ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第37話「無限に高き空の核」

モニターの中で起こったことが、千冬には理解できなかった。

それ以上に、束にも理解できなかった。

ありえない。こんなことが起こるはずがない。

それなのに、目の前でとんでもない異常が起こってしまっている。

「なっ、なんで紅椿が勝手に飛んでっちゃうのっ?」

「こんな馬鹿な……」

だが、同時にある考えが思い浮かぶ。

(紅椿は既に覚醒していたのかッ?)

一夏が上手くやっていけるだろうかと心配していたことを思いだす。

それは紅椿自身が自らの意志を覚醒させていたということに気づかなければ出ないセリフだ。

そして、改めて考え直せば、紅椿はどう考えても箒の行動、言動に怒り、自分の意志で飛び去ってしまったとしか考えられなかった。

そこに通信が入る。

「織斑先生っ、諒兵が勝手に飛んでっちゃったのよっ!」

鈴音の声にハッと我に返った千冬は、すぐに指令を出した。

「作戦は中止だッ、一夏が負傷したッ、回収して撤退しろッ!」

「はいッ!」

千冬の声に緊急事態であることを理解した鈴音はそう返事を返してきた。

 

 

その少し前。

諒兵は待機ポイントで交戦しているはずの場所を見据えていた。

だが、突如とんでもない悲鳴が頭に飛び込んでくる。

聞いたことがないのに、知っているような声。

「レオッ!」

 

ええッ、急ぎましょうッ!

 

声も相当慌てていると感じた諒兵は、一気に高速飛行に入る。

マズいと、自分の心に親友が危機に陥っていることが何故か伝わってくる。

その後を少し遅れて鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラが着いてきた。

「諒兵ッ、一夏が負傷したらしいわッ!」

「わかってるッ!」

「えっ?」

苛立ち混じりにそう答えた諒兵に鈴音は訝しげな顔を向けてくる。

鈴音たちは先ほど千冬と通信したことで、一夏が負傷したことを知ったばかりだ。

いきなり飛んでいった諒兵が情報を聞いているはずがない。

だが、諒兵には理解できていた。

さっきから聞こえてくる助けを求める声。

知らなくても、知っている。いや、諒兵は理解していた。

これが誰の声なのか。

このままでは間に合わない、焦燥感が諒兵を苛立たせる。

「諒兵ッ、どうしたのよッ?」

「だんなさまッ?」

今ばかりは鈴音やラウラの声を聞いてやることができない。

「もっとだッ!」

「何をいってますのッ!」

「もっと速くッ!」

 

任せてッ!

 

何に呼びかけているのかと思う鈴音たちだが、すぐに気づく。

今まさに諒兵はレオに呼びかけている。

そして。

諒兵の頭上が光り、周囲に微量の電気が迸ったかと思うと、ズドンッというすさまじい轟音とともに海を割り、諒兵はまるでミサイルのようにぶっ飛んだ。

「なにあれっ?」

疑問の声をあげる鈴音たちの中で、唯一シャルロットだけが直感した。

「レールカノンだ」

「どういうことだシャルロットっ?」

「プラズマフィールドで電磁コイルの砲身を作ったんだよ。そして諒兵自身を弾にして撃ち出したんだ」

「そんなことまで……」と、セシリアが呟く。

これがASの力。

瞬時加速などまったく敵わない、確実にマッハを超えるスピードで飛行している。

諒兵が撃ち出された方向を呆然と見つめるラウラに鈴音は声をかけた。

「ラウラ。とにかく一夏と箒を回収に向かうわ。『AS』って名前だけ覚えておいて」

「AS?何だそれは?」

「一言でいうなら、天使の力よ」

理解の外にある力だと真剣な顔で告げる鈴音に、ラウラは呆然とすることしかできなかった。

 

 

