ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第34話「博士」

窓の外に水平線が見えてくると、否応無しに心が浮き立ってくる。

陽光に輝く海原は、さながらダイヤモンドを散りばめているようで、見るものを楽しませてくれる。

IS学園の1年生は今、各クラスごとに臨海学校に向かうバスの中にあった。

「この時期に海じゃ、人でごった返してんじゃねえのか?」

と、諒兵が疑問を述べる。

七月も半ばという時期なので、まさに海水浴シーズン。

人がいないと思うほうがおかしいだろう。

だが、そうではないとセシリアが説明してきた。

「一つの浜を沖合いまで借り切っているそうですわ。国家機密にかかわるものがありますから」

「金があるなあ」と、呆れ顔の一夏。

「IS学園は日本だけじゃなくて、各国から補助金出るからね~」

と、本音が付け加えたように、IS学園は世界各国から補助金が出ている。

あくまでISの開発者である『天災』篠ノ之束が日本人なので日本に置いただけで、日本の学校ではないのだ。

実は教職員もかなり国際色豊かであったりする。

千冬はブリュンヒルデだから当然のことなのだが、真耶がIS学園の教師ができるのは、日本の代表候補生の中でも指折りの実力者だったからである。

「国に帰れば優秀なIS開発者というかたともいると聞きますわ」

「贅沢な環境だぜ……」

エリート校と呼ばれるのは伊達ではないと諒兵も呆れ顔になった。

 

そういえば、とふと思いついた諒兵は、セシリアにあることを尋ねてみる。

「有名なIS開発者?」

「ああ、どんな人がいるのか知りてえんだ」

「あ、俺も知りたい」と、一夏まで乗ってくる。

実のところ、楯無がいった変わり者の科学者について知りたいのだが、名前を知らないので調べようがないのだ。

説明するまでもない『天災』篠ノ之束はともかく、それ以外の開発者というと有名人は意外と少ないらしい。

「どうしても企業が抱えてしまいますから」

「そりゃ、引っ張りだこだろうしなあ」

「雰囲気的にゃ、そんな感じじゃねえらしいんだけどな」

しかし、一つだけ思い当たるものがあるらしく、本音が口を挟んできた。

「どんな人なんだ?」と、一夏。

「名前は知らないけどフリーでやってる人で~、億単位でお金積まれても決して入社しないで企業とは全部短期契約でやってるんだよ~」

そういうとセシリアも思いついたらしい。

名前ではなく、変わり者で有名な科学者として噂の人物だと話してきた。

「私の国や中国の第3世代機にアドバイスしてらっしゃるそうですわ。ドイツも改良でアドバイスしたとか」

「一気に全部載せられないからって~、その国にあった兵器を教えてるみたい~」

それだけのことができるなら、はっきりいって各国が探していてもおかしくないだろう。

そういうとセシリアは肯いた。

「生活費から税金まで全部免除するから、国に永住して欲しいと漏らしていたのを聞いたことがありますわ」

「人気だなあ」と、感心する一夏だが、却って諒兵は疑問に感じた。

「てか、それで名前わかんねえのか?」

「みんなには~、『博士』って呼ばれてるんだよ~」

博士号という意味では何人もの科学者がいるが、IS開発関係で『博士』と呼ばれるのは、その人物だけだという。

『天災』篠ノ之束も博士ではあるのだが、その人物に対しては、ある意味では敬意が込められているのだとセシリアは説明した。

「聞いたことがある」と、そう言いだしたのはラウラである。

「IS開発者の中でただ『博士』と呼ばれるのはその人物だけで、あの『天災』よりも慕われていると聞いた」

「変わりもんっぽいけどよ」

「偏屈なのは確かなんだが、性格は陽気で人懐っこい人だと聞いている。だから人気も高いんだ」

『天災』篠ノ之束はまともに人と付き合おうとしない。

話ができる相手すら限られてくるだろう。

しかし、セシリアや本音、ラウラがいう『博士』は、人間的には人懐っこいらしく、そういった差別、区別はしないらしい。

そしてラウラは付け加えた。

「今は、確かアメリカの企業と契約しているらしい」

「そういえば、前に2組のティナが第3世代機が組み上げに入ってるとかいってたな」

「思いだしたぜ。しかしマジで変わりもんだな」

「シャルロットなら詳しいかもしれん。デュノア社長が『博士』にコンタクトをとったらしいといっていたことがあった」

なるほど確かに開発企業の社長なら連絡を取れるだろう。

しかもデュノア社はようやく第3世代機の開発をスタートしたばかりだ。

助言者としてきてもらえるだけでも助かると考えても不思議ではないと一夏と諒兵は素直に感心した。

一方。

(そんな人がいるのか……)

