期末試験も終わり、IS学園も一気に夏休みへ向けて空気が緩んできた。
一夏と諒兵は何とか赤点は免れたため、二人とも揃って臨海学校には参加することになった。
課外授業とはいえ、海である。
そしてIS学園は基本的に女子校である。
獣の本能か、恐怖心か、絶対に面倒ごとに巻き込まれることになると察知した二人は、速攻で水着を買いに行った。
そして女性陣が水着を買いに行くといいだしたときは、自分たちのほうから休日に合わせ、臨海学校に向けて機体チェックを受けるから無理だと避けた。
機体チェックは、特に一夏と諒兵は必須で、しかも長時間拘束されるため、仕方ないかと女性陣のみで買い物に向かってくれた。
今、二人は『白虎』と『レオ』を纏い、専用の整備機に二人して身を預けている。
他のものと違い、『白虎』と『レオ』のために作られた整備機は四十五度くらいの角度で傾けられているからだ。
完全に真横にすることもできるようになっている。
装着していなければ整備できない機体ゆえの不便さも、今の二人にとってはありがたいものだった。
「こうしてじっとしてるのも久しぶりだなあ」
「何事もねえのが一番だぜ……」
すっと差しだされたお茶を飲み、枯れた老人のように呆けている一夏と諒兵だった。
そしてようやく二人とも「ん?」と気づく。
「生徒会長じゃねえか」
「あ、この人がそうなのか」
「諒兵くんはお久しぶり。織斑くんは初めましてね。IS学園生徒会長、2年生の更識楯無よ。よろしくね」
久しぶり、どうも、とそれぞれ返事をした二人は、チェックの様子を眺めている楯無にどうしたのかと尋ねかける。
「ううん、たいした理由はないの。ただ、白虎とレオをこうして間近で見る機会はそうないし」
ちょっとした興味かしらね、と楯無は軽くウィンクする。
「やっぱ珍しいのか?」
「確かに他の機体とはだいぶ違って見えるけどな」
と、鈴音やセシリア、ラウラやシャルロットの機体を思いだす二人。
「鎧みたいなフルスキンの機体は確かに珍しいわね。ただ、昔はそうでもなかったみたいよ。何より最初のISと呼ばれる白騎士がほぼフルスキンだったし」
楯無のいうとおり、ISが世に出ることになった白騎士事件でのIS『白騎士』はほぼフルスキンだった。
しかもフルフェイスであったため、操縦者が誰だったのかはいまだに判明していない。
「白虎とレオは先祖返りしたのかもね」
「それじゃ、今のデザインは?」と一夏が尋ねる。
はっきりいって、今のISはかなり露出している部分が多い。
目のやり場に困るようなデザインをしていると思えるのだ。
「IS操縦者、それもモンド・グロッソに出られるレベルになると一種のアイドルなのよ。当然、ファンサービスも必要になってくるの」
実際、イギリスの代表候補生であるセシリアはグラビアモデルをしていたという。
つまり、多少なりと見た目も気にされるということだ。
「強いだけじゃもの足りねえってか」
「そういうことね」と、見た目も十分アイドルレベルであるロシアの国家代表の楯無はクスッと笑った。
そして。
「それじゃ質問。諒兵くんや織斑くんは強いだけの人ってどう思うの?」
「強い、だけ?」と、そう問われて、二人とも悩んでしまう。
もっとも、返ってきた答えは楯無が思っていたようなことではなかったらしく、彼女は少なからず目を見張った。
「漠然としすぎてねえか?」
「力だけっていうなら否定するけど、強さってそういうものじゃないと思う」
「あら。それじゃあ『強さ』ってなあに?」
「自分の心に、揺るがねえ支えがあるってことだな」
「自分を支えてくれる、確かなものがあるかどうか」
二人はほぼ同時にそう答えた。
楯無はかつてそう答えた人物を知っているだけに、思わず優しく微笑んでしまう。
「かたちは様々だろうけどよ」
「友だちでも、好きな人や家族でも、大事な物でもいいと思う。ただ……」
「ただ?」
「「それを思い浮かべたときは、絶対に負けない」」
そう答える一夏と諒兵は、間違いなく強いと楯無は思う。
だからこそ、二人はライバルで親友なのだろう。
