光の輪が泣いている。というか、泣き声をだしている。
とてつもなくシュールな光景だが、一夏は当たり前のように受け入れている。
そして確認するためにもう一度その名を呼んだ。
「白虎だよな?」
うん……
「痛いって……」と、一夏が聞いても白虎は答えない。
何がどう痛いのか、わからなければ助けようがない。
しかし、白虎は決して答えようとしない。
何故だ、と、そう考えてふと思い当たることがあった。
「白虎、まさかそれ俺の傷の痛みか?」
ちっ、ちがうよっ、躓いて転んじゃったのっ!
「いや、転ぶとか以前の問題だぞ、今のお前……」
そもそも浮いてる光の輪がどうやって躓くのかと思わず突っ込んでしまう一夏だった。
素直な性格なんだろうなと以前から思っていたが、反面、嘘はとてつもなく下手なようだ。
そんな白虎に一夏は苦笑いしてしまう。
だが、腹を撃ち抜かれた痛みは相当なものであるはずだ。
何故、その痛みを白虎が、いや、白虎だけが受けているのか。
「お前、まさか肩代わりしてるのか?」
……だって、イチカだって痛いのやだと思うもん
確かに痛いのはいやだが、自分の痛みを白虎に引き受けてほしいとは思っていない。
自分のせいで白虎が辛い思いをしていると思うと、そのほうが一夏にとっては辛いのだ。
「もともと俺のせいで傷ついたんだ。一人で苦しまないでくれ」
大丈夫だよ治してるからっ、……時間かかるけど
「治してる?」
そう問いかけると、今、白虎が眠っている一夏の身体を修復しているらしい。
それはいいとしても、時間がかかるという理由が気になった。
別に特別早く治せというつもりはないが、肉体の修復に時間がかかる理由が思いつかない。
修復は苦手なんだろうかと思い、再び問いかける。
……う
「う?」
うまくつながってないから
「どういうことだ?」と、一夏は表情を曇らせる。
かなり自由に飛んできたし、戦闘ではほとんど阿吽の呼吸で戦えてきた。
近しい存在だと思っていたのに、そうではないというのだろうか。
共生しちゃえば、このくらいあっという間だけど
「共生しちゃ、マズいのか?」
この先、戦うことがもっと辛くなるよ
だから、ある程度のところで共生を止めているのだという。
話をすること自体はもうすぐできるようになるところだったのだが、逆に完全につながってしまうと、白虎が守りきれない痛みや苦しみを一緒に受けることになる。
それでは戦えなくなってしまうだろう。
それでは一夏はこれまでのように飛べなくなってしまうかもしれない。
そう思ってレオとも相談して完全に共生してしまうのをやめていたのだと説明した。
また、飛びたいよね?
「ああ」
そう答える一夏だが、それ以上に白虎の気持ちがうれしかった。
今まで自分を空へと連れて行ってくれていた白虎は、これからも連れて行ってくれるために苦しんでいる。
たった一人で。
だから、一夏がいうべきことは決まっている。
「飛びたいんだ。白虎と一緒に」
イチカ?
「一緒に戦っていい。一緒に苦しんでいい。白虎だけが苦しむ必要なんてないんだ。だから……」
一番大切なことは、自分にできないことは白虎が、白虎にできないことは自分が。
そうやって一緒に頑張っていくことだ。
「これからは一緒に飛ぼう」
いいの?
「ああ。俺が助けられることは俺が助ける。お前が俺を守ってくれてるように、俺もお前を守ってく。だから一緒に飛ぼう、白虎」
イチカあっ!
