セシリアを連れに来た真耶に鈴音は懇願していた。
「私も助けに行きたいんですっ!」
そう必死に懇願してくる鈴音に真耶は思い悩んでしまうが、意を決して横っ面をはたいた。
その場にいた全員が驚く。
「私たちを信じてください、凰さん。必ずみんな無事に終わらせます」
「山田先生……」
「オルコットさんっ!」
「はいっ!」
呆然としつつも真耶の思いを感じ取った鈴音はそのまま椅子に座り込む。
走り去って行く真耶とセシリアの後ろ姿を見つめながら。
「悔しいなあ。こんなときのために鍛えてきたのに……。なにヘバってんのよ、私」
頬をつたう一筋の涙を見て、ティナは何もいってやることができないことを情けなく思う。
そんなティナと鈴音の顔を見つつ、本音が口を開いた。
「信じよ~、それだけでもできるんなら~」
「うん、そうね……」
本音の言葉に鈴音はそう答えるだけだった。
そんな鈴音の姿を、観客席にたどり着いた箒が遠くから見つめていた。
白虎徹を一閃しようとした一夏に、巨獅子は前足を振りかぶった。
ガァンッという音とともに一夏は弾き飛ばされてしまう。
「くッ!」
「正面からじゃ無理だよッ、パワーが違いすぎるッ!」
巨獅子は四つんばいの状態でも一夏たちの五倍くらいの大きさがあった。
その巨体に見合ったパワーを持っているらしく、巨獅子は一夏の全力の斬撃すら弾いてしまう。
ならば下から回り込む。
そう思い一気に下降し、そこから腹をめがけて上昇するが、巨獅子はアリーナのシールドに張り付くと、まるで地面のように駆けた。
「回りこませない気ッ?」
シールドを解除すれば、化け物が解き放たれてしまう。
ゆえに解除できないということを巨獅子は理解しているのだ。
四本の足、そこから生える光の爪がまるで鉄格子のように腹を守ってしまっている。
「せめてレーザークローが出てなければ……」
足なら斬れる。
だが、レーザークローが邪魔をしてなかなか斬らせようとしない。
「あいつをもう一度中央に引っ張り出すしかない」
「どうやってっ?」
それが思いつかないと一夏は臍を噛む思いで巨獅子を睨みつけた。
一夏の斬撃で弾き飛ばすとしても、結局は壁との間に入り込まなければならない。
それができるなら、そこから腹を斬ることができるのだから。
「それなら私たちで爆撃しますッ!」
そう言ってきたのはランチャーを構え、ラファール・リヴァイブを纏った真耶。セシリアも共にいる。
セシリアの手にあるのは、RPGとIS学園謹製のレーザーライフルだった。
「ミサイルやRPGならダメージは与えられるようですわッ!」
ただし白虎徹のような大ダメージは無理だという。
ゆえに数で押す。中央からひたすら爆撃するのだ。
うっとうしいと感じれば、こちらに襲いかかってくるだろうと真耶は説明する。
「その隙に織斑くんが腹部に回り込んで斬る。できますか?」
「はい」
「デュノアさんは私たちと一緒に」
「はいっ!」
どうやら教職員は全員自分の素性を知っているらしいとシャルロットは感じたが、今はいっている場合ではない。
今、巨獅子の中に大事な友がいる。
友が守ろうとした少女がいる。
シャルロットにとっても二人は大事な存在だ。
そのために戦うと彼女は決意を固めた。
なんだろう、と、ラウラはぼんやりと考えていた。
激しく揺さぶられているのに、心地いい。
ゆりかごや母の腕の中はこんな感じかもしれないと考えて、ゆっくりと目を開く。
「ひの……?」
「目え覚ましたかよ」
少しだけ頭が冴えてきたのか、なんとなく事態を理解する。
