番外編ですので、いつものスタイルを崩してますが、ご了承ください。
すっかり冷え込んでいる空気の中、日の当たる場所で威勢のいい掛け声が響いている。
「よいせっ!」
「ほっ!」
「よいせっ!」
「ほっ!」
「よいせっ!」と、諒兵が声を出すと、少し遅れて一夏が「ほっ!」と声を出している。
なかなか見事なコンビネーションに、見ているものたちも感心していた。
そして。
「こんなもんか」
「いいんじゃないか。美味しそうにつけたし」
大きな臼の中の白い固まりを見ながら、二人は満足そうな声を出した。
「これは見事だな。慣れているのか、日野?」
と、臼の中身を見ながら、箒が感心したような声を出す。
箒は、こういった日本文化に対しては比較的寛容な態度を見せる。
自分が古いタイプの人間であることを理解しているからだろう。
そんな言葉に諒兵も素直に答えた。
「まあな。孤児院じゃ毎年恒例でやってんだ」
「俺も手伝いに行ってるんだよ」と、一夏も続く。
「私がいたころも誘われたっけ。美味しいのよね、つきたてのお餅って」
そういうなり、鈴音は袖をまくり、手を水に浸して、臼の中身、つまりはつきたてのお餅を取り出した。
「だんなさま、これが食べ物なのか?」
「ああ。お餅っていってな、ま、正月には良く食べてるもんだ」
別に正月に限ったことではなく、古来ではいわゆる祝い事の際に良く食べられるものである。
そんな話をしている横で、鈴音は手際よくお餅を丸めている。
どうせならと思ったのか、箒も手伝いだした。
箒のほうが手際がいいのは、こういったことに慣れているせいだろう。
そんな姿を見ながら、セシリアが感心したように声を漏らした。
「これがお餅ですのね。まさかあのような作り方とは思いませんでしたわ」
「セシリアは知ってるの?」と、シャルロットが尋ねる。
「日本文化について多少は学びましたわ。ただ、あのように豪快なやり方とは知りませんでしたが」
「確かに料理って考えるとかなり豪快かな」と、一夏が苦笑している。
今では機械の餅つき機を使うのが一般的だろうが、諒兵は孤児院で臼と杵を使った餅つきをよくやっていたので、せっかくならと道具を借りてついて見せたのだ。
ひっくり返す役は一夏がやっていた。
「息が合わないと大怪我しそうだね」と、シャルロットも苦笑する。
「まあな。でも慣れりゃそこまで大変でもねえよ」
「けっこう面白いぞ。ただ、これは女の子には重労働かもしれないけど」
「これは否定できませんわね。男の料理という印象ですわ」
まあ、パワフルな女性ならできないこともないだろうが、臼にしても杵にしてもかなり重いものなので、男が扱っているほうが様になるのは確かだった。
と、そんな話をしている横で、鈴音と箒がお皿を出してくる。
「はい、粘っこいし伸びるから、少しずつ、お茶を飲みながら食べるといいわよ」
「左から、あんころ餅、きな粉餅、からみ餅、磯部だ。甘いのも辛いのもあるから好きなのを食べてくれ」
そういうと、いつの間にか匂いでも嗅ぎ付けてきたのか、本音やティナ、さらには簪まで来て、手を延ばしだした。
「むっ?むーっ?!」と、ラウラが伸びるあんころ餅を必死に飲み込もうとしている。
「だから一気にパクつくなって。ほれ」
諒兵が器用に箸でお餅を切ると、ラウラはゆっくりと口の中のお餅を飲み込んだ。
「お、美味しいけど食べにくいぞ、だんなさま」
「少しずつっていっただろ。たくさんあるから慌てんな」
笑いながら差し出されたお茶をふーふーと冷ましながら飲むと、ラウラは次の一口に挑戦していた。
一方。
「これは、確かに食べるのにコツがいりますわね」
「でも美味しいね。甘いのも辛いのもあるのが楽しいし」
セシリアはあんころ餅を箸でうまく切り分けて食べている。テーブルマナーの応用なのだろう。
そんな機転の利くセシリアに対し、シャルロットはからみ餅を少しずつ食べ進めていた。コツを掴むのがうまいシャルロットである。
「ひーたんもおりむーも意外な特技持ってるね~」
「身体動かす系は自信あるんだよ」
きな粉餅を食べながら感心する本音に答える一夏。
とはいえ、反面、座学系は基本自信が持てない一夏と諒兵である。
「こーいうのいいわー、日本に来たって感じがするし」
磯部を食べているティナは思わぬイベントに喜んでいた。
餅つきはどうしても一度に大量に作ることになるため、パーティのようになってしまう。
祝い事などで食べられた理由の一つでもあった。
それがティナにとっては好印象だったようだ。
「ホントに美味しい。こういうの久しぶり」
「そうなのか、更識?」
「うん、お餅つくところは何度も見たことあるけど」
さすがに簪は慣れた様子であんころ餅を食べ進める。その隣では箒が一緒に笑いながら食べていた。
そして。
「去年の今頃は、まさかIS学園で餅つくとは思わなかったぜ」
「だな。でも、こういうのも楽しいぞ。できれば弾や数馬も誘いたかったけど」
「そうね。今年もみんな一緒に楽しく過ごしたいな」
そういって見上げた冬の空の青さに、鈴音はなんだか気持ちがスーッと晴れやかになるように感じる。
(ホントに、これからもみんな一緒にいられるといいな……)
こんな時間が永遠に続くといい、そんな思いを抱いて鈴音は青空を見つめていた。
閑話「のんべ共」
届けられたからみ餅を一つ食べると、くいっとお猪口を空ける。
「うむ、旨い」
そういって肯く千冬に、真耶が別のお餅を勧めてくる。
「きな粉餅も美味しいですよ」
「いや、甘いのはどうもな」
「先輩は辛党過ぎますよ……」
真耶もけっこう飲むほうだが、それでも日本酒を好む千冬と違い、比較的甘いカクテルなどを好む。
そのせいか、お餅も甘いものを選んで食べていた。
「生徒の前でいいんですか、織斑先生」
「その年で飲むお前にいわれたくはないぞ、更識」
「私は更識の当主なので付き合いがあるんですよ」
そうはいってもさすがに教師の前では飲めないので、お酒が少し入った甘酒を飲む楯無だった。
「いいんですか、布仏さん?」
「まあ、お正月ですので、少し多めに見ます」
真耶の言葉にそう答えつつ、自分もちゃっかり飲んでいる虚である。
「でも、IS学園でお餅つきなんて、とても想像できませんでしたね」と、真耶。
「やろうと思えばできただろうが、餅つきは男のほうが様になるからな」
そういう意味では、一夏と諒兵が入学してくれたのはよかったと続ける千冬に、楯無が尋ねかける。
「いい意味で変化しているってことですか?」
「そうだな。例え異物でも、受け入れることで進化できる」
IS学園もいつまでも今のままではいられない。
変化していくことを皆が受けいれ、前に進むことが必要になる時が来る。
いい変化になるようにと願いつつ、千冬は再びお猪口を空けたのだった。
なお、余談だが。
この日、ドイツ軍本部にある『ラウラの成長記録』と銘打たれたサーバーが、100ギガほど増設されたという。
中身は諒兵に助けられながら餅と格闘するラウラの動画らしいと実しやかにいわれている。