ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第235話「はぷにんぐ・りっぷす」

日本国山梨県、河口湖町と鳴沢村を跨る森。

すなわち青木ヶ原樹海、高度四千メートルにて。

「準備はいいか?」

「うんっ!」

「おっけーっ!」

それぞれ鎧を展開した、諒兵、まどか、そしてティンクルはちょうどニ対一になるような形で対峙していた。

実はそれほど大した理由があるわけではない。

グラジオラスとの対話のとき、一緒に警護をすることになるので、ティンクルとまどかの戦闘スタイルをIS学園側でもある程度把握しておきたいのだ。

まどかはともかくティンクルはさすが奥の手は決して見せないだろうが、ある程度は戦闘スタイルを把握しておかないと、いざ戦闘となったときにお互いを邪魔してしまう可能性があるのだ。

「今回は戦いたくはねえけどな。けど、千冬さんも備えはしておけってさ」

「私は合わせられる自信あるわよ?」

「私も大丈夫だけど……」

「いや、うちの連中のほうがそうはいかねえんだよ」

元々はIS競技者を育てる学校であるIS学園は、実戦とは言ってもあくまで競技としてのISバトルしか教えられない。

千冬は才能ゆえに別格としても、他の教員たちは軍人として戦闘ができるように教えることができないのだ。

なので、生徒たちも一部というかラウラを除いて、軍人としての戦闘は教えられていない。

実のところ、IS学園はAS操縦者たちを無理やり実戦に送り出しているのだ。

なので、少年兵として育てられたまどかや、戦闘用疑似人格として作られたというティンクルと一緒に戦うとなると息が合わない可能性が高いのである。

「諒兵なら合わせられると思うんだけど……」

「どうだかな。俺がやってきたのはケンカだし、まともな訓練なんて受けてねえよ」

『彼の心配は当然だと思うがね』

「ヨルム?」

その言葉を肯定したのはヨルムンガンドだった。

まどかが首を捻ると、ヨルムンガンドは丁寧に解説してくる。

『正しく戦闘訓練を受けてきた者と、そうでない者が一緒に戦うとなれば息を合わせるのは大変だ。予想外の動きにストレスが溜まるぞ』

『ヒノリョウヘイはマドカ、あなたに負担がかかるのを心配してるのでしょう』

「えっ?」

ふう、と諒兵は仕方なさそうにため息を吐く。

あまりこれは言いたくなかったらしい。

「余計なストレス抱えたら、お前だって疲れるだろ。俺一人なら何とか合わせるけど、当日はそうはいかねえんだ」

だから、前もってまどかの戦闘スタイルを学園の者たちに学ばせておきたいのである。

鈴音は、以前まどかと直接戦ったことがあるので何とか合わせられるだろう。

しかし、サフィルス戦で他の生徒たちと共闘したとは言っても、まどかはシアノスと一騎討ちしていたので共闘とは言い切れないのだ。

「わかった。ありがとう、おにいちゃん」

と、自分を想ってくれていることに素直に喜ぶまどかである。

対して、自分はどうなのだろうとティンクルが尋ねかける、と。

「お前は大丈夫だろ?」

「えぇー、心配してくれないの?」

「何となくだけど、気にする必要ねえと思ってる」

「ひどっ」と、ティンクルはわかりやすく頬を膨らませるが、何故か本気で怒っているようには見えなかった。

 

