目を覚ましたとき、ずいぶんと温かいぬくもりに包まれているなとラウラは感じた。
どうやら医務室のベッドで眠っていたらしい。
「目を覚ましたか、ラウラ」
そういって優しい瞳を向けてきていたのは、千冬だった。
あんな化け物ではなく、自分が信じた人が、そこにいた。
「夢、だったのでしょうか……」
「どうした?」
「世界最強という化け物に、諒兵と共に戦ったような気がします」
気がするとはいいつつも、記憶ははっきりしている。
ただ、あまりに現実味がないので、ラウラは夢かもしれないと呟く。
科学全盛のこの時代に、得体の知れない化け物と戦うなどありえないと感じたからだ。
だが、千冬はいった。
「きっと、お前にとっては真実だよ」
「そうでしょうか……」
「ああ」
ラウラにとって千冬は強さの象徴だった。
その強さがあれば、自分も生きていけると感じた。
だから千冬の指導を受け、血を吐く思いで強くなったつもりだった。
でも、トーナメントを戦ううちに、弱くてもいい、それ以上に大切なものがあるのではないかと感じた。
何より、現れた化け物は世界最強を名乗っていた。
自分が求めていたのはそんなものではなく、そんな強さでもなく、織斑千冬という一人の人間だった。
それゆえに想う。
人は、弱くても生きていけるのだろうか、と。
それはラウラにとって自分のこれまでの人生を否定するような疑問だった。
「いや、人は強くなければならん」
「はい。私もそう思います」
「だが、強さというものは力ではないんだ。それは後からついてくるものだ」
力ではない。
そういった千冬の目を見たラウラは、それが自分がほしかった答えであると感じると同時に、何が強さなのかと疑問に思う。
しかし、千冬はすぐには答えてくれなかった。
「諒兵と共に戦った。そういっていたなラウラ」
「はい。私には小さな力しかありませんでしたが……」
「何故だ?」と問いかける千冬に、ラウラは必死に言葉を探して答える。
「私があいつを信じ、頼ったんです。でも、信じてもらいたかった、頼ってもらいたかった。だから小さな力でもいいと」
それでも共に戦えるなら、とラウラは思ったのだ。
そんな思いを伝えると、千冬は本当に慈母のような笑みを見せてくる。
その笑みにラウラは安心した。温かい、そう思えたからだ。
「それが一番大事なんだ」
「それ?」
「日本の言葉で『信頼』という。お互いに信じ合う、時には頼り合う。大事なつながりを表す言葉だ」
そして、それこそが千冬がラウラに伝えたかったことだという。
強さとは力ではない。たくさんの信頼を、たくさんのつながりを得られるかどうかなのだと。
「それは時には戦う相手かもしれない。背中を守りたい人かもしれない。帰りを待っていてくれる人かもしれない。でも……」
何のつながりもない人などいない。
本当は強さに差はあっても、強さのない人などいないはずなんだと千冬は語る。
「みんな、強いと?」
「ああ。でも弱くなってしまう人はいる」
「それは?」
つながりを断ち切ってしまう、そんな悲しい人、寂しい人は弱くなる。
大事なつながりを守る人こそ、強くなっていくのだだから。
「私が第2回の決勝を放棄したのは、弱くなりたくなかったからかもしれないな」
姉弟というつながりは千冬にとって自分を強くする大事なものだからだ。
世界最強の称号などよりも、はるかに千冬を強くするものだからだ。
「だから、あのとき試合を放棄したことは後悔していない。私は今でも自分は強いと思っている」
さすがに世界最強などとは思っていないがと苦笑する千冬をラウラは不思議そうに見つめる。
「私よりたくさんのつながりを持つ人はいる。なら、その人のほうがずっと強い」
「……わかります」
「でも、決して自分を弱いとは思わない。大事なつながりを守ることができたのだから」
