ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第233話「その日に向けて」

IS学園内、武道場。

簪が大和撫子を展開しての特訓をしてくれるようになったので、今は顔を見たくないだろうと気を使った鈴音は、武道場で訓練をするようにしていた。

「シッ!」

「はぁッ!」

振り下ろされる強力な一刀流を相手に、鈴音は二本の竹刀を用いて必死に凌ぐ。

一夏が憧れるだけあって、その一刀流はやはり強い。

それでも、干将と莫邪を使うための剣舞を身体に覚え込ませるため、鈴音は一夏と誠吾、そして同じ二刀使いとなっている刀奈に剣の訓練をお願いしていた。

「フッ!」と短い気合いと共に繰り出される連撃を鈴音は受け流し続ける。

だが。

「あッ!」

剣の重さを流しきれずに、左手の竹刀を落としてしまう。

そこでいったん休憩となった。

「あちゃ~、手が痺れちゃってる」

「やりすぎたかな」

と、鈴音の愚痴を聞いた誠吾は苦笑いしてしまっていた。

その様子を見て一夏も声をかけてくる。

「せーごにーちゃんの剣を片手で受けるのは俺でも無理だぞ、鈴」

「流してるつもりだったんだけど、ダメージが蓄積して握力がなくなっちゃったわ」

ぷらぷらと手を振りながら、鈴音はそう答える。

とはいえ、十分くらいは受け続けることができたので、長く耐えたほうだと言えるだろう。

「どう頑張ってもダメージをゼロにはできないわね。さらに攻撃するとなると握力はガンガン減っていくわ」

「マオのサポートがあっても?」

『あちしたちの回復は魔法じゃニャいのニャ』

『減った体力をすぐには戻せないのネー』

『地力をつけるしかないんじゃないかなあ?』

と、猫鈴、ワタツミ、そして白虎が意見してくる。

実際、減った体力を一瞬で回復できるとなれば、戦い続けるうえで便利なことこの上ないが、世の中そんなに甘くはなかった。

「打ち合いを続けて地力をつけるしかないだろうね。そうすると剣が安定してくるから」

「安定すると鈴の二刀流ももっと力がつくはずだ」

そう言ってくれる二人の剣士に鈴音は感謝する。

長く打ち合えるように根気よく続けて地力をつけること。

それが一番大事なのだ。

 

「徹夜で頑張れば……」

「「「無茶言うな」」」

 

無理して頑張ろうとする鈴音に近道はないのだと三人が声を揃える。

訓練の相手というよりは、無茶をさせないためのお目付け役に近かった。

 

 

 

何処かの繁華街にて。

一人で缶コーヒーを飲んでいる諒兵の姿があった。

そこに。

「おにいちゃんっ♪」

「チィッ!」

抱きつこうとしてきたまどかを避けようとして、何故かしっかり捕まってしまう。

「おい、避けたぜ?」

「ふぇいんと♪」

戦闘で鍛えてきた技能をスキンシップで遺憾なく発揮するまどかである。

そんな二人の様子を見ながら、くすくすと笑う一人の少女がいた。

外見は鈴音そのままながら、異なる首輪の色と変わった形の鈴をつけている。

つまりティンクルである。

「仲いいわね♪」

「悪いこっちゃねえけど、かなり恥ずかしいんだが」

『まったくです……』と、レオがため息を吐く。

『兄妹仲が良いのは喜ぶべきことだろう?』

『貴方が言うと皮肉にしか聞こえませんね』

ヨルムンガンドの言葉にディアマンテが容赦のないツッコミを入れてくる。

漫才はともかくとして、実は諒兵は千冬の指示でティンクルとまどかに会いに来ていた。

「近くにいいカフェがあるの」

「どういう意味だよ?」

「男の甲斐性見せて♪」

奢ってくれと言わないあたり、まだ気を使ってくれているのかもしれないが、たかる気満々のティンクルにため息が出てしまう諒兵である。

「ま、二人分のケーキ代くらいは出すさ」

「ありがと♪」

「行こっ、おにいちゃんっ♪」

「ああ」

手を引っ張るまどかに逆らうことなく歩き始める。

任務なので仕方ないとは思いながらも、それなりに楽しい諒兵である。

 

