アリーナのシールドを揺さぶる衝撃に、観客が思わず自分の身を守ろうと庇う。
セシリアや本音、ティナも同様だった。
「あ~、も~、楽しそうに……」
そう呟いたのは鈴音だった。彼女だけがのんびりと観戦している。
「楽しい?」とティナが尋ねかけた。
「そうよ~、なんだかんだいって~、気兼ねしないで戦えるのは自分たちだけだってわかってんのよ~」
あいつら動物と変わんないもん、と鈴音は続ける。
その言葉の意味が、セシリアには理解できるようになっていた。
「考えてみれば、獣が牙を剥くのは敵に対してだけですわね」
「どしたの~?」
寂しげに笑うセシリアは語る。
もともと軟弱な男を嫌っていたのは、父にその姿を見ていたからだ。
母に対して強く出たところを見たことがない。そんな父をセシリアは嫌っていた。
でも、今ならばわかる。
「家族に本気で牙を剥く獣などいませんわ。父はずっと隠し続けていたのかもしれません。そんなことにも気づかないほど私は視野が狭かった」
セシリアの父と母は列車事故で共に死んでいる。何故一緒だったのか今でもわからない。だが、母はなぜかいつも情けないと感じる父を傍においていた。
母には父が自分を守ってくれる人だとわかっていたのではないか。
父が牙を持つなら、それを自分たちに向けるはずがないと。
「強い男とはそういうものだと思ったんですわ」
「そうね~……、父さんに会いに行こうかな~」
「そういえば、ご健在ですの?」
「離婚して~、私、母さんに中国につれてかれたのよ~」
でも、セシリアには悪いと思うが、たまには会いたいと思う。
「生きているうちに会わないと後悔しますわよ?」
「うん、そうする~」
そういってアリーナを見上げる鈴音とセシリアの目には、大暴れする獣たちの姿が映っている。
「私の個性~」
「だから何いってるの、あなた」
しくしくと泣き伏す本音をティナがあやしていた。
特別観覧席の千冬と真耶はアリーナを注視していた。
あれが男性IS操縦者のISか。
なんというパワーだ。
激突しただけでアリーナのシールドを揺らすのか……。
本当に第3世代機か、あれは?
しっかり記録しておかなくては。
各国のIS関係者が口々に感想を述べる。
無論、これまでの戦闘でも同じだったのだが、男性IS操縦者同士が戦うとなれば、興味もひとしおなのだろう。
「予想できませんね」
「まあ、無理に予想することもないだろう。しいていえば織斑とデュノアのほうが有利だが」
「やはり、日野くんとボーデヴィッヒさんの連携はうまくいかないと見ますか?」
「これまでの試合内容を見る限りはな」
諒兵はよくサポートしているのだが、いかんせんラウラが非協力的だ。
それに相手が一夏とシャルロットとなれば、ラウラは確実に突出するだろう。
それでも。
(諒兵の指示に一瞬とはいえ素直に従った。ラウラ、その気持ちが強くなるために一番大事なものなんだ)
初めての教え子。
自分に人を教えるということを教えてくれた大事な生徒であるラウラ。
彼女が成長することを千冬は願う。
この試合が、ラウラにとって転機になればと考えている千冬だった。
幾重にも閃く白刃、スコールのように迫る光の爪。
それがぶつかり合った瞬間、ドガァンッと轟音が響き、一夏と諒兵は距離をとる。
だが、即座に一夏は回り込み、諒兵の背後から斬り上げた。
しかし、その剣は巨大な爪に止められる。
諒兵は身体を捻ると、一夏の顔面めがけて拳を突き入れる。
けれども、首を捻られて、寸前でかわされた。
一夏と諒兵は互いに獰猛な笑みを見せ、お互いに噛みつかんばかりの気迫をぶつけ合っていた。
その姿を見てシャルロットはハッとする。
(いけないっ、サポートしなきゃっ!)
いきなり瞬時加速を使って飛び出した一夏は、同様に飛び出してきた諒兵と零距離でぶつかっている。
その戦いを見て、シャルロットは呆然としていたのだ。
他方。
ラウラもまた自分の状況に気づいた。
(わ、私が出遅れただとッ?)
