ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第31話「恋するやじろべえ」

鈴音とセシリアが、シャルロットとラウラの部屋を後にして、自分たちの部屋に戻る途上。

セシリアのほうから話しかけてきた。

「シャルロットさんもいってましたけど、人との触れ合いが少ない分、人間関係をシンプルに考えるんですわね、ラウラさん」

「そうね。でも、そういうシンプルさが、今の私にはなかったわ」

「前進、しますの?」

「勇気もらっちゃったしね」

まさか恋敵に勇気をもらえるとは思わなかったけど、と、鈴音は微笑む。

「全部打ち明けてすっきりする。そっからがスタートよ」

「応援してますわ」

「ありがと、セシリア」

と、お互いに笑いあいながら、二人は自分たちの部屋に戻っていった。

 

 

そして翌日の放課後。

鈴音は一夏に話があるといって屋上まで呼びだした。

「悪い、遅くなった」といって現れた一夏の姿に、心臓が跳ね上がる。

そのままドキドキどころか、ドックンドックンと心臓が高鳴るのが聞こえてくる。

(国家代表との模擬戦だって、こんなに緊張しなかったわよっ!)

と、とりあえず誰かに文句をいっておいた。

今日は一人で一夏と向かっている。

これだけは誰にも助けを借りることなどできない。

揺れてしまっている今の自分の気持ちをはっきりさせないと、自分は前に進めないのだ。

だから。

「あ、あのね、一夏」

「どうしたんだ、鈴?」

首を傾げる一夏の表情を見ながら、一つ大きく息を吸い、そして吐いた。

(よしっ!)

「私は、あんたのことが、好き」

「えっ?」と、疑問の声を上げる一夏。

当然だろう、何しろ自分でも呆れるほど小さな、蚊の鳴くような声だったのだから。

 

「私はっ、あんたのことがっ、好きなのよっ!」

 

だから必死に声を絞り出して、鈴音は一夏に告白した。

その瞬間、一夏はフリーズした。

動きが完全に停止し、声すら出せない様子だった。

「一夏?」

 

うぉうっ、リンが勇気だしたっ!

 

どこからかそんな声が聞こえてきて、一夏はようやく事態を理解した。急速に脳が動きだす。

鈴音が自分のことを好きだといった。

つまり鈴音は自分のことを好きということだ。

すなわち凰鈴音は織斑一夏が好きだということだ。

織斑一夏のことを凰鈴音が好きだということだ。

 

イチカ、ループしてるから

 

ふとそんな声を感じ、意識をリセットする。

はっきりいってこんな状況を想像してなかった一夏は、どうしていいのかわからない。

一年以上前から悩んでいることの答えをこんな形で知ることになるとは思わなかった。

「あの……、迷惑だった?」

不安そうな鈴音の表情には見覚えがある。

あの日、夕焼けの中で見た、苦しそうな顔とよく似ていた。

幼馴染みであるはずだった自分が知らなかった、『知らないはずだった』その顔と。

「めっ、迷惑とかいってないだろっ!」

「い、一夏?」

「あっ、いや、ごめん。なんていうか」

これはチャンスなのかもしれない。

一夏には、ずっと胸の中にしまいこんできた悩みを打ち明けるための絶好の機会のように感じられていた。

今、打ち明けないと、鈴音に対してちゃんと答えることができないと一夏は直感する。

「鈴、怒らないで聞いてくれ」

「こ、断るならその覚悟もしてきたから」

「そうじゃない。俺、俺さ……」

不安そうに見つめる鈴音に一夏は打ち明ける。

 

「鈴が、諒兵の告白、断るところ、見てたんだ……」

 

あまりにも意外な一夏の言葉に、今度は鈴音のほうがフリーズしてしまう。

そうなると、一夏はずっと前から自分の気持ちを知っていたことになる。

「しっ、知ってたのっ、私の気持ちっ?」

(知ってて何もいってくれなかったのっ?)