そういって白虎は一夏に飛びついてきた。
腹を焼くような痛みが襲いかかってくる。
だが、この程度で倒れたりはしない。
この痛みを一人で受け止めてくれていた白虎の気持ちを考えれば、今ようやく手を取り合えたと喜びすら感じる。
そして、一夏は目を覚ました。
「一夏っ?」と、傍にいた箒が近寄ってくる。
だが、それよりも先に確認すべきことがあると、一夏は起き上がって服を捲くった。
「どうした、一夏?」
「ちょっと待っててくれ」
そういって、包帯が何重にも巻かれている部分に目を向ける。血が滲んでいるところを見ると、かなりひどかったようだ。
軽い痛みが走るが、一夏は「白虎」と呟き、手を触れた。
『これでいいよっ、もう大丈夫っ♪』
「助かった、白虎」と呟く一夏。
「一夏?」
「ごめん、心配かけたな箒」
お前は大丈夫だったかと一夏が問いかけると、箒は首を縦にブンブンと振った。
良かったと呟いた一夏はすぐに立ち上がる。
「どッ、どこに行くんだ一夏ッ!」
「諒兵たちが戦ってる。俺も行かないと」
「無理だッ、大怪我したんだぞッ!」
だが、苦戦しているのがわかる。
諒兵がうまく鈴音たちに力を貸しているが、それでも相手はかなり強い。
シルバリオ・ゴスペルが必死になってナターシャ・ファイルスを守っているのが伝わってくる。
諒兵は『二人』を何とか助けようと奮闘しているが、倒すわけではない以上、互角に戦えるのが実質的には諒兵だけとなると苦戦は免れないだろう。
そして、今ならば誰がもっとも悲しむことになるのか、理解できる。
「ゴスペルをこのまま放っておけないんだ」
「ダメだッ!」
箒としては、ここで行かせてしまうと今度こそ完全に取り残されてしまうと感じていた。
もう追いつけなくなる。
その絶望感が、必死に一夏を止めようとさせる。
そんな姿を見た一夏はどういえばいいのかと悩み、彼女がどうして紅椿を手に入れようとしたのかを考えた。
専用機を持つことが、強くなることだと考えたのだろう。
それなら、いうべきことは決まっている。
「箒。紅椿がいなくても強くなれるよ、箒なら」
「一夏……?」
「俺は、自慢する気はないけど、白虎に出会う以前から強くなろうとしてきた」
『うんっ、イチカは強いよっ♪』
「ありがとうな、白虎」と、照れくさそうに笑いつつ、一夏は箒に話しかける。
「だから、今からでも十分強くなれるはずだよ、箒。俺の助けが必要なら頼ってくれ。でも、今は行く。諒兵たちが戦ってるからな」
「いちかあッ!」
必死に止める箒を見てチクンと胸が痛んだが、振り切るように一夏は部屋を出た。
そこには束がいた。
どうやら一夏が目を覚ましたことに気づいたらしい。
「束さん」
「行くんだね、いっくん」
「ああ。遅刻は仕方ないとしても、サボる気はないから」
「さっきはおかしなISなんていってごめんねって伝えといて」
その言葉で、束が白虎のことを認識したと気づいた一夏は、笑いながら「わかった」と答え、花月荘を後にした。
海岸まで来ると見慣れない白衣の背中と、見慣れたスーツの背中が目に入る。
「千冬姉っ!」
「一夏、目を覚ましたか」
「想像通りたぁいっても、複雑な気分だな」
そういって振り返ってきた二つの顔に両方とも見覚えがあることに驚く。
いや、千冬は当然のこととして、白衣の人物も知っている人物だった。
「蛮兄っ?」
「詳しい話は後でしてやらぁ」
『あれ?テンロウだ』
「白虎?」
「わかっちまうんだろ。白虎がいってんのは、俺のAS、いや、おめぇにわかるようにいやぁISのこった」
そう答えてきたことで、一夏にもどういうことなのか理解できた。
「それじゃやっぱり蛮兄が『博士』なのか?」
「似合わねぇだろ?」と、笑う丈太郎に一夏は「うん」と答えて慌てて首を振る。
