臨海学校二日目。
一夏と諒兵は千冬たち教員の手伝いということで、海岸で訓練の準備をしていた。
「最初に使う人が装着したまま移動するのか」
「持っていくよりゃマシだしな」
と、そんな感想をいいつつ、マジメに手伝っていた。
すっかり雑用が身についた二人である。
そして準備を終えたころ、千冬は砂浜に生徒全員を整列させた。
「それでは本日から訓練に入る。各自、ルートが書かれた紙に関しては受け取っているな?」
「はい」という答えにうなずくと、さらに続けた。
「昨日もいったように速さと正確さを求められる訓練だ。だからといって決して慌てるな。速くともルートがメチャクチャであれば評価はしない」
「逆に遅くても正確なら評価しますので、まずはISを正確に操縦できる技術を磨くことを心がけてくださいね」
「そして」と、そこで言葉を切った千冬は深いため息をつく。
教員たちはそんな千冬を見て苦笑いしていた。
理由について知っているらしい。
「何があったんだろ、千冬姉?」
「あんまいいことじゃねえみてえだな……」
そんなことをいっていた一夏と諒兵は千冬の次の言葉で少なからず驚いた。
「篠ノ之、お前には今日から専用機が与えられる。そろそろ届くはずだ」
一夏と諒兵の二人は一瞬何を言っているのか理解できなかった。
それはみなも同じようで、専用機持ちの鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラも驚いた表情をしている。
さらに他の生徒たちもざわつき始めた。
代表候補生でもない一般人に専用機など与えられるはずがないのだから当然の反応である。
だが、ある意味では箒は一般人ではなかった。
その理由を示すものが、空からやってくる。
「うわっ?」と、思わず千冬以外の全員が驚きの声を上げた。
空から巨大なニンジンとしか思えない物体が降ってきたのである。
そこから現れたのは。
「ちーちゃあああああああんっ!」
頭に兎の耳のようなものをつけた、奇天烈な格好をした女性だった。
千冬は一瞬、物凄くイラッとしたような表情になると、思いっきり鉄拳を振り下ろす。
「あがが……」
「とっととフィッテングとパーソナライズをやれ。私は機嫌が悪いんだ」
「は~い……」
「言っておくがかなり手加減したぞ、今のは」
「あれでっ?頭が身体にめり込むかと思ったよっ?」
機嫌が悪いのは確かで、彼女がその理由なのだが、機嫌がよくなる理由もよく考えると彼女なので、実は本当に手加減していたりする。
そのせいか、女性はまったくダメージがないかのように準備を始める。
そこに現れたISは一言でいえば紅(あか)だった。
「これが箒ちゃんの専用機『紅椿』っ、私が作ったものすっごーいISだよっ、今の試験機なんかかるーく飛び越えちゃってるんだからっ!」
と、高らかに叫ぶ女性に疑問を感じたのか、「織斑先生、その人は?」と、生徒の一人が手をあげて質問した。
いくらか逡巡した千冬だが、あえて正直に答える。
「篠ノ之の姉だ」
「姉って……」
その意味をようやく全員が理解したときには大騒ぎとなった。
この女性こそ『天災』篠ノ之束。ISを開発し、世界を変えてしまった人物である。
「一夏」
「うん、束さんだよ。相変わらずだなあ」
と、言葉少なく尋ねてきた諒兵に一夏も苦笑しつつ正直に答える。
自然と二人の周囲に鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラも集まってきた。
「ご挨拶しようと思ったのですけど、やめておきますわ」
「どうしたの、セシリア?」とシャルロットが首を傾げる。
「距離を置いてみるとよくわかりますわ。あの方、周囲に異常なほど強固な壁を作っています。邪険に扱われればいいほうでしょう」
そういったセシリアの評価に一夏も肯いた。
ここにいる中で、束にまともに扱われる人間は一夏と千冬、そして箒くらいだろう。
「確かに極端なほど人を区別するんだ。好きな人とどうでもいい人で」
「面倒そうな人ね」と、鈴音がため息をつく。
「どうでもいい。早く終わらせてくれ」と、諒兵は興味なさそうに呟いた。
意外な反応だと感じたのか、ラウラが問いかけてくる。
「興味ないのか、だんなさま」
「それはやめろって。それより、この広い空を飛べるんだぜ。俺には訓練のほうが大事なんだよ」
「まあ、そうだけど。一応挨拶してくるかな」
と、実のところ諒兵同様に早く広い空を飛びたい一夏だが、まともに付き合える知り合いの数少ない一人であるため、束の様子を監視しているようにも見える千冬のもとへと寄っていく。
そんな中。
何、妹ってだけで専用機?