そう思うと、本当に素敵な関係だと楯無には思えた。
「そういうのを思う強さで負けちまったら、立ち上がれなくなっちまうからな」
「そういうものに縋るんじゃなくて、倒れても背負って立ち上がれるんなら、きっと強い人だと思う」
「そして、そういう人は決して力だけが強い人ではないわね」
楯無がそういうと二人は驚いたように目を見張る。
でも、それは間違いなく望んでいた答えで、ゆえにそういわないでいることはできなかった。
それじゃあ、と、そういってもう一つ楯無は尋ねてくる。
「強い人?」と、一夏と諒兵は再び首を傾げた。
「あなたたちが強いと思う人を一人だけいってみて」
そういわれて悩んだ二人は、「やっぱりあいつかな」と一人の名前を出す。
強いというならいくらでも思いつく。
千冬は筆頭に来るし、一夏と諒兵の兄貴分は間違いなくそのカテゴリに入る。
今、一緒にIS学園で学ぶ仲間たちもそうだろう。
ただ、自分たちが思いつく中で確かに強いと思う、いや思ったのは一人だった。
「弾?」
「五反田弾、俺らのダチだ」
「諒兵と同じで中学のときに知り合ったんだけどさ」
正直にいえば、楯無にとっては想定外の名前だった。
まさか中学時代の友人をだしてくるとは思わなかったのだ。
それなりに一夏と諒兵とつながりのある人間を知っている身としては。
「二人が強いっていうと、ケンカなんかも強そうに感じるけど」
「弾は本当にケンカ強いぞ」
「暴力的だと女にモテねえからって、女の前じゃ滅多にケンカしねえけどな」
はっきりいえば自分たちと同レベルでケンカできると一夏と諒兵は告げる。
一夏と諒兵の二人と親しい友人というなら御手洗数馬もそうなのだが、彼は基本的にインテリだった。
ケンカはできないが優秀な軍師タイプで、一度だけケンカで四人で組んだときは圧勝してしまったという。
だからといって数馬が弱いと思っているわけではなく、一夏や諒兵にとっては別方向で強いということなので、この場では弾の名前を出したのだという。
「それなら相当ね」
「数馬も不良扱いされるの嫌って、ケンカには顔ださねえけどな」
「問題児扱いされてたのは、俺と諒兵と弾の三人だったかな」と、一夏が苦笑いを見せる。
ただ、強いという理由は別にケンカが強いからではなく、一夏と諒兵が始めて大ゲンカしたとき、つまり友人になるきっかけとなった事件で、二人を止めたのが他ならぬ弾だった。
「あの野郎、人の顔に蹴りくれやがったし」
「俺はうしろ頭蹴られたんだぞ。馬鹿になったらどうするんだって文句いったっけ」
諒兵が笑ってそういうと、一夏も笑いながら後に続ける。
ただ、そのとき自分たちに向かって弾はこういったのだ。
「馬鹿同士気が合いすぎだッ、こっちの迷惑も考えろッ!」
これ以上やるならまとめて蹴り飛ばすとまでいったのだ。
弾は蹴り技に関しては一夏と諒兵も認めるほどの実力があった。実は南米ブラジルで有名なカポエイラをベースにした蹴り技を覚えているのだ。
なんでもダンスする姿が女にモテると誤解しているらしい。
また、定食屋の息子なので「手をケンカには使わないためだ」と、有名海賊マンガのコックのようなことをいうのが弾である。
「ホント、男の子が弱くなったなんてウソね」
と、楯無は一夏と諒兵の交友関係に、古き良き少年的な強さを感じて、クスクスと笑っていた。
一夏と諒兵がのんびり機体チェックをしながら、楯無と話をしているころ。
IS学園からモノレールで移動できる場所にあるショッピングモールにて。
「鈴音、こちらの戦力不足はいかんともしがたいな」
「いわないでいいのよ、ラウラ」
鈴音とラウラの視線の先には、見事なパトリオットミサイルを配備しているセシリアやシャルロットがいる。
水着姿だけに、その破壊力はすさまじかった。
こなた、艦載機のない空母のような二人。
「今ものすごくイラッとしたわ」
「奇遇だな。私もだ」
そんなことをいっている二人はある物を見つけてしまう。こういった方面の知識が少ないラウラが鈴音に問いかけた。
「鈴音、あれはなんだ?」