運がよかったのか、それとも一夏が最後の意地で守ったのか、箒は叩きつけられることなく海に落ちた。

いったい何が起こったのか。

自分のISが勝手に外れた上に飛び去ってしまった。

「ウソだ、こんなこと……」

そう呟く箒の目に、波間に力なく浮かぶ一夏の姿が目に入る。

いまだ白虎を装着していた。というより、白虎が必死に一夏を抱きしめているように箒には見える。

近寄った箒は、何故か一夏の周りの水が赤いことに気づく。

「赤い水……え?」

それが一夏の腹部から流れ出している血であることに気づいた箒は愕然としてしまった。

「いやッ、いやあぁッ、一夏ッ、いちかあッ!」

声をかけても一向に目を覚まさない。

しかもこの状況では一夏を運ぶこともできない。

泳いで戻るには距離がありすぎる。

紅椿がない自分には、何の力もないのだ。

「誰かッ、誰かああああああああああああッ!」

泣き叫ぶしかできない無力な自分に箒は絶望してしまう。

こんなとき鈴音ならどうする。

セシリアなら。

シャルロットなら。

ラウラ……は、諒兵一筋なのでいまいち思いつかないが。

そして諒兵なら、と、そう考えた瞬間、すさまじいほどの水飛沫が襲いかかってきた。

「きゃああああああッ?」

「一夏ッ!」

聞こえてきた声は、今、考えていた人物の声だった。

諒兵はすぐに海に飛び込むと、一夏を担ぎ上げる。

「掴まれ篠ノ之ッ、担いでやる余裕がねえッ!」

「う、あ……」

「早くしやがれッ!」

剣幕に押された箒がレオにしがみつくと、諒兵は旅館に向かって飛び立つ。

そこに鈴音たちが追いついてきた。

「諒兵ッ!」

「鈴ッ、篠ノ之を頼むッ、俺は一夏を運ぶッ!」

鈴音が箒を抱き上げると、諒兵はすぐに叫んだ。

「レオッ、もう一回だッ、我慢しろ白虎ッ!」

 

ええッ!

 

ふぐぅ、ひぐぅ……

 

今は一夏の治療が最優先だと、「わりい白虎」と呟きつつ諒兵は再び飛行し、ズドンッという轟音とともにぶっ飛んでいく。

「一夏ッ、いちかあッ!」

遠く離れていく一夏と諒兵の姿に手を伸ばしながら、箒はただ泣くことしかできなかった。

 

 

箒を運びながら、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四人は花月荘へと戻ってきた。

箒は旅館に着くなり、一夏を探して飛びだす。

残された四人を出迎えたのは千冬だった。

「大丈夫か?」

「私たちより一夏はっ、諒兵はっ?」

掴みかかるように問い詰める鈴音を押さえ、セシリアが答える。

「私たちは問題ありませんわ。ただ、箒さんが少し錯乱しているようですけど」

「そうか。一夏は応急処置を済ませ、宿泊している部屋で寝かせている。山田先生と諒兵がついているはずだ」

「箒を止めよう。諒兵、怒ってるかも」

「そうですわね。一夏さんのピンチを誰よりも早く気づいていたようですし」

女に手をあげない主義とはいえ、さすがに今回は叩くくらいはやってもおかしくない。

そう思った全員は千冬に頭を下げると、一夏と諒兵が宿泊している部屋へと向かった。

 

ただ、それよりも早く、箒は眠っている一夏の部屋を探し当ててしまう。

「いちかっ!」

陽を浴びながら横たわる一夏を見て、箒は再び錯乱した様子を見せる。

だが、近づこうとしたところを真耶に止められた。

「今は安静にさせてください。動かすのは厳禁です」

「あ、あ……」

「麻酔を打ってますから、傍にいてもかまいませんが、できるだけ静かにしていてください」

そういって真耶は部屋を後にする。

見れば呼吸自体は落ち着いている様子なので一つ息をついた。

そして、ようやく箒は周囲が見えるようになり、壁にもたれて座る諒兵の姿が目に入った。

じっと一夏の様子を見守っている。

「あ……」

「篠ノ之」

「え……」

 

「お前に必要なのは、本当に紅椿だったのかよ?」

 