姉の尋常ならざる偏屈ぶりを知っているだけに、箒も『博士』には少なからず感心していた。

 

 

そして。

現地に到着した一行は、まず世話になる旅館、花月荘の女将に挨拶した。

さすがに噂の男性IS操縦者には興味があるらしかったが、注目されたくない一夏と諒兵としては、あいまいに返事をする程度にとどめる。

部屋はそれぞれに割り当てられており、一夏と諒兵は教員が泊まる部屋の隣となった。

「課外授業とはいえ、風紀は守らねばならん。夜中に忍び込まれてはたまらんからな。日野、前もって着ているTシャツをボーデヴィッヒに渡しておけ」

「おかしなこといってるって気づいてくれ。ちふ……織斑先生よ」

既に当たり前になっていることにどっと疲れた気分になる諒兵であった。

 

そして参加者全員を旅館内のホールに集めて整列させ、千冬が説明を始める。

真耶、そして何人かの教員が千冬の横に並んでいた。

「本日は自由行動だ。明日から課外授業に入る。今回の臨海学校の目的は、限定空間内以外でのISの運用について学ぶ」

「各クラス1チーム三人で沖合いにある岩礁まで飛行、チェックした後、海岸まで戻ってくるという訓練を行います。三日間の課外授業中、日によって指定ルートは変わりますので注意してくださいね」

「速さと正確さ、両方に気をつけるようにせよということだ。明日また説明するが、今日から念頭に置け」

「なお、専用機持ちは各チームの補佐と飛行ルートのチェックというかたちで一緒に飛んでもらいます。1組はオルコットさん、2組は凰さん、3組はデュノアさんです」

「4組は更識が不参加であるため、ボーデヴィッヒとなる。ラウラ、ちゃんとやれ」

「承知しました、織斑先生」

素直にそう答えたラウラに千冬は満足そうに微笑む。彼女の成長がうれしいらしい。

だが、そこで一夏が手をあげた。

「ち、織斑先生、俺たちは?」

「織斑と日野は海岸で待機。何か事故や問題が起きたときの遊撃部隊として動いてもらう」

「はい」「うす」

素直に返事した一夏と諒兵に対しても、千冬は満足そうに肯いた。

「では、解散。これより夕食まで自由行動だ。夕食は午後六時半からだ。遅れた者は飯抜きになるぞ。時間厳守で行動するように」

「はい」と生徒全員がそう答えるが早いか、一気に着替えて海岸へと向かうのだった。

 

 

たくさんの水着の少女たちが波間で戯れている。

さぞや、世の男性諸氏の目を引くだろう光景が広がっていた。

そんな中、現在のところIS学園における男性の代表である一夏と諒兵は。

「立てるか、一夏……」

「無理だ、もう……」

日差し避けのパラソルの下でそんなことをいっていた。

さながら瀕死の兵士のようである。

「目立たないようにしてきてるが不安だぜ……」

「何とか理由つけて学園に篭ってればよかった……」

この世の終わりのような顔で、ひたすら体育座りをしている男二人。

要するに自分の身体の一部の変化が心配で立てないのだった。

 

「なに暗い顔してんのよ♪」

「せっかくですし、泳いではどうですの?」

「みんなも遊んでるし、楽しもうよ」

「軍隊仕込みだが水泳は得意だ。一緒に泳がないか、だんなさま」

 

と、そこに聞こえてきた声に、男二人はすかさずクラウチングスタートの姿勢をとり、海へと向かって駆けだした。

「逃がすかっ!」

そう叫んだ鈴音はどこからか縄を取りだした。

彼女が放った投げ縄は、一夏と諒兵を一括りにして見事に捕まえる。

「明日の訓練ルートの確認しに行くんだぁーっ!」

「ついでに泳いで鍛えてくるだけだぁーっ!」

必死にじたばたと逃げようとする二人を鈴音とラウラが協力して引っ張る。

そこには可愛らしい水着を着た、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの姿。

世の男性が放っておかないだろう実に魅力的な姿である。

だが。

「あれ、あんま変化してねえ」

「……そうかっ!」

諒兵が首を傾げるのを見て、一夏が気づいた。

「ISスーツはデザインが水着に近い。訓練で俺たちは慣れたんだっ!」

「天は俺らを見放さなかったかっ!」

「やったぞっ!」と、腕を組み、勝利に快哉を叫ぶ二人。

そんな二人を見ながら鈴音が呆れたようにつぶやく。

「あんたら、そんな枯れてていいの?」

「心配になりますわね。子孫繁栄的に……」

 