「気にすんな。それよか、てめぇの選んだ道を誇れ一夏。行きな、場所はわかってんだろ?」
「諒兵たちは戦っている。私たちはここで待っているよ、一夏」
そうだ、これが自分が選んだ道だ。
そう思った一夏は白虎を展開する。そこに丈太郎が声をかけてきた。
「レオと一緒に飛んできたからな、白虎が覚えてらぁ」
「わかった。行くぞ白虎ッ!」
『行こうイチカッ!』
飛び立った一夏はいくらか進んでいくと、突然ミサイルのようにぶっ飛んだ。
その様子を見ながら丈太郎が呟く。
「あいつの選んだ道を間違いにしちゃいけねぇな」
「それは、私たち大人の役目ですね」
そう答える千冬の眼差しは、大事な弟を見守る優しいものだった。
セシリアの檄が飛ぶ。
「私たちはエネルギーを削ることに専念ッ、諒兵さんとラウラさんはコアを狙ってくださいッ!」
二つの作戦を同時に行うのはどちらが確実かまだ判然としないからだ。
エネルギーは削り切れるかどうかわからない。
コア狙いは諒兵とラウラの負担が大きすぎる。
獅子吼のおかげで自分たちも戦力になった以上、両方から攻めていくほうが確実だとセシリアは判断していた。
その判断は正しい。
エネルギー砲弾を撃ちながら、回避を多用するようになったシルバリオ・ゴスペル。
エネルギーは確実に減っているが、一対多数を想定して設計されたその機体は、こちらがどれだけ数を集めても、相手のほうが有利になりうるのである。
それをもっとも感じているのは、機体設計に詳しくなってきているシャルロットだった。
(博士のいったとおり長期戦は不利だッ、こっちのエネルギーがもたないッ!)
まして、実弾兵器がメインとなるシャルロットにとっては、弾切れも考えなくてはならない。
何しろ実弾に関しては、ほとんどダメージが与えられないからだ。
諒兵から借りた獅子吼を使っていかないと、無駄弾ばかり撃つことになってしまう。
さりとて、シャルロットだけがきついわけではない。
セシリアのブルー・ティアーズは逆にエネルギー兵器しかない上に試験機であるため、下手に攻撃するとあっという間にエネルギーが無くなってしまう。
そうなると。
(私がメインでやってかないとッ!)
三人の中で最も攻撃回数を増やさなければならないのは鈴音だった。
安定性を重視した甲龍は三機の中ではもっとも長く戦える。
その分、セシリアとシャルロットの負担を軽減していかなければならない。
五人でギリギリという状態では、一機落とされただけで天秤が完全に傾く。
鈴音は内心、一番焦っていた。
(削られるだけ削るっ!)
自分に集中攻撃がくるはずがないと思った鈴音は、シルバリオ・ゴスペルの背後に回り込む。
だが。
「えっ?」
焦った自分の心を見抜いたかのように、シルバリオ・ゴスペルは集中砲火を浴びせかけてきた。
(マズいっ、避けきれないッ!)
全弾避けきろうと必死に空を舞う鈴音だが、そのうちの一発がありえない動きをしてくる。
「追尾ッ、エネルギー砲弾なのにッ?」
「偏光制御ッ?」
シャルロットの叫びにセシリアが気づいた。
ASは本来、人のイメージをプラズマエネルギーを使って実現する能力を持つ。
既に存在する兵器ならトレース可能と考えるべきだったとセシリアは「くッ!」と声を漏らした。
「チィッ、世話が焼けるぜッ!」
この距離ならば砲弾を叩き落せると考えた諒兵は、ラウラとともに飛び、砲弾を弾き落とそうとしたが……。
「あぐぁッ?」
「だんなさまッ?」
砲弾は諒兵の攻撃を避けると、右肩に牙を突き立てた。
さらに次の瞬間。
「レオッ、ラウラを引き離せッ!」
「なっ?」と叫ぶ間もなく、ラウラは自分の腕の獅子吼に引っ張られる。
直後、諒兵の身体に、何発ものエネルギー砲弾が突き刺さった。
シルバリオ・ゴスペルから集中砲火が来るのを感じた諒兵はわざと孤立したのである。
