ケーキを食べ終わったまどかがメニューのパフェと睨めっこしているので、諒兵が苦笑いしながら「頼んでいいぞ」と言うと、まどかは嬉しそうに注文していた。
それはさておき。
『次はノワール対策でしょうか?』
「そうだな。ティンクル」
「何?」
「大雑把な位置は掴めてんだろ?」
ほぼ確信しているような表情で諒兵が問いかけると、ティンクルは素直に肯いた。
先のスコールとの接触でかなり絞り込めているのだ。
そして、この点に関してIS学園に隠す必要はない。
「たぶん日本、首都圏にあると思うわ」
「ずいぶん近えな」と、諒兵は少なからず驚いた。
「だから、一緒にいろいろな場所を探してるけど、どうしても途中で切れちゃう」
まどかがすまなそうにそう答えるが、別に責める気はない諒兵である。
一筋縄でいく相手ではないことはIS学園でも理解しているので、見つけられないからと言って文句を言う必要はないと千冬も言っていたのだ。
「まあ、でもそれでわかった」
「なにが?」とまどか。
「ノワールの干渉ってやつに距離は関係ねえってことだ」
以前、諒兵たちがノワールの姿を見たときは、スペインにいたのだ。
ティンクルの言葉が確かであるなら、本体である『天使の卵』がある場所から相当に距離がある。
『距離に関係なく人間の脳に干渉できるとしますと、影響力が大きすぎる気が致しますが……』
「実際大きいんじゃないかな?」とまどか。
『いや、あのときノワールの姿を見た人間には共通点があるぞ』と、ヨルムンガンドが否定してくる。
「共通点?」とティンクル。
『全員、AS操縦者であったということだ』
それは意外な言葉ではあったが、確かに納得できるものでもあった。
見えていた人間が全員ASを纏っていたのは確かだからだ。
『推測だが、ネットワークを活用していたのではないかと思える』
つまり、ノワールはあのとき諒兵たちの目の前に現れたのではない。
ネットワークから送り込まれた信号を受信した諒兵たち自身が、目の前にノワールの姿を結像したのではないかとヨルムンガンドは言いたいのだ。
「だがよ、コア・ネットワークから信号を送ってたなら、お前たちには見えなかったとしても、反応はわかったんじゃねえのか?」
『確かにその通りだが、ネットワークはもう一つあるぞ、ヒノリョウヘイ』
その言葉でピンと来たのはティンクルだった。
「BSネットワークのほうだわ」
「なんだそれ?」と、そのあたり興味がないまどかが首を傾げる。
「確か、弾とエルのほうのネットワークだっけか?」
弾とエルの進化は、通常の進化とは異なる。
ISコアのみが人間の身体に入り込んでしまったという一種の寄生だからだ。
そのため、ASとは人間とISのつながり方が違う。
『なるほど。リョウヘイ、『天使の卵』は人間とISが融合している存在。当然脳も融合しているはずです』と、レオ。
『そうだ。岩戸の君のISコアはそのパートナーの脳に直結している。同じことが『卵』にも起きていると考えるべきだ』
確実ではないが可能性は高いとヨルムンガンドは語る。
同じネットワーク上にいないからこそ、普通のASでは見つけられないのではないか、と。
「BSネットワークのほうはディアにもわかりにくいんでしょ?」
『IS学園でアドレスを公開しているエルはともかく、他の方々の居場所は判然としません』
ティンクルの問いかけに素直に答えるディアマンテ。
だが、それはヨルムンガンドやレオも同じだった。
『確かに、以前探したときエルのアドレスは見つけにくかったですね。テンロウもたまたま見つけただけみたいですし』
実は見つかったのも、天狼がもともと弾自身を諒兵の親友の一人として知っていたからだ。
そのため、それ以外のエルの同類は見つけられていないらしい。
ISコアに寄生されていることに気づいていない人間のほうが遥かに多いはずだとレオは説明する。
「そうなると弾とエルに頼んで探してもらうしかねえか」
『安易に『卵』に近づくのは危険だと進言します』
「そりゃわかってる」
実際、弾はエルのことを大事にしているので、無理をさせる気はない。
ただ、BSネットワークを探しやすくすることは必要だろう。