ただ誤解しないでほしいと千冬はラウラの頬に、まるで赤子の肌を撫でるように優しく触れた。
「弟とのつながりだけじゃない。ラウラ、お前とのつながりも私を強くしてくれるんだ」
「本当ですか?」
「当然だ。お前とのつながりが切れてしまったら、私は弱くなってしまうよ」
私を、私の強さを形作る大事なつながりの一つなんだと千冬がいうと、ラウラは胸が温かくなってくるのを感じる。
「だから、私の強さに憧れてくれるというのなら、私のつながりを受け入れてほしい」
無論、お前のつながりを私は受け入れるよと、千冬は続ける。
すべてのつながりが正しいというわけではない。
ただ、誤ったつながりは正しいつながりを増やしていけば自然と切れる。
そうして、人は強くなっていく。
間違えながらでも、一人ではなく、みんなと生きていくこと。
ラウラにもそうあってほしいという千冬の言葉は、心に染み渡っていく。
「はい。私の大好きな教官は、あなたなのですから」
「ありがとう、ラウラ……」
少し頬を染める千冬に、ラウラは笑顔を返した。
それこそが、間違いなく自分たちのつながりなのだと感じたからだった。
聞いてみると、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムを組み込んだ首謀者とその一味は既に処分されているという。
ラウラはあくまで被害者ということではあるが、起動させてしまったために、謹慎と再教育の名目でIS学園の生徒として指導されることになっていた。
「ここにいてもいいのですか?」
「ちょっと無理をしてしまったがな」と、千冬は微笑む。
本来ならば実行犯になってもおかしくないのだから、自分のために必死に罪を軽減させてくれたのだろうとラウラは理解した。
「学べることはたくさんある。強くなれ」
「はい」
強くなれ、その言葉の意味を今なら理解できる。
大切な人たちを得て、たくさんのつながりを作っていけということだ。
そこでラウラはふと思いだした。
「トーナメントは?」
「1年の決勝は中止となってしまったよ。2、3年のトーナメントはもう終わっている」
どうやら眠り込んでいる間に何もかも終わってしまったらしい。
仕方ないこととはいえ、ラウラは言い様のない寂しさを感じていた。
そんなラウラを見て、千冬も何かを思い出したらしく口を開く。
「ああ。それとラウラ、お前のISだが」
「壊れてしまいましたね。仕方ありません」
「いや、お前を生徒にするために予備パーツで組んであるのだが、コアが……」
「さすがにコアの予備は……」
世界に467個しかないのだから、ラウラ一人のために持ってくるというわけにもいかないのだろう。
そんなことを考えていると、千冬はラウラの右手を指差してきた。
「いい加減、離してやってくれないか。このままでは完成しない」
「えっ?」と、気づけばずっと何かを握っていたらしい右手を布団の中から出すと、その手の中に、どこか優しい光を放つコアがあった。
「何故……?」
「どういう理由かはわからんが、無事だったらしい。とはいえ、取ろうにも握ったまま離そうとしないのでな」と、千冬は苦笑する。
ラウラもなんだか恥ずかしくなってしまう。
コアを受け取った千冬は、事後処理とラウラのシュヴァルツェア・レーゲンを完成させるためといって立ち上がる。
「今は休んでおけ。あと、クラリッサたちが心配していたぞ」
そういって枕もとの通信機を指すと、千冬は医務室を出ていった。
医務室を出て、まずは整備課かと呟きながら千冬が歩いていると電話が鳴った。
ディスプレイに表示された名前を見て一つため息をつき、人気のない場所に移動する。
「はい、おりむ」
「ちょっとちーちゃ~んっ、データが見つからないんだけどぉっ!」
「まず名を名乗れ」
そういってまたため息をつく。電話の相手は千冬の幼馴染みだった。