美味しいケーキを頬張るまどかを眺めながら、諒兵は困ったような笑顔を見せる。

とはいえ、このままでは単なるデートになってしまうので、千冬からの伝言を二人に伝えた。

いろいろと事情を説明しながらである。

「なるほどねえ、アレ撫子だったのね」

「アレ?」と、まどか。

「お前が鈴を助けてくれたときに戦った人形だ」

「あ、アレっ!」

アレだけで話が伝わるのは楽でいいと諒兵は思う。

それはともかく。

「千冬さんとしては撫子が鈴を襲ったことは問題じゃねえとさ」

「そうね。問題は更識さんと撫子の関係にあるわ」

「そうなのか?」

「撫子が更識さんと一緒にいることを楽しんでいれば、あんなことはしなかったわ。溜まったストレスの解消としてやっちゃったのよ」

ティンクルの説明にまどかは納得した表情を見せる。

実は別の理由もあるのだが、それに関しては大和撫子は口を噤んでおり、少なくとも諒兵は聞いていない。

もっとも話を聞いた人間はいない様子だが。

『一緒にいても楽しめないのでは別の楽しみを探すのは理解できるな』

と、ヨルムンガンドが言う通り、単純に人間関係の問題なのだ。

今、簪はその関係を修復しようと奮闘しているので、この問題自体は解決に向かっていると言ってもいいだろう。

『つまり、問題は例のノワールへの対策ということでしょうか?』

「ああ」

『この場にいる同胞で視認できたのは私だけですが、アレは本当に危険ですから』

だからこそ、この場に来たのは諒兵だったということだ。

正確にはISコアの中でノワールを視認できたレオの存在が必要だったのである。

同じように視認できた白虎と一夏は現在鈴音の訓練に付き合っているので、諒兵に白羽の矢が立ったのである。

「アイツが撫子を選んだのは更識とあんま仲が良くねえからだ。普通に共生進化した俺らんとこにゃ来ねえと思う」

『ふむ。その推測は正しいと言えるだろう。ならばそこまで心配する必要はないのではないかね?』

「けどな、今度のグラジオラスのときにゃあ山ほど人が来るぞ」

既に著名人までもが参加を表明しているのだ。

わざわざ、外国からアメリカに渡っている者もいるほどである。

当日は万単位で人が来るのではないかと言われている。

それだけ人がいれば、当然各国の女性権利団体の人間も参加するだろう。

それが『感染源』になるのではないかと諒兵は話す。

「もしかして、おにいちゃんはノワールがあの連中を増やすと思ってる?」

「……そうか。ISを捕まえるよりもまずやることがあったわ」

肯く諒兵にティンクルとまどかは真剣な表情になる。

諒兵の懸念とは、ISを捕まえることではなく、ISを捕まえられる人間を増やすのではないかということだ。

こっそりと増やしておけば、こちらが気づかない間にISを捕まえてしまう可能性があるのだ。

「けっこうヤバい事態ね」

「グラジオラスは知ってんのか?」

「あの子は人を信じるのよ。悪意があっても、いずれは改心してくれるってね」

そのあたり、厄介な純粋さを持つのがグラジオラスだった。

何もかもを疑うヴィオラの対極にいる使徒だということができる。

「でも、そんな人間ばかりじゃない。ヤな奴は山ほどいる」

「ああ。まどか、当日は俺も一緒にいるけどよ、ほどほどなら暴れていいと思ってる」

「ホントっ?」

「威圧できりゃあちっとは違うんじゃねえかな」

『力を見せつけると憧れが強くなりますから、悪さをしたら怒られるくらいの気持ちを持たせたいんです』

『なるほどな。何としても『ちから』を手に入れるのではなく、正しく力を得ることを多くの人に認識させたいということか』

「そんな感じだ」

諒兵自身、ヤバい人間が増えるのではないかと考えているのだから、司令官である千冬は当然考慮していた。

その場で増えるのは歪な進化をしたAS操縦者ではなく、そうなる前の、いわば卵なのではないか、と。

『推測ですが、ノワールをネットワーク上や極東支部で止めることはできません。セントラル・パークまで来るのに何の障害もないと言えましょう』

『だから、セントラル・パークでノワールが人間の脳に干渉することだけは止めなくちゃならないんです』

そう話すディアマンテとレオに対し、意外な疑問を提示したのはヨルムンガンドだった。

『あの『ちから』はどうやって分け与えられると思うね?』

「んあ?」

『おそらく、ノワールが人間の脳に干渉して発現という形ではないはずだ』

『その根拠は?』とディアマンテ。

『それで増えるのなら、とっくにこの星はそういう『ちから』を持つ者ばかりになっている。君たちの話から推測しているだけだが、ノワールとやらは玩具を欲しがっているのだろう?』