この点はやはり束に頼るしかなくなるが。
「とりあえずこれも伝えとかねえとな」
「おにいちゃん、覚えきれるの?」
『私がしっかり記憶してます』
「待てコラ」
意外に辛口な評価をしてくるまどかにすかさず答えるレオに、諒兵は思わず突っ込んでしまっていた。
一方、IS学園にて。
「ぶぇっくしっ!」
弾が盛大にくしゃみをしていた。
特に調子が悪いわけでもないのに何故だろうと首を捻る。
『にぃに、風邪?』
「いや、別に調子は悪くねーよ」
「学園に籠ってると季節感忘れるよね~」
「時期的にはもう冬のはずなんだがな」
本音がほわほわと笑い、数馬が苦笑いしていた。。
弾は今日は数馬と共に整備室の片付けの手伝いをしていた。
データ整理などもあるので、特に数馬の手伝いはありがたいのだ。
別に弾も冷やかしに来ているわけではないのだが。
「んで、撫子のほうにはやる気はあるんだな?」
『そう思う。でも、すぐじゃない』
『まあ、今までが今までだからな。あっさり力を貸してはカンザシの意識改革にならん』
簪が機体を使いこなせるように努力を続けていけば、いずれは顔を見せるようになるとエルは説明する。
数馬が納得したように肯いた。
「大和撫子は才能だけであれだけ戦える。そうなると操縦者側のほうの努力が重要になるんだな」
『そういうことだ』
「簪ちゃんもすげーのと組んじまったなあ」
「運命的なものもあるんだと思うね~」
実際、打鉄弐式の制作が決まったときは、ISコアがこれほど個性豊かであるとは誰も考えていなかったのだ。
シルバリオ・ゴスペルが起こした離反によって、その多様な個性が顕在化されてしまっただけで。
『自分の機体のISコアなんて、気にする人いなかった』
「そうだね~」
ISコアそれ自体が宝物のようなものだったのだ。
世界に467個しかないと言われていたISコアは、いわば同じ宝石の山みたいなものと捉えられていた。
しかし、実際にはルビーやサファイア、エメラルド、ダイヤモンドとそれぞれ違ったもので、さらに性格まであった。
その性格、すなわち個性があることを知らない人間たちが、どのISコアを選ぶべきかなどわかるはずもない。
『だから、それが知られるようになったのはいいことだと思う』
『確かにな。先のチフユのインタビューも多くの人がISコアに個性があることを知ることになった』
「変革が始まったのかもしれないな」と、数馬が呟く。
まだ小さな変化かもしれないが、これが大きな変革へとつながっていくのであれば、人類の未来は変わるといってもいいかもしれない。
否、最前線にいる者として、そうであってほしいと願わずにはいられなかった。
もう一つ聞くべきこととして数馬が尋ねる。
「それで、ノワールの場所の件は?」
『わからない。自分のアドレスは教えなかったって』
知られているとはいえ、隠さずに話してくれたことには感謝したいとエルは語る。
ノワールと接触したことをとぼける可能性もあったからだ。
おそらく、ノワールと接触したことは大和撫子にとってはそこまで大した問題ではないのだろう。
「向こうも~、分身か何か使った可能性は~?」
『ゼロじゃないと思う。いずれにしても自分の場所を明かす気はなかったみたい』
「警戒してんだな」
と、少しばかり落胆しているエルの言葉に弾もため息を吐く。
存在しているのは確かだが、尻尾を掴ませない。
確実に居所を知っているだろう権利団体とIS学園の関係は現状最悪と言っていいし、極東支部もその所在地はまだ不明だ。
『地道に探していくしかなかろう。今日、リョウヘイがティンクルたちから何か有益な情報を貰ってくればいいのだが』
アゼルの言葉からその名が出て、弾、そして数馬が微妙な表情を見せる。
『どうした?』とアゼルが尋ねるが数馬はさらに弾に問いかけた。
「弾、ティンクルはディアマンテから生まれたという話だったな?」
「らしい。直接見たのは、鈴とラウラ、セシリアさんにシャルちゃんか。だよな本音ちゃん」
「そうだよ~、どうしたの~?」
「人間らしすぎる気がしてな」
「お前もか」
数馬の言葉に弾も共感している様子だった。
「あいつは敵なのか味方なのかもはっきりしねーし、鈴に似すぎてて何か困るんだよな」
