ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第36話「椿の花が飛ぶ」

考えなくてもわかると、いきなり待ったをかけてきた幼馴染みを見て、千冬は思った。

おそらく亡国機業のIS強奪計画を利用して、紅椿のデビュー戦を演出しようとでもいうのだろう。

さすがに計画を察知しなければこんな真似はしなかっただろうが、それでも相手が悪すぎる。

第4世代機だろうが、根本的な部分でまったく違うものになりつつあるシルバリオ・ゴスペルの相手にはなりはしないのだ。

だが、止めようとすればゴリ押ししてくるだろうと千冬はため息をついた。

「聞くだけは聞いてやろう」

「これだと時間かかんない?」

「現状で最も早く実行可能な作戦だ。そもそも相手は最新鋭の軍用機だ。追うことができん」

パッケージは学園に置いてきてしまっているからなと千冬は続ける。

第3世代ISまではパッケージと呼ばれる換装を行うことで、高速機動、砲撃戦などの状況に対応できるように設計されている。

しかし、そのパッケージがないので、待ち伏せを行うしか方法がないのだ。

「紅椿なら、パッケージの換装無しで高速機動に展開することができるよっ!」

「何?」と千冬は問い返した。

「展開装甲か。本当に天才だ」とシャルロットが呟いた。

すなわち状況に応じて、装甲を変化させることが可能ということだ。

現状、理論化にようやく着手した段階であり、実現するのは何年も先の話だといわれているものなのである。

だが、意外と千冬は冷静だった。

「それで?」

「えっ?」

「それでどうする?」

まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかったのか、束は「え~っと、え~っと」と頭を捻っている。

「追えるだけでは話にならん。まさか一機で落とす気か?」

「紅椿の攻撃力なら可能だよっ!」

「篠ノ之の経験値が絶対的に足らん。お前は軍用機の前に妹を的として立たせる気か?」

あくまで冷静に矛盾点を指摘すると、さすがに束も気圧されたらしく、ちょっぴり涙目になる。

「ち、ちーちゃん、なんかずいぶん冷たくない?」

「本来なら生徒を危険に晒したくないんだ。相手がゴスペルでなければ私が打鉄で飛んでいた」

「何それ?」

しまったと千冬は舌打ちする。

今の言い方ではシルバリオ・ゴスペルが特別な機体といっているようなものだからだ。

逆に鈴音、セシリア、シャルロットはそれで気づいたらしい。

「それだと一夏と諒兵は絶対に行かないと」と、鈴音が呟いてしまう。

「凰ッ!」

「あっ、すみませんッ!」

さすがに束も千冬が何か隠しごとをしていることに気づく。

それも自分が理解できないと確信しているように彼女は感じた。

だが、それ以上に何故どうでもいい人間が参加する必要があるのかと疑問に思う。

「いっくんは白式に乗って一緒にいって欲しかったんだけど、そいつ何?」

「そういう考えだったのか」

だが、白式では今のシルバリオ・ゴスペルにはダメージを与えられない。

「なぜ白式に拘る?」

「白式は雪片弐型が載ってるから、零落白夜が使えるはずだもん」

「何?」

かつて千冬が暮桜を纏って戦っていたとき、唯一の武装であった雪片を使うことで発現できる単一仕様能力。

一撃でシールドエネルギーをゼロにできる文字通りの一撃必殺の剣だが、反面、自分のエネルギーも過剰に消費する諸刃の剣であった。

どうやら、束は単一仕様能力をあらかじめ機能として搭載した機体を制作していたらしい。

一次移行が終われば、使えるようになるはずだという。

「つまり一撃で終わらせようという作戦か」

「う、うん、そうなんだけど」

もっとも一撃必殺ならば白虎でも同じことは可能だろう。一撃の攻撃力は白虎徹のほうが高いのだ。

そこに諒兵が手をあげた。どうやら同じことを考えたらしい。

「白虎徹なら同じことできんじゃねえか?」

「できるだろう。あれの攻撃力は異常の域だ」

もっとも諒兵の場合、すべての獅子吼で四連螺旋攻撃を行えば倒しきれるだろう。

しかし、一振りと四連撃ではわずかでも差が生まれる。

そういう意味では一撃で終わらせられる一夏のほうが適任である。

しかし、束としては白式を使わないことが不満らしい。

「なんで白式じゃダメなの?」

「外れんといっただろう。今度こそ黒焦げになりかねんぞ」

そう千冬がいうと束も渋々ではあるが納得したらい。

「どうするのですか、教官?」とラウラが手をあげる。

「二段構えで行く。束、あとで篠ノ之を連れてこい。参加させたいんだろう?」

「うんっ♪」

「織斑と篠ノ之で直接ゴスペルに向かう。成功すれば作戦終了。ただし避けられたときのために防衛線を張っておく。日野、お前が前衛だ。凰、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒで後衛。予想される飛行経路上で織斑と篠ノ之の接触ポイントから十分後のポイントで待機」

