ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第38話「始まりの白」

金色の草原が風に揺れていた。

見上げると雲ひとつない真っ青な空が広がっている。

「俺、ゴスペルに腹を撃ち抜かれたはずなんだけどな……」

身体には傷一つない。

しかも白虎を装着していたはずだったのに、何故か、真っ白なシャツ着ていて、真っ白なズボンを履いた姿だった。

いったいここは何処なのだろうか、一夏はそんなことを考えて適当に歩きだした。

 

 

砂浜に寝転がって、諒兵は空を見上げ続けていた。

そこにラウラが現れる。

「大丈夫か、だんなさま」

「ありがとよ」

「何故礼を言う?」

「お前がいつもと変わらねえから安心した」

そういって笑う諒兵の傍に、ラウラも寝転ぶ。

遠慮しているのか、少し間を空けていたので、逆に諒兵のほうから抱き寄せた。

「いいのか?」

「何が?」

「鈴音でなくて……」

「今いうことじゃねえよ」

そういって再び空を見つめる諒兵に寄り添うようにして、ラウラも空を見つめていた。

 

 

憔悴している様子の箒に、鈴音は落ち着いてといって飲み物を渡した。

その隣に座り、眠ったままの一夏を見つめる。

(大丈夫なのかしら?千冬さんの話じゃ傷口が再生してるってことらしいけど……)

おそらく『白虎』が傷を修復しているのだろうと話していたことを思いだした。今は信じるしかないのだろうと小さくため息をつく。

セシリアとシャルロットは、そんな鈴音と一夏の傍から離れようとしない箒に気を遣ったのか、自分の部屋で休んでいる。

そして。

(諒兵は海岸にいるらしいけど……)

正直な気持ちをいえば、鈴音としては諒兵のことも心配なのだ。何もできなかったと悔やんでいるに違いないことを鈴音は気づいている。

ただし、千冬に聞くとラウラを諒兵の元にいかせたらしい。

(ひどいな私。イヤだって思ってる……)

傷ついた一夏が心配で離れる気になれないが、できればショックを受けているだろう諒兵にも寄り添いたい。

そんな揺れている自分に呆れてしまっていた。

横を見ると、箒はすっかり消沈していた。

一夏が傷ついただけだというのならば、尻を叩いてでも戦いに連れて行くのだが、紅椿が行方不明という状態では、彼女には何もできない。

どうしてこんなことになったんだろうと考える鈴音の耳に、箒の呟きが聞こえてきた。

「日野が……」

「どうしたのよ?」

「私に必要なのは……紅椿じゃ……ないと……」

諒兵と箒の話は聞いていた。

そして諒兵の言葉に納得もした。

箒が専用機である紅椿を求めたのは、専用機持ちになって一夏の傍にいるためだ。

しかし、その気持ちを理解する気にはなれなかったのだ。

「そもそも、なんで専用機持ちにならなきゃならなかったのよ」

「そうしなければ……強くなれない……一夏は……強い人が好きだと……いったんだ……」

なるほど、と納得する。

根本的なところで箒は誤解しているのだ。

「専用機持ちが強いんじゃなくて、強いから専用機持ちになれるのよ」

「え……」

「順番が逆よ。一夏と諒兵も、強かったから『白虎』と『レオ』に選ばれたんだと思うわ」

強くなるために専用機が必要だろうか。

否だ。

強さとは力ではないからだ。

「ある人にね、どうすれば強くなれるのか聞いたのよ」

強さとは力ではないと、その人は鈴音にいったのだ。

 

「諦めねぇこった。地面に這いつくばっても前に進むやつぁつえぇ」

 

諦めないために必要なのは、まず自分の心に揺らぐことのない想いを持っているかどうかということだ。

そういう想いを持っている人間であるならば、その行動も自然と筋の通ったものになる。

「そして、そういう人にはみんな手を貸してくれるって」

みなという中には、決して力が強くない人間もいる。

でも、その人間なりに手を貸してくれる。

そうしてたくさんの人間とつながりを作ることができるなら、もっと強くなることができる。

「あんたはどうしてお姉さんだけの手を借りようとしたのよ?」

トーナメントのときに簪に謝れといったのは、簪は彼女なりに箒に手を貸してくれていたからだ。

その手をもう一度、今度は自分を鍛えるために借りることもできたはずだ。

箒にだって、ちゃんとつながりはある。

それなのに、何故『天災』の手だけを求めたのか。

箒の心の奥底には、自分は『天災』を姉に持つ特別な人間だという過信があったように鈴音には思える。

「お姉さんは別にいいけどさ、紅椿には頼らずに一から再スタートしたら?」

そういって立ち上がる。これ以上、自分が傍にいると、箒が追い詰められてしまう気がしてしまうからだ。

すると、そこに真耶が扉を開けて入ってきた。

「出るんですか?」

「箒のこともお願いします」

「はい」と、鈴音の意を汲み取ってくれたのか、微笑んでくれた真耶に頭を下げて部屋を出るのだった。

 