そうだとしたら怒りたくなって当然だろう。

本当は一夏は知っていなければおかしい。

鈴音が小学生のときにいったのはそういう意味だからだ。

しかし一夏が極度といっていいほどの鈍感であることは理解しているので、わかっていないだろうなと思っていた。

しかし、諒兵の告白を断るところを見ていたというのなら、一年以上前から鈴音の気持ちを知っていたことになる。

だが、「そっ、そうじゃないっ!」と、一夏は必死になって否定した。

「俺が見たのは『好きな人がいるから、諒兵とは付き合えない』っていってたところだったんだ。だからずっと悩んでた」

「悩んでた?」

「鈴が、諒兵の告白を断るほど好きなやつって誰なんだろうって……」

その悩みを、一夏は共通の親友に打ち明けていた。

 

 

まだ一夏が中学生のころ。

忘れ物を取りに教室に戻ったとき、偶然、鈴音と諒兵の話し声が聞こえてきた。

扉の隙間からチラッと覗くと、一夏の許容量をオーバーするような場面に遭遇してしまった。

二人にはとてもいえず、一夏は逃げ帰るように走りだし、共通の親友の家に駆け込んだのだ。

一夏が正座したままそんな悩みを打ち明けてくるのを、五反田弾は呆れたように聞いていた。

一夏にとっても、そして諒兵や鈴音にとってもいい友人といえるのが弾だ。

何より友人関係においてうまくバランスをとってくれていたのが弾だということができる。

「で、何が不満なんだ、一夏?」

「だってさ、俺、諒兵いいやつだと思うぞ。なんで断ったんだろって思わないか?」

「じゃあ、鈴と諒兵が付き合ってればよかったのか?」

それはそれでなんだかモヤモヤするものがある一夏だった。

夕焼けの中、真剣な顔の親友と苦しそうに切なそうに頬を染める幼馴染みの姿を見て、なんだか取り残されているように一夏は感じたのだ。

二人とも自分の知らない顔をしている。

二人とも自分から離れていってしまいそうで、いやだったのだ。

「お子ちゃま」

「なんだよっ、お子ちゃまじゃないぞっ!」

と、呆れ顔でいってきた弾の言葉に必死に反論する。

だが、弾はばっさりと斬り捨てた。

「まずな、お前、諒兵に気持ちが傾きすぎだ」

「親友なんだから当然だろ?」

「じゃあ、鈴の気持ちはどうなる?」

そういわれてしまい、一夏は言葉を失ってしまう。

「鈴にしてみれば、諒兵の気持ちを断らなきゃならないほど、好きなやつがいるってことだ」

「断らなきゃならないほど?」

「断ってるときの鈴の様子どうだった?」

正直、思いだすと顔が熱くなってしまうのだが、一夏は必死に思いだす。

苦しそうな、切なそうな、そんな『女の子』の顔をした鈴音。

正直にいえば、ドキッとしてしまったのだ。一夏ですら。

「何もいい加減に断ったわけじゃない。お前よりずっと辛かったはずだ。諒兵がいいやつなのはあいつも知ってるしな」

でも、それ以上に好きな人がいるのなら、どうしようもない。

鈴音の気持ちの問題だと弾はいう。

「それじゃ、どうすればいいんだよ」

「どうすることもできないだろ。鈴と諒兵の間じゃ答えは出てるんだし」

だから、お前もそのままでいいと弾はいう。

変に諒兵の後押しをしたり、鈴音を問い質すべきではないと。

「変なことしやがったら、お前とは絶交だ。鈴や諒兵ともそうさせる」

「なっ?」

「だから、悩むのは仕方ないとしても、二人の間に変なちょっかい出すな」

そういった弾に、一夏は反論することができず、鈴音が好きな人について、ずっと悩むことになった。

 

 