無理に倒そうとせず、追いかけてきた一夏と箒と合流。

総力戦を仕掛け足止めするということで作戦は決まった。

(何とか話を逸らすことができたな)

とりあえず、諒兵についてごまかすことができたと千冬は安堵した。

一夏の白虎についても説明しなければならなくなるので、追究されたくなかったのだ。

 

 

そして砂浜に。

白虎、

レオ、

甲龍、

ブルー・ティアーズ、

ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ、

シュヴァルツェア・レーゲン、

そして……。

「いける。今なら何でもできる」

そう呟く箒に装着された紅椿の姿があった。

 

千冬は全員にもう一度確認する意味で作戦の説明をした。

「作戦が完全に終了するまで決して油断するな」

何が起こるかわからない相手であることを知っている千冬と、理解している鈴音、セシリア、シャルロットは緊張した面持ちをしている。

「少しリラックスしろ。緊張しすぎは失敗の原因になる」

さすがにラウラは作戦前という状況は慣れており、一番冷静だった。

それどころか鈴音たち三人にアドバイスまでしている。

「まー、出番はないと思うけどっ♪」

束としては一夏と箒ですべて終わると思っているらしい。

「私たちで終わらせる。問題ない」

箒は緊張以上に高揚している様子だ。

そして、一夏と諒兵は一度深呼吸すると笑みを交わす。

「出番残してもいいんだぜ」

「バカいえ。一撃で終わらせる」

そんなまるで獣のような二人の顔を見た束が不安そうに千冬に尋ねかけた。

「あれ、ホントにいっくん?」

「戦闘前はいつもあんな感じだぞ。私はむしろ安心できるがな」

ただ、別の意味で不安がある千冬は一夏に耳打ちした。

「篠ノ之が高揚しすぎている。フォローしてやれ」

「わかった」

離れた千冬はすぐに厳しい顔をして命令を出してくる。

「作戦開始はヒトヒトマルマル。各自機体のチェックを行え」

そういわれた面々はそれぞれ自分の機体をチェックし直す。

そして。

「五、四、三、二、……ミッション・スタートッ!」

千冬の叫びとともに、七機のISは弾かれたように飛び立った。

 

 

諒兵は、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラとともに待機ポイントに向かう。

「急ぐぜ。落ち着いた状態で相手を待っていてえしな」

「了解」と、そう答えた四人とともに青い空を飛んでいった。

 

 

対して一夏は高速機動形態の紅椿の背に乗り、箒とともに一直線にシルバリオ・ゴスペルを目指す。

その途上、箒が話しかけてきた。

「一夏、どうしてそのISに拘るんだ?」

「箒?」

「姉さんの機体より高性能なISなんてないぞ」

実際、白虎は本来は打鉄だ。

箒の紅椿、そして白式よりも2世代も下になる。

世代が高いほど、能力は高い。それは当然の理屈だ。

誰だって最新鋭の機体を欲しがる。

しかし一夏は白虎に拘っている。実のところ諒兵もレオに拘っており白式は断ったのだ。

「そうだったのか」と、箒は少なからず安堵する。

もし諒兵が白式を受け取っていたら、一夏と逆に距離が開いてしまうと感じたからだ。

「白虎は俺のパートナーだ。乗り換える気はない」

話し方に違和感、正確には戦闘前の集中を感じる箒は正直あまりいい気はしなかった。

自分の知らない一夏。

それがもっとも現れているのが、戦闘前と、戦闘中の一夏だ。

それだけに声に険が現れてしまう。

「弘法筆を選ばずなんてことわざはウソだ。誰だっていい道具を持つものだぞ。武器や防具なら当然だ」

「俺は白虎を道具だと思ってない」

「ISは兵器だろう」

「箒」

いきなり、研ぎ澄まされた刃を感じさせるような声が聞こえてきて、箒は思わず身を強張らせる。

「見えてきた」

視線の先に、高速飛行を続けるシルバリオ・ゴスペルの姿があった。

 

 

その少し前、待機ポイントに到着した諒兵以下、五人。

前衛の位置に諒兵が待機し、後衛の位置、諒兵の背後に右から、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラが並ぶ。

