ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第236話「恋愛ぽんこつ娘たち」

鈴音が一夏と、ティンクルが諒兵と、身体の一部がぶつかってしまった日の、その翌日。

IS学園内に設えられた法廷にて。

カンカンと木槌の音が響き「静粛に」と厳かな声が聞こえてくる。

「検察官、被告人の罪状を述べてください」

「事故を装った、婦女子への接触行為、いわゆる痴漢です」

 

「「事故だっつってんだろっ!」」

 

「弁護人、意見はありますか?」

「状況映像をご覧ください。被告人両名は共に被害者たちと訓練をしているのですが、片方は被害者が汗で足を滑らせています」

「よろけた程度であのような接触が起こるものでしょうか?」

「検察官、意見ある場合は挙手願います。弁護人、続けてください」

「はい。片方はもう一人、合わせて三人で訓練していたのですが、その第三者にぶつかり、被害者が押されています」

「裁判長」

「意見を認めます」

「押されたタイミングで偶然接触するというのは確率的にあり得ません。故意に動いたと考えるほうが自然です」

 

「「狙って動けるわけないだろっ!」」

 

「被害者たちは現在引き籠ってしまっています。被告人両名が強引に事に及んだことで相手に対して抱いていた信頼を傷つけられてしまった可能性が高いと考えられます」

「弁護人、意見はありますか?」

「傷ついたという点においては、検察官の言葉も否定できません。ただし、被害者は現在証言できない状態であるため、証言無しに断定することは不可能ではないでしょうか」

 

「「だからわざとじゃねえっ!」」

 

「被告人両名、偽りなく答えなさい。ぶっちゃけ気持ちよかったりしたか?」

被告人席に立つ一夏と諒兵は、少しばかり顔を背ける。

その顔が赤い。

「……ぎるてぃ」

 

「「のぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」」

 

裁判長の席に座る弾が言い放った直後、一夏と諒兵は凄まじい電撃を受けるのだった。

ちなみに電撃はレオが二人纏めて折檻するようにぶっ放していたりする。

さすがに白虎も今のレオは怖いので止められないらしい。

 

 

 

それはともかく。

セシリアとシャルロットは千冬からブリーフィングをすると呼び出され、会議室にいた。

 

なお、箒は一夏の切腹の介錯をしなければならないと言い、ラウラは浮気は許す、だが正妻にはもっと濃いスキンシップが必要だと言い放っていた。

つまり、共に暴走していたのでここには呼ばれていない。

 

ため息を吐く千冬にセシリアとシャルロットは苦笑いするしかなかった。

「どうするんですの?」

「どうもこうも、何でこんなときにこんなハプニングが起きるんだ……」

「どうしようもないですよね」

実際、どうしようもないのだが、グラジオラスとの対話では鈴音はアンスラックスから指名されているし、ティンクルも依頼されて警護に来るという。

だが、こんな状態では警護どころの話ではない。

鈴音はパニックになってしまい、一頃の真耶のように布団に包まって引き籠ってしまっているのだ。

しかも。

「困ったまどかがわざわざ連絡してくれてな、ティンクルも似たような状態らしい」

こんな形で姉妹で語る羽目になるとはと、世の理不尽を感じる千冬である。

とはいえ、このままでいいというわけにもいかない。

千冬には権利団体対策や極東支部の所在地を探す任務があるため、ティンクルはおろか鈴音のメンタルケアまでしている余裕はない。

そうなると、鈴音と同年代だが比較的恋愛事から距離を置いているこの二人しか頼れる相手がいないのだ。

「とりあえず、対話の日までに引っ張り出せればいい。この状況では更識簪も再戦を挑む気になれんだろう」

「それに関しては心配ありませんわ」

「というか、今の鈴を見て毒気が抜かれちゃったみたいで、撫子と向き合えるように頑張るけど、鈴と戦うのはしばらく時間を置いておくと言ってました」

助かると言えばいいのだろうか、と千冬は再び頭を抱える。

大和撫子も今の鈴音では戦う気になれないだろうし、話は引っ張り出してからなので、ありがたいことは確かだが。

「とりあえず、オルコットは鈴音の様子を見てくれないか?」

「承りましたわ」

「一夏はしばらく近付けさせられん。気持ちが落ち着くまでは引き籠らせていい」

下手にばったり会ってしまうと、鈴音がまたパニックを起こしてしまう。

鈴音の気持ちが落ち着くまで、話し相手をしてほしいということである。

如何せん、ティナがアメリカに行ってしまっているので、今の鈴音と話ができる相手がほとんどいないのだ。

「そうなると……」

「そうだ。デュノアは諒兵に代わってまどかとティンクルの二人と連絡を取り合ってほしい」

必要な情報は既にレオから聞いているので、そこまで頻繁に会う必要はない。

しかし、使徒側として警護に参加する予定のティンクルに来てもらわないわけにはいかないのだ。

「AS操縦者はできるだけ警護に参加させる予定だからな」

「何故です?」

「理想的な関係を見せておくことで、今後ISとどういう関係を作っていくべきかを見せておきたいからだ」

ISを力として見せないためには、グラジオラスだけではなく他の使徒やASとも話ができることが望ましい。

対話の場の主役はグラジオラスだが、脇を固めることで人とISの心的距離を縮めたいという目的が千冬にはあった。

「あとは、ついでと言っては何だがティンクルの様子を見てきてくれ。まどか一人ではどうにもならんかもしれん」

「はい」と、シャルロットは苦笑いしながらそう答えたのだった。

 