一夏の話を聞いていた鈴音としては、共通の親友の言葉に感謝せざるを得なかった。

そんな鈴音に対し、一夏は今の自分の思いを吐露してくる。

「だから、俺、ずっとどんなやつかなって悩んでて、そうしたら中国に帰っちゃっただろ、鈴」

「うん」

「答えが出ないまま、これっきりなのかなって思いもしたけど……」

どこか安心してもいたと一夏は打ち明ける。

ゆえに、鈴音がIS学園に編入してきたときには、実のところ二人に何度も聞こうと思って、そのたびに弾の言葉がちらつき、思いとどまっていたのであった。

「そうだったんだ……」

「鈴の気持ち、正直にいえば嬉しい」

「ほんとっ?」

「でも、鈴と、恋人とかそういう関係に今すぐなれるかっていわれると、自信ないんだ」

今は、みんなと一緒に楽しく笑っていられる関係が一番好きで、一番大事だった。

それ以上に、このままなんとなく鈴音と付き合うのは違うと一夏は感じていた。

「だから、付き合うとかそういうことができる自信、ない。今はまだ、今のままじゃ、……ダメか?」

そう必死に訴えてくる一夏の顔を見て、鈴音はペタンとへたりこんでしまう。

「おい鈴っ?」

「あはは、安心したら腰が抜けちゃった」

「安心?」

そう尋ねてきた一夏に、鈴音は今の正直な気持ちを打ち明ける。

どっちつかずの恋心に悩む、今の気持ちを。

「あの告白がきっかけだったのよ。諒兵のこと、そう見るようになったのは。でも、やっぱり一夏のことも好きで、前に進むためには、どこかでリセットしなきゃって思ってて」

「鈴……」

「だから、この先どっちに傾くか、私にもわかんない。自分でもひどいなって思うけど」

それでも、それが今の鈴音の正直な気持ちで、今のまま、ふとしたきっかけで傾いてしまったほうを選ぶことだけはしたくなかった。

だから本当は待っていてほしいのは鈴音のほうだった。

だからといって、他の子が何も知らない一夏に迫ってきたなら嫉妬して強引に迫ってしまうかもしれない。

今、ラウラが諒兵に迫っているからこそ、余計に気になるようになっているのだから。

でも、そんなきっかけで、対抗するような気持ちで相手を選びたくなかった。

だから、まず自分の気持ちを確かめるために、一夏に告白したのだ。

やっぱり一夏なのか。

本当は諒兵なのか。

それともゆらゆら揺れているままなのか。

「三番目なんだからどうしようもないわね、私」

と、そういって鈴音は苦笑いを見せる。

でも、一夏もそれでいいような気がした。

みんなが自分だけを好きでいてくれて、自分は適当に相手を選ぶなんてこと、絶対にしたくなかったからだ。

「なら、ここからスタートだ。思ったよ、もっと強くならなきゃなって」

「そうね。私、強い人に魅力感じるのかも」

だから、自分に選ばせるくらい魅力的になってほしいと鈴音がいうと一夏は頑張るからなと笑顔を見せたのだった。

 

だいぶすっきりとした様子で、一夏と鈴音は屋上を後にする。

「でもさ、ゆらゆら揺れてるって、あれみたいだな」

「あれ?」

「昔のおもちゃを特集したテレビで見たんだけど、確か『やじろべえ』だったかな?」

中心に支点となる三角錐があり、両脇に錘があるという、つんと触れるとゆらゆらと揺れる人形のようなおもちゃのことである。

「なによ、『恋するやじろべえ』?もうちょっとマシな例えないの?」と、鈴音が普段の調子で笑う。

その表情に、普段の空気が戻ってきたことを感じた一夏は安心した。

「でもそんな感じだろ?」

「そうだけど、一夏のこと好きってようやく告白したのに、やじろべえ扱いじゃ、なんかなあ♪」

「それじゃ、こっちに傾いてくれるように頑張るか」

「頑張ってよね♪」

そういって笑いながら歩いていく二人の姿を、物陰から呆然と箒が見つめていた。

 

 