「それもそうだが、あそこまで人間臭いと別の点から考えても大問題なんじゃないか?」
大問題。
数馬がそうまで言うとなると、ティンクルの存在は何かしらの危険性を孕んでいるのではないかと思える。
ただ、数馬としては敵対すると言った意味で問題だと捉えているわけではないらしい。
「最初に聞いたが、彼女はディアマンテから生まれたんだろう?」
「そうだよ~、映像も残ってるよ~」
「それなのに、あそこまで人間らしい。映像を見たがスマラカタやツクヨミは外見は人間に近くても、やはり使徒だとわかるんだ」
『そうだな。外見を似せたところで本質は我々と同じ。ISコアが進化した存在だ』
根本が違うので、スマラカタやツクヨミが人間に混じっていても、やはり違和感が出てしまうのだとアゼルは説明する。
わかりやすく言えば、行動が極端になるのだ。
情報の集合体とは、言い換えればアーティフィシャル・インテリジェンス、つまりAIに近い。
どれほどファジーに表現できるように作り上げたとしても、根本は0と1で考える。
ゆえに思考の根本は極端になってしまう。
しかし、ティンクルは違う。
何処か人間らしい曖昧さがあるのだ。
「人間そのものだと言い換えてもいいな」
「確かに、ちょっと話してみたときも、なんか友だち感覚っていうか……」
「一緒に授業受けてても違和感ない感じだね~」
弾や本音の言う通り、ティンクルと話しているときだけは、使徒を相手にしている感じがしないのだ。
ディアマンテから生まれたというにもかかわらず。
それこそが問題だと数馬は指摘する。
「ティンクルを見ていると、使徒が『人間』を生み出したということができてしまわないか?」
その一言で、本音にはティンクルという存在の危険性が理解できた。
有り得ないというよりも、有ってはいけないことだからだ。
ある意味では、『天使の卵』以上に、自分たちが知る常識や進化論を覆してしまう。
『ああ。ティンクルはあまりに自然に溶け込んできたので考えが及ばなかったな。だが、その通りだカズマ。ディアマンテにそんな機能があるとしたら大問題だぞ』
「そんなの~、もう使徒じゃないよ~」
アゼルや本音の言う通り、あまりに人間らしいティンクルをディアマンテが生み出したというのであれば、それは天使どころか神の御業と言ってもいい。
他の使徒など問題にならないほどの大問題だった。
使徒が人間を生み出せるというのであれば、ISコアがパートナーを探す必要がなくなってしまう上に、その事実はこれまでのASや使徒の存在を否定してしまうからだ。
『新しい人類と新種のISコア……』
と、エルが呆然と呟くと数馬は肯いた。
「そうだエル。ティンクルとディアマンテはそういう存在ではないかと考えることができてしまうんだ」
「おいカズマ、この話ヤバいんじゃねーか?」
「ああ。だからこの話はこの場だけのことにしておいてくれ。学園内でも他の人には決して漏らすな」
数馬は弾だけではなく本音やアゼルにエルにも口止めする。
直近にグラジオラスとの対話が来る以上、この話を広めることは危険すぎるのである。
今はただ、三人と二機の胸に仕舞っておこうと数馬が言うと、その場にいた全員が肯くのだった。
某国、某所。
亡国機業極東支部『零研』にて。
篝火ヒカルノのことデイライトは、フェレスが受け取ってきた丈太郎と束の見解の資料に目を通していた。
その場にはスコールやフェレスもいる。
各研究員には資料を配付し、その後会議をする予定なのだが、フェレスはともかくスコールは研究開発は門外漢なので、デイライトが資料を読んでどう思うのかのほうに興味があった。
「なるほど、『拒絶』か。うまく例えたものだ」
資料の中で目を引いたのがその文言だった。
簡単に言えば、相手を拒むというだけのことなのだが、ISの進化においては異なる意味合いを持っているらしい。
「どういうことなのかしら?」
「ISコアの進化における『拒絶』とは、意識、もしくは心の断絶を意味するようだ」
『心の断絶、ですか?』
「そうだ。そもそも単独で進化できたアンスラックスはともかく、他のISコアの進化には人の心の情報が必要ということは知っているな?」