ラウラは諒兵に抱き上げられていたのだ。
激しく揺さぶられているのはどうやら諒兵が走っているかららしい。
「なにが、おきた?」
「バケモンの檻の中に閉じ込められてんだよ」
「ん?」と、その返答におかしな印象を抱いたラウラは、身体を起こして肩越しに諒兵の後ろを見る。
「ひッ?」と、一気に目が覚めた。
真っ黒。
それ以外に形容できない人型をした何かが、片手に長い剣を持って二人を追いかけてきていた。
もっとも頭らしき部分には穿たれただけの眼窩、そして三日月のごとく異様に釣り上がった口が開いている。
どちらも中は血のごとく赤い。
諒兵が化け物だと表現するのも肯ける。
「あれは何だッ?」
「シルエットに見覚えねえか?」
「何ッ?」
恐怖を感じさせるその相貌をできるだけ見ないようにして、ラウラは化け物のシルエットを見る。
確かに見覚えがある。
髪らしきものの長さや身体のラインを見る限り、女性を表しているらしい。
そこまで考えて、そのシルエットが何に似ているのか思いだした。
「ウソだ……、なんで教官に似てるんだッ?」
「知らねえよ。気がついたとたん、あいつが襲ってきたんだよ」
とっさに隣で寝ていたラウラを抱き上げ、ひたすら逃げているのだと諒兵は説明した。
巨獅子に対する爆撃を開始した真耶、セシリア、シャルロットの三人。そして待機する一夏。
「爆煙で姿を隠すのは危険ですっ、できるだけ狙いを分散させてくださいっ!」
真耶の指示に従い、それぞれ別の方向から間断なく砲撃するセシリアとシャルロット。
しかし、巨獅子は思わぬ反撃をしてきた。
「咆哮ッ?」
まさに百獣の王と呼ぶべき凄まじい咆哮は爆煙はおろか、ミサイルやカノン砲の砲弾すら弾き飛ばす。
「衝撃波なんですわッ!」
「そんなっ、吠えただけなのにッ!」
セシリア、シャルロットは巨獅子の咆哮の凄まじさに驚愕してしまう。
効くのがわかったのか、巨獅子は再び凄まじい大音量で吠えてきた。
衝撃波をまともに喰らった三人はアリーナのシールドに叩きつけられる。
それを好機と見たのか、巨獅子はシールドを駆けてきた。
とっさに中央に逃げる三人に向けて、再び吠えてくる。
もう一度喰らえば、今度は逃げる余裕もなくなる。
だが。
「斬り裂く」
負けないんだからッ!
そう呟いて一閃する一夏。白虎徹は衝撃波を真っ二つに切り裂いた。
それでも真耶たち三人はシールドを揺さぶるほどの威力があることに驚愕してしまう。
「一夏ッ!」と、叫ぶシャルロットに一夏は静かに答える。
「こんなところで負けられない。衝撃波は俺が何とかする。爆撃を続けてくれ」
「そうですわね。お願いします、一夏さん」
「うん、諒兵とボーデヴィッヒさんのためにも」
そういったシャルロットの言葉を何故か一夏は否定してきた。
「そうじゃない、シャル」
「えっ?」
「これは、この戦いは……」
まだ中学生のころのこと。
一夏は兄貴分に諒兵たちと共にキャンプに連れて行ってもらったことが何度かある。
「けっけっ、釣れねぇなぁ」
「蛮兄、俺、鍛えてくれって頼んだんだけど」
渓流で二人で釣りをしながら、一夏はジトっとした目で兄貴分を見る。
なかなかケンカの強い人なので、どうせならと思い、鍛えてくれるように一夏は頼んでいた。
そこで命じられたのが何故か魚釣りだった。兄貴分は釣れないにもかかわらず楽しそうで、それがまた腹が立つ。
「ケンカなんざてめぇで場数踏むしかねぇ。だいたい一夏、なんでおめぇ諒兵の人助けを手伝ってんだ?」
「それは、あいつあんなだし、ヤバい奴とケンカしてケガでもしたら大変だろ」
