IS学園入学式を経て、実際の授業開始初日。
1年1組の教室にて。
美しい黄金の巻き髪に澄んだ青い瞳を持ち、グラビアモデルができるほどのスタイルを誇る英国貴族オルコット家の令嬢。
イギリスの代表候補生でもある、セシリア・オルコットは不機嫌だった。
IS学園は世の強き女性の中でも凄まじい倍率を勝ち抜いたエリートが集まる学園である。
だが今年は少し毛色の違う珍獣が混ざっているのだ。
クラスの最前列に並んで座る二人の男子。
ISを動かせるというだけで入学してきた二人の男子の姿はセシリアにはエリートにはとても見えない。
片方は顔立ちこそいいものの、それが軟弱さを表しているように見えるし、もう片方はフーリガンかと思うほどの粗暴さが外見によく現れている。
世の男性は軟弱になった。
セシリアは特に父の姿にそう感じさせられていた。
だからといって品のない男など価値もない。
どちらも自分にとって目障りな存在だった。
けっこう見た目いいね。
美形だよねえ。
ワイルドなほうもよくない?
でも、あのお揃いっぽい首輪なんなのかな?
ファッションじゃないの?
クラスの女子たちがそう評するのも癇に障る。
ためにセシリアの苛立ちはそろそろ限界に達しようとしていた。
と、そんなクラスの視線に晒されていた当の本人たちは。
「勘弁してくれ……」
「きつい……」
諒兵は腕を組んだままひたすら天井を見上げ、一夏は机に顔を隠すように突っ伏している。
一夏のほうは顔を上げると視線が集まるのでもはや上げられなくなったのだ。
「先生に早く来てほしいと思う日が来るなんて思わなかった……」
「珍獣かよ、俺ら……」
クラスの視線のうちの一つの持ち主が本当にそう思っているなどとは想像もしていない諒兵である。
ようやく舞い降りたどでかい胸部装甲を持つ救世主は、まずはクラス全員の自己紹介をするようにと告げる。
一人だったなら、名前順に並ばせられるところだっただろうが、男子が二人いるため、女子生徒全員の自己紹介の後、名前の順に紹介することになった。
そんな自己紹介する女子生徒の中に聞いた覚えのある名前があり、一夏が目を見張る。
「おい、篠ノ之ってお前の……」
「ああ。子どものころに引っ越した幼馴染みだ。まさかIS学園に入学してるとは思わなかったな」
そう話していると「私語は慎んでくださいね」と真耶の声が聞こえてきて、二人は素直に自分の順番を待つことにした。
「では、男子。お願いしますね」
「はい、織斑一夏っ、以上ですっ!」
「うす。日野諒兵。以上」
さくっと自己紹介を終わらせた後、二人の頭にズガンッと黒い一撃が振り下ろされた。
「まともに自己紹介もできんのか、貴様らは。この馬鹿者ども」
「何で出席簿がこんなに痛いんだよ……」
「うごご……」
千冬の出席簿の一撃でのた打ち回る二人だったが、そんなの関係ないとばかりにクラスが沸き立った。
世界最強は伊達ではない。
ゆえにその人気も凄まじいもので、千冬はIS操縦者を目指すものにとっては伝説的なアイドルともいえる。
騒ぎになるのは当然だった。
「静かにしろッ、バカしかおらんのかこのクラスはッ!」
とたん、ピタッと騒ぎが収まる。
まさにアイドルのステージを見ている気分である。
「私がこのクラスの担任をする織斑千冬だ。徹底的に厳しく指導するから覚悟しておけ」
千冬が担任になることは真耶から聞いていた一夏と諒兵の二人だが、授業初日に鉄拳制裁は勘弁してほしかったと心の中でぼやいていた。
1時間目の教師は真耶だった。
真耶の家庭教師のおかげで何とか基礎は理解できていた一夏と諒兵だが、さすがにエリートでもある女子生徒に合わせた授業ではついていくのがやっとで、終了時点でだいぶ疲弊してしまっていた。
そこに一人の女子生徒が近づいてくる。