「……ラウラ、あれを手にしたら負けよ」
「何?」
「あれを手にしてしまったら、私たちは一敗地に塗れるかのごとく惨敗するわ」
そして二度と立ち上がれない。
一夏の前にも、諒兵の前にも立つことができなくなると鈴音は真剣な眼差しで告げる。
「それほど恐ろしいものなのか……」
「そうよ。決して手にしてはダメ。私たちはありのままで勝負するのよ」
そんな二人の視線の先には『入れるだけで胸ふっくら。天使のパッド』と書かれた宣伝文。
要するに胸パッドがあったのだった。
ふと視界の端に、楯無と似た髪の色を見た諒兵は、逆に尋ねかける。
「そういや、生徒会長のISってどんなんなんだ?」
「あら、知らないの?」
「名前くらいかなあ、山田先生が教えてくれて、確か『ミステリアス・レイディ』だったっけ」
正確にいえば、以前ティナを含めた昼食で話したとき、ロシアの機体のフルスクラッチとは聞いている。
それらのことを打ち明けると、楯無は答えてきた。
「さすがに機密というか、そう簡単にはいえないこともあるわ」
「てか、第3世代機なんだろ、作ったってマジか?」
「あっ、そうか。生徒会長が作ったってことになるのか。ロシアの国家代表なんだし」
ふふっと笑うと、楯無は否定してきた。
「ベースもあるし、何より第3世代兵器に関しては、設計図をもらえたのよ」
「もらえた?」と二人して首を傾げると、さらにクスッと微笑む楯無。
「知り合いというか、知り合った人がIS関係者の中でもけっこう有名な科学者でね。変わり者らしくて、欲しいならくれてやるっていわれてもらったの」
そんなこともあるのかと思った二人だが、話をじっくり考え直してみると、おかしいと気づく。
太っ腹どころの話ではないからだ。
「……変じゃねえか?」
「第3世代機って今は試験段階が多いっていわれてるような……」
「もしその人が普通に売ったとしたら、設計図でも数百億の価値はあるでしょうね。だからいったでしょ、変わり者だって」
さすがに一夏と諒兵でもポカンと口を開け、唖然としてしまう。
数百億で売れるものを、欲しいといった女の子にあげるのだから桁違いの太っ腹ぶりだ。
「世の中にはマジで変わったやつがいるんだな」
「会ってみたいなあ。なんか面白そうな人だ」
「そうね、面白い人よ。あなたたちとは気が合うんじゃないかしら」
「「どういう意味だよ」」
と、思わず突っ込む二人を見て、楯無はクスクスと笑う。
失礼な意味ではないといってはいるが、やはり彼女は人をからかうのが趣味らしいと二人は感じた。
一方。
ショッピングモールにいる鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四人は。
「先生がたも水着をお買いに?」と、セシリアが尋ねかけたのは、千冬と真耶だった。
「私は着る気などなかったのだが」
「自由行動もありますし、少しくらい遊んでもいいと思いますよ」
仕方なさそうに試着する千冬と、どこかうきうきとした様子で試着している真耶。
さすがIS学園の教師である二人は見事なICBMを配備していた。
「すごいなあ、可愛い水着にして正解だったよ」と、シャルロットは苦笑いしている。
実のところ、まったく関係ない話をしているわけではない。例え話ということである。
「鈴音、私は教官を尊敬している、尊敬しているのだが……」
「諒兵オンリーのあんたはまだいいわよ……」
一夏なんかあの人と暮らしてきたんだから、と、呟く鈴音、そしてラウラは膝を抱えていた。
千冬を神聖視していたころに比べ、対抗心が芽生えたのはラウラにとっていいことではあった。
さらに、今度は一夏が楯無に質問する。
「どうして、か?」
「いや、機体を作るくらいだから、開発者でも目指してるのかなって思って」
「う~ん、なんていうか……」と、いくらか逡巡した楯無だが、意を決したように答える。
「自慢のお姉ちゃんでいたいから、かな」
思わぬ答えに二人は驚く。
ただ、そう答えた楯無は、少し寂しそうな表情を見せた。
「やっぱりね、お姉ちゃんがダメな人だと、妹や弟は恥ずかしいでしょ?」