腕っ節で解決するケンカ屋はもともと諒兵がやっていたことだ。
孤児でいじめられた経験を持つ諒兵は、弱い者いじめを見過ごすことができないらしい。
その考え方自体は自分にも通じるものがあると感じた一夏は手伝うようになってしまったのだ。
「諒兵のために戦ってんのか」
「そうなるかな」
「そんじゃぁ、もともと強くなりてぇって思ったのは何でだ?」
「それは……」
一夏にとって唯一の肉親ともいえる千冬。その彼女が苦労していることを一夏は理解している。
だからこそ、兄貴分にかつていわれたような本当に強い男になるために、家計を助けようと剣道をやめてバイトを始めたのだ。
誰かを守るというのは、何も戦うだけではない。
一夏はもっと人として強くなって、千冬が心配しないような自分になりたいと思うようになっていた。
「姉ちゃんのためか」
「うん。千冬姉ばかり苦労させたくないんだよ」
「おめぇはいいやつだな」
いきなりそう褒められるとさすがに照れくさい。しかし、兄貴分はただ褒めただけではなかった。
「でもな、それだと姉ちゃんは却って潰れっちまう」
「なっ、なんでだよっ?」
「てめぇのために弟が頑張ってるって思ったら、姉ちゃんはおめぇを守ろうと苦労を増やすだけだ」
確かにそうだ、と一夏は納得してしまう。
一夏がバイトをするようになったら、無理をするなと千冬はいうが、その反面、千冬自身は無理をしているのが一夏には理解できていた。
悪循環なのだ。
お互いに気遣うあまり、姉弟で潰し合おうとしてしまっている。
「それじゃ、どうすればいいんだよ……」
「おめぇの優しさは間違ってねぇ。だから、もう一歩踏み込め」
「もう一歩?」と、首を傾げる一夏に、その兄貴分はこういったのだ。
「姉ちゃんを守ると『決めた』おめぇ自身のために強くなれ」
そして、諒兵のためにではなく、手伝うと『決めた』自分自身のために戦え、と。
「この戦いは、諒兵とラウラを助けると『決めた』俺自身のための戦いだ。だから負けられないんだ」
眼前の巨獅子を見据え、一夏は決然と告げる。
その意志が、戦う一夏を支えているのだ。
その姿にシャルロットも、セシリアも何かがすとんと胸に落ちるのを感じる。
「そうですわ。ここに来たのは力になると決めた私自身のため」
「うん。友だちを助けると決めた僕自身のためだったよ」
納得した様子の二人を見た真耶は感心すると同時に、微笑ましくも思う。
(その想いが、みんなのためになるんです、きっと)
そして「行きましょうっ!」という真耶の号令で全員が巨獅子に向かって再び飛び立った。
そのころ、ひたすら化け物から逃げ続ける諒兵とラウラ。
だが、ラウラは聞きたくない声が響いてくるために、思わず耳を押さえた。
らうら、こっ血へオゐで……。
「あっ、頭の中に声が……」
先ほど自分の頭の中に響いてきたのと同じ、だが本人には似ても似つかない千冬の声。
「俺にも聞こえたぜ。マジであれ、千冬さんなのかよ」
鬼だとは思うが、あんな化け物じゃなかった気がするぜと、どこかのんきに諒兵は呟いた。
「違うッ、教官はあんな化け物じゃないッ!」
「まあ、ありゃ違うなって思うけどよ。千冬さん、理不尽だしずぼらだし、ダメな部分けっこうあるぜ」
「何だとッ?」
千冬を侮辱するのかとラウラは憤ってしまう。
例え共に戦った、共に戦いたいと思う諒兵でも千冬への侮辱は許せない。
だが、平然と諒兵は言葉を続けた。
「料理は一夏のほうが上手いし、洗濯物は脱ぎっぱなし、ほっとくと掃除もしないとかグチってたぜ、一夏のやつ」