今のを飛び越えてるって、まさか第4世代っ?
妹だからそんなのもらえるのっ?
ずるいっ、私にも作ってよっ!
そういった声が周囲から聞こえてくるのを、一夏も、そして諒兵とともに束に近寄るのをやめている一同も黙って聞いていた。
「何言ってんの?」と、反応したのは他ならぬ束だった。
「私と関係ない人間に作ってやるわけないじゃん。世の中、平等だとでも思ってんの?」
つまり、妹である箒は束にとって関係のある人間であって、他はどうでもいい存在、もしくは有象無象ということだ。
予想通りの反応にセシリアはため息をつく。
「あれでは、人とうまくやっていくなどできませんわね」
「なんか怖い人だね」と、シャルロットも同意する。
既に諒兵は完全に興味をなくしたのか、紅椿に背を向け、一人で空を見上げていた。
ラウラが真似するように見上げてくる。
「どうした、ラウラ?」
「いや、だんなさまがやっているからな」
「こういうときはいい癖だなって思うわね」と、鈴音やセシリア、シャルロットも同様に見上げてきた。
「なんとなくだがよ、あのIS、篠ノ之を不幸にする気がするぜ」
「そうなのですか?」と、セシリアが問いかける。
「なんとなくだ。俺にもよくわかんねえんだよ」
上手くいけばいいんですけど
そう感じていたのは、一夏も同じだった。
紅椿を、そしてフィッティングを行っている箒の姿を見ていると、やけに違和感を持ったのだ。
「どうした、一夏?」と、千冬が尋ねる。
「いや、上手くやれるかなって思ってさ……」
どうかなあ……
ふと、不安そうな声を感じ、せめて箒が不幸なことにならないようにと一夏は願う。
そんな一夏に束が声をかけてきた。
「そうそういっくんっ、これっ♪」
と、そういっていきなり出してきたのは紅と対になるような白。どうやら二体も運んできていたらしい。
「白式、なんで束さんが?」
「紅椿は白式の対になるように作ったんだよっ!」
どういう意味かと考えて、ある答えに行き着く。
要するに、白式ももともと束が作ったものだということだ。
「くらもち、だっけ?あそこが挑戦して挫折してたんだけど、私が完成させたのっ!」
倉持技研としては欠陥機だったらしい。
だが、それに束が手を加えて、強力なISとして生まれ変わらせた。
すなわち、白式も実際には第4世代機ということができる。
「さっ、受け取って♪」
「いや、束さん。俺には白虎がいるからいらないよ。倉持の人にもそういったんだ」
「えーっ、紅椿と白式が揃えば敵なんかいないよっ、そんなおかしなISよりずっといっくんに相応しいって」
むー
そんな声を感じた一夏は首を振って拒んでいた。
ただ、話を聞いて誰よりも興奮しているのは、じっとしている箒だった。
(一夏と対になれるISだったのか……)
ならば白虎などより、白式を一夏に装着して欲しいと思うのも当然だが、今のところその気持ちは束が代弁していた。
「白式のほうがずっとカッコいいってばっ!」
「いや、本当に俺は白虎がいいんだ。乗り換える気なんかないよ」
一夏は必死に拒否するのだが束もなかなか退かない。
「やめておけ。そもそも白虎は外れん」という千冬の言葉は却って束に火をつけてしまったらしい。
「なら、私が外してあげるっ、私なら外せるもんっ!」
「誰が挑戦しても無理だったんだぞ」
「そんなどこの馬の骨だかわからない子なんかちょちょいのちょーいで外せるもんねーっ!」
きらい
「えっ?」と一夏は突然聞こえてきた声に驚いてしまう。
だが。
きらいきらいっ、こいつきらぁーいっ!