なので。

「シッ!」

「フッ!」

短い気合いと共に振り下ろされるティルフィングを諒兵は難なく受け止める。

その手にはレーザークローである獅子吼が両方一本ずつ。

両肩には二本ずつ計四本のレーザークローで設定した仮の腕。

さらに。

「チィッ!」

両足の獅子吼は自分を守るためのために四本を盾として設定し、残る二本は銀の鐘を使って砲弾を放ってくるティンクルを追うビットとして動かしていた。

「ホント器用ね諒兵ッ!」

「こんくれえなら、レオのサポートがありゃあ何とかできる」

とは言うものの、レオのサポートがなければ戦いながらビットを動かすくらいが限界だ。

獅子吼を単なるレーザークローとして使うのではもったいない。

どんな使い方ができるかは常に考えており、それを実戦で試すためにティンクルとまどかを同時に相手にすることにしたのである。

『恐ろしく高度なマルチタスクだな』

『これは見事な分割思考と言えましょう』

と、ヨルムンガンドやディアマンテも称賛する。

実際、模擬戦とはいえ、ティンクルとまどかを相手にここまで戦えるだけでかなり高度なことをやっていると言ってもいいだろう。

『半分は私が手伝ってますから』

『残る半分でも十分に高度だよ』

レオの言葉に呆れた様子のヨルムンガンドである。

一夏が一を極める剣士だとするなら、諒兵は十を操る戦士という表現が一番近いだろう。

戦闘において手札を増やしていくのが諒兵の戦い方である。

そうなると、前衛と遊撃支援で戦うのは悪手だとティンクルは判断した。

距離が空いていれば捌きやすいからだ。

「そう来るかよ」

「接近戦でも合わせられる自信はあるわよ」

冷艶鋸を発現したティンクルは、ティルフィングを振るうまどかの邪魔にならないように間合いを取りつつ、諒兵に接近戦を仕掛けてきた。

自信があるという言葉に嘘はないらしく、まどかの攻撃とうまく合わせて諒兵に息を吐く暇を与えない。

このままではジリ貧になると感じた諒兵は、獅子吼を両手両足に戻すと、各党で二人の攻撃に応じる。

「おにいちゃんっ、足癖悪いっ!」

「勘弁してくれっ、手技じゃ足りねえんだよっ!」

剣を相手に足でも対応してくるので、確かに剣士として成長しているまどかが不満を漏らすのも当然だろう。

もっとも如何に器用な諒兵とて、ティンクルとまどかの二人が接近戦を挑んでくれば、他に意識を割くのは難しいということでもあるのだ。

「それだけじゃないわよっ!」

そう叫んだティンクルは、冷艶鋸を消すと中国剣を発現する。

形状はいわゆる青龍刀のような刀ではなく、西洋剣に近いまっすぐな剣だ。

両手持ちで突き入れてくるその刺突を諒兵が避けると、ティンクルは左手のみで斬り払ってくる。

だが。

「何ッ?」

左手に握られていたはずの中国剣が右手にも握られており、左手の斬り払いを応用に右手でも斬り払ってくる。

諒兵は、すぐさま獅子吼を操って右手の斬り払いを弾いた。

「二刀流だと?」

と、諒兵が訝し気に問いかける。

さすがに驚いたのか、まどかもいったん手を止めた。

「双剣よ。雌雄一対の剣ってやつ♪」

この名で有名なのは三国志の英雄、劉備玄徳だろう。

彼が持っていた武器が『雌雄一対の剣』という。

中国における双剣は非常に特殊な形状をしている。

一本の鞘に二本の剣が収まるようになっており、そのため通常の剣を縦に真っ二つにしたような形状をしていた。

一見すると一本の直剣にしか見えないので、不意を突かれやすいのだ。

さらに。

「これはそんなに強度はないけど……」

そう言って斬りかかってきたティンクルの剣を諒兵が弾こうとすると、その刃はまるで柳のように曲がった。

「何ッ?」

鈴音が持つ干将と莫邪が硬く武骨なのに対し、ティンクルが持つ雌雄一対の剣は柔らかく繊細なのである。

「軟らかく、しなるように作ったのよ♪」

ニッと笑うティンクルに諒兵も笑い返す。

驚かされてしまったが、こういう驚きはむしろ歓迎したいからだ。

「柔らかい剣とか初めて見たぜッ!」