 

そんなわけで。

まずはセシリアが、鈴音の部屋を訪れていた。

「うぅ~……」

「何をなさっているんですの……」

部屋に入った途端、布団に包まったまま唸っている鈴音を見てセシリアは呆れてしまう。

もそもそと出してきたその顔はいまだに仄かに赤い。

「もう一日経つんですのよ?」

「だって~、あんな不意討ち考えてなかったわよ~」

言葉にしたことでまた思い出してしまったらしく、耳まで赤くなる。

つくづくこの最強はある一点において最弱だとセシリアは呆れてしまっていた。

「どんな顔して一夏に会えばいいのかわからないのよ~」

「それは一夏さんも同じだと思いますけれど?」

『リョウヘイ様と共にレオにだいぶ厳しくお説教されていますし、むしろ被害者と言ってもよいでしょう』

『まあ、リンが足を滑らせたんだから、向こうが被害者と言ってもいいのニャ』

「ま~お~」

さすがにブルー・フェザーや猫鈴は冷静である。

今回の問題は完全に鈴音の問題なのだ。

ただし、鈴音に非があるというのもいささか憐れと言えるだろう。

事故とはいえ、一夏とキスしてしまったのだから。

「気持ちがぐちゃぐちゃなのよ~、助けてよセシリア~」

「ゆっくり気持ちを落ち着けるしかありませんわ。とりあえず、簪さんも再戦はすぐでなくてもいいとおっしゃっていますし」

「あ~、更識さんにも悪いことしちゃったのかなあ~」

ケンカを吹っ掛けたうえに一度墜としたので、簪としては必ず再戦したいところだが鈴音がこの状態では指一本でも勝てる。

これでは本当の意味で勝ったとはとても言えないだろう。

「悪いと思っているなら、まずはいつもの調子を取り戻すしかありませんわね」

「わかってるんだけどさあ~」

「それほどファースト・キスは衝撃的でしたのね……」

「ふみゃんっ!」

ファースト・キスという一言で、また思い出してしまったらしく、鈴音は顔を真っ赤にして再び布団に潜り込む。

これはなかなかに重大な問題だとセシリアはため息を吐いていた。

 

 

 