肯くスコールとフェレスにデイライトは改めて解説する。
ISの進化は、基本的には共感した人の心の情報を読み取って起こるものだ。
この点は、以前丈太郎がIS学園の生徒たちにも話している。
共生進化は当然として、独立進化や、『天使の卵』の融合進化でも同様だ。
そのため、多少なりと進化させた人の心の影響がISコアにも出ることになる。
単純に言えば『似てくる』ということだろうか。
白虎やレオを例に挙げると、一夏や諒兵の心に二機の心が似てきているのだ。
それは言い方を変えると。
「人の心を受け入れたということができるな」
「なるほどね」
ISコアが人の心の情報を受け入れた。
結果として進化には人が持つ獣性が色濃く表れることになる。
『そうすると、『分離』するためには、受け入れた人の心の情報を削除する必要があるということでしょうか?』
「そうだフェレス。これはISコア側の問題になるが、自分が受け入れた相手の心の情報を削除することが必要になる。これが『拒絶』だ」
ISコアに宿った電気エネルギー体は、その情報を検索して削除することで、少なくとも自分の心から相手の心の情報を消去することができる。
それをするかしないかはともかくとして、特に共生進化の場合、『拒絶』しないといつまでもその相手に縛られてしまうのだという。
「こういうところに人間との違いが出るな」
『すみません……』
「いや、興味深いと言っているんだ。人間にこういう機能はないが、あれば救いになるような境遇の人間もいるだろう」
辛い記憶、忘れたい記憶なんてものは山ほどある話だ。
人の心から情報を削除することは不可能だ。
忘れたつもりでも心のどこかに記憶として残るものだからだ。
「そうね……」
と、スコールが一瞬寂しげな表情を見せるが、すぐにいつもの顔に戻る。
そのあたり、まったく関心がないデイライトは話を続けた。
「余談はともかくとして、『分離』するためにはまずISコアが『拒絶』しなければならん。そのために囚われているISコアを解放することが必要らしい」
「場所はわかるのかしら?」
「それはIS学園が既に発見しているようだ。なかなかやるじゃないか」
こちらでやってもいいのだが、既に発見しているというのであればIS学園に任せてもいいとデイライトは判断していた。
ならば零研としては『分離』のために次の段階を考える必要がある。
「ISコア側に関しては状況が進まなければならんな。今度は操縦者側だ」
「もしかして、互いが『分離』に同意することが必要ということかしら?」
『そうなりますと、難易度が一気に上がりますね』
フェレスの言う通りだった。
操縦者側に『分離』に同意させるとなると、権利団体のAS操縦者たちは決して首を縦には振らないだろう。
手に入れた『ちから』を奪われるとなれば、それこそ頑迷に拒絶するとすら考えられる。
「だが、囚われたISコアが解放されれば、おそらく連中は自由に動くことはできなくなる。それを嫌う人間もいるとは思うのだが?」
「まあ、それは言えるけれど……」
それでも『ちから』を手放さない人間もいるはずだとスコールは意見する。
実際、それも理解できるのでデイライトも反論はしない。
そうなると、『外側』から剥ぎ取るしかなくなるのだ。
「これにはおそらく使徒の協力が不可欠だ。操縦者つまり人間側の心を超えなければ、ISの解放は成せん」
使徒と限定したが、おそらくはASでも可能だろう。
条件としては既に進化しているという点になる。
つまり進化しているISの力でなければ解放は難しい。
それも、一機二機の話ではないとデイライトは考えを述べる。
「そうだな。スマラカタたちに相談してみよう。ウパラなら協力してくれるかもしれん」
『そうですね。ウパラさんは先の進化に嫌悪感をお持ちですから、『分離』に協力してくれると思います』
ならばということでフェレスはスマラカタたちを呼びに行く。
なお、ネットワークで呼びかければいい話なのだが、気分的に走っていくほうが研究者の助手らしいと感じていた。
意外と人間臭いフェレスである。
そのように、IS学園でも、零研でも、互いの思惑は違えど、権利団体のASを解放するために研究と考察を重ねていた。