ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第4話「剣士と拳士」

授業後、千冬が一夏に声をかけてくる。

「織斑、一応お前のために専用機が作られることになってるんだが」

「そうなのか?」

「そのために何とかしてその打鉄を外そうということになっている」

 

やだっ!

 

と、ふと何か声らしきものを感じた一夏は首を振った。

「俺はこいつがいい。だからいらないよ。展開できれば戦えるんだろ?」

「ならそう伝えておこう」

最初からそう答えると思っていたのか、千冬はあっさりと認め、そのまま教室から出て行った。

そして入れ替わるように布仏本音と名乗る女子生徒が二人に声をかけてきた。

「それ、ISだったんだね~」

と、だぼだぼの袖で二人の首輪を指す。

実のところ、クラスの女子も一夏と諒兵の首輪については気になっていたため、代表として彼女が確認しに来たのである。

「ああ。受験日に装着してからずっとこのままなんだけど」

「どっかの技術者が大量に俺らんとこ来て外そうとしたけど外れねえんだよ」

「変だね~、まるで離れたがらないみたいだね~」

「まあ、普通に風呂とか入れるからいいけどよ」

「かゆくなるかと思ったけどそんな心配もなかったしな」

もはや身体の一部と認識している二人だった。

 

そして放課後。

とりあえず何をすべきかと一夏と諒兵は教室に残って相談する。

「何とかしてこの打鉄を展開させねえと勝負どころじゃねえな」

「でも、真耶ちゃん先生にも聞いてみたけど、いわれたとおりのイメージじゃできなかったんだよなあ」

どうにかして一度展開させることができれば、あとは慣れで何とかなる。

そう真耶は言ったのだが、その一度がまったくできなかったのだ。

項垂れてしまった真耶を二人で必死に慰めたのは余談である。

そんな感じで頭を捻る二人に、一夏の幼馴染みが声をかけてきた。

「箒」

「勝負する以上、負ける気はないんだろう?なら協力するぞ一夏」

「おう、一夏」と、自分をガン無視するその幼馴染みに顔をしかめつつ、諒兵は尋ねかける。

「ああ。俺の幼馴染みで篠ノ之箒だ。箒、こっちは俺のライバル兼親友で日野諒兵っていうんだ」

「日野諒兵だ。よろしくな。一夏とは中学からの付き合いだ。まさか一緒にIS学園に来る羽目になるとは思わなかったけどよ」

「篠ノ之箒だ」と、それだけを答えると、箒はプイッと一夏のほうに視線を向ける。

露骨だなと諒兵は苦笑してしまった。

おそらく一夏に気があるのだろう。だからといって他人を無視するのはいただけないが。

まあ、一夏がモテるのは昔からのことなので、さほど気にすることもないかとため息をつく。

しばらくすると話がまとまったらしく、一夏が声をかけてきた。

「剣道?」

「ああ。ISは一応はパワードスーツになるから、まずは生身で戦えるかどうか見てくれるってさ」

箒は中学の全国1位だと一夏は続けた。

「そりゃすげえな。付いてってもいいか?」

「大丈夫だ。な、箒?」

「……かまわん」

間があったことに苦笑いする諒兵だったが、現代の女子で全国1位は相当な実力があるということだ。

一夏とどれだけやり合えるか見学するのは悪くないとやたらと並びたがる箒と理由に気づいていないだろう一夏の後をついていった。

 

 

そして、IS学園の武道場にて。

一夏と打ち合った箒は激昂した。

「何だその剣はッ?」

「あっ、いやー、悪かった箒」

勝ったほうが申し訳なさそうに頭を下げるというのもレアな光景だと諒兵は呟く。

結果は一夏の完勝だった。というより、箒は一夏の剣にほとんど反応できなかった。

『いつもどおり』に戦った一夏の剣は剣道とは似ても似つかない。

一気に近づいて叩き斬るその剣は古流剣術に近いが、箒の実家は篠ノ之道場という剣術道場であるため、古流剣術なら対応できるはずだった。

実際、正面から来たときは捌けたが、一瞬の隙を付いて一夏は死角に回り込んで斬りつけてくるため、かわしきれない剣の方がはるかに多かった。

より正確に一夏の剣を表すなら、戦場で培ったような『実戦剣術』だったのである。

「邪剣もいいところじゃないかっ!いつからそんな剣を使うようになったっ?というか、ちゃんと剣を続けていたのかっ?」

「剣道部は中学入ってしばらくしてやめたんだよ。バイトしてたから」

「千冬さんに養われたままなのを嫌がってな」と、事情を知っている諒兵が付け加える。

「なら今の剣はなんだっ?」

「問題解決に剣を使ってるうちに身体に染み付いた」

「問題解決?」と、箒は訝しげな表情で問いかけてくる。

「何でも屋ってか、荒っぽいトラブルに巻き込まれた連中を助けててな」

だいたいは俺と一夏の二人で、たまにもう二人いたけど、と諒兵がいうと、箒は意味がわからないとでも言いたげな表情を見せてくる。

「一夏、いつもので戦ろうぜ。ここんとこ勉強ばかりで身体動かしてなかったしよ」

「いいぞ。素手か?」

「いやグローブと臑当てつけたほうがいいだろ。借りてくるから一夏もいつもの格好に戻っとけよ」

「わかった」

そういって更衣室に向かう一夏と、道具を借りにいった諒兵を呆然と見つめる箒だった。

 