 

ラウラから預かっていた通信機が鳴り、シャルロットは回線を開いた。

「こちらクラリッサ・ハルフォーフ」

「はい。僕はボーデヴィッヒさんの代理です」

「隊長は?」と、聞かれてシャルロットは返事に困ってしまう。

まさか男のところにいっているなどとはいえないからだ。

しかし、諒兵のことを心配するラウラを止めることはできなかった。

ラウラは何故か、自分の部隊から連絡が来るはずだから代わりにとっておいてくれと頼んできたのだが。

「と、とりあえず用足しに……」

「(総員、監視体制!)……なるほど。では、用件をお伝えしてくれますか?」

「はい」

マイクが声を拾えなかったのか、妙に長い沈黙が気になったシャルロットだが、とりあえず話を聞くことにした。

そして、クラリッサは今後のシルバリオ・ゴスペルの予想される飛行経路についての情報を伝えてくる。

「確率は八十パーセント。また、現時点では何故か動いていません。そのこともお伝えください」

「わかりました」

そう答えたシャルロットにお願いしますと告げて、クラリッサは通信を切ってきた。

黙って聞いていたセシリアが声をかけてくる。

「動く前にいかなくてはなりませんわね」

「それが一番いいね。ただ、諒兵、大丈夫かな……」

セシリアとしてもそれが心配だった。

鈴音は一夏と諒兵はコンビなら誰にも負けないといった。

しかし、片方の羽ともいえる一夏が今の状態では、諒兵も満足に戦えない気がしてならない。

それでも、シルバリオ・ゴスペル相手には今は諒兵が戦うしかないということを二人は理解している。

「信じましょう……あら?」

聞こえてきた足音に扉を開けてみると、歩いていく鈴音の後ろ姿が目に入ってくる。

「行くのかな?」

「そうでしょう」

一夏が眠っている今、諒兵を動かせるのは鈴音しかいない。

残念だがラウラではまだ動かすには至らない。

うまくやってくれることを、セシリアとシャルロットは願っていた。

 

 