自分が突撃して一夏と戦うつもりだったのに、それより早く諒兵は飛びだしていった。
一夏もまた、まるで示し合わせていたように飛び出してきて、二人は今、アリーナの中央でぶつかっている。
「クッ!」と、小さな声を漏らし、ラウラはすぐに加速して中央に向かう。
相手側からはシャルロットが来ているが、ラウラの目的はあくまで一夏だ。
所詮は第2世代機の改良型に乗る程度の相手、気にすることはないと突撃した。
だが。
身体が入れ替わり、再び弾かれたように諒兵と距離をとった一夏は、その目をラウラに向けてきた。
ゾクッと背筋が凍る。
まるで獲物を見る獣のような眼差しだった。
そして、一夏はラウラに向かい、翼を開いてきた。
シャルロットもまた、怯えてしまう自分を抑えられなかった。
振り向いた諒兵の目は、狩りをする直前の獣のように見えたのだ。
(僕を狙ってるッ?)
例え同じ部屋で暮らす兄弟のような相手でも、諒兵や一夏が戦場で敵味方にわかれたら手を抜かないことはさっきのぶつかり合いで理解できた。
自分は今、一夏のパートナーであって、諒兵にとっては敵だ。
二段回し蹴りの要領で両足の獅子吼を放ってきた諒兵が、一気に迫ってくる。
(あれは諒兵のビット攻撃ッ!)
そう気づいたシャルロットは反転し、一気に距離をとろうと空を翔けた。
迫ってくる一夏に対し、ラウラは笑みを浮かべる。
AICで止めてレールカノンとプラズマブレード、そしてワイヤーブレードで嬲り殺しにすれば、終わる。
出遅れたが、目的は果たせる。
諒兵がシャルロットを狩ろうとしているのならば邪魔をすることはないだろう。
「終わりだッ、織斑一夏ッ!」
そう叫んだラウラはAICを起動し、効果範囲に入ってくるのを待ち受けようとして、驚愕した。
「斬る」
うん
効果範囲に入って来た瞬間、一瞬だけ動きは止まったものの、呟きとともに一夏は白虎徹を一閃した。
「なッ?」
衝撃波が襲いかかってくる。
しかも、自分のISのシールドエネルギーを削ってきたのだ。
(バカなッ、停止結界を斬っただとッ?)
その上、斬撃の衝撃波でダメージを食らうとはどれだけデタラメな武装なのか。
そう思った瞬間、一夏は一気に迫り、自分の死角に回り込んで白虎徹を一閃した。
一気にシールドエネルギーが削られるどころの話ではなかった。
(たった一撃で絶対防御が発動しているッ?)
ISバトルで戦うための剣ではない。
ISそのものを斬り捨てる剣だとラウラは思い知らされる。
文字通り、必殺の一撃が襲いかかってきたのだ。
「ひッ!」
思わず怯える声が自分の口から漏れてしまうことにすら、ラウラは気づかない。
(撤退だッ、こんな化け物と正面から戦えるかッ!)
反転して距離をとり、ワイヤーブレードを牽制に放つが、わずか一瞬で切り捨てられる。
(こいつッ、本当に人間なのかッ?)
本物の虎がISを纏って襲いかかってくる。
そう思う自分を間違っていないのではないかとラウラは感じていた。
シャルロットも必死に空を翔けていた。
獅子吼は不規則な動きで、シャルロットにダメージを与えてくる。
(追い詰められてるッ!)
これは戦いではない、狩りだとシャルロットは感じていた。
獲物を捉えた獣が、じわじわと弱らせて一気に喉笛に噛みつこうとしているのだ。
「当たらねえよ」
少しかわいそうですけど
シャルロットは必死になってミサイルやカノン砲を撃つが、多角的な動きで一発も当てられない。
信じられないことに獅子吼も攻撃をかわしている。
つまり、半自動制御で動いているのだ。
しかも、一見無駄に見えるが、こちらを追い詰めるための最短距離を飛んでくる。
自分は今、獅子の餌になろうとしている小動物なのだとシャルロットは感じていた。
(ひ~んっ、食べられちゃうぅ~っ!)
恐怖のせいか、だいぶ混乱している様子のシャルロットであった。
そして。
「行け」
ごめんなさいね
諒兵が右手を振りかぶるのが見える。
そしてズドンッという轟音とともに、右手の獅子吼がドリルのようになってぶっ飛んできた。
(いけないっ、あれを喰らったら落とされるッ!)
