相変わらず金色の草原を歩いていた一夏は、何か声が聞こえてくるのに気づく。
「泣いてるのか?」
誰かが泣いてる。
そう思うと居ても立ってもいられず、一夏は走り出した。
夜。
海岸に出てきた諒兵と鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは丈太郎と千冬に指示を受けていた。
「ボーデヴィッヒの部隊のおかげで場所はわかるな」
「ああ」
「鈴たちはエネルギーや砲弾や弾薬の補充は完了してるな?」
「うん」と、鈴音が代表として答える。
だが、そこでふとシャルロットが気づいた。
「諒兵は大丈夫なの?」
「あ?」
「補充してなかったと思うけど」
「そういや、エネルギーの補充なんて一度もしたことねえな」
首を傾げる諒兵に、尋ねたシャルロットを含め、その場に居た全員が唖然としてしまう。
「一夏もな」と、笑いながら丈太郎が付け足した。
「まさかASには必要ないんですのっ?!」と、セシリアが声を荒げるのに苦笑しつつ説明する。
「いや、自力で補充してんだ。こいつの癖はそういう意味じゃ役に立つ」
「癖?」といって空を見上げることを思いだす全員。
「一夏を日当たりのいい場所に寝かせたのも同じ理由だ」
と、千冬が補足すると、シャルロットが気づいた。
「太陽光っ!」
「正解だ。太陽光発電っつってもいいな。太陽が出てる限りエネルギーを補充できる」
正確には自然光、つまり星の光や月の光でもいいのだが、太陽光に比べて補充率は低い。
よって夜は実は戦いにくくなる。
蓄積したエネルギーを使うしかなくなるからだ。
ASにもちゃんとエネルギー切れはある。
最初に展開したときにエネルギー切れを起こしたのは、進化にエネルギーを使いすぎ、太陽光を受けていても補充が間に合わなかったためである。
それはともかく、夜は戦いにくいというのは今のシルバリオ・ゴスペルも同じなのだ。
「この時間を選んだのぁそのためだ。それでもISとして補充してるエネルギーがあるから間違っても長期戦はすんな」
「はい」と全員が答えたのに肯く丈太郎。
そして千冬に視線を向ける。
「頼んだぞ。私たちはここで待っている」
そういった千冬の手には通信機がある。
紅椿を捜索している束と連絡を取るためだ。
旅館に帰ればいいのにと思っても口に出す者はここにはいなかった。
「じゃ、行ってくるぜッ!」
そして、諒兵たちは星空の中、シルバリオ・ゴスペルを目指して飛び立った。
花月荘にて。
束は別の部屋で丈太郎の話を聞いていた。
「エンジェル・ハイロゥか。一度いってみよっか」
丈太郎の言葉をすべて信じたわけではないが、情報の大河ともいうべき光の輪の存在に関しては納得がいった。
人の脳には最初から情報があるわけではない。
しかし、束には異常なほどの発想力と、本を読んだだけでは足りない相当量の知識がある。
その矛盾に気づかないほど束は愚かではない。
「自分用のISなんて作る気なかったんだけどな」
様々な場所にいってみたいという気持ちは嘘ではないが、ISと自由にコンタクトが取れる束は、兵器となってしまった今、自分用のものを作っても仕方ないと考えていた。
それよりもコアがどうすれば成長するかという部分に関心が向い、戦闘はあくまでその手段の一つと認識していた。
そこでもっとも注目したのが現在コンタクトに応じない最初のコアと、生み出したばかりの最新のコア、つまり白式と紅椿だった。
二機を絡ませることでどう成長するのかを見てみたかったのだが、紅椿が逃走してしまってはそれも叶わないだろう。
「箒ちゃん、これからどうするんだろ」
箒が束を利用しようとしたように、束も箒を利用しようと考えていた。
というか、箒の気持ちはとっくに理解していて、ならば少しくらい利用させてもらってもいいだろうと考えたのだ。
お相子ということだ。
ただ、紅椿を作ったことを、それを箒に渡したことを束は後悔している。
姉としてどうすればいいのか。
束は生まれて始めて真剣に、『天災』ではなく『人』として考えていた。
ついでに。
「ちーちゃん、いつあいつと知り合ったのかな?」
そんなことも考えたのだが、下手につつくと千冬に本気で叩き潰されそうなので、今は聞くのはやめておくことにした。
シルバリオ・ゴスペルは諒兵たちが五十メートルまで接近すると、いきなりエネルギー砲弾を撃ち放ってきた。
「ファイルスってのを守ろうとしてんのか」
「たぶんね。一番いいのは説得することなんだろうけど」
諒兵の言葉に、鈴音がそう答える。実際、説得できれば問題ない。
だが、丈太郎がいうには、シルバリオ・ゴスペルはコア・ネットワークからの攻撃を受けたことで、心を閉ざしているため声が届かないという。
「誰だか知らねえが、迷惑なことしやがって」
「文句をいっても仕方ありませんわ」
「僕たちが牽制してできるだけこの場に足止めするから、諒兵は何とか攻撃をかいくぐってコアにダメージを与えて」
セシリアやシャルロットがそういっている間にも間断なく砲弾が撃たれてくる。
スラスターと砲口を兼ねたマルチスラスターからの攻撃は、すさまじい数でまさに砲弾の雨だ。
シルバリオ・ゴスペルが広域殲滅を目的に作られたということがよく理解できた。
「クッ!」
諒兵の背後から迫る砲弾を、ラウラがプラズマブレードを使って弾く。
しかし、かなりの威力でブレードが歪まされてしまった。すぐに元通りにするが、何発ももちそうにない。
「背中は私が守る。いけ、だんなさま」
それでも決然と告げるラウラに、「ありがとよ」と、諒兵がそう答えると、両足の獅子吼が一本ずつ勝手に離れた。
「む?」
そしてラウラの両腕に固定される。ブンブンと振っても離れない。
「レオが力を貸すってよ」
「そ、そうか。ありがたい」
そういって頬を染めるラウラを見て鈴音は思わず、むうっと唸ってしまい慌てて頭を振る。
(嫉妬してる場合じゃないでしょっ!)
しかし、ラウラがレオに認められたようで面白くないのは確かだった。
とはいえ。
「ビット使わないなら、足の分、全部貸してもいいと思うけど」と、シャルロットが首を傾げる。
リョウヘイの一番のパートナーは私です
「……図に乗るなっていってやがる」
少しばかりたそがれる諒兵を見つつ、全員が無言になる。
(一番のライバルって白虎とレオなのかしら?)
(これは鈴さんも苦労しますわね……)
(天狼といい、けっこう嫉妬深いんだ)
(小姑はレオのほうだったか)
内心、そんなことを考える気持ちを止めることはできなかったが。
一夏が横たわる部屋で箒は一人ぼんやりとしていた。
時折、真耶が来て様子を見ていくことにも気づかない。
その頭の中では、鈴音の言葉がリフレインしていた。
「紅椿には頼らずに一から再スタートしたら?」
ISを頼ったことが何故悪いのか。
実のところ、箒にとってISは決していい思い出があるものではない。
姉が作り上げ、世界を変え、結果として自分は自由を失った。
剣道日本一も実のところ憂さ晴らしの果ての結果だ。
一夏の剣を邪剣というのは、本当は嫉妬もあった。
自由な剣だと感じたからだ。
自分には自由などなく、だから今、こうしてIS学園に通っている。
『天災』篠ノ之束の妹である自分は、ISが操縦できることに関係なく要警護対象でもあるからだ。
利用して何が悪い。
姉が、そしてISが自分から自由を奪ったのだから。
自分が好きな人に近づくための道具として利用して何が悪い。
そんなこと思いながら一夏に手を伸ばすと。
「つッ?」
ピリッと微弱な静電気が起きて、触れることができなかった。
それがまるで、一夏は自分のものだといっている者がいるような気がして、箒は唇を噛み締める。
「IS、なんて……大嫌いだ……」
そう呟きながら、横たわる一夏を見つめていた。
数が多すぎる。
そう思いながら、諒兵は舞うように砲弾をかわし続ける。
ラウラがかわしきれない砲弾を弾いてくれていなければ、蜂の巣になっていたかもしれない。
それは鈴音、セシリア、シャルロットも同じだった。
「エネルギー多すぎないッ?」
「軍用機だからエネルギー容量が大きいんだよッ!」
「それにしたって多すぎますわッ、あれほどのエネルギー砲弾を撃ちながらッ!」
おそらくアメリカの開発企業がもともと相当なエネルギー容量を持たせていたのだろうとシャルロットは判断した。
軍用機には競技用のような制限がないからだ。
(こんな機体がASに進化したらッ、僕たちじゃ手の出しようがないッ!)
と、シャルロットは焦ってしまう。
「とにかく諒兵たちを邪魔しないように牽制しないとッ!」
「セシリアッ、指令だせるッ?」と、鈴音が叫ぶ。
三機での連携はやったことがないが、それでもこの場で指令塔になり得るのはセシリアくらいだからだ。
「やってみせますわッ、鈴さんッ、シャルロットさんッ、上下に展開ッ!」
セシリアの叫びに従い、挟み込むように鈴音とシャルロットが上下に回り込んで砲撃を行う。
攻撃が効かなくても、動きを制限することはできると信じて。
その瞬間を狙うかのように諒兵が動いた。
「ラウラッ、離れるなよッ!」
「わかっているッ!」
背中を守るだけではなく、諒兵が砲弾を避ける動きをトレースしていかないと、ラウラは集中攻撃で落とされる可能性がある。
実のところ、現在もっとも砲撃を受けているのは諒兵だからだ。
その背を守るのは生半なことではない。
それでもレオが貸してくれた獅子吼のおかげで、砲弾を弾いても武装が歪むことがないのは幸いだった。
そして。
「レオッ、場所はッ?」
背中のスラスターの中心ですッ!
状況が状況なせいか、かなりはっきりとそう聞こえた。
諒兵とラウラはシルバリオ・ゴスペルの背後に回りこもうと必死に砲弾を避ける。
逆にそれをマズいと理解しているのか、シルバリオ・ゴスペルの砲撃はさらに苛烈になっていった。
泣き声がよりはっきりと聞こえてくるようになった。
「誰だっ、どこにいるんだっ?」
声を張り上げ、一夏は金色の草原を走り続ける。
助けを求めているのなら、自分に助けることができるのなら、そうしたい。
そう思って走り続けていると。
ふぐぅ、いたいよお……
泣き声がはっきり言葉となって聞こえてくる。
聞き覚えがある。
ずっと自分と一緒にいてくれた声。
この声を助けられるのは自分だけだと一夏は確信し、そして走り続けた果てに、直径三十センチほどの光の輪を見つけた。
ひぐぅ……イチカあ……
「白虎なのかっ?」
涙声で話しかけてくる光の輪。その声が『誰』のものなのか、ようやく一夏は思いだした。
届く。そう確信した諒兵はシルバリオ・ゴスペルのマルチスラスターの中心を狙って獅子吼を突き入れる。
「チィッ!」
往生際の悪い方ですねッ!
しかし、シルバリオ・ゴスペルが身体を捻るようにして獅子吼を避けたため、わずかに掠っただけだった。
「シールドエネルギーを削れただけでもラッキーだよッ!」
と、シャルロットが叫んでくる。
その声に、あることを思いついた諒兵はラウラと背中合わせのまま、グルンと反転した。
「はぁッ!」
その意図を理解したラウラが、同様に獅子吼を突き刺そうとするが、再び避けられた。
しかし、シルバリオ・ゴスペルが必死になっていることを諒兵もラウラも感じ取る。
「いったん離脱だッ!」
「わかったッ!」
追撃をしようにも、砲口の目の前ではこちらが逆に危険だと、二人は離脱した。
「ラウラッ、獅子吼ならお前でもいけるはずだッ!」
「任せろだんなさまッ!」
夫婦アタックだ、と、いおうと思ったが、レオに嫉妬されると大変に困るので口を噤んでおくことにしたラウラだった。
だが、ラウラの攻撃を見て気づいた鈴音が叫ぶ。
「諒兵ッ、こっちにも獅子吼回してッ!」
「レオッ!」
ええッ、受け取ってくださいッ!
鈴音が獅子吼を一つ、龍砲のユニット付近に受け取ると、そのまま龍砲を発射した。
「やっぱりいけるッ!」
かつて双牙天月でやったことを思いだしたのだ。
衝撃の砲弾に獅子吼を載せて放った獅子吼砲弾は、シルバリオ・ゴスペルに命中するとかなりのダメージを与える。
「僕もッ」と、シャルロットはアサルトカノンを使って獅子吼を撃ちだし、シルバリオ・ゴスペルのシールドエネルギーを削り取った。
「セシリアッ、ビットに貼り付けろッ!」
「はいッ!」と、展開したブルー・ティアーズ二基に獅子吼を貼り付けたセシリアは、レーザーではなく直接攻撃の軌道に組み替えて体当たりさせた。
少しずつでもシールドエネルギーを削られていくのは、シルバリオ・ゴスペルにとってはかなり辛いことらしく、砲弾の数が減る。
「いけますわッ!」
「油断は禁物よッ!」
それでも、これでかなり優位に戦えるようになることを全員が実感していた。