「待ってくれ白虎っ!」
危険だと感じた一夏は思わずそう叫び、飛び退っただけの一瞬で束から五十メートルは距離をとる。
だが、いきなりその身体から電撃が迸った。
「えっ、なにっ?」と、さすがの束も驚いてしまった。
だがすぐにシールドを張る。
束のシールドはISものと同格。軽い電撃など簡単に弾くことができる。
そのくらいの装置は常備してあるのだ。
しかし。
「逃げろ束ッ、そんなものでは防げんッ!」
慌ててそう叫ぶ千冬に驚くが、それ以上にシールドを突き破って襲いかかる電撃になお驚いてしまう。
「チィッ!」
まったくッ!
千冬の声に気づいた諒兵は、砂浜を飛ぶように走り抜け、束を庇うように立った。
ガガァンッという轟音を立てて、電撃は四散する。
諒兵はその腕に電撃を纏っていたのだが、そのことに気づいたのは千冬だけだった。
(もう、あそこまで進んでいるのか……)
電撃を放出したり、纏いながら一夏と諒兵の身体にはまったく影響が出ていないことに、千冬は焦りにも近い感情を抱いていた。
その様子を見ていた鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四人は。
「今のはなんだ?」とラウラが呆然と呟く。
「あんたには教えとく必要があるわね。後で時間作ってくれる?」
「知っているのか、鈴音?」
「詳しくは知りませんが、知っている範囲なら説明できますわ」
「これ、マズいよね……」
千冬から事情を聞いている三人は、疑問符を浮かべるラウラとともに一夏と諒兵の姿を見つめていた。
「なっ」と、束が叫ぶよりも速く、千冬が怒鳴る。
一夏は慌てて千冬の元に駆け寄った。
「何をしている、織斑。課外授業でも校則は守れ。勝手な部分展開は禁止だ」
「いや、俺にも何がなんだか」
「日野、束を庇ったことは評価するがお前もだ」
「てか、身体が勝手に動いちまって」
そんな言い訳など聞かないとでもいいたげに、千冬はこんこんっと拳を振り下ろす。
「あれ?」
「痛くねえぞ?」
「なんだ、頭を割られたいか、貴様ら」
「「結構です」」
一夏と諒兵の二人は千冬に追い払われ、すごすごと離れていく。
二人とも自分の身に何が起きたのか理解できていなかった。
一悶着あったものの、箒はフィッテングとパーソナライズを終える。
束もとりあえずはこっちを終わらせることにしたらしく、一夏の異変について言及してはこなかった。
正確にいえば、千冬がそういわせない雰囲気を発散していたのだが。
そして、箒は紅椿を纏い空へと舞い上がる。
その性能はさすが束謹製とでもいうべき、見事なものだった。
何もかもが現行の第3世代機とすら、一線を画している。
紛れもなく、第4世代機だったのだ。
千冬としては頭の痛いところだが。
(これさえあれば私も一夏と一緒にいられる。いや、私が一番近くにいられるっ!)