その日、夜も更け、そろそろ深夜という時間帯になったころ。

ベッドに横になったまま、一夏は諒兵に声をかけた。

今日、鈴音に告白されたことを打ち明けるために。

それは大事な決意をするために必要だと思ったのだ。

「そっか。鈴、いったんだな」

いずれ来るとはわかっていても、どこか辛いものはある。それでも諒兵は鈴音の勇気を否定したくなかった。

「知ってたんだな」

「はっきりそういわれて断られたからな」

全部を聞いていれば、好きな人が自分であることも知ってしまったのだろう。

逆にそうでなくてよかったと一夏は思う。

鈴音の口から聞けたからこそ、真剣に向かい合えるからだ。

「どうすんだ?」

「ん?」

「鈴はいい女だと思うぜ」

付き合うのかと聞いているのだと気づき、一夏は鈴音の正直な気持ちを伝えた。

無論のこと、鈴音には既に了解を取ってある。

「俺の告白、無駄じゃなかったのか」

「でも、それでもまず俺に告白してくれた。その想いは嬉しいと思ってる」

だから、今の、強くなった鈴音が魅力的に感じてくれる、もっと強い男になるんだと一夏は決意していた。

とはいえ、最終的にどうなるかなどわからない。

一夏も、ひょっとしたら鈴音ではなく別の女の子のことを考えるようになるかもしれない。

「でもさ、鈴が好きになってくれたのに、情けない男になるのだけはいやだからな」

一夏の場合、箒という相手もいるのだが、さすがにここでいってしまうのは鈴音にも箒にも悪いので諒兵は黙っておくことにした。

「なら、俺ももっと強くなって、鈴を完全にこっちに振り向かせて見せるぜ」

「負けないぞ」

「負けねえよ」

そういって、一夏と諒兵は笑い合う。

お互いにやるべきことがはっきりしているために、真剣に、そしてある意味では気楽にやっていけることがわかったからだ。

 

そこでふと、今日はやけに静かであることに気づき、一夏が尋ねかける。

「今日はラウラは来てないんだな」

「ああ、あいつなら……」

そういって沈黙すると、何故かすよすよという幸せそうな寝息が聞こえてきた。

「……俺の腹の上で熟睡してやがる」

諒兵がどこか情けなさそうにそう答えると、痛いほどの沈黙が、その場に訪れた。

「もう、結婚しちゃえよ……」

「ぶっとばすぞ、てめえ……」

そんな男二人の情けない呟きが、夜更けの暗い部屋に静かに響いたのだった。

 

 

 

 




閑話「乙女心の危機感」

翌日の夜。
鈴音は告白の結果の報告でセシリアの部屋を訪れていた。
シャルロットも気になっていたので一緒にいる。
セシリアのルームメイトは用事があるとかで外しているらしい。
「でも、よく頑張ったね、鈴」と、シャルロットが微笑みながらいうと鈴音は少し疲れた様子で呟いた。
「もー、一世一代の大勝負した気分よ」
「でも、その甲斐はあったのでしょう?」
という、セシリアに言葉に苦笑いを返す。
全部打ち明けることができて、なお、今の関係を維持できるのは、一夏の性格もあるだろうが、本当に運がよかったということができる。
そういう意味では、大勝利だ。
「これできっちり再スタート。勝負はこれからって思えるのはやっぱりいい気分ね」
「ありのままで強くなれるというのはいいことですわね」
「そうだね。変に悩んじゃうといろいろとマイナスになってくし」
セシリアにしても、シャルロットにしても、友人である鈴音が悩み続けているのは心配だったため、普段の調子を取り戻してくれたのは素直に嬉しい。
とはいえ、よく勇気を出すことができたなとも思う。
恋愛関係にはとことん初心で奥手な鈴音だけに、中途半端に終わってしまうことも危惧していたのだ。
「そうね。諒兵に迫ってたのがラウラじゃなかったら、もうちょいのんびりしてたかも」
「ラウラさんのことをそこまで強敵と思ったのですか?」
「まあ、あのときのラウラを見ると、強敵と思うのもわかるけどね」
ふざけて夫婦宣言したわけではなく、マジメに諒兵と向き合っているラウラのことを思いだす。
確かに納得はいくのだが、もともと自分に告白までしてきた相手が簡単になびくと思ったのだろうかと二人は疑問に感じた。
「だって、諒兵って……」
「何かあるの?」と、セシリアとシャルロットが首を傾げると意を決したように鈴音は告げた。

「絶対ちっぱいスキーだもん」

そういって自分の慎ましやかな胸を見る鈴音。
何故か室内にひゅーという風が吹いた。
「確かに、強敵ですわね……」
「切実な問題だったんだね……」
諒兵と夫婦宣言をしたラウラの容姿を思いだし、セシリアとシャルロットはそう静かに呟いた。


「ぶぇっくしっ!」と、諒兵は突然くしゃみをしてしまう。
「風邪か、だんなさま」
「それはやめろ。ま、季節の変わり目だしな」
誰か噂でもしてるのかとも思ったが、梅雨寒で身体を冷やしたのかと納得した。
「風邪には焼いたネギを首に巻くといいというぞ。今度ネギを買ってくる」
「ラウラ。お前どこでそんなおばあちゃんの知恵袋ネタ仕入れてきた?」
得意げに話すラウラに諒兵は突っ込みを入れていた。




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