「まあ、そうかもしれないけど」と、千冬の弟である一夏は答える。
「だから、どんなことでもできなきゃって思うの」
それは違うのではないか、と一夏と諒兵は思う。
楯無は『自慢のお姉ちゃん』というものを誤解しているのではないかと感じたのだ。
「自慢の姉ちゃんは、完璧な姉ちゃんじゃねえだろ?」
「えっ?」
「どんなことでもできるんじゃなくて、好きだから自慢したくなるんだと思う」
一夏は弟という立場だけになおさらそう思う。
千冬は世界最強の称号を持つが、決して完璧ではない。
弟という立場で見ると、けっこうダメな部分もある。
それでも一夏にとって千冬は『自慢のお姉ちゃん』だ。
「ダメな部分もひっくるめて、好きだから自慢したくなるんだよ。少なくとも俺はそうだしさ」
「そう、なの?」
「嫌いだったら、完璧だろうが自慢しねえと思うぜ」
それは楯無にとって、ある意味では救いとなる言葉だった。
本当はどうすればいいのかわからないまま、妹の簪との間にできた溝に悩みつつ、より完璧になろうと努力してきた。
でも、それよりも大事なことがあるのだとしたら。
「ダメな部分あってもいいからよ、弟や妹が好きなこと、しっかり伝えりゃいいんじゃねえか?」
「そうすればきっと弟や妹はお姉ちゃんを自慢したくなるよ」
「ありがとう。本当にあなたたち、素敵ね」
それじゃね、といって楯無は立ち去った。
心なしか、彼女の足取りは軽くなったように一夏と諒兵には見えていた。
休日はだいたい整備課で機体制作に勤しんでいる簪だが、今日は珍しい客がいた。
一夏と諒兵のISは装着したままチェックを行うので、作業しようかどうか悩んだ簪だが、そこに楯無がきたので思わず隠れてしまう。
どうやら二人と話をしにきたらしく、他愛ない話をしているなと思ったが、最後に聞いてしまったことは、簪にとって衝撃だった。
専用機に関してはトーナメントのときに諒兵がいったことことそのままだった。
正確には一から作ったわけではなく、設計図など人を頼って作られたものだった。
つまり、何でもできるわけではなく、何でもできるように頑張っているだけだ。
しかも、その理由は……。
(お姉ちゃんは、私のために……)
自慢のお姉ちゃんでいたいからといった楯無の顔は少し寂しそうだった。
それが少し悲しいと簪は思う。
何でもできる姉にコンプレックスを抱いていたが、楯無がそうしていたのはある意味では自分のためだ。
そんな姉に何をいえばいいのだろうと簪は悩む。
無理に何でもできる人にならなくてもいいというのはどこか違うように思える。
その言葉を簪は理解していて、それでも見つけることができずにいた。
閑話「会長と(苦労人の)メイド様」
生徒会室にて。
楯無はキリリとした表情で布仏虚にこれからの活動方針について話していた。
「というわけで、これからは私のダメな部分をアピールしていこうと思うのっ!」
主に、簪とどう仲直りするかという活動である。
この時点で既にダメ人間だろうと思うのは別に間違いではないはずだと虚は思う。
「そうですか。それではそのようにいたします」
「わかってくれるのっ?」
「はい」と、そういった直後、虚は楯無を見事な手際で椅子に縛り付けた。
「虚、これはいったい何かしら?」
「サボるから後をよろしく頼むという意味と捉えましたが、生徒会長」
そんなつもりでいったのではない。
決してそんなつもりでいったのではないと楯無は訴える。
ただ。
「仕事をサボりがちな自分を見せてっ、簪ちゃんに親近感を持ってもらうのよっ?」
「サボる気満々ですね」
「それはあくまで方法であってっ、決してサボりたいわけじゃないのっ!」
どう違うのだといいたい虚である。
聞く限り、織斑一夏と日野諒兵は実にいい話をしてくれたと思う。
しかし、その話を聞いたのが楯無なのが問題だ。
「自分に都合よく解釈しないでください」
「そんなつもりじゃないのにぃーっ!」
どれほど必死に訴えたところで、サボろうとしていることとなんら変わりのない楯無と、頭の痛い虚だった。