鈴音は龍砲を起動できるように準備。

セシリアはスターライトmk2を構え、ブルー・ティアーズも既に起動した上で待機させている。

シャルロットはアサルトカノンを構えた状態だ。

ラウラはレールカノンを起動状態にしていた。

そして前衛の諒兵は既に獅子吼を出し、さらに両足の獅子吼はビットとして待機させていた。

緊張はしているが、それは一夏が失敗するだけではなく、負傷する事態を想定してしまうからだ。

内心では上手くいってほしいと全員が思っていた。

ただ、諒兵としては鈴音にどうしても聞きたいことがあった。

「何よ?」

「ゴスペル相手じゃ俺と一夏を絶対に行かせないとっていってただろ。なんでだよ?」

「あ、えっと……」と、鈴音は言葉を濁す。

実のところ、『白虎』と『レオ』について一番知らないのが、一夏と諒兵だ。

正直にいって、一番説明しにくい相手に問い詰められ、鈴音は言葉を見つけられない。

そこを助けたのはシャルロットだった。

「諒兵、以前、レオで飛んでるとき誰かが手を引いてくれてるっていったじゃない」

「ああ。マジメそうな、おとなしそうな、それでいて怒るとちっと怖い優等生って感じだぜ」

「一夏は、無邪気で、元気で、自分の気持ちに素直な頑張り屋っていってたね」

「だな。覚えてるぜ」

鈴音とセシリアもその話は聞いているが、ラウラは聞いていなかったので驚く。

「どうしてそう思ったの?」

「どうしてって……、たまに聞こえるっていうか、感じるんだよ『声』を。一夏もそうみたいだぜ」

その言葉に、全員が目を見張る。

(一夏も諒兵もコアと対話できてるっての?)

(呼びかけるどころか、呼びかけられているんですの?)

(かなりはっきり声が聞こえてるのかな)

(コアの意識を感じ取れるとしたら。IS操縦者としての才能は図抜けていることになるぞ。すごいぞ、だんなさま)

それぞれにそんなことを考えるが、シャルロットはさらに続けた。

「でも、諒兵は白虎も自分と同じって思ってたんだっけ」

「ああ。てっきり同じもんだと思ってた。一夏の言い方じゃ違うみてえだけどよ」

「ま、コアにもいろいろいるんだろ」と、諒兵はさも当たり前のように続けるが、ISの常識から考えると異常なのだ。

(つまり他のコアの声は聞こえないのね)

(あくまで自分のIS、いえASのコアのみなのですわね)

(コア・ネットワークのことを考えるとコア同士は会話してると思うんだけど)

(他人のコアとまで対話できるならもはや次元の違う話になるな)

再びいろいろと考える四人に、諒兵が声をかける。

さっきの話が逸らされていることに気づいたからだ。

「あ、あのね、ゴスペルの操縦者も声を感じてたらしいのよ」

「マジかよ。なんで暴走したんだ?」

「それはわかりませんわ。ただ、それなら声が聞こえる一夏さんや諒兵さんが対応したほうがいいと織斑先生も考えたのでしょう」

「なんか、やりにくいな」

 

ビャッコに嫌な役を押し付けちゃいましたね……

 

そんな声を感じた諒兵だが、やるべきことはやろうと再び前方に集中する。

その視線の先で、そろそろ一夏と箒がシルバリオ・ゴスペルと交戦状態になるはずだった。

 

 

シルバリオ・ゴスペルまで距離五十メートル。

目測で届くと確信した一夏は呟いた。

「一振りで終わらせる」

 

うん、そうしよ。ごめんねゴスペル

 

そんな声を感じた一夏は少し悲しそうな顔になるが、すぐに大きく翼を広げ、瞬時加速を使った。

(くッ、まるで別の誰かが一緒にいるみたいにッ!)

一夏と共にいるのは自分であるはずなのに、一夏の心と共にいるのは自分ではないような気がして、箒は苛立つ。

しかし、文句をいっても仕方がないと、箒は自らも雨月、空裂なる武装を展開する。

レーザーを放つことができる二振りの刀。それが現時点での紅椿の武装だ。

一撃で倒せる一夏の白虎徹ほどではないが、強力な武装である。

羽ばたくように加速した一夏の後を追い、自らもシルバリオ・ゴスペルに向かった。

そして。

「くッ!」

シルバリオ・ゴスペルは敵の存在を認識したのか、その翼から無数の砲弾を放ってくる。

一夏は最小限の動きと剣による防御で防ぎ、さらに接近。

操縦者の存在を確認すると、下段に回って一閃した。

しかし、集中的に向かってきた砲弾により、白虎徹はわずかに掠っただけだった。

「押し切られたか」

 

なんだろ、守ってるみたい?