少々愛想が足りないが、長い黒髪をポニーテールにしたかなりスタイルのよい女子だ。
というか、先ほど一夏が幼馴染みといった女子生徒だった。
「ちょっといいか?」
「わかった。わるい諒兵、ちょっといってくる」
「ああ。ここに一人は勘弁してほしいけどよ……」
そういって突っ伏す諒兵に苦笑しながらもう一度「わるいな」と告げた一夏は、声をかけてきた女子生徒に連れられ、屋上へと向かっていった。
一人になった諒兵に別の女子生徒、はっきり言えばセシリアが声をかけてくる。
「ちょっとよろしくて?」
「あ?」
「まったく呆れるほど品がありませんわね。声をかけられたなら顔を上げるのが礼儀でしょうに」
「すまねえが授業を聞くのに精一杯で疲れてんだよ。何せ頭の出来はいいほうじゃねえからな。で、何だよ。確か、オルコットだったっけか?」
苗字を呼ばれたセシリアは意外そうな表情をしてしまう。
まさか覚えているとは思わなかったのだ。
「ええ。私はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生ですわ」
「へえ、すげえんだな。日本語もペラペラだし、たいしたもんじゃねえか」と、諒兵は素直に感心したことで、自らも名乗り返した。
真耶の家庭教師のおかげで、代表候補生が優秀なIS操縦者であることは知っていたからだ。
無論、一夏もそのことは知っている。
しかも、その上でこれだけ流暢に日本語を話せるということは努力家でもあるということだと諒兵は本当に感心していた。
「あら、それなりに勉強はしてきたんですのね」
「真耶ちゃん先生に教えてもらってな。それで用事は何なんだ?」
「男性のIS操縦者とやらがどんなものなのか知りたいと思っただけですわ」
実のところ、無知なところを見せたなら声高に批判するつもりだったセシリアだが、最低限の知識はあるようで少し見直している。
「こんなもんだよ。正直、ここまで授業のレベルが高いとは思わなかった」
「あ、あら。大変ですわね」
「俺も一夏ももう少し偏差値の低い学校目指してたからな。『こんなところ』に入らされて苦労してんだよ」
コンナトコロ。
その一言がセシリアにとっては聞き捨てならなかった。
セシリアはIS学園の試験に首席で合格している。
それだけの努力をしてきたことを自負してもいる。
それを『こんなところ』呼ばわりされたことが気に入らない。
IS学園は女子にとっては憧れの名門校なのだ。
「聞き捨てなりませんわ」
「あ?」
「私はこの学校に首席で合格しましたわ。そのぶん努力もしたんですのよ。それをたかだか男風情が『こんなところ』などと評するのは許せませんわ」
一部にカチンと来る言葉はあったが、それでも先に失言したのは自分のほうだと自覚した諒兵は謝ることを選ぶ。
「言い方が悪かったな。謝っとく」
「誠意が見られませんわ」
「すまなかった。これでいいか?」
「何ですのっ、その態度はッ!」
言い争いになる直前、予鈴のチャイムが鳴ってしまう。
セシリアは仕方なく席に戻る。
「忘れませんわ。あなたの非礼」という言葉を残して。
戻ってきた一夏が睨みつけるセシリアを見て不思議そうな顔をする。
「何かあったのか?」
「いや、なんか言い方間違えたみてえだ」
「あの子は?」
「イギリスの代表候補生だとよ」
「へえ、すごいんだな」
と、一夏も素直に感心したが、相変わらずセシリアは二人を睨みつけていた。
千冬の授業時間。
彼女はいきなり生徒に尋ねてきた。
「クラス代表は決まっているか?」
否と答える生徒たちに対し、千冬はため息をつく。
「どうやら山田先生は失念していたらしいな。仕方ない、授業の前に決めておこう」
「千冬さ、うごッ!」
