……」

「撫子を呼び出すためだったんだろうね。最初から二人で戦わせるために」

シャルロットの言葉通り、大和撫子がいなければ、簪自身を目覚めさせることができないと鈴音は考えたのだ。

コミュニケーションを取らなくてもサポートしてしまえる大和撫子だけに、普通に戦っただけでは簪のところに来なくなっていることに気づいたのだろう。

だから鈴音は簪ではなく、大和撫子にケンカを売ったのだ。

「ホント、悔しい……」

「でも、勝つんだろう?」

思わず呟いてしまった簪に箒がそう声をかける。

鈴音の掌の上で踊らされていたことが心底から悔しいだけに、簪は箒の言葉に強く肯くのだった。

 

 

 

 

 

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