環境が環境だもん

 

不安になるのは仕方ありませんけど

 

ふと、そんな苦笑いしているような声が聞こえてくる。

とはいえ、こんな中でとても元気な姿を見せるのは男にとっては恥ずかしいことなので仕方がないのである。

 

とりあえず、落ち着いた一夏と諒兵は、先ほどの『博士』の話をシャルロットに聞いてみる。

「うん、知ってるよ。名前は知らないけど、お父さんから聞いてたし」

「やっぱり開発でなのか?」

「そうだね。契約すると絶対にその間は離れないそうだから、次の契約取るのにどの国も必死なんだって」

本来ならば、デュノア社はアメリカより前に契約したいと考えていたのだが、そのとき動いたのがセドリックの正妻の実家で断られたそうなのだ。

「この前ね、お父さんに聞いたら、むしろお母さんのほうが『博士』に新兵器について相談してたみたい」

シャルロットがいうには、『博士』の次の契約はデュノア社となっており、取れたのはセドリックがクリスティーヌの設計図から開発するからとのことだ。

以前から、科学者としてやり取りはしていたらしいという。

「うちの家の事情、お母さんから聞いてたらしくて、実家に力を持たせないために断ってくれたっていうんだ」

シャルロットとしてはそうしてくれたことがうれしく、『博士』と会ったことはないが、とても感謝しているという。

「よかったな、シャル」

「なかなかいいやつじゃねえか」

一夏と諒兵の二人も嬉しそうなシャルロットの笑顔を見て、顔を綻ばせる。

「なら、シャル経由で一度会えないかなあ?」

「会ってみたいの?」

「この間の機体チェックで生徒会長と話す機会があったんだけどよ」

と、そういって二人は会いたいと思う経緯を説明した。

さすがにその場にいた全員が驚く。

企業が引っ張りだこになる人材から、設計図をもらえた人間がいるというのだから。

「面白そうな人だと思ったんだ」

「気が合うかどうかはともかくよ、会って損はねえと思うんだよ」

一夏と諒兵としては、『白虎』と『レオ』を改造してもらいたいとかではなく、人として会ってみたいと思っていた。

「確かにすごいですわね。各国が大金を積むようなものを簡単にプレゼントなさるとは」

「噂以上の変わり者だな」

セシリアとラウラもあまりの行動に驚いている様子だった。

そういえば、と一夏が鈴音に尋ねかける。

「鈴は何か聞いてないのか?」

「そういやそうか。セシリアが知ってんだし代表候補生なら聞く機会もあるんじゃねえのか?」

「いや、私も『博士』の噂は聞いてるんだけど……」と、そういって言葉を濁す鈴音に全員が不思議そうな顔を向ける。

鈴音は悩んだ末に口を開いた。

 

「なんか、噂で特徴とか聞いてると蛮兄っぽいのよ」

 

「「なにいッ?」」

あまりに意外な鈴音の言葉に、一夏と諒兵は揃って驚いてしまう。

逆に『蛮兄』なる人物を知らないセシリア、シャルロット、ラウラが尋ねてくる。

そこで諒兵は自分と同じ孤児院出身で、外国で働いている自分の兄貴分であると話す。

さらに一夏や鈴音も、中学時代にはキャンプや釣りなどいろいろと楽しいことを教えてもらったことで、自分たちにとっても、ここにはいないが友人の弾や数馬にとっても信頼できる兄貴分だと説明した。

「その方が『博士』だと?」

「特徴がよく似てるんだけど……」

「いや、無理があるだろ、鈴」と、一夏が否定してきた。

蛮兄なる人物を知っている者としては、各国から引っ張りだこになるような高名な科学者と同一人物とは思えないのだ。

「どうして?」とシャルロットが尋ねる。

「だって、蛮兄って……」と、鈴音。

「なんていえばいいかなあ……」と、一夏。

「一言でいうとよ……」と、諒兵。

そして揃って。

 

「「「悪ガキがそのまま大きくなったような人」」」

 

と、表現した。

そのために、セシリア、シャルロット、ラウラが呆れたような顔になる。

「科学者なんて、とてもじゃないけど想像できないのよ」

「下町で御輿担いでるほうが似合うよな」

「しかも俺らより、荒っぽいとこあるんだぜ」

そういわれると、確かにセシリア以下三人も納得してしまう。

「科学者の対極にいるような人だね」と、シャルロットに至っては苦笑いしてしまった。

だが、まさにその通りだと一夏、諒兵、鈴音は肯く。

「だから、逆に私も『博士』には会ってみたいのよ。シャル、頼めない?」

「俺からも頼むよ」

「そうだね。フランスに来たときにお父さんに頼んでみるよ」

「それなら私もお会いしたいですわ。どちらにしても尊敬できる方だと思いますし」

「だんなさまの身内ならば挨拶しなければならん。私も頼みたい」

「待てコラ。兄貴だったら煽ってくるからマジでやめろ」

何気に外堀を埋められそうな気がする諒兵は必死に拝み倒すのだった。

 