しかし、自分が避ける方向を六つの爪が遮る。
完全に逃げ道が塞がれている。
ダメだと思わず目を閉じたシャルロットの脇を風が通り抜けた。
「一夏っ!」と、思わずシャルロットは喜びの声を上げてしまう。
だが、ガァンッという音が響いたあと、一夏の呻き声が聞こえてきた。
「ぐうぅッ!」
シャルロットに襲いかかる獅子吼に白虎徹をぶつけ、必死に止めようとするが、かなりの威力があるのかその表情が歪む。
「やらせるかッ!」
守ってあげるねっ!
そう叫んだ一夏は白虎徹を振り抜いた。
バラけて弾き飛ばされた獅子吼は諒兵の手に戻る。
シャルロットは腰が抜けそうになるが必死に持ちこたえた。
思わず「助かったあ」と呟いてしまったが。
だが、一夏は即座に振り向くと、呆然としていた背後のラウラに向かって剣を上段に掲げた。
直前まで自分を追っていた一夏が瞬時加速を使ったので、追いつかれるかと思ったラウラだが、素通りされて呆然としてしまう。
だが、それがシャルロットを助けるためだったとようやく理解できたのだ。
しかし、ラウラは一夏に近づきすぎた。
反転しようにも間に合わない。
(ダメだッ、喰い殺されるッ!)
獲物を見るような一夏の眼差しに本気でそう思い、不覚にも目を閉じてしまったラウラだがガギィンッという音ですぐに目を開く。
黒い背中が、自分を守っているのが目に入ってきた。
「あっ……」と、自分の口から漏れてしまった声が何を意味するのか考える余裕もなかった。
諒兵は獅子吼で一夏の白虎徹を受け止めているが、まさに鍔迫り合いのごとく、必死に耐えている。
全力で振り抜こうとする一夏の剣を止めるのは至難の業だ。
しかし。
「やらせねえッ!」
怯えすぎです
そう叫んだ諒兵は、白虎徹ごと一夏を弾き飛ばした。
間合いがあき、再び噛みつかんばかりの表情で対峙する一夏と諒兵にラウラは助かったと思って……。
(何故私は安心しているッ!)
そんな自分を必死に否定した。
むう、と鈴音が唸っているのを、セシリア、本音、ティナは不思議そうに見つめる。
「ヤバそう、あの子」
「やっと個性戻った~」
「それはもういいから」と、いきなり話の腰を折ろうとした本音をティナが止めた。
それはともかく、ほぼそれだけで鈴音が何をいいたいのか、セシリアは察する。
「確かにあれは来ますわね。シャルさんですか?」
シャルの名前は小声にして尋ねた。
さすがにまだ周囲には男として通っているので、大声では話せないのだ。
「ううん、ボーデヴィッヒのほう」
「ボーデヴィッヒさん?」
「なんか、ときめいた顔してた」
ほとんど視認できないような距離を完全に認識している鈴音である。
「シャルは頼りになるお兄ちゃんくらいに感じてるみたい。ただ、ボーデヴィッヒは今まで仲良くしてなかったし」
ギャップにやられるかもしれないと鈴音は呟く。
「罪なお二人ですわね……」
そうため息をつくセシリア。
「女の勘、怖いわー」
「怖いね~」
ティナと本音がそういって呆れた眼差しを向けていた。
再び対峙した一夏と諒兵は、ドガァンッと凄まじい轟音を立ててぶつかり合う。
その姿でシャルロットは理解する。
二人は今、味方を守り、敵を倒すことしか考えていないのだと。
(それが友だちあっても、ここでは倒すべき敵なんだ)
まさに真剣勝負だ。
でも、それなのにどこか楽しそうにも見える。
地位でも名誉でもない。
ただ勝利のためだけに戦っている。
一夏にとって諒兵に勝つこと、諒兵にとって一夏に勝つことは何にも勝るものなのだろう。
自分がやるべきことはサポートだ。
誰にも邪魔をさせてはいけない。
つまり。
(ボーデヴィッヒさんを止めるのは僕の役目だ)
AICを持ち、第3世代機でも高性能のシュヴァルツェア・レーゲンを相手に、改良型とはいえ第2世代のラファール・リヴァイブで戦うしかない。
それでも、一夏と諒兵の実力は互角。
二人の邪魔をされてしまうと均衡が崩れる。
だが、シャルロットはラウラの行動に驚いてしまった。
目の前で再びぶつかり合う二匹の獣。
力は完全に互角。
敵を倒すためには、とラウラは考える。
先ほどAICを斬った一夏にAICを使うのは抵抗がある。
(それならッ!)