「全世界のデータベース漁っても一個も見つからないんだよぉっ、そっちにないぃっ?」
「ハッキングは犯罪だぞ。追われている身であることを理解してるのか?」
「捕まるよーなヘマしないもーんっ、それよりデータないぃ?」
いっても無駄かと三度ため息をつく。自分の幼馴染みは昔からそうだった。
どう考えても余りある才能を無駄遣いしているとしか思えないのだ。
もっとも今回のことにかかわりはないらしい。一夏の戦いを傍観していたのだろう。それだけでもマシかと千冬はため息をつく。
「こっちにもない。画像データすら残ってないな。全世界のデータベースを一時間もかからずにクラッキングするとは恐ろしいクラッカーだ」
そもそも、お前は独自にデータを取っていたんじゃないのかと、幼馴染みを問いただす千冬だが、憤っているらしく、怒鳴るように答えてくる。
「私のところもやられたのっ、何とか動画だけは守ったけど解析データは全滅だよっ!」
(やりすぎですよ、博士……)
実のところ、誰がやったのかは理解しているが、名を出さずにおく。
幼馴染みと博士が出会ったら、とんでもないことになると理解しているからだった。
「これではあの事件について調べることもできんか。覚えておくしかないということだな」
「ホントにないの?」
「一つもない」
む~っ、という唸り声が聞こえてくる。そのうちに、は~っとため息をついているのが聞こえてきた。
「あとさ、ちーちゃん、あの事件のとき誰かと通信してたの?」
「どういうことだ?」
「監視モニター室がブロックされてて見られなかったんだけど?」
さすがにあのときの情報を知られるわけにはいかないので、こちらからもブロックをかけていたが、それ以上のブロックがかかっていたらしい。
「私のハックを止めるなんて異常だよ」
「お前、自分のことを異常だといっているようなものだぞ……」
とはいえ、言い訳は既に考えてあったので、すらすらと答えていく。
「通信はしていない。何しろ解析データを見てもさっぱりだから目視でアドバイスするしかなかったんだ、あの時は」
「そうなの?」
「だからブロックされていたとなると、クラッカーと同一犯と考えられるな」
監視モニター室をホストに、全世界のデータベースに同時にアクセスしてクラッキングしたのだろうと千冬は答える。
「まーいっか。動画見て推測しよっと。じゃね、ちーちゃん♪」
どうやら無駄に考えることはしないらしいと、幼馴染みはあっさり電話を切ってきた。
千冬が四度ため息をつくと、近づいてくる影に気づく。
「篠ノ之博士、ですか?」
声をかけてきたのは楯無である。
「更識。いきなり質問せず、まず声をかけろ」
と、自分の周りの非常識人に千冬はこめかみを押さえた。
「さすがにどこにも残ってませんか」
「性格の悪さは束以上だからな、あの人は」
とはいえ、今回の事件について知られるわけにはいかないのでありがたいのだが。
それでも動画を残したあたり、幼馴染みもさすがは『天災』といったところかとため息をつく。
そんな姿を見て楯無はクスッと笑う。
「幸せが逃げますよ」
「そう思うなら、少しは気苦労を減らしてくれ」
最近は胃薬が必要になる気がしている千冬だった。
身体を起こしたとたん、ズキッと左腕に痛みが走り、思わず顔をしかめるラウラ。
見ると点滴の針が刺さっていた。
それほど調子が悪かったのだろうかと思ったが、まだ中身が残っているようなので、そのままにしておいて通信機を取る。
「はい、こちらクラリッサ・ハルフォーフ」
「私だ」
「隊長っ、ご無事なのですねっ!」
その言葉でクラリッサたちが本当に自分を心配してくれていたことに気づき、再び胸が温かくなるのをラウラは感じた。
「心配させてすまない。身体はなんともない」
「一週間近く経つのですが……」
そうだったのかとラウラは驚く。