 

花月荘で一休みしていた千冬の電話が唐突に鳴った。

ディスプレイを見ると幼馴染みの名前が出ている。

千冬は一つため息をつくと、電話に出た。

「はい、おりむ」

「ちーちゃあんっ、明日そっちに行くからねっ♪」

「だから、まず名を名乗れ」

と、相変わらずマイペース過ぎる幼馴染みにこめかみを押さえる。

いきなりこっちに来るといわれても対応できないのだから断ろうと思ったが、追われている身の彼女が何ゆえ人前に出てくるのかと疑問にも感じ、尋ねかけた。

「箒ちゃんにプレゼントっ♪」

「何?」

「ものすっごーいIS作ったから専用機として贈ってあげるのっ♪」

その意味をしばらく理解できなかった。

そして理解したときには、千冬は蒼白となる。

どう考えても幼馴染が物凄いと称するならば、現在の各国のISでは太刀打ちできないレベルだからだ。

「待てッ、篠ノ之に専用機は早過ぎるッ!」

「お姉ちゃんがおねだりしてきた可愛い妹にプレゼントするだけだもーんっ!」

「篠ノ之が代表候補生になるまで待てッ、剣の実力を考えれば不可能な話じゃないッ!」

「なら今プレゼントしても問題ないじゃない。明日行くからって伝えといてねっ♪」

そういって唐突に電話は切れた。

説得しようとしたところで、幼馴染みが話を聞かないことは十分に理解している。

「くっ……」と、苦虫を噛み潰したような顔をした千冬は、別の相手に電話をかけた。

「どした、織斑?」

「博士、実は……」

先ほどの電話の内容について、千冬は博士に説明した。

すると向こうから「マジか」という呟きがため息とともに聞こえてくる。

「未登録のコアがいくつあるか数えてみたが、まだ二桁はいってねぇな」

「どうしましょう?」

「おめぇの幼馴染みは下手に刺激すっと何しでかすかわかりゃしねぇかんなぁ」

それよりも箒を改善していくしかないと博士は告げてくる。

「おねだりってこたぁ、妹のほうが欲しがってんだろ」

「そうですね。専用機に憧れを持つのはわかりますが」

「今は持たせとけ。てめぇから一時預けるって言いだすように教育するしかねぇ」

「仕方ありませんか……」と、千冬は再びため息をつく。

そんな千冬のため息が聞こえたのか、博士は元気を出せといってきた。

「八月の頭にゃぁ一度帰るからよ。飯でも奢らぁ」

「はあ」

「たけぇ店は勘弁してくれ。こちとら定食屋のほうがあってんでな。だから元気出せ」

「はい、わかりました」と、そういって電話が切られて初めて千冬は気づく。

(む、これは……食事に誘われたのか、私は?)

そこに真耶から声がかけられた。

「織斑先生、お電話だったんですか?」

「いや、気にするな♪」

そういって振り向いた千冬の表情を見た真耶はコキンと固まってしまった。

後に彼女はこう語っている。

それはかのブリュンヒルデとは思えないほど、可愛らしく素敵な笑顔だったと。

 

 

 

 




閑話「兎の素敵なディレクション」

電話を終えた一人の女性が、鼻歌を歌いながら、ディスプレイと睨めっこしていた。
「ふ~ん、へー……」
モニターには亡国機業があるISの強奪を考えているらしいという情報が出ている。
「でも、このままだと突破できないのかあ……」
どうやらそのISのコアにはかなり強力な防壁が敷かれているらしく、亡国機業のプログラマーたちは何度も挑戦しては返り討ちにあっているらしい。
とはいえ、女性にとってはその強奪計画の内容はあまり好きなことではない。
「これだと、いったんこの子を暴走させるんだね。あんまりやって欲しくないんだけどなー……」
と、そこまで呟いて、その女性は明るい笑顔になった。
何か思いついたらしい。
「ちょこーっと演出したかったし、手伝っちゃえっ♪」
それになんかすごく固そうだし、と続ける。
演出というよりも、その防壁自体を突破することに興味が湧いたらしく、女性は自分のハックを止めようとするその壁と戦い始める。
その後ろ姿をまるで見つめるように据えられている『紅(あか)』があった。




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