ラウラはレールカノンを起動して叫ぶ。
「右だッ!」
その言葉に諒兵が反応して身体を引いたところを狙い、ラウラは砲撃を放った。
「なッ?」
さすがに一夏も砲撃が来るとは思っていなかったのか驚いてしまう。しかし、すぐに砲弾を叩き斬った。
そこに諒兵の爪が迫るのを一夏は寸でのところでかわすも、さらに連撃が迫る。
わずかに崩されただけだが、諒兵相手では立て直すには時間がかかる。
そこに再びラウラの砲撃がくれば完全に喰らうことになる。
「くそッ!」
「わりいな一夏ッ!」
いったん距離をとろうとする一夏を諒兵が追う。
マズいと感じたシャルロットはすぐに二人を追った。
だが、「行かせんッ!」とラウラはシャルロットを止めようと割り込んで、止まった。
(私は、何をしている?)
諒兵を助け、シャルロットを止めようとしている。
一人で戦うはずだったのに、今、諒兵のために自分は動いていた。
そんな彼女の一瞬の隙を突き、シャルロットは連発でミサイルを放つ。
「こんなものッ!」と、AICを起動してミサイルを停止させる。
実弾兵器相手に遅れはとらない。
だが、シャルロットは「これならどう?」と、アサルトライフルを連射した。
目的は彼女自身が放ったミサイル。
「しまったッ!」
さすがに爆発を止めることなどできない。
目の前で連鎖的に爆発していく。さらに視界を塞ぐように爆炎が上がった。
そこにシャルロットが突っ込んできて、最大の奥の手、楯殺しとも呼ばれるパイルバンカー『グレースケール』を喰らわせきた。
戦闘中に考え込むなど何事か、と、ラウラはすぐに意識を切り替えるが、そこに不可思議な声が聞こえてくる。
お前は力が欲しくはないのか?
なんだ?と思う気持ちが隙となり、ラウラはグレースケールをまともに喰らってしまう。
「うあああぁぁぁッ!」
悲鳴を上げつつも、必死にその場を離脱するラウラ。
そんな彼女を見つつ、シャルロットはすぐに一夏と諒兵の元へと飛び立った。
千冬はアリーナの一点を見つめながら、「ラウラ……」と呟いた。
教え子を案じているのだろうと感じた真耶が少し心配そうに声をかける。
「さすがにグレースケールはかなりのダメージになったでしょうね」
「いや、あれでいいんだ。デュノアはよくやった」
「えっ?」
それを公平な視点で見ているのかと思った真耶だが、そうではないらしい。
「一瞬、ラウラが止まったのは連携する自分に疑問を持ってしまったからだ」
もともと部隊を率いる立場でありながら、一人でいることが多かったラウラ。
それなのに、この戦いでは諒兵を助けようと行動している。
それはおそらく無意識に近いものだろう。
「今のラウラに考えさせると止まる。まともな敵として攻めていけばそんな余裕はなくなるんだ」
「織斑先生……」
「やっと、ラウラも変われる……」
そういった千冬の眼差しは、まるで慈愛に溢れた母のようだった。
閑話「ラウラの(たぶん)有能な部下たち」
遠くドイツにて。
「キタキタキタぁーっ!」
モニターに映し出されたラウラの姿を見ながら、クラリッサとシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちは咆哮を上げていた。
「予想以上に恐るべきモンスターッ、思わず逃げだす女兵士(隊長)ッ!」
「どきどきですっ、おねえさまっ!」
「そこに駆けつける敵国のライバルッ、ときめきを押さえられない女兵士(隊長)ッ!」
「きゅんきゅんですっ、おねえさまっ!」
「窮地の彼を思わず助けてしまいッ、自分の気持ちに戸惑う女兵士(隊長)ッ!」
「激萌えですっ、おねえさまっ!」
「これぞまさに王道少女マンガだわッ!」
何故モニターにラウラの姿が映し出されているかというと、監視衛星を使ってIS学園のアリーナの様子を見ているからである。
軍事力の無駄遣いであった。
その後ろで、部隊唯一の常識人、アンネリーゼ・ブッケルは上層部に連絡していた。
「勝手に衛星使ってるんですけど」
「えっ、許可してるっ?IS学園覗いてますよっ!」
「恋する隊長が萌えるからオッケーっ?何いってんですかッ!」
プツッと切れた通信に、アンネリーゼはたそがれてしまう。
「もうやだ、この軍……」
真剣に転職を考えたいアンネリーゼ。
その目の前には、歓声を上げながらモニターを凝視するクラリッサ以下、愉快なアホの集団があった。