ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

30 / 273
第28話「倒されるべきモノ」

そのわずかな異変を楯無は何とか見つけることができた。

「これは……、減ってる?」

「どうした更識?」

「間違いない……、レーザークローの数が減ってますッ!」

楯無の言葉に、千冬も巨獅子の足を凝視する。

確かに、さっきまでより光の爪の数が減っていた。

「前足から二本、後ろ足から四本……」

その言葉に博士がニカッと笑った。

「ハッ、あのバカ腹ん中で暴れてやがんな。世界最強にケンカ売るたぁ、以前よりバカになりゃぁがった」

「ふふっ、あなたの弟分ですからね」

「ちげぇねぇ」と、千冬が笑顔で見せていった一言にさらに笑いだす。

 

 

その言葉はチャンスを与える希望の言葉だった。

 

「一夏ッ、チャンスだッ、レーザークローが減っているッ!」

 

モニター室から響いてきた千冬の言葉に、その場にいた全員が巨獅子の足を凝視した。

「ホントだ減ってるよっ!」

「えっ、どうしてですのっ?」

疑問の声を上げるセシリアやシャルロットだが、一夏には理由などすぐに推測できた。

諒兵も戦っている。

この化け物に。世界最強を模したものに。

「やっぱりな」

 

うんっ、感じるよっ!

 

そんな声を感じた一夏は、眼前の巨獅子に対し、唇をわずかに吊り上げる。

親友が世界最強に挑んでいるというのなら、なおさら自分が負けるわけにはいかない。

「織斑くんっ、突撃の準備をッ!」

「わかってます」

真耶たち三人が再び砲撃を開始する中、一夏は好機を狙い、力を溜め続ける。

最大のチャンスに、最高の結果を出すために。

 

 

泣いていたのは何故だろうと思いつつ、箒は鈴音に近づいていく。

だが、鈴音の「勝ったわ」という声が聞こえてきて、その足は止まった。

「だってまだあんな状態よッ、最悪飛び出すかもッ!」

「なんでそう思うの~?」

ティナは当然のこととして、本音としてもこの状況で楽観などできない。

いつ、あの化け物が観客席に出てくるかと思うと、戦々恐々とするしかないはずだ。

しかし、鈴音は先ほどまでの涙など消え去ったかのように、強い眼差しでアリーナの戦いを見つめている。

「あの化け物のレーザークローが減ったわ。諒兵の奴、あいつの中で戦ってんのよ。そして外では一夏が戦ってる」

自分があの場にいないのは悔しいが、二人なら例え相手がなんであろうと負けるわけがない。

鈴音は確信があるかのようにティナと本音の言葉に答える。

「ずいぶん自信あるわねえ」

「あるわよ。あいつらがコンビで戦って負けたところ見たことないもん」

まるでもうすべてが決着したかのように、決して間違いではないという鈴音のその姿が、箒は羨ましくて仕方なかった。

 

 

振り下ろされる剣をかわすと、諒兵は即座に腹をめがけて獅子吼を突き入れる。

だが、あっさりと身体を捻られ、かわされてしまった。

それどころか胴薙ぎを繰りだしてくる。

脇腹からぶった斬るつもりなのだろう。

「チィッ!」

この勢いでは上半身と下半身が泣き別れになると直感した諒兵はすぐに身体を沈めた。

そこから一気に顎を狙って拳を振り上げるが、影は一気に飛び退る。

諒兵もすぐにバックステップで距離をとった。

「パチモンでも千冬さんかよ。半端ねえな」

IS用の装備を生身で振り回すような女傑だけに、下手な力比べはできないと、諒兵は剣を受け止めることは避けるべきだと考える。

「そんならッ!」と、叫んで諒兵は顔面に飛び蹴りを放つ。

不気味さをさらに増すかのようにニヤリと笑う影。

蹴りを放つ右足を縦に裂いてやろうというのか、諒兵の足の裏めがけて剣を振ってきた。

「ドアホ、やっぱパチモンだな」

そういって諒兵がニッと笑う。

右手を覆っていたはずの獅子吼がいきなり右足に移動し、剣を受け止めたばかりか、影の顔面に襲いかかる。

頭を削られたせいか、影は呻き声を上げて、一気に飛び退った。

「足で使えねえなんていってねえぜ」

本物の千冬なら、諒兵のトリッキーな戦い方にも対応してくる。

とはいえ、顔を三分の一くらいは削ったというのに、平然と直っていくところを見ると、見たとおりの影の塊らしい。

何とかして急所を見つけ出さないとジリ貧になると諒兵は感じていた。

可能性は二つ。

脳か心臓。

脳は今削ってダメージがないところを見ると、もう一つは心臓と考えられる。

剣の間合いの内側に飛び込んで心臓をぶち抜く。

そう考え、足に力を込める諒兵。

だが。

 

違いますッ、あれはオリムラチフユじゃありませんッ!