「いやぁッ、諒兵ッ!」
「だんなさまぁッ!」
鈴音とラウラの叫びが重なる。
急所こそ避けているものの、全身から血が噴出してしまっている姿は、既に満身創痍といっていい。
なのに。
「痛くねえ……」
諒兵はそう呟いた。そしてそれがあまりにも異常だとすぐに気づく。
自分が受けるはずの痛みを、肩代わりしている者がいる。
瞬間、諒兵は意識の奥底にダイブした。
そこは金色の草原。
その果てにいるモノを、光り輝く輪を、強引に抱きしめる。
「ふざけんな、レオ」
こんなに……あっさり……見つけてしまうんですね
「人の痛みを勝手に肩代わりすんな」
ですけどっ……
痛みを堪えているような声に諒兵は苛立つ。
誰よりも間抜けな自分自身に。
「俺はパートナーでは対等でいてえんだ。苦しみをお前に押し付けるほど情けねえ男だと思ってやがるのかよ」
そんなこと……
「来い。一緒に飛ぶぞ」
後悔しますよ
「いやなら無理やり連れて行く。俺が飛ぶときは、お前も一緒じゃねえと意味がねえんだよ」
本当に、馬鹿な人なんですから
「ぐあぁぁッ!」
はっきりとその声を感じた瞬間、強烈な痛みが襲いかかってくる。さすがに思わず声を漏らしてしまう。
「諒兵ッ?」「だんなさまッ?」
鈴音、そしてラウラがその声に再び慌てるが、諒兵が受けた傷がすぐに修復されていく。
「なっ?」と、ラウラが驚きの声を漏らす。
「治した。このくらいは軽いみてえだ」
既に痛みもない。本当に完全に身体が修復されている。
レオがその能力で修復したのだと諒兵は理解できていた。
原理はさっぱりだが。
「諒兵、あんた、頭の上……」
鈴音が指差す先には、光の輪がはっきりと現れていた。
「レオも本気になったんだよ」
『馬鹿な人を選んだと少し後悔してますけど♪』
はっきりと声が聞こえてくる。
同時に、感じるものがあった。ここに向かって高速で飛んでくる者がいる。
「チッ、終わったころにこいっつったのによ」
「諒兵。どうしたのよ?」
「来たぜ」
諒兵がそういったとたん、突風がシルバリオ・ゴスペルの脇腹を掠めた。
よほど恐怖を感じたのか、シルバリオ・ゴスペルは瞬時加速を使ってまで距離をとっている。
「「「「一夏(さん)ッ!」」」」
頭上に光の輪を頂いた一夏が、突風をまとって急停止する。
「一夏の頭の上にも……」
「諒兵さんのものと同じですわね」
「あれが完全な『天聖光輪』なんだ……」
「天使の力か、まさに……」
シルバリオ・ゴスペルと鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの間に立つように、一夏と諒兵が並ぶ。
「悪い、遅れた」
「急ぎすぎだ」
そういって笑みを交わす姿に、迷いも苦しみも感じられない。
鈴音たち四人は、心に不思議な安心感が湧き出てくるのを感じ取る。
「白虎と一緒に飛ぼうって約束してきたんだ」
「レオもようやく腹を決めたみてえだ」
まるでこれから遊びにでも行こうかというような軽い雰囲気で二人は会話している。
(あはっ、やっぱりこうじゃないとね)と、鈴音は一人微笑む。
逆にラウラは悔しさを感じてしまう。
「だんなさま。今は背中を守るのは一夏に譲る」
「ラウラ?」
「だが、必ず追いつく。楽しみにしていろ」
そういったラウラに続くように鈴音が口を開く。
「そうね。私も必ずいくわ」
「あまりお二人をお待たせするつもりはありませんわ」
「だから待っててくれなんていわないよ」
はっきりとした決意の眼差しで、全員がそう声をかけると、一夏と諒兵は笑った。
そして。
「助けるぞ」
「助けるぜ」
『うんっ、行こうっ!』
『ええ。ついていくと決めました』
そういって二人の天使とともに、二匹の獣が飛び立った。