いっている意味が箒にはわからない。

紅椿がなければ戦えない、一夏と一緒にいられないではないか。

必要ないはずがない。自分に必要なのは専用機だったのだと箒は訴える。

「一夏がいつ、専用機のねえお前を突き放した?」

「あ、え……?」

「お前が専用機持ちでも、そうじゃなくても、一夏にとってお前は幼馴染みだったはずだぜ」

「う、う……」

でも、自分は専用機を持つ一夏に近づけなかった。

距離を、溝を、壁を感じていた。

特別でない者が特別な者に近づけるはずがない。

だから姉に頼んでまで、専用機をもらったのだ。

「お前が勝手に壁を作ってただけだろうが。専用機なんざ関係ねえ。自力で歩み寄ってくしかねえんだよ」

「そ、そ、な、こと……」

「少なくとも俺はそうした。一夏がそうしてきたようにな」

だから今、こいつのことを親友だといえる。

そういって諒兵は立ち上がり、部屋を出る。

外にいた鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラに少し疲れたような笑みを向けて、諒兵は旅館を出て行った。

「怒ってなかったね……」

「でも、あまり見たいと思うお顔ではありませんでしたわ」

シャルロットの言葉にセシリアは悲しそうな表情を見せる。

「ああ、泣きそうな顔をしていた」

「そっか。ラウラもわかるのね。あいつうまく泣けないからあんなふうに笑うのよ……」

たまにしか見たことないけど、と、鈴音も悲しそうに呟くことしかできなかった。

 

 

海岸まで歩いてきた諒兵は、そこから空を見上げた。

まだ日は高い。

とはいえ、今シルバリオ・ゴスペルがどこにいるかはわからないし、何よりあのISを憎いという感情がまったく沸き起こらない。

そうするしかなかったのだろうと、むしろ同情してしまうのだ。

そんな自分の気持ちが、理解できなかった。

「諒兵」

「千冬さん、一夏の傍にいてやれよ」

声をかけてきた千冬にそう告げる。

実のところ、うまく話せる気がしないのだ。

シルバリオ・ゴスペルを止めなければならないことは理解しているが、そうする気になれない自分自身の気持ちのことを。

「今は篠ノ之の顔を見たくないんでな」

「さすがに腹立ってるか」

苦笑いする諒兵に、千冬も苦笑を返す。

だが、千冬が話したいのはそんなことではないらしいと諒兵は漠然と感じていた。

「お前、ゴスペルを止められるか?」

「やるさ。やんなきゃなんねえだろ?」

理屈ではそう理解しているのだから、そう答えるしかない。

自分の感情に任せた行動をすることはできないと諒兵は理解はしている。

「お前自身にその気はないんだろう?」

「わかるのかよ」

何故かと問いかけると、千冬は言葉を濁しながら、意を決したように口を開く。

「夕方ごろにお前に会わせたい人が来る。それまで身体を休めておけ。ゴスペルは明日の朝までに止めないと、操縦者が戻れなくなってしまう」

「なんだそりゃ?」

「伝えたぞ」

そういって立ち去る千冬の背中を見て、諒兵はため息をつき、再び空を見上げるのだった。

 

 