 

ふとそんな声を感じ取り、懐に飛び込むのは危険だと察知した。

「チィッ!」

振り下ろされてくる剣を避け、再び距離をとる。

感じた声を信じるならば影の急所はどこか。

諒兵はなんとかして急所を探りだそうと、まずは回避に徹し、影の行動を必死に観察した。

 

そんな諒兵の姿を見つめながら、ラウラは自分の無力さに悔しさを覚える。

自分のパートナーになるといってくれた諒兵が、今はたった一人で世界最強と戦っている。

(それじゃ、意味がない。何とか諒兵の力に……)

助けたいと。

自分が信じ、頼ったように、諒兵に信じてもらい、頼ってもらいたいとラウラは必死に願う。

すると、その目から零れ落ちた光が形になった。

「これはっ、そんな……」

それは小さなハンドガンだった。

影に対してでは掠り傷すら負わせられないような小さな力。

世界最強に対抗するには、諒兵を助けるにはあまりにも頼りない力。

(これが、私の力だというのか……)

シュヴァルツェア・レーゲンを駆っていたときはラウラはとてつもなく強くなったつもりだった。

しかし、自分本来の力はこんなものでしかないと告げられているようで辛い。

(こんな力で何ができるっ!)

そう思うものの、今、ラウラが手にできる力はこれしかない。

「かまうかッ!」

そう叫び、ラウラは諒兵に襲いかかる切っ先に向け、引き金を引いた。

 

 

一瞬、咆哮が遅れた。

一夏がそう感じたのは間違いではなかった。

吠えようとした巨獅子は確かに、ダメージを受けたように一瞬だけ動きが止まった。

だが、巨獅子は更なる異形を見せる。

正確にいえば、獣が持つはずがないものをその口に銜えていた。

「なっ、剣っ?」

シャルロットの叫びを合図にしたかのように、巨獅子はいきなり跳ねてきた。

「なんですのっ?」

「斬る気か」

アリーナを横切るように跳ね、中央に陣取る真耶、セシリア、シャルロットたち三人に襲いかかってきたのだ。

「続けてくださいっ!織斑くんッ、タイミングを計ってッ!」

そう真耶が叫ぶと、セシリアとシャルロットは再び爆撃を開始する。

だが、ミサイルを物ともしていないのか、巨獅子は跳ね回り、斬ろうとしてきた。

しかし、その姿を見た一夏は思う。

 

世界最強を真似る。

諒兵の獅子吼を真似る。

そして一夏の斬撃を真似る。

 

そんなもので自分たちを倒せるつもりだというのなら、考えが甘すぎる。

「斬るのは、俺の専売だ」

 

真似っこするなあっ!

 

どこか苦しむかのように跳ね回る巨獅子を一夏は白虎徹を構え、静かに見据える。

その時が来るのは、もうわずかだと感じ取っていた。

 

 

ラウラが放った弾丸は、諒兵の肩口を狙う切っ先を弾いた。

すると、たたらを踏むかのように影が後退する。

その姿でようやく急所に気づいた。

考えてみれば、世界最強のブリュンヒルデは『雪片』と名づけられた刀一本で並み居る敵を倒したのだ。

すなわち。

「剣。それがお前の急所かよ」

気づかれたことに焦りを感じたのか、恐怖を感じさせるその顔が醜く歪んだ。

だが、まさか急所を振り回しているとは思わなかったと諒兵はニッと笑う。

ラウラが自分を助けようと放ってくれた弾丸が、窮地を救っただけではなく、倒し方まで教えてくれた。

「助かったぜッ、やつの急所がわかったッ!」

「ほっ、本当かッ?」

「剣を狙ってくれッ、そこに攻撃を集中するッ!」

「了解だッ!」

例え小さな力でも、今、確かに諒兵の助けになっていることに、ラウラは確かな喜びを感じた。

ラウラはもともと軍人だ。

動きながらでもターゲットに当てられる程度の技量くらい備えている。

幸いなことに弾丸は尽きないらしい。

ならばと影の動きに合わせて、その剣に何発もの弾丸をぶつけた。

さらに連携するように諒兵が獅子吼を剣に叩きつける。

 

らうらアッ、悪ゐ子ダッ!