 

そんな疑問を感じさせる声に、シルバリオ・ゴスペルは操縦者の危険を察知して動いていると一夏は考える。

どう見ても操縦者は気を失っているからだ。

なんとなくどころではなく、シルバリオ・ゴスペルは自分の『白虎』や諒兵の『レオ』と同類だと一夏は感じていた。

だが逃がすわけにはいかない。

「許してくれ」

 

あなたの悲しみは私たちが背負うから

 

それは決意だと一夏は感じ取る。

そう思えるなら、この戦いは決して間違いではない、と。

だが、そんな一夏を見ていた箒は苛立ちを押さえ切れなかった。

(さっきから誰に話しかけているんだッ?)

この場にいて、一夏はただ一人としか思えない。

自分の存在すら無視している。

見えているのは敵であるシルバリオ・ゴスペルのみ。

それなのに、その背に誰かが張り付いているように感じてならない。

一夏はその誰かを、この世の誰よりも信頼しているように見えて仕方ない。

(一緒にいるのは私だけなのにッ!)

そんな箒の苛立ちを、理解できない者がいた。

 

 

旅館に戻ってモニターを見ている千冬はとりあえず息をついた。

「交戦状態に入ったか」

「う~ん、箒ちゃん、もうちょっと動けるはずなんだけどなー」

「初陣で無茶をいうな。私にいわせれば十分働けている」

邪魔をしていないという意味だがな、という言葉を千冬は飲み込んだ。

一番問題視していたのは、浮かれた箒が一夏の戦闘の邪魔をすることだった。

戦闘中の一夏と一緒に戦えるのは実のところ諒兵か、友人の弾くらいだ。

シャルロットはトーナメントで上手く動いていたので、加えてもいいだろうが。

それでも、一夏は箒の攻撃の邪魔をしないよう、決して射線上は横切らない。

単にISでの実戦経験が不足している箒が動けていないだけなのだ。

(動けないならそれでいい。とりあえず問題なく……)

そう安心した千冬だが、モニター内で起きた異変にすぐに慌てることになる。

 

 

一夏はシルバリオ・ゴスペルの自分への攻撃を防ぎつつ、再び剣を一閃しようとして、視界の端にあってはならないものを見つけてしまった。

 

なんでっ?!

 

慌てたような声を感じた一夏は、すぐに下降してシルバリオ・ゴスペルの攻撃をすべて弾き飛ばす。

背後には存在しないはずの漁船があった。

「何をしている一夏ッ!」

「箒ッ、戦闘は中止だッ、漁船があるッ!」

この場で戦闘すれば、流れ弾で破壊されてしまう恐れがある。

そんな状況で一夏に戦闘はできなかった。

正確にいえば、民間人を守る状況ではシルバリオ・ゴスペルを倒せないと感じていた。

「千冬姉ッ、諒兵を向かわせてくれッ、漁船を保護させるんだッ!」

「なっ、進入禁止区域だぞッ、密猟者かッ!」

「何でもいいッ、ここから逃がしてくれッ!」

どんなかたちでも戦闘に無関係な他者を巻き込みたくない一夏は千冬に懇願する。

だが。

「放っておけッ、犯罪者にかまうなッ!」

そう叫んだのは通信を聞いていた箒だった。

苛立っていたところに犯罪者を守るなどという一夏の行動に堪忍袋の緒が切れたのだ。

「人が乗ってるんだぞッ!」

「犯罪者など気にしてられるかッ!」

「何いってるんだ箒ッ!」

「私たちの邪魔をする人間に何の価値があるッ!」

 

ええいッ、もう我慢ならんッ、端女風情がッ!

 

「えっ?」と箒が突然の声に呆けてしまう。

より正確にいえば、自分の身に起きた異変を理解できなかった。

紅椿は突如、箒の身体から外れたと思うと、勝手にどこかに飛び去っていってしまったのだ。

「箒ッ!」

「きゃああああああああああああッ?!」

重力に引かれて落ちる自分の目に飛び去っていく紅椿が映る。

そんな箒を一夏はすぐに抱き止め……。

「ぐあぁぁッ!」

 

キャアァァアァァアアァァアァァァッ!

 

腹を白虎ごとシルバリオ・ゴスペルのエネルギー砲弾に貫かれ、血を噴き出しながら海へと落ちていった。

 

 

 

 


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