千冬が旅館に戻ってみると、ラウラが出迎えてきた。

「どうした?」

「いえ、一夏が負傷したのですから、教官もショックを受けていると思いまして」

自分のことを心配してくれるようにまでなってくれたかと、千冬は嬉しく思う。

どうやら本気で諒兵のことを想っているらしいラウラは、一夏よりも自分を案じたのだろう。

だが、同様にショックを受けているのは誰なのかを千冬は知っている。

「鈴音は一夏が心配で離れられんだろう。私ではなく諒兵の傍にいてやれ」

「いいのですか?」

「大丈夫だ」と、そういって笑いかけると少し悲しそうな顔を見せつつ、ラウラは旅館を出て行く。

そんな姿を見ながら、件の問題児は何をしているかと千冬は束の部屋へと向かった。

「うあーっ、ネットワークを自力で完全遮断してるぅーっ、なんなのこの子ぉーっ!」

なるほどやるべきことはやっているらしいと千冬はある意味では感心していた。

「束、紅椿の居場所はわかったか?」

「全然だよもぉーっ!」

束としては、箒のために作ったはずの紅椿が勝手な行動をしてしまっていることが許せないらしい。

それ以前に、勝手にこんな動きをするはずがないという。

ゆえにひたすらモニターを見て、ネットワークから紅椿を探していた。

そんな束を見ながら、一つ息をつき、千冬は話しかけた。

「以前、お前はコアには心があるといっていたな」

「そうだよ。一つ一つにね」

「では、その心は『何処』からきたんだ?」

「えっ?」と、ようやく千冬のほうへと振り向いた束は「んーっと、んーっと」と考え始める。

そして。

「作ったときには生まれてたよ。だから、心を持ってるんだなって思ったんだし」

そのため、束はコア、正確にはコアの心の生みの親ということができるし、本人もそう認識していた。

「だから『何処』からきたっていうより、最初から『其処』にあったんだよ」

「それは間違いないと思うか?」

「……ちーちゃん、何を知ってるの?」

さすがに千冬の態度から、束は自分が知らないことを知っていると察知する。だが、千冬はかまうことなく話しだした。

「人間の脳で考えるためには電気による情報伝達が必要になる。この程度は私でも知っている」

いわゆるシナプスと呼ばれる細胞による情報伝達のことである。

本来、化学シナプスと電気シナプスに分かれるもので、脳以外にも筋繊維でのやり取りでも存在する。

人間の脳の海馬、大脳皮質は電気シナプスによる情報伝達が行われているとされ、それがいわば考える力ということはできるだろう。

そして心とは考える力によって生まれるものだ。

「なら、コアには電気による情報伝達で考える力があるということになる」

「そうだけど……」

「だとすると、コアはどうやって『発電』しているんだ?」

「えっ?」と、さすがに束も言葉を失った。

人間の肉体には微量ながら発電する能力がある。

それにより、脳の情報伝達を行っているということができる。

脳それだけでは考えることはできない。電気が通って始めて考えることができるのだ。

「コアに発電能力なんかないよ。通電して『初めて』コンタクトとったんだから」

「どんな?」

「なんかずいぶん時代がかったしゃべり方してたけど」

「おかしくないか?」

コアを通電して初めてコンタクトを取ったと束は自分で話した。

しかし発電能力がないのならば、通電しない限り、コアは考えない。

要は初めてコンタクトを取った段階では、生まれたばかりの赤ん坊だったはずだ。

「それなのに個性がはっきりしている。つまり、コンタクトを取る『以前』から、コアは考えていたことになるぞ」

「あっ……」

考えるためには電気が必要だというのは何も人間に限った話ではない。

地球上のたいていの動物の細胞には電気シナプスが存在するとされている。

つまりは。

「コアに発電能力がないとするなら、コアそれだけで考えるために何処からか電気を溜め込んだと考えられるんだ」

「つまり、蓄電能力があった……。あれ、じゃあ、『何処』から電気を溜め込んだの……?」

と、束も真剣な様子で考え始める。

実際には電池のような蓄電能力があるだけでは、電気は動かない。

ISコアはそれ単体で電気が循環しているか、内部で電気が動いているということができる。

つまりは。

「コアそれ自体が、一種の生物になってる……?」

束の脳はすさまじい勢いで活性化を始める。

『天災』ゆえに、一度きっかけを得れば答えを得るまでのスピードは常人の何百倍だ。

「だとすると、電気を溜め込んだんじゃない。電気エネルギーの塊がコアに憑り付いたんだ……」

「束、もしそれが、多量の情報を持っていたとしたら?」

「コアには心があったんじゃなくて、情報を持った電気エネルギー体に憑依されてる。それがコアの中で思考してるんだ……」

そう考えれば、本来生まれたばかりである紅椿が勝手に行動することも十分に考えられる。

単純に、憑り付いた電気エネルギー体と箒の馬が合わなかったというだけのことだ。

しかしそれゆえにおかしい。

千冬は明らかに答えを知っていたと束は疑問を抱く。

「知っていた、というより、教えてもらった」

「…………誰にッ?!」

「コアを作ったのはお前だけじゃなかったんだ、束」

時期そのものは一緒だが、と付け加える千冬を束は信じられないようなものを見る目で見つめる。

「今日の夕方、その人がここに来る。お前とは正反対の選択をした人だ」

「正反対?」

千冬は一つため息をつき、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「世界を変えるべきではないと、その人は考えたんだ」

 

 

 

 

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