十分後。

道場で相対する一夏と諒兵の姿は先ほどとだいぶ変わっていた。

どちらも制服姿だが、一夏は竹刀を持ち、手甲のみ身につけている。

対して諒兵は空手で使われるグローブと臑当てをつけていた。

先ほどはまばらだった道場に人が増えている。

一夏と諒兵が戦うと聞きつけたらしい生徒が面白半分に見物に来たのだ。

「いくぞ」

先に動いたのは一夏だった。正面から一気に近づくと、いきなり軌道を変えて諒兵の背後に回りこむ。

バシィッという大きな音がした。

一夏の竹刀を諒兵が腕で受け止めたのだ。

すかさず顔を狙って正拳を繰り出す諒兵だが、一夏はわずかに首を捻ってかわし、身体を沈めて足を狙って斬りつける。

「よっ!」

その場で跳ねてかわした諒兵は、空中で身体を捻るようにして回し蹴りを繰り出す。

だが、一夏は既に届かない間合いまで下がっていた。

タンッ、タンッとリズミカルな足音を響かせて間合いを詰めた諒兵はワンツーから腹を狙って殴りかかるが、一夏は竹刀を使ってあっさりと受け止めていた。

 

篠ノ之箒は二人の戦いを呆然と見つめていた。

自分のときより明らかに噛み合っている二人の動きは、見事な模擬戦となっていることを示している。

剣道と格闘技では動きがだいぶ異なる。

それなのにここまで噛み合っているということは、一夏と諒兵は普段から手合わせをしてきたということになる。

そんなことを考えていると、見物に来た女子生徒の声が聞こえてきた。

 

あれ、生身なら私たちより強いんじゃない?

うん。ここまで戦える男の人、見たことない。

カッコよくて強いっていいねっ♪

IS乗っても、けっこういい動きしそう。

 

箒も同じ感想を持った。

ただし部活動や道場で鍛えた動きではない。

一夏と諒兵の二人は相手の攻撃をかわすときは獣じみた反応を見せているのだ。

どちらも実戦で鍛えてきただろうある意味ではかなり洗練された動きは、魅力的ですらあった。

 

その後、三十分ほどやり合った二人はどてっと道場に尻餅をついてしまう。

「あー、身体鈍ってるなあ」

「きっちー、走り込みから再開しねえとダメだな」

そういって大の字になって寝転がる二人に、箒は近づき、尋ねかけた。

「お前たち、いったい何をしてきた?」

「「人助け」」

声をそろえてそう答える一夏と諒兵だったが、あっさりと否定する声が聞こえてくる。

「素直にケンカ屋といわんか馬鹿者ども」

「ちふ、織斑先生」

「あんまそういわねえでくれよ。不良みてえだろ」

「貴様らは十分不良だ」と、ため息をつく千冬を見て、二人は苦笑いしてしまう。

「ケンカ、ですか?」

「人助けをしていたのは確かだが、解決方法は基本的に腕っ節だったからな。ケンカ屋というほうが合っている」

だが、そのために実戦経験は豊富で、戦うたびに一夏の剣はどんどん変化していってしまったのだ。

「日野はある人に習ったマーシャルアーツを使う。軍隊格闘術なのだから、当然実戦向きだ。織斑の剣がそれに引きずられたといえるか」

「今の剣のほうが戦いやすいんだけどさ」

「インターハイなどにはとても出られんがな」

日の当たる技術ではない。

しかし、一夏は後悔していなかった。

自分の力で助けられる人がいるということは、一夏にとって大事なことだったからだ。

「まあ、得意技を鍛えておくのは悪いことではない。道場と道具は好きに使え。だが最重要事項はISを展開できるようになることだ。忘れるな」

そういって笑みを浮かべつつ千冬は立ち去る。

どうやら一夏と諒兵が模擬戦をするのを聞きつけて見に来ただけのようだ。

しかし、どこか二人を認めているような雰囲気の千冬とは対照的に、箒は諒兵を睨みつけてしまっていた。

「どうした、箒?」

「……何でもない。そろそろ部活動も終了時間だ。私は寮に戻る」

そういって立ち去る箒を一夏は不思議そうに、諒兵はため息をつきながら眺めていた。

 

 

学生カバンを手に、IS学園の校門を出ようとするところで、一夏と諒兵は呼び止められた。

どでかい胸部装甲を揺らして必死に追いかけてきた真耶だった。

できるだけ胸部を直視しないようにしながら、諒兵が問いかける。

「なんか用事すか?」

「い、いえ。お、織斑くんと日野くんの部屋が用意できたので今日からそちらで生活してください」

「あと一週間くらいかかるとかいってませんでした?」

「苦労したんだ。労え」

と、一夏の言葉に答えたのは千冬だった。こちらはのんびり歩いてきたらしい。

「どういうこった、ちふ…織斑先生?」と諒兵。

「貴様らは自覚はまったくないだろうが、重要な警護対象だ。今のままでは自宅に警備員をつけた上に送迎も警護つきで行わなければならん」

「そこまで人員を割けないので、寮長でもある織斑先生が頑張って部屋を用意してくれたんです」

「貴様らの荷物は部屋に叩き込んである。場所は山田先生が案内するといっている。1025号室だ。二人部屋となっているが遅くまで一緒にふざけたりするなよ」

「「しないