ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第39話「天狼」

夕食が済んだ後、千冬は眠ったままの一夏と憔悴している箒以外の専用機持ちを呼びだした。

昼間、千冬がいっていたことを思いだした諒兵が、千冬に尋ねかける。

「例のやつか?」

「……とりあえず一番最初に入れ、日野」

「あ?」と、疑問を感じつつも、諒兵が扉を開ける。

直後、かーんッと実にいい音が響き渡った。

額に缶コーヒーの空き缶が直撃したのである。

「誰だッ、何しやがるッ!」

額を押さえる諒兵が中に飛び込むとそこには三十代くらいで白衣を着た男性がいた。

とはいえ、その雰囲気は科学者とはとても思えない。

「人を指して例のやつたぁ行儀がわりぃぞ、諒兵」

「兄貴ッ!」

 

あら、テンロウじゃないですか

 

「何?」と聞くよりも早く、自分の言葉に鈴音が反応した。

「えっ、蛮兄っ?!」と、驚いて入ってくる。

「なんでこんなとこにいるのよっ?!」

「久しぶりだなぁ、鈴。『無冠のヴァルキリー』たぁ、えれぇ強くなったじゃねぇか」

と、かんらかんらと笑うあたり、あまりにも白衣が似合わない。

その様子を見ながら、セシリアが問いかけてきた。

シャルロット、ラウラはいきなりのことに唖然としてしまっている。

「諒兵さん、鈴さん、この方が?」

「うん、諒兵と同じ孤児院出身で、私たちの兄貴分の人よ」

そんな話が交わされる中、千冬も部屋の中に入って扉を閉める。

「凰が言ったとおり、この方は日野と同じ孤児院出身で、織斑や凰も世話になっていた方だ。お名前は『蛮場丈太郎』さんという」

そして、と、一つ息をついて千冬は続けた。

「オルコットやデュノア、ボーデヴィッヒも聞いているらしいが、各国のIS関係者から『博士』と呼ばれている方だ」

 

「「「「「ええええええええッ!」」」」」

 

と、全員が絶叫する中、博士こと蛮場丈太郎はからからと笑っていた。

 

とりあえず落ち着いたところで、全員がテーブルに座り、改めて自己紹介してくる。

「蛮場丈太郎だ。適当に呼びな。細けぇこたぁ気にしねぇ質なんでな」

答えるようにそれぞれ一人ずつ自己紹介していった。

とはいえ、諒兵と鈴音はよく知っているので自己紹介する必要はなかったが。

「あの、博士でいいですか?」

「おぅ、好きに呼べ」

「ものすごく失礼だと思いますけど、ホントに科学者なんですか?」

と、シャルロットが申し訳なさそうに尋ねる。

すると丈太郎はけっけっと笑った。

「見えねぇのは仕方ねぇが、一応科学者だ。白衣着てねぇと誰も気づきゃぁしねぇがな」

それはそうだろうと誰もが納得してしまう。

なんというか、インテリっぽさがまるでないのだ。

束も別の意味で科学者っぽくないのだが。

(ハイレベルの科学者はそう見えないという法則でもあるんですの?)

と、セシリアはそんなことを考えてしまう。

次にラウラが尋ねる。

「博士、だ…、諒兵の身内なのは本当か?」

「あぁ、こんなちっけぇガキのころから面倒見てんぜ」

そういって示した高さは明らかに幼児くらいの身長を示している。

「なるほど。私は諒兵の良き妻になるために頑張っている。いろいろとお話をお聞かせ願いたい」

さすがにラウラがそういうと驚いたらしい。

というか、その場にいた全員が驚いていた。

そして、呆気にとられていた丈太郎は、すぐににまっと笑い、諒兵の肩をポンッと叩いた。

「諒兵、結婚してたんならいえよ。ご祝儀くれぇ贈る甲斐性はあんぜ」

「俺はまだ十五だっ、わかっていってやがるなこの野郎っ!」

「だんなさまっ、実にいい人だっ、きっとうまくやっていけるっ!」

「からかってんだよっ、このクソ兄貴はっ!」

けけけと楽しそうに笑う丈太郎に、今にも殴りかからんばかりの諒兵だった。

次に尋ねたのは鈴音。

「そういえば、蛮兄、千冬さんに敬語使われるような感じだったっけ?」

「そういや、さっきの千冬さんはいつもとえらく態度違わねえか?」と、諒兵も続く。

答えたのは千冬のほうだった。

「単に公私で言葉を使い分けているだけだ。今の私はIS学園の教師だからな。高名な博士に対して敬語を使わんほうがおかしかろう」

「こういうマジメなとこが可愛いじゃねぇか」

丈太郎がそういったとたん、一瞬だけだが千冬の頬が朱に染まる。

それを見たラウラが「きょ」と口を開こうとした瞬間、物凄い気迫を見せてきたが。

(蛮兄のこと、好きだったんだ)

(反応が可愛らしいですわ)

(織斑先生も適齢期だし、いいかも)

(教官が姉になるのか。小姑ということか?)

鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラがそんなことを考えたが、命が惜しいので決して口には出さなかった。

 

このままだと話が進みそうにないと感じたセシリアはとりあえず個人的な興味は置くことにした。

この気さくな雰囲気を見る限り、人間性は一夏や諒兵によく似ていることが理解できるので、個人的にはいろいろと話をしてみたいとは思う。

だが、彼ならばシルバリオ・ゴスペルの件を終わらせてからでも、十分に話はできると考えたのである。

「博士、ISとASの違いについてご説明くださいませんか?」

「だな。あまり時間もねぇ。違いについて説明するにゃぁ、ちぃとなげぇ話になるしな」

セシリアの意図を汲んだのか、丈太郎は説明を始めた。

「俺がASを完成させたのは、今から十年前、白騎士事件の二ヶ月前になる……」

 

 

 

目の前で完成した透明な球体を見て、丈太郎は興奮した。

「これで、飛べる……」

彼の考えた空間非限定飛行用スーツにはどうしても必要なものがあった。

非常に容量の大きい蓄電性質を持つ物質だ。

彼にとって重要だったのは、エネルギー源。つまり容量が大きく、それでいてサイズの小さい電池を作ったのである。

もっとも、それだけではない。量子変換するために必要な記憶容量など、簡単にいえば電池と大容量記憶装置の性質を併せ持ったもの、それがコアだった。

それを中心とし、フルフェイスのヘルメット、胸部や腰周り、そして両手足を覆う装甲、そして背後にスラスターを取り付けたものが、ASだった。

 

 

「わかりやすく言やぁ動きやすい宇宙服だ」

「ISもそうだと聞いていますわ」

両手足とフルフェイスのヘルメットはISにおけるバリアーシールド発生装置をかねていた。

ただし、初期状態のAS、というより開発した飛行スーツはISに比べ、戦闘力の面では遥かに劣っていたと丈太郎はいう。

「そもそも、戦闘なんざ考えちゃぁいなかったんでな」

要は飛ぶことだけを考えた機体だったのである。

「そうなるとISとはだいぶ違いますね」と、シャルロット。

「ああ。うさ、いや篠ノ之束は宇宙空間での戦闘状況を考えたんかしんねぇが、かなり強力な戦闘能力も持たせてた。けど、俺ぁ飛べりゃぁいいって思ってたかんな」

実際のところ、主成分は同一でも、コア自体の構成は少し違うはずだと丈太郎はいう。

「自己進化に関しちゃ、俺ぁそうなることに後から気づいたしな」

「後から?」

「進化ってのぁ、思考と経験の積み重ねによる変化だ。俺ぁ、そもそもコアに考える力なんぞ付加するつもりじゃぁなかった」

極端にいえば、携帯性を重視したのがASの元である飛行スーツだったのだ。

それが何故、絶大な戦闘力を持つASになってしまったのか。

「諒兵や一夏の武装が物質化された高密度のプラズマエネルギーなのは知ってんな?」

「そうだったのかよ」

全員が真剣に肯く中、諒兵はのんきに呟く。

だが、一夏がここにいても同じようにいうだろうとみなは思った。

「単純に言やぁ、そのプラズマエネルギーは、人間みてぇに考えてんだ」

「なっ?!」と、そう叫んだのはシャルロットだ。

常識を覆すような新生物の発見ということができるからだ。

「きっかけは、最初の飛行テストのときだった」

と、そういって再び丈太郎は話し始めた。

 

 

 

完成後、テスト飛行を行った。

操縦者は丈太郎自身。

単純に、他に操縦者がいなかったのである。

ただ、このテスト飛行が大きなきっかけとなった。

「シールド、スラスターに問題はねぇな」

上空八百メートルで丈太郎はそう呟く。

さすがに自分が飛ぶために作ったもので、興奮するほど子どもではない。

丈太郎は冷静に、飛行用スーツの性能を確かめつつ、飛行を続けていた。

「これで人間は自由に飛べる。もっと高く飛べるように改良を続けていかなきゃな」

 

どこまで?

 

ふと、そんな声を感じた丈太郎は違和感を持った。

「通信機能がイカれたか?」

後で直しておくか。そう呟いた丈太郎はエネルギーの残量を気にしつつ、飛行を続ける。

「次のテストのときは倍の高さまで飛んでみるか」

 

その次は、どこまで高く飛びます?

 

おかしい。そもそも通信機能を使っていない。

飛行テストは計算上、かなりの余裕をもって行っているので、今日は一人でやっている。

この高さならば、落ちたとしてもシールドが機能している限り傷一つないはずだ。

エネルギーも十分に残っているからあと一時間は飛び続けられる。

そんな理由から一人で行っているため、今、自分が飛んでいることを知るものは一人もいない。

つまり、通信が入るはずがない。

最初だけなら混線したのだろうと考えられるが、声は明らかに自分の呟きに答えているような気がする。

三度目の正直だと思い、丈太郎は呟いた。

「目標は空の果てだ」

 

望むなら今からでも十分にいけますけど?

 

はっきりと、自分の呟きに答える声が聞こえてくる。

いや、頭の中に直接響いてきている。

「誰だッ、人の頭でしゃべってんのぁッ!」

 

そういわれても今の私には、まだ名前がありませんよ

 

「なんなんだッ、おめぇッ!」

 

今の私をどう表現すればいいのかわかりませんねえ

 

なんだ?

いったい何が起こってる?

丈太郎はそう思わずにはいられなかった。

自分の頭の中でまったく別の誰かがしゃべっている。

それも明らかに個性がある。

まさか自分は二重人格だったとでもいうのかと起きている現実が信じられなかった。

とりあえず冷静になるしかない。

最悪、病院にいくことになっても仕方ないと、丈太郎はまず声と話をすることにした。

「おめぇ名前がほしぃのか?」

 

あるにはありますが、あなたがたには発音できませんし

 

しかし、名前をつけるにしても声がいったいなんなのかわからなければつけようがない。

何かヒントをもらえないかと丈太郎は尋ねかける。

「今どういう状態なんだ、おめぇ?」

 

あなたが身に纏ってますけど?

 

丈太郎は、ぽかんと口を開けてしまった。

自分が身に纏っているといえば、防寒用の飛行服と開発したばかりの飛行スーツだ。

まさか、鎧を模して作ったこの飛行スーツが、勝手に知能を持ったというのだろうか。

違う。

名前がある、それも自分たちには発音できない名前があるというのなら、何かが飛行スーツに憑依したと考えるほうが正しい。

特に名前など考えていなかった丈太郎だが、このスーツに名前をつけるのは違うと感じた。

声には明らかに個性がある。

つけるべきは個体名だ。

「……なら、これからおめぇのこたぁ『天狼』って呼ぶ」

もともと一番好きな獣である狼と、空を意味する天を合わせた名前だった。

 

テンロウ……。はいっ、私はテンロウですっ!

 

「うぉッ?!」

そう声が答えた瞬間、装着しているパーツが光を放ち、一気に生まれ変わった。

胸に狼の紋様が施された鎧が全身を覆う。背には巨大な金属でできた翼が生えていた。

フルフェイスだったはずのヘルメットは、額のみを覆う鉢金に近い形状になっている。

「なっ、なんだこりゃぁッ!」

 

あなたの想いで生まれ変わったんですよ♪

 

ただ名前をつけただけで、こんな変化をするとは想像していなかった丈太郎は唖然としてしまう。

「と、とにかくいったん降りんぞ、天狼。おめぇたぁじっくり話す必要があるみてぇだ」

 

はい♪

 

やけに嬉しそうなそんな声を聞きながら、丈太郎は自分のラボに戻っていった。

 

 

「なんてぇか、異様にのんきな声だった。まぁ、今でも変わんねぇんだが」

「待ってくださいッ、そうなると博士はまだASを持ってるんですかッ?!」

シャルロットが驚いた様子で問い詰める。

その問いに、丈太郎は自分の首をつんつんと指した。

そこには銀の首輪が巻きついている。

「あっ!」と、諒兵と千冬以外の全員が驚いた表情を見せる。

「どうしたんだよ?」

唯一、事情がわからない諒兵がのんきに疑問の声を上げると、丈太郎と千冬以外の全員が諒兵の首を指差した。

「あんたの首輪っ、おんなじもんでしょうがっ!」

「あ」

鈴音の叫び声で、ようやく諒兵も理解できたらしい。

「ASの待機形態は同一らしい。天狼にいわせっと自分たちは必ず首に巻きつくんだと」

「一夏の首輪もそうなのか」

「たりめーだ、バカ」

つまり、AS操縦者は現時点でこの世界に、一夏、諒兵、そして丈太郎の三人がいるということだ。

「というか鈴さんっ、一緒にいたときに気づかなかったんですのっ?!」

「だってASなんて知らなかったしっ、男はIS乗れないってのが常識だったじゃないっ!」

「しかも、ファッションとか言ってたしっ!」と、鈴音は続ける。

正確にいえば、丈太郎は『天狼』を展開したことがほとんどない。だから誰も知らなかったのだ。

「天狼とは今でも話せる。それどころか、こいつぁ他人とも話せるし、こいつがくっついてやがるせぇか、コア・ネットワークも生身で覗けんだ、俺ぁ」

コンピューターに接続すれば、見たものを記録することも可能だと丈太郎は説明する。

「まさか、俺もできるのか?」

「習熟すりゃぁな。要は、ちゃんと話せるようになりゃぁできるようになる」

つまり今の諒兵では不可能だということだ。

とはいっても、一夏も諒兵もかなり進んでいる状態なので、そう先の話ではないと丈太郎は説明する。

「天狼が他人と話せるならば、是非声をお聞きしたいのですけど……」

セシリアの希望も当然だろう。

ISコアと対話すること自体、才能によるものが大きい。

それができるというのであれば、IS操縦者として聞いてみたくならないはずがなかった。

「すまねぇがそりゃぁできねぇんだ」

「何故ですのっ?」

「俺ぁ、今はこいつの能力の大半を封印してっからな。天狼にできんのぁ、コア・ネットワークを歩き回るくらいだ」

あまりに辛そうな表情にセシリアは口を噤んでしまう。

「何故だ、博士?」と、ラウラがあえて踏み込んだ。

「こいつ、いや、こいつらと接触するにゃぁ、人類は幼すぎる。俺ぁそう思ったんだ」

それはたった一人で世界の行く末を選択することになった、一人の男の懺悔だった。

 

 

 

 

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