考えてみれば、トーナメントはすべて終わり、シュヴァルツェア・レーゲンも予備パーツで組み上がっているというのだ。
そのくらいの時間が経っていてもおかしくはないと、点滴の管を見ながら思う。
おそらく食事が取れない自分のために、栄養剤を打ってくれていたのだろう。
「大丈夫だ。今は本当になんともない」
「ならば安心しました。それでなのですが……」
ラウラが謹慎と再教育という処分を受けたことで、現在シュヴァルツェ・ハーゼはクラリッサが代理として隊長を務めているという。
通信は可能だが、ラウラはあくまでIS学園の生徒であり、予備役という扱いになるらしい。
「こちらに問題はありませんので、ご心配なさらず」
「そうか。ではそっちのことは」
「はい、気にせずにいてかまいません」
ここまでしてもらったことを考えると、千冬だけではなく、クラリッサも奔走してくれたのだろう。
世話になりっぱなしの自分にラウラは苦笑してしまった。
でも、こうしたつながりも強さを形作る一つというのであれば、今はクラリッサの優しさに頼っても問題ない。
そう思って、ふと気づいた。
いまだに寂しいと思う自分がいることに。
「どうなさいました?」
「わからない、ただ、寂しいんだ」
本当はその理由にも気づいているが、どうすればいいのかわからない。ゆえに、わからないとしか答えようがなかった。
「一つ一つ、お話し……。いえ、わからないなりに話してかまわないのよ、ラウラ」
以前、自分がシュヴァルツェ・ハーゼの隊員の一人だったころ、クラリッサが隊長だった。
そのころの優しい声でいってくれることが、今は素直に嬉しい。
「ありがとう、クラリッサ……」
寂しいのはトーナメントが終わってしまったからだ。
もう、共に戦えないのかと思うと心が苦しい。
あのとき、あのトーナメントにおける戦いは、間違いなくラウラにぬくもりを与えてくれていたのだから。
「それは、戦いが?」
「違う、私の、私だけのパートナーだった諒兵が与えてくれていた」
でも、トーナメントが終わってしまった以上、もうパートナーは解消されてしまっている。
せっかく生まれたつながりが切れようとしていると感じ、ラウラは寂しさを感じていたのである。
「もう一度、あいつと、パートナーになりたいんだ……」
もし、このとき通信機の向こうのクラリッサと画像通信を行っていれば、ラウラは気づいていたかもしれない。
だが、とりあえず声だけでも聞こうと思ったことが後の喜劇、もとい悲劇を生みだす。
「ラウラ、もう一度、リョウヘイ・ヒノとパートナーになる方法はあるわ」
「ほっ、本当かっ?」
「でも、そのためには人生を賭ける覚悟をしなくてはならないの。その覚悟はあるかしら?」
もう一度パートナーになれるというのなら、例え地獄のような戦場に行くことになろうともかまわない。
ラウラはそれだけの覚悟をもって叫ぶ。
「教えてくれっ、どんなことにも耐えてみせるっ!」
「わかったわ。よく聞いて」
そういって丁寧に教えてくれたクラリッサの言葉をラウラは信じた。
通信機の向こうで、目を光らせているクラリッサに気づくことなく。
翌日。
朝のホームルーム前の時間、一夏、諒兵、鈴音、箒、セシリア、シャルロット、そして本音が廊下で談笑していた。
「クラスにはもう慣れましたの?シャルロットさん」
シャルロットはトーナメントが終わってすぐに、『シャルル・デュノア』ではなく、『シャルロット・デュノア』として1年3組に編入した。
寮も既に別の部屋に移り、実は目を覚ませばラウラが同室になることが決まっている。
こうして会えるとはいえ、一抹の寂しさを感じた元クラスメイトとしては聞いておきたいと思い、セシリアは尋ねたのだ。
「うん、みんないい人だよ。僕の家の事情を説明したら仕方ないっていってくれたしね」