「驚いてくれて嬉しいわっ、まどかっ、合わせるからっ!」

「わかったっ!」

まどかの斬撃に合わせて、ティンクルが刺突を突き入れてくる。

その動きは京劇の舞に近い。

そこで思い出した。

箒が飛燕と進化に至ったとき、簪と戦ったティンクルの動きは京劇の舞の様であったことを。

あのとき、鈴音はまだ訓練すらできなかったのだから、この動きはティンクルのほうが先に習得していたのだ。

もともと鈴音の量子データをコピーして外見を作ったという話を聞いていたので、何となく鈴音のほうが先だと考えていたが、実際には異なることに奇妙な違和感を抱く。

今はそんなことを気にしている場合ではないのだが。

実際、まどかの西洋剣術と、ティンクルの双剣術は意外にうまくかみ合っているので、なかなか反撃に転じることができず、厳しくなってきていた。

それでも、ティンクルとまどかの二人の剣術は微妙に息が合わない部分はあっても、間近で見ていてなかなか美しいと感じる舞の様で、諒兵はこの状況を楽しんでいた。

 

 

 

IS学園にて。

鈴音は今度は一夏を相手に訓練を行っていた。

同じ一刀流でも、誠吾と一夏では攻撃がだいぶ変わってくる。

その違いに自分が対応できるよう、経験を積むことで二刀流を鍛え上げることを目的としていた。

「はァッ!」

「セィッ!」

左脇腹を狙って右手で斬り上げる動きから、回るように左手でも斬り上げる。

一撃ではなく連撃、そして弾かれたときは反転。

それはコマのようにくるくると回る動きになっている。

一撃では一夏の剣の重さに敵わない以上、手数を増やしていくことを鈴音は否定していない。

だが、両手で異なる動きができるほど習熟はしていないので、今は回る動きで常に連撃になるように舞うことを意識していた。

「よく動くッ!」

「どーもッ!」

実際、言葉通り一夏は感心していた。

とにかく動きを止めず、ひたすら舞い続け、その舞で竹刀を振り抜いてくる。

舞が途切れない限り攻撃が続くので、こちらが反撃に転じる隙がなかなか見つからない。

「厄介だな」と、一夏は呟く。

『すごく頑張ってるね』

という白虎の言葉通り、鈴音がこの二刀流の舞を完成させようと必死になっていることが凄く理解できる。

ただし、この攻撃方法の欠点は既に見つけていた。

「セリャァッ!」

「くッ!」

一撃の重さがそれほどでもないために、一夏の剣ならば一撃で鈴音の舞を止めることができる。

鈴音はそれを理解しているからこそ、舞が止まらないようにしているのだが、さすがに一夏に本気で剣を振られると受け止めきれないのだ。

(受けるなっ、流さないとっ!)

『手首を柔らかく使って剣を回すのニャっ!』

猫鈴のアドバイスに従い、できるだけ力を抜く。

しっかりと握って剣を振るための舞ではない。

舞の先に攻撃があるのだから、まず剣が滑らかに動くようにある程度力を抜かなければならない。

一撃の力で劣るのならば、連撃で少しずつダメージを与えていく。

そのために覚えた二刀流だ。

箒の剣舞のように見る者を見惚れさせるほど美しく、断ち切られない流れを作り上げる。

箒が聞いたら驚きそうだが、鈴音は箒の剣術に憧れていた。

目指すべき理想的な剣舞だと思っている。

まあ、信じてもらえないだろうから、箒に打ち明けるつもりはないが。

ゆえに、極限の集中力をもって、強力な一撃を放ってくる一夏を相手に舞い続けるのだ。

流れる落ちる汗にも気づかずに、鈴音は舞い続けていた。

 

 

 

ゆえにその悲劇は、異なる場所で同時に起こった。

 

むちゅ♪

 

という、おかしな擬音が聞こえてきたかと思うと、目の前に、近いどころか近すぎる、密着していると言っていいくらいの距離で、ツインテールの可愛らしい少女の顔がある。

驚愕に見開かれたその目が潤んでいる。

しかも、みるみるうちに可愛らしい顔が真っ赤に染まっていく。

それでも、この場から動くことが彼らにはできなかった。

その柔らかい感触にちょっとした感動すら覚えていたからだ。

直後。

 