「貴様ッ!」
「そのくせブラコンでよ。俺と一夏を叩くとき、一夏にはちっとだけ手加減してんだぜ」
やっぱ弟は可愛いんだろ、と諒兵が笑いながらいっているのを見ると、なぜか怒りが霧散してしまう。
「侮辱してるんじゃないのか?」
「思ったこといってるだけだ」
自分が知っている千冬に対して思ったことをいっているだけで、不満も確かにあるが、悪口をいっているわけではないと諒兵はいう。
「だってよ。そういうとこひっくるめて千冬さんだろ」
「何?」
「世界最強だけが千冬さんじゃねえよ。いいとこもわるいとこもひっくるめて、織斑千冬なんだよ」
追いかけてくるのは、その世界最強だけを無理やり取りだした千冬の偽者なんだろうと諒兵は語る。
「それとよ、お前の記憶、なんだかわからねえけど見えちまった」
「なっ?」
それは謝っておくと断った上で、諒兵は語る。
自分には想像もつかないきつい人生だったなと。
それでも似たようなことを考えていたことは確かだと。
「でも、お前、居場所あるんじゃねえか」
「居場所?」
「IS部隊とかさ」
シュヴァルツェ・ハーゼはラウラにとって大事なつながりであり居場所だ。
それに千冬とて、そこにいないからといってラウラとのつながりを断ち切ったわけではない。
望めばいつだって話してくれただろうし、無視していたわけではない。
ただ。
「千冬さんだって同じだろ。お前以外にもつながりが、居場所があったってだけだ」
「私以外の、つながり……」
「でもよ、それも千冬さんにとって、織斑千冬って人間を作る大事な一部じゃねえのかよ?」
逆にいえば、ラウラとて今の千冬を形作る大事な一部なのだ。
断ち切ってなどいない。
例え遠く離れていても、ラウラを教え子だといっていたのだから。
「だから、お前のほしかったお前だけの千冬さんを形にすると、ああなるんだろ」
「ちがうッ!」
「どう違うんだよ。千冬さんには世界最強以外何もいらねえとか思ってたんじゃねえのか?」
そう問われ、ラウラは言葉を失ってしまう。
確かにラウラには千冬は孤高で世界最強であるはずだという押し付けのような理想があったからだ。
でも、それでも。
「違う……、教官は強くて厳しくても、優しくて温かかった」
「そっか。ならどうする」
「どうするって……?」
「どこまでいっても出口が見当たらねえ。このまま逃げてても埒が明かねえんだよ。だからどうする?」
その答えをいおうとして、ラウラの胸にズキンと痛みが走った。それはこれまでの自分を否定してしまうからだ。
それでも自分がほしかったのは、会いたかったのはあんな化け物ではない。
「本物の教官に会いにいくッ、だからあいつを倒すッ!」
世界最強という化け物ではなく、人間の織斑千冬に会いに行くのだとラウラは腹の底から叫ぶ。
その声を、その意志をはっきりと聞き取った諒兵はニッと笑った。
「うしっ、やるかっ!下がってろボーデヴィッヒ」
そういうと諒兵はラウラを下ろし、庇うように前に立つ。
「一人で戦う気かッ?」
「お前にゃ武器がねえだろ。さすがに丸腰じゃあいつにゃ勝てねえぞ」
そういったあと、諒兵は一瞬だけ目を閉じる。
「レオ、わりいけど、もうちっとだけ力貸してくれ」
大丈夫、いけます
そんな声を感じ取った直後、諒兵の両腕を覆うように六本のレーザークローが、レオの獅子吼が現れた。
ラウラが驚愕の眼差しでそれを見る中、諒兵は叫ぶ。
「行くぜレオッ、打倒世界最強だッ!」
行きましょうリョウヘイッ!
迫りくる化け物に向かい、諒兵は全力で駆けだした。