もともと社交的な性格のシャルロット。クラスが変わっても問題はないようだ。
今は普通に友人も増えてきているらしいが、その中でもここにいる面々は大事な友だちだという。
「口調は変えらんねえか」と諒兵が苦笑いする。
「そりゃそうよ。フランス語ならともかく、日本語これで覚えてるんでしょ?」
「でも、問題ないみたいだよ」
と、鈴音の言葉にシャルロットはそう答えた。
実際、男性口調でも、クラスメイトは普通に接してくれている。
「けっこう似た言葉遣いの女の人いるしな」と、一夏。
誰あろう、普段の千冬が厳格な鬼教官口調なのだから、問題があろうはずがなかった。
「直さないの~?」と本音が尋ねると、シャルロットは苦笑する。
「クラスメイトの中には僕っ娘ってジャンルもあるっていってくれてる人もいるし。このままでいこうかなって」
「……その子とは少し距離を置きなさいね」
いささか特殊な趣味の人間であることを鈴音は見抜いた。
「でも、女性であることを問題なく受け入れられたのは良かったよ」
「一夏が死にかけたけどな」
「笑いごとじゃなかったんだぞ。必死に逃げたんだからな」
シャルロットの言葉に諒兵が楽しそうに笑うと、一夏がジトっとした目で突っ込む。
シャルロットの素性について何も知らなかった箒が、女性であることを発表されたとたん、激怒して一夏に斬りかかってきたのだ。
危うく一夏は三途の川を渡るところだったのである。
「だっ、男女七歳にして席を同じゅうせずだっ、怒るのは当然だろうっ!どっ、同棲などとふしだらな」
「「同居だって言ってるだろ」」
と、一夏と諒兵が顔を真っ赤にしている箒の言葉に突っ込んでいた。
そう楽しく話していると、始業のベルが鳴る。
じゃあまた、といって全員はそれぞれのクラスに戻った。
生徒たちが席について待っていると、入り口から千冬、真耶、そしてラウラの順に入ってくる。
クラスがどよめいた。
「ボーデヴィッヒは昨日、目を覚ました。容態を考えて昨日は知らせなかったが、問題ないとの診断が出たので今日から授業に復帰する」
「ボーデヴィッヒさんは、これまでどおり1年1組です。仲良くしてあげてくださいね」
千冬と真耶の言葉に、ざわつくクラスメイトたち。
それも当然のことなのだが、何故かセシリアが立ち上がって声をかける。
「ご無事で何よりですわ。同じクラスですし、これからは共に勉学に励みましょう」
どうやら彼女なりに空気を読み、受け入れ態勢を作ってくれたらしい。
「一緒に頑張ろうな」
「これからはもうちっと笑えよな」
「よかったね~♪」
と、一夏、諒兵、そして本音も声をかける。
その声を聞いて安心したのか、ラウラはぎこちなく微笑み、そして頭を下げた。
「その、迷惑をかけてすまなかった。学校生活というものに慣れていないので、まだ至らぬところはあると思う。それでも良ければ、クラスの一員として頑張るので、その、できれば仲良くしてほしい」
そういって再び頭を下げたラウラに、生徒全員が拍手する。
ラウラがようやく1年1組に編入した瞬間だった。
そして、どうしても今いっておきたいといい、一夏と諒兵の前までやってくる。
「織斑一夏。お前の強さというものをあの戦いで知った。お前は強い。教官が誇る弟だと理解できた」
「いや、まだそんなレベルじゃないよ」と一夏は照れくさそうに笑う。
「だからこれまでの非礼を詫びたい。あと、許せとはいわないが、共にここで学ばせてくれ」
「ああ。こちらこそよろしくな、ラウラ」
そういって二人は握手する。
実にすばらしい光景が広がり、クラスも和やかに笑っていた。
「それと、諒兵」
「あ?」
「む、呼び捨てはさすがに気になるのか?」
「いいぜ、別に。俺もラウラって呼ぶことにするからよ」
さすがにトーナメントを共に戦い、それなりに心も通じ合ったと思うので、名前を呼び捨てるラウラを諒兵は素直に受け入れる。
「スマンがそこに正座してくれないか?謝りたいのと、あと挨拶があるんだ」
「ま、いいけどよ」と、そういって席の脇に正座すると、ラウラも同じように正座する。
「おいラウラ。土下座なら、する必要ねえぞ」
別にちょっと頭を下げる程度で十分だと思っていた諒兵はマジメに正座するラウラに声をかける。
しかし、ラウラはいつになく真剣だった。
「すまなかった。それと……」と、少し息をついてラウラは深々と三つ指をついて頭を下げる。
「不束者ですが、これからよろしくお願いいたします」
ガンッと諒兵は床に頭をぶつけてしまう。
それどころか、その場にいた全員が唖然としていた。
「ちょっと待てッ、なんだそりゃあッ?」
「挨拶だが?」
「そりゃ新婚夫婦のだろうがッ!」
するとラウラは「その通りだっ!」と、高らかに叫ぶ。
「私はあの戦いでお前とパートナーとして共に戦ったことを何よりもの喜びと感じたんだっ!」
しかし、トーナメントが終わればパートナーは解消される。
そこでクラリッサに相談して教えてもらったのが、二人で新たなるパートナーになること。
すなわち。
「お前が夫で私が妻っ、私たちは人生のパートナーっ、『夫婦(めおと)』になるのだっ!」
その宣言に、全員が盛大にずっこける。
「タッグパートナーからそこまで飛躍できるかッ!」
「問題ないっ!」
「問題しかねえよッ!」
自信満々のラウラの言葉に大声で突っ込む諒兵の肩がポンと叩かれる。
振り向くといい笑顔の一夏が、サムズアップしていた。
「お似合いだぞ諒兵」
「一夏てめえッ、人の不幸を楽しんでやがんなッ!」
「諒兵っ、いや『だんなさま』っ、一夏はいいやつだっ、祝福してくれてるぞっ!」
「笑われてんだよッ、てか『だんなさま』はやめろッ!」
かくして、その日のホームルームは大騒ぎとなったまま終了する。
真耶は大騒ぎのクラスを見て引きつった笑いを浮かべていた。
すると、どこかに電話をかけている千冬の姿が目に入る。
「ああ、私だ。アンネリーゼ、クラリッサを一発ぶん殴れ」
「かまわん。すべての責任は私が取る。心配するな」
「それと、今後は私の名代として、軍内部で馬鹿者どもが問題を起こしたら粛清しておけ」
そういって電話を切る千冬は深くため息をつく。
「織斑先生?」
「ラウラにはまず一般常識を教えるべきだった……」
そういってたそがれる千冬に、真耶は何もいえず、ただ乾いた笑いを浮かべていたのだった。
閑話「ラウラの(無駄に)有能な部下たち」
ラウラが教室で騒ぎを起こす前日。
音声通信で、シュヴァルツェ・ハーゼ隊長代理のクラリッサは隊長であるラウラの相談に乗っていた。
「ええ、そうするの。そうすれば永遠のパートナーよ」
「嬉しいわラウラ。元気になってくれて」
「頑張って。私たちもドイツから応援してるから」
その目は妖しく光っている。
明らかに状況を楽しんでいるとしか思えなかった。
そして、通信を切ったクラリッサに隊員が詰め寄る。
「どうでしたっ、おねえさまっ?」
「バッチリよッ、これでハッピーエンドの続きができるわッ!」
「やったぁーっ♪」と、全員が歓声を上げる。
ラウラの恋を応援するという名目で、人の恋路を見物するつもり満々のアホの集団であった。
その後ろで。
一人の隊員がむーっ、むーっと必死に声をだそうとしていた。
(隊長ぉーっ、遊ばれてるんですぅーっ、気づいてぇーっ!)
パイプ椅子に縛り付けられ、猿轡を噛まされている部隊唯一の常識人、アンネリーゼ・ブッケルであった。
もはや逃げ場がないと一人、アホの集団と戦う覚悟を決めていたのだが、クラリッサ以下、全隊員が無駄に有能なために拘束されてしまっていたのだ。
だが後年。
千冬の名代となったアンネリーゼがドイツ軍の影の総司令と呼ばれるほどになるとは、このときまだ誰も知らない。