「「きゃあああああああああああああああああああっ!」」

 

異なる場所で響いた二人の少女の悲鳴と、脱兎のごとく逃げ出す姿に彼らは呆然としているだけだった。

 

 

 

青木ヶ原樹海上空。

とんでもない勢いですっ飛んでいったティンクルの姿を諒兵は呆然と眺めていた。

誰かの声が聞こえてくる。

『怒らないのかね、マドカ?』

「びっくりした」

と、まどかはヨルムンガンドの問いにそう答える。

ティンクルの意外過ぎる反応で完全に毒気を抜かれてしまったらしく、今起きた悲劇を怒る気にもなれないらしい。

「えっと、おにいちゃん、大丈夫?」

「あ、ああ。いや……身体は問題ねえ」

『いや、メンタル的な問題な気がするのだがね?』

「つうか、柔らかかった……」

唇には生々しいほど感触が残ってしまっている。

はっきり言って初めてのことなので、どう反応していいのか理解が追い付かないのだ。

『む、マドカ。ディアマンテから通信が入っている』

「直接聞けるか?」

と、まどかが聞くが、うまく通信がつながらないというか、つなげるのに一苦労しているらしく、ヨルムンガンドが通訳してきた。

『ティンクルが暴走中なので、今日の模擬戦はここまで。あとできればティンクルのケアをまどかにお願いしたいとのことだ』

「けあ?」

『傍にいてやってくれということだろう。ヒノリョウヘイ、君は今は来られると困るそうだ』

「何でだ?」

『ティンクルの暴走が止まらなくなる可能性が高いそうだ』

なるほどとヨルムンガンドの説明を、珍しく素直に聞く諒兵である。

わりと諒兵もメンタル的に混乱中なので、ケアしてくれと言われても困るので助かっていた。

『では、行こうマドカ。さすがに少し心配だ』

「わかった。またね、おにいちゃんっ♪」

「あ、ああ」

『あと、折檻だけは覚悟しておくといい』

「へっ?」

去り際にそう言ったヨルムンガンドの真意を、諒兵はすぐに思い知る。

「みぎゃぁぁああぁぁああぁッ!」

『ぼーっとしてないで帰りますよッ、帰ったらお説教ですッ!』

かなりガチで怒っているレオに凄まじい電撃を浴びせられる諒兵だった。

 

 

一方、IS学園内武道場にて。

扉を破壊する勢いで走って行った鈴音を一夏は呆然と眺めていた。

何が起きたのか理解が追い付かない。

「だ、大丈夫かい、一夏君?」

「痛くない」

「いや、痛かったらおかしいのよ?」

刀が呆れ顔でそう言ってくる。

ぶつかりかたによってはわりと痛かったりするのだが、ここでは伏せておこう。

実際、一夏は痛みは感じなかった。

生々しいほどに柔らかい感触が唇に残っていることは理解できるのだが。

『ボイルしたオクトパスみたいに真っ赤になってたのネー……』

ゆでだこと言いたいらしいワタツミである。

訓練は竹刀でやるため立てかけられていたのだが、ちゃんと状況は見えていた。

「えっと、俺、何した?」

「言いにくいことを聞いてくるね……」

大人とはいえ、否、大人だからこそ、誠吾はストレートには言えなかった。

如何せん、鈴音の気持ちを考えると口に出すのは憚られる。

「わかってるんでしょ?」

確かに刀奈の言う通り、どういうことになったのかという状況は理解できている。

ただ、その意味が一夏の頭では理解できないのだ。

『こういうときは犬に噛まれたと思うといいって言うよ?』

『それはどちらかというとリンに言うべき慰めネー』

わりととんちんかんなアドバイスをしてくる白虎に、ワタツミがツッコミを入れていた。

 

 

 

 

 

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