手を上げて尋ねた諒兵に対し、千冬は豪快な一撃を与えてくる。
「織斑先生と呼べ。ここは学校だ。織斑、お前もだ。覚えておけ」
「はい……」と、机の上に沈んだ諒兵を横目に見つつ、冷や汗を垂らす一夏だった。
復活した諒兵は再び千冬に尋ねかける。今度は「織斑先生」と呼び直して。
「クラス代表ってなんすか?」
「さすがにここまでは聞いてなかったか。他の学校なら学級委員や級長、委員長と呼ばれる役職だ」
ただし、クラス代表には別の意味もある。
実のところモンド・グロッソに出るような国家代表をスケールダウンさせた存在ということができる。
要はクラスで一番強いIS操縦者という意味を持ち、実は近いうちにクラス代表同士で戦うトーナメント戦もあった。
「じゃあ、強くないといけないのか?ちふ、じゃなかった織斑先生」
「そうだな。未熟者では務まらん。それを理解したうえであれば自薦他薦は問わん」
と、千冬が説明すると、いきなり一人の女子が手を上げて叫んだ。
「はーいっ、織斑くんがいいと思いまーすっ!」
「なっ?」
「私は日野くんを推薦しまーすっ!」
「なぬっ?」
いきなり名前が挙がってしまい、一夏と諒兵は驚いてしまう。
常識的に考えて、ISに乗れるらしいとはいえ、受験日以降、一度も打鉄を展開していない自分たちがまともに戦えるはずがない。
単純な腕っ節の勝負なら自信はあるが、ISバトルなど一度もしたことがないのだ。
そんなことを二人が考えていると、唐突に声が上がる。
「納得できませんわッ!」
セシリアだった。
憤怒といってもいい形相で一夏と諒兵、特に諒兵を睨みつけている。
「未熟者では務まらないと先生もおっしゃっているでしょうっ、その二人は十分な実力があるというのですかっ?」
「いや、はっきり言うと俺たち装着してから一度も打鉄を展開したことがない」
と、一夏がバカ正直に打ち明けたことで、余計にセシリアは怒ったらしい。
「論外ですわッ、彼らが選ばれたとして対抗戦での敗北は私たちの恥になりますのよッ!」
「そんなかたっくるしいこといわなくてもー」
と、クラスの女子が言うが、セシリアの耳には聞こえていない様子だった。
「何より軟弱な男子風情がエリートたる私たちを差し置いて代表など許せませんわッ!」
激昂したセシリアの台詞は、一夏と諒兵の癇に障った。
男を見下していると感じたからだ。
二人の目が剣呑な光を帯びるのを見た千冬はすかさずバンッと大きな音を立てる。出席簿で教卓を叩いたのだ。
さすがに驚いたらしくセシリアも黙ってしまう。
「オルコットのいうことも一理ある。どうだ、ここは一つ模擬戦をしてみんか?」
「模擬戦?」とクラスの全員が首を傾げた。
「他薦を受けた織斑と日野、そして今の言葉を自薦とし、オルコットの三名でISを使った模擬戦を行う」
「勝負になりませんわ」
「だろうな。だから織斑と日野は対戦する必要はない。オルコットが二人と連戦することにしたい。つまりお前がこいつらを見極めろということだ。構わんか?」
セシリアにしてみれば、一度もISで戦ったことのない相手など瞬殺できる自信がある。ゆえに肯いた。
「待ってくれ。俺たちまだISを展開できないんだぞ、千冬ね、ごぁッ!」
「織斑先生だ」と、千冬は一夏に一撃見舞った出席簿をぽんぽんと叩く。
「日時は一週間後。織斑、日野、それまでに待機状態の打鉄を展開できるようにしておけ。こうでもせんといつまでたってもそのままだからな、貴様らの首輪は」
「いや無茶だろ。一ヶ月以上うんともすんとも言わねえんだぞ、こいつ」
「できないなら生身で戦うしかないな。死にたくなければやれ」
諒兵の言葉も容赦なく否定する千冬。
さすがにセシリアも生身の人間をいたぶる趣味はないので、そのときは不戦勝ということになったが。