鈴音が砂浜まで歩いてくると、寝転がっている諒兵と、寄り添うようなラウラの姿が目に入った。

むう、と、思わずヤキモチを焼いてしまう。

だが、一夏の傍にいた自分に何がいえるわけでもない。

軽く深呼吸してから、二人に近づいていった。

そしてラウラとともに諒兵を挟むように腰かける。

「どうした?」

「水平線見てるのよ」

空の青と海の青が交わる場所は、サファイアのように輝いている。

先ほどまで激戦があったなどとは想像できなかった。

しかし、確かにあったのだと鈴音は思う。

諒兵の性格なら、シルバリオ・ゴスペルを止めにいくだろう。

だが、勝てるだろうか。

正直、鈴音としては最初から不安だった。

箒のことを否定するつもりはないが、一夏と諒兵を分けるべきではないと考えていた。

しかし、箒が束に紅椿をねだった理由を考えれば、束としても分けないわけにはいかなかったのだろう。

要するに妹である箒の恋を応援するための作戦だったのだ。

シルバリオ・ゴスペルを倒せないどころか、紅椿が勝手に飛び去るとはさすがに予想できなかっただけで。

だが、結果として一夏は負傷した。

いつも前にあった二つの背中。

その片方がないだけで、物凄く不安になっている自分に気づく。

どっちもいてほしい。

そう思う自分を否定することなどできないはずだと鈴音は考えていた。

「行くの?」

「ゴスペルを止めてやらねえと」

諒兵の言葉には、シルバリオ・ゴスペルに対する憎しみが感じられない。

親友を傷つけた相手に対して、怒りを感じてないのが不思議ではある。

「なんだかわかんねえけど、あいつも被害者だ。だから、倒す気にゃなれねえ」

「でも、行くの?」

「あのままだと、操縦者の命に関わるみてえだからな」

正義の味方なんて気取る気はないが、誰かが止めなければシルバリオ・ゴスペル自身が後悔する気がすると諒兵は告げる。

「怒ってるのはあいつのほうだと思うぜ」

「だから、すぐに動く気になれないのか?」と、ラウラも尋ねてくる。

「それもあるけどよ、千冬さんが俺に会わせたいやつが来るっていってんだよ。それまで休んでろだとさ」

その言葉で鈴音は直感した。

『白虎』と『レオ』について詳しい、すなわち『AS』について詳しい人物がくるのだろう、と。

ならば、そのときにすべてわかるだろう。

そう思った鈴音は立ち上がろうとする。

「邪魔したわね」と、思わずそんな言葉が口を衝いて出てしまうことに苦笑してしまう。

「鈴音、シャルロットが何かいってなかったか?」

「えっ、そういえば、部屋の前を通るときに通信機か何かが鳴る音が聞こえたけど」

「そうか。ならば行かなくては」

「ラウラ?」と、鈴音が声をかけるより早く、ラウラは立ち上がる。

「部隊の副隊長にゴスペルの飛行経路の予測と現在地の探索を頼んでいたんだ。鳴ったということは情報が来ているはずだ」

「確認しにいってくる」と、そういってラウラは旅館へと戻っていく。

出鼻をくじかれてしまった鈴音は、中腰のままどうしようか迷ってしまう。

「行かねえのか?」

「も、もうちょっとだけ……」と、再び腰かける。諒兵に触れられるような距離で。

「私も行くわ。ゴスペルを助けるんでしょ?」

「そっか。なら危ねえときは守ってやる」

自然にそう答えてきてくれたことが嬉しく、そして申し訳ないと鈴音は思う。

(ごめん、ありがとラウラ)

我ながらひどい女だと思いつつ、二人きりでいられる時間を楽しんでしまう鈴音だった。

 

 