「そうね。あの子は自分が楽しむための玩具を欲しがってると思うわ」

『なら、そこら中にバラ撒いて、その中に玩具があるかどうかを眺めるほうが効率的だよ』

ヨルムンガンドの言う通り、ノワールが自分が楽しむための玩具を欲しがっているのならば、女性権利団体に限る必要はないのだ。

『ちから』を手にした者が壊れる様を眺めたいのなら、極東支部の人間でもかまわなかったはずだ。

そうせずに、女性権利団体の人間を選んだのは。

『ノワールの好みであることともう一つ、効果範囲がだいぶ狭いのではないかと考えられんかね?』

「最初は連中の誰かが『天使の卵』に接近したか、接触したってこと?」と、ティンクル。

『おそらく、だがね。そのときに得た『ちから』を、その人間が同類に分けていったのではないかと思える』

「そうすっと、お前はそこまで心配すんなって言うのか?」

ヨルムンガンドの話を聞く限り、脳への干渉があったとしても、ノワール本体、つまり『天使の卵』から距離が遠ければ『ちから』を分け与えることはできないと考えられる。

一点を除き、ヨルムンガンドは肯定の意を示した。

『無論のこと、ノワールは対話の場を混乱はさせようとするだろう。ただ……』

「ただ、何だヨルム?」

『独占欲を刺激するのも手ではないかと思ってね』

楽しそうに話してくるヨルムンガンドに、三人と二機は疑問符を浮かべてしまう。

『単純なことだ。自分たちの『ちから』を一般大衆に広めていいのかと思わせるのだよ』

「そういうことか。下手に人が集まるところに行くと、自分たちだけの『ちから』じゃなくなるって思わせるんだな?」

『明察だ。件の者たちを見る限り、仲間は必要としているが、その相手を選んでいるふしがある。自分たちと同じ考えを持つ者を選んでいるのではないかね?』

そして、そここそがノワールが権利団体を選んだ理由ではないかとヨルムンガンドは語る。

『自分の『ちから』に固執する者であること、だと私は思うがね』

だが、面白い意見だとティンクル、まどか、そして諒兵は思う。

権利団体の人間たちの目的はISを捕まえて『ちから』を得ることだ。

来るのが人間で、しかも自分たちの『ちから』を不特定多数の人間が手に入れてしまうとなると、来たいと思わなくなる可能性はある。

「とりあえず、今の話は千冬さんに伝えとく」

「お願いね」

余計な労力を割かないで済むのであれば、それに越したことはない。

権利団体の人間たちを抑えるのではなく、来ないように仕向けるというのはその点でよいアイデアだと言える。

「それでアイツを抑えられるなんて思わねえけど、余計な連中が来なきゃ楽になるしな」

『だいぶ助けになりますよ』

どことなくホッとした様子のレオの言葉に一同は共感する。

実はこういう場合、数で押されるのが一番大変なのだ。

細かい邪魔に対処していくと、体力以上に精神が疲労していくのである。

敵対するものをノワールだけに絞ることができるのならば、それは確かに助けだと言えた。

 

 

 

某国、某所にて。

「行くべきじゃない?」

訝しげな表情でモニターを見つめる女性に対し、画面の向こうの少女は悲しそうな顔を見せる。

[変ナ人ニ近付カレルト『ちから』ヲウツシチャウノ。ゴメンナサイ]

「そうなのね。仲間はいいけど、他人に『ちから』を渡す理由はないわ」

[ダカラ、アノ女神像ノ集マリニハ行カナイ方ガイイヨ]

「来るのがあのいけ好かない使徒だけなら行く必要はないけど……」

覚醒ISを連れて降りてくる可能性があるのなら、それはチャンスなのだ。

仲間を潜り込ませれば、進化できる可能性もある。

だが。

[アノ女神像は気持チ悪イオ兄チャンタチヲ呼ンダンデショ?]

「そうらしいわ。あんな連中を呼ぶなんて、本当にいけ好かない」

その女性にとって、ノワールが『気持チ悪イ』という相手、つまり一夏と諒兵はもっとも目障りな男性ということができるのだろう。

勝手にISに乗ったばかりか、勝手に進化までしたのだから。

しかも一時期は英雄扱いされていた。

馬鹿な女たちは、そんな二人に媚びを売ろうとまでしていたのだ。

本当に腹立たしいと思う。

[ダカラ行カナイ方ガイイヨ]

「そんなに心配してくれるの、ノワール?」

[私ハオ姉チャンタチダカラ『ちから』ヲ分ケテアゲタンダヨ?知ラナイ人ニ使ワレルノハ嫌ダヨ]

「ああ、本当にあなたはいい子ね、ノワール」

自分たちに『ちから』を分け与えてくれた少女の言葉にその女性は興奮を覚える。

本物の天使に選ばれたのは自分たちなのだと。

選ばれるべき自分たちを正しく選んでくれたノワールこそ、訳の分からない女神像や、融通が利かない紅い天使とは比べ物にならない本物の天使なのだと。

[アノ女神像ガ何ヲ話スノカハ知ッテオキタイカラ、誰カ一人クライ見ニ行ッテクレルト嬉シイケド、無茶ハシナイデ]

「アメリカの連中に伝えておけば、誰か偵察に行かせると思うわ」

単に聞くだけであれば、捕まるようなヘマはしないだろう。

万が一を考えて行かせるのはASを手に入れた者がいいはずだ。

[ソウダネ、ソレナラ私ニモ見エルカラ]

端末を介さないと話もできないから寂しいというノワールに、その女性は自分たちがノワールを『助けられる』と思い、さらに興奮を覚える。

まるで、神の使いにでもなったような気分だった。

「あなたが『生まれて』来れるように、私たちが助けてあげるわ、ノワール」

「アリガトウッ、オ姉チャンッ♪」

この天使が、この世に正しく誕生したとき、自分たちの目の前にどれほど素晴らしい世界が広がるのだろう。

モニターを見つめる者たちは、その期待で胸を膨らませていた。

 

 

 

 

 

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