 

「黙れッ、世界最強ごときが教官を騙るなァッ!」

 

自分が信じた千冬は温かみのある人間なのだと、地位や名誉で形作られた虚像ではないとラウラは叫んだ。

そんなラウラに対し、躾と称して影は剣を振り下ろす。

「教え子を殺そうとするのは本物の教師じゃねえよ」

その剣を諒兵はしっかりと受け止めていた。

「諒兵ッ!」

「砕け散れ」

 

行く手を阻む者に容赦はしません

 

振り上げられた獅子吼が剣を砕き、さらに剣とともに影も砕け散っていく。

 

 

好機だ。

そう感じた一夏は真耶に告げる。

「一瞬でいい。中央であいつの動きを遅らせてください。斬ります」

「はいっ、オルコットさんっ、デュノアさんっ、ありったけのミサイルをぶつけてくださいッ!」

そう叫びつつ、真耶は自らもありったけのミサイルを撃ち放つ。

そのすべてが巨獅子に命中した瞬間、一夏は翼を広げ、一気に巨獅子の喉元まで翔けた。

「斬り拓く」

 

邪魔なんかさせないんだからッ!

 

そして一気に巨獅子の喉元から下腹部までを掻っ捌いた。

そこから現れた諒兵はレオを纏ったままラウラを抱きしめて飛び降りてくる。

互いにフッと笑みを交わし、一夏は後方に、諒兵は前方へと巨獅子から一気に離脱した。

崩れ落ちていく巨獅子を背に、二人はアリーナの大地に降り立った。

戦いを終えた真耶、セシリア、シャルロットも降りてくる。

そして二人は、

 

「世界最強を倒してきたぜ」

「奇遇だな。俺もたった今倒したところだ」

 

そういってお互いに笑い、

 

「「よっしゃあッ!」」

 

と、高々と手を上げた。

その姿を見た観客席から、まるで地鳴りのごとく歓声が響き渡る。

そんな中、ラウラは諒兵の腕の中ですやすやと幸せそうに眠っていたのだった。

 

 

 

 




閑話「ラウラの(きっと)有能な部下たち」

遠くドイツにて。
きゃぁーっと、その場にいたクラリッサ以下シュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちも歓声を上げた。
「これよこれぇーっ!」と、クラリッサが雄叫びを上げる。
「囚われのお姫様(隊長)のためにッ、一人で魔王の居城に飛び込む騎士ッ!」
「男らしいですっ、おねえさまっ!」
「そんな彼を助けるッ、もう一人の騎士ッ!」
「熱い友情ですっ、おねえさまっ!」
「魔王を倒した彼の腕にはッ、幸せそうに眠るお姫様(隊長)ッ!」
「爆萌えですっ、おねえさまっ!」
「これぞまさにハッピーエンドだわッ!」
再び監視衛星を使ってIS学園のアリーナの様子を覗いている微妙に犯罪者チックなクラリッサ以下、アホの集団であった。

その後ろで。
電話をかけている一人の隊員の姿があった。
「あ、お母さん?うん、私。お見合いの話、受けようと思って」
「うん。こんな時代だけど家庭に入るのもいいかなって」
「やっぱりね、女の幸せって変わらないと思うの」
「えっ、何っ、断られたっ?なんでっ?」
「変人集団のシュヴァルツェ・ハーゼの隊員はいやだっ?そんなあ……」
そんな部隊唯一の常識人、アンネリーゼ・ブッケルの肩がポンっと叩かれる。
振り向けば、そこには素敵な笑顔の副隊長以下、全隊員の姿があった。
「あは、あはは、あはははははははは……」
アンネリーゼ・ブッケル。
彼女のハッピーエンドは、遠い。




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。