束は千冬からすべてのことについて聞いていた。

「つまり、私と同じ時期にISとそっくりおんなじASっていうもののコアを作ったやつがいるんだね?」

「ああ。その人が創ったコアは女性にしか反応しないということはなかったようだ」

「そもそも男性にコアが反応しないはずなかったんだけどね」

「何?」

束曰く。

自分が作ったISコアも性別に関わりなく使えるはずだったという。

そもそも女性しか使えない兵器など、科学者としては作っても意味がない。

ただ、束自身は兵器というより……。

「翼を作りたかったんだけど」

「……それを聞いて安心したよ」

「なに?」

「お前は確かに私の大事な幼馴染みだ」

真顔でそういわれてしまうと、さすがの『天災』も照れてしまう。

だが、気持ちは真実だ。

世紀を超えるような頭脳と、どういうわけなのか桁外れの身体能力を持っている篠ノ之束にも、できないことはある。

例えば生身で深海に潜ることは出来ないし、空を飛ぶこともできない。

道具が必要になるのだ。

「深海も未知の世界だけど、空、宇宙もそうでしょ?」

「まあ、そうだな」

「だから行ってみたくって」

純粋な知的好奇心の塊である束は、逆に興味のないことにはまったく関心を示さない。

ストレートにいってしまうと束は重度のアスペルガー症候群である。

科学者としての探究心。それがもっとも重要なことで、その次に自分が好きな人間たちが来る。

そしてそれ以外は興味を持つことすらしないのだ。

当然、周りは篠ノ之束という人間を理解できない。

相手が理解できないのに、理解されようと努力しても仕方がないと、束は周囲に壁を作っていた。

そんな束が自分の好奇心を満たすために作ったのがインフィニット・ストラトス、通称ISである。

そんな機械をわざわざ女性専用に作るはずがない。むしろ面倒な機能になる。

ゆえに束は普通にISコアと機体を制作していたのだ。

「だから、別に女しか反応しないなんてことはなかったはずなんだよ」

「だが、ISは一夏と諒兵が現れるまで、男には乗れなかった」

「だから、今の話を考えると、最初のコア、『白騎士』が何かしたんじゃないかな?」

コア・ネットワークによりコア同士はつながっている。

もし、最初のコア、正確にはコアに宿った電気エネルギー体が『男は乗せない』と決めてしまったら、他のコアにも影響が出る可能性は十分に考えられる。

「白騎士のコアはリセットしたんだろう?」

「あくまでコアのデータだけだよ。でもちーちゃんの話と総合すると、まったく別のものが憑り付いてる。そんなのリセットする技術はないよ」

おそらく、『白騎士』は何らかの理由から、男性を乗せることを拒んでいるということが考えられる。

しかし、その理由まではわからないと束は首を振った。

「性別判定は?」

「遺伝子構成を見れば簡単だよ、そんなの。これに関しては間違いないよ。だからいっくんはISに乗れるはずだったんだし」

「何?」

意外な言葉に千冬は驚く。

一夏は最初からISに乗れるはずだったと束はいうのだから。

聞くと一夏にIS学園の試験会場の地図を送ったのは束だという。

まさか一夏と一緒に試験会場に行く人間がいるとは思わなかったようだが。

「何故一夏は乗れると確信していた?」

そう問いかける千冬を束は指差す。

「行儀が悪いぞ」といいつつ、首を傾げる千冬に束は説明した。

「だから遺伝子構成だよ。でも、白騎士が乗せた最初の一人とまったく同じ両親から生まれた人間なら遺伝子構成は近くなる。なら性別は関係ないじゃん」

「そう、か。私か……」

かつて、白騎士事件で『白騎士』を操ったのは他ならぬ千冬である。

そして千冬と一夏は同じ両親から生まれた姉弟だ。

当然、遺伝子構成は近くなる。極論すれば、単にXXか、XYかの違いだけだ。

つまり、『白騎士』は『織斑千冬』を判断基準にして、乗せる人間を決めているということなのである。

「だから逆に驚いたんだよ。いっくん以外に乗れる人が出るなんて思わなかったし」

「その点で考えれば諒兵が乗れるのは確かにおかしいのか」

「今の話を考えると『白虎』と『レオ』は完全に先祖返りしてるね。つまり白騎士が何かする以前の状態にいっくんと『りょうくん』に戻されたんだね」

「そうなるか。そういえばあいつらは昔から空に憧れを持っていたな」

諒兵がもともとその癖があり、空を飛びたいという気持ちも以前から持っていたらしい。

一夏もその影響を受けた。

それ以上に一夏は一夏なりに千冬という存在から、余計にISには憧れはあったらしい。

空を飛べる翼として。

「それだね。二人の『空を飛びたい』って気持ちに、白虎とレオは反応したんだよ」

そしてだからこそ、そんな願いを持っている人間にくっついて離れないのだ。ISではなくASとして。

「ふむ」と、そこまで考えて納得して、「ん?」と、思ったことがあった。

(りょうくん?)

束は確かにそういった。響きから考えて諒兵のことだろう。

しかし、束が自分にとって興味のない他人をそんな親しげに呼ぶことなどありえない。これまでに一度もないのだ。

「束」

「なに?」

「りょうくん、とは何だ?」

「フルネームは日野諒兵だよ?」

「そうじゃない。なぜ諒兵のことをそう呼ぶんだ?」

お前にとっては赤の他人だろう、と、続けると束は「あっ、そうなんだ」と納得した様子を見せる。

「ちょっと思うところがあっただけ。気にしないでいいよ」

「そうなのか?」

「そ」

この様子では理由を話すことはないだろう。そう考えた千冬は意識を切り替える。

今考えるべきは、束がいう最初のISコア、つまり白騎士のコアだ。

「確かに今考えるべきなのは白騎士のことか。こうなると白騎士のコアを見つけ出す必要があるな。何を考えたのか聞く必要がある」

「ここにあるよ」

「何?」

「白い機体で思いださない?」

その一言で、千冬もピンと来た。束が一夏に乗るようにと拘っていたのは性能などではない。

そのコアにこそ理由があったのだ。

「白式かっ!」

「うん。リセットしてあるけど、たぶん憑り付いてるものは変わってないよ。ただ……」

束にいわせると、実は以前から『白式』のコアがまったくコンタクトに応じない。

束の言葉すら無視しているようで、千冬の弟である一夏なら何かわかるのではないかと乗せたかったという。

しかし『白虎』のことを考えるとまず無理な話だ。

そうなると候補は一人しかいない。

「しばらくIS学園で預かろう。私がコンタクトを取ってみる」

「お願いちーちゃん。私、紅椿のことから手が離せない。その代わりしばらくはコアを作るのはやめるよ。紅椿みたいにみんな離反したらとんでもないことになっちゃうし」

「ああ、わかってもらえてよかった。白式については私に任せてくれ」

そこでお互いに肯くと、千冬の電話が唐突に鳴り響く。

ディスプレイには『博士』と表示されていた。

 

 

 

 


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