もう鈴音には負けない。
今度はこちらが叩き落す番だ、と、箒は高揚していた。
そんな箒をじっと見つめる者がいることに彼女は気づいていなかった。
箒のフィッティングとパーソナライズが終わったことで、千冬は再び生徒たちを整列させた。
「というか、とっとと帰れ、束」
「えー、いーじゃぁーんっ、もうちょっとだけいさせて♪」
「まだ白式を諦めてないのか?」
「とりあえずは待つけどねーっ♪」
そんなやり取りを聞いた真耶は、仕方なく女将に宿泊客が増えることを伝えに行く。
そんな姿に申し訳ないと思いつつ、改めて訓練について説明を開始した。
特に箒の扱いについてである。
「まだ装着して一時間と経っていないのだから、一般生徒と同じ扱いだ」
「えっ、そうなんですか?」
「当然だろう。少なくとも五十時間は操縦しない限り、専用機持ちとしては扱えん」
専用機持ちの鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは既に専用機を百時間は操縦している。その差は決して小さくない。
一夏と諒兵の場合、専用機持ちではなく男性IS操縦者として特別扱いしてきただけで、今回も一般生徒の補佐ではなく遊撃部隊なのは専用機持ちとして扱っていないためでもあると千冬は説明する。
ただ、自分の言葉を聞いていた束から何かいってくるかと構えていた千冬だが、楽しそうにしているだけで何もいってこない。
それならそれで助かると息をつき、生徒全員に訓練の開始を命じようとして。
「織斑先生ッ!」と、必死に走ってくる真耶の姿に千冬は異変を感じ取った。
すべての一般生徒に旅館内で待機を命じ、すべての専用機持ちの生徒を集めた千冬はブリーフィングを始めた。
ただし、箒だけは省かれている。対象が対象だけに、箒では確実に落とされると判断したただ。
その脳裏には先ほどの電話の内容が浮かぶ。
千冬は博士の言葉に思わず声を荒げてしまった。
「本当ですかッ?」
「あぁ。ゴスペルにゃぁ進化の兆候があった」
異変とは、ハワイ沖で試験運転をしていたアメリカの軍用の第3世代機、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が突如暴走し、操縦者ごとIS学園の臨海学校の海岸付近まで飛行を続けているというものだった。
最初の連絡はアメリカ軍から来た。
現在、専用機を多数抱えているIS学園の1年生に軍が行くまで足止めして欲しいというものであったのだ。
しかし、その後、博士から千冬に直接連絡が来たのである。
シルバリオ・ゴスペルは操縦者のナターシャ・ファイルスと非常に良好な関係を築いており、このまま行けばASに進化する可能性があったという。
博士はそれを止めるため、シルバリオ・ゴスペルのコアに防壁を敷き、開発に助力していたのだが……。
「誰かが俺の防壁に穴ぁ開けやがった。そこを亡国の連中につけいれられちまった。以前から強奪計画ぁ察知してたんだがな」
「すまねぇ織斑」と博士は電話の向こうで頭を下げる。
「まさか……」
「……兎がそこにいるんだな?」
「はい……」
だが、今、文句をいっても仕方がないと博士は対策について助言してくる。
「一夏か諒兵じゃねぇと、今のゴスペルにゃぁでけぇダメージは与えられねぇ。だが、今ならISとして落とせる」
「つまり、シールドエネルギーをゼロにすればいいんですね?」
「そういうこった。このまま進化されっちまうと操縦者ごと『使徒』型になる可能性がたけぇ。人命がかかってる」
リミットは明日の朝午前七時四十七分三十八秒。その時間を越えると完全に進化してしまうという。
その前に停止させる必要があるというのだ。
「わかりました。最低でも何とか食い止めます」
「俺もこれからすぐにそっちに向かう。最悪なら『天狼』の力を借りてでも止める。だから無理ぁすんな」
「はい、お待ちしてます」
「それと兎がなんかいってきたら、邪魔にならねぇ範囲で協力させとけ。それ以外に今ぁ兎を抑える手がねぇ」
「はい」
「じゃぁ、またな」といって博士は通信を切ったのだった。
そんなことを思い出しながら、千冬は作戦について説明する。
「つまり、シルバリオ・ゴスペルを足止めすることが目的なのですね?」と、セシリアが確認してくる。
「そうだ。ただ、その過程でダメージを与えられるなら、シールドエネルギーをゼロにしてもかまわん」
ただし、操縦者を乗せたまま暴走しているので、大ダメージを与えにくいと説明する千冬。
タイムリミットは確かにあるし、早く止めるほうがいいのだが、まだ時間はあるため、予想される飛行経路上に防衛線を敷くことにしたのだった。
「そのため、前衛は織斑と日野、後衛として凰、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒによる連携を行え」
「はい」と、全員が肯くと同時に。
「待った待ったっ、ちょおーっと待ったなんだよっ!」
と、場違いな声が聞こえてきて、千冬は頭を抱えたのだった。