一方シャルロットの方は。

現在、ティンクルとまどかは同じホテルで寝泊まりしていると言うので、ディアマンテから送られた情報をもとにそのホテルに赴く。

「まどかはともかくティンクルってホテルに寝泊まりする必要あるのかな?」

『あの子はよくわからないのよねえ。まあ気分的なものじゃないかしら』

確かに、やたらと人懐っこいあの性格であれば、気分でホテルに泊まるというのも考えられなくはない。

正直に言えば、何処に行かされるのだろうかと思っていたので、普通のホテルであるということは実はありがたかった。

件のホテルはいわゆるシティホテルで、普通に家族連れが泊っているような場所だった。

珍しいことにキッチン付きの客室があるタイプだ。

フロントで事情を話し、二人が泊っているという部屋番号を聞いたシャルロットは、そのまま部屋に向かう。

こんこんと軽くノックをすると、中から返事が聞こえてきた。

声の主は少女、というかまどかの声だった。

「誰だ?」

「シャルロット・デュノア、織斑先生に頼まれて来たんだけど」

「今開ける」

がちゃんと鍵を開け、中からゆっくりと顔をのぞかせてきたのは間違いなくまどかだった。

「入れ」

「わかった」

僅かに開けられた隙間から、滑り込むようにしてシャルロットが中に入るとまどかはすぐに鍵をかける。

普通なら警戒するところだが、まどかはもともと亡国機業の実働部隊の少年兵だ。

親しくない相手に対しては、これが普通の対応なのだろうとシャルロットは納得する。

『君たちが来るとは思わなかったよ、聖堂の君』

『妥当な人選だと思うけれど?』

声をかけてきたヨルムンガンドに、ブリーズがそう答える。

それほど親しくはないとはいえ、鈴音があの状態ではこういうことに適任なのはセシリアか自分くらいだろう。

別に気にすることはないと考えたシャルロットはまどかに尋ねかける。

「ティンクルは?」

「あっちのベッドだ」

そう言ってまどかが指さした先には、こんもりと盛り上がっている布団があった。

「何アレ?」

「中にティンクルがいる。昨日から出てこない」

まさかの状態にシャルロットは思わず頬を掻いてしまう。

とはいえ、状況を正しく理解するためにはティンクルの顔も見ておかなくてはなるまい。

そう考えて声をかける。

「シャル~?」

「うん、代わりに連絡役を務めることになったんだ」

そう答えると、布団がもそもそと動き、隙間からティンクルが顔を出してきた。

さながらヤドカリかカタツムリの様である。

見るとその顔は仄かに赤かった。

「大丈夫?」

「身体は痛くないけど~」

「ああ。諒兵とキスしちゃった話はレオから聞いてるよ」

「ふにゃんっ!」

と、奇天烈な叫び声をあげたティンクルは再び布団に潜り込んでしまう。

しまったとシャルロットは思った。

彼女はそのあたり割り切れる性格なので普通に口に出してしまったが、まさかティンクルがここまで情緒不安定になるとは思わなかったのだ。

『ご迷惑をおかけします、シャルロット・デュノア』

『シャルでいいよ。この状況だと長ったらしい名前は大変でしょ?』

非常に申し訳なさそうにディアマンテが謝ってくるので、シャルロットは思わずそう言ってしまう。

別に仲良くする必要はないのだが、特別嫌う相手でもないのだ。

ティンクルにしてもディアマンテにしても。

「とりあえず、今日のところは話だけでもいいよ」

「いいの~?」

「対話の日までまだ時間はあるしね」

実際、まだ十日近くの時間があるので、シャルロットの言葉は嘘ではない。

その間に気持ちを落ち着けてもらうしかないのだ。

とはいえ。

「正直、君がここまでパニックになると思ってなかったよ」

「なにそれ~」

「普段の君を見てると、いつも余裕ありそうに見えるもの」

実際、ティンクルと会ったときは確かに疲れた様子なども見せたことはあるが、基本的には余裕たっぷりに見える。

なので、こういった事故くらいは仕方ないと割り切れるとシャルロットは思っていたのだ。

「別に傷ついたわけでもないし」

「乙女のハートは傷ついたわよ~」

「えー……」

わりと本当に驚いてしまうシャルロットである。

そもそも戦闘用疑似人格であるはずのティンクルが、男性とキスしたくらいで動じるなんて想像できないのだ。

「そうだけど~」

「真っ赤っかだね……」

ようやく顔を出してきたティンクルを見てシャルロットは呆れてしまう。

普通の女の子のような反応をしているからだ。

『ディアマンテ、こう言っては何だけど、ずいぶん効率の悪いことしてるわね』

『こうなってしまったのですから、仕方がありません』

ティンクル本来の存在価値を考えるとブリーズの言葉は正しいのだ。

ティンクルの精神状態如何によっては戦闘できないというのでは、正直に言えば意味がない存在と言ってもいい。

こんな状態で敵に襲われたらどうする気なのだろうか。

「戦闘なんて無理よ~」

「見ればわかるよ……」

「ぶっちゃけ今なら勝てると思う」

と、まどかが評するように、ティンクルはディアマンテのパートナーとしての役割を果たせる状態とはとても言えない。

完全にお荷物と化しているのだ。

IS学園で引き籠っている鈴音のような状態なのである。

「そんなにキスっていうか、唇がくっついたのがショックなの?」

「当たり前でしょ~」

「そんなに人と接触することができないんじゃ、普通の戦闘だって無理じゃない?」

特に接近戦では身体の接触は免れない。

まして、接近戦ができるティンクルが接触嫌悪症では話にならないと言える。

如何にディアマンテという鎧を纏っていても、だ。

「だって~、あんな間近で諒兵の顔見たの初めてだし~」

「えっ?」

「デートも何もすっ飛ばしていきなりキスとか勘弁してよ~」

「ひょっとして、キスした相手が諒兵だからショック受けてるのっ?」

「当たり前でしょ~」

と、ティンクルは答えてくるが、そうなるとシャルロットが考えていたのとは理由がまったく異なってしまうのだ。

身体的接触に衝撃を受けているのではなく、キスしてしまった相手が諒兵だったから衝撃を受けたということになると。

「君って諒兵にそんな感情持ってたのっ?」

「き、嫌いじゃないってだけだけど~」

表情と言葉が微妙にズレているというか、表情を見る限り、ティンクルは諒兵を異性として意識しているようにしか見えないのだ。

なので、シャルロットは試しに聞いてみることにした。

「そ、それじゃ、一夏のことは?」

「き、嫌いじゃないわよ~」

「もしさ、キスした相手が一夏だったら?」

そうシャルロットが聞いた途端、ティンクルは顔を真っ赤にして再び布団に潜り込んでしまう。

「やめてよ~、考えさせないでよ~、諒兵だけでいっぱいいっぱいなのよ、今は~」

そりゃそうだ、とシャルロットは納得してしまう。

憎からず想っている相手とキスしてしまってパニックになっているのが今のティンクルだと言うのなら、シャルロットがやるべきことは変わってくる。

ぶっちゃけ恋愛相談の相手をしなければならない状況なのである。

『お力添え願えませんか、シャルロット。やはり心の機微は私たちには測りかねるので』

「いや、別にそれはいいんだけど……」

ディアマンテの言葉にそう肯くものの、まさかティンクルの恋愛相談をする羽目になるとは思わなかったと、シャルロットは正直言って困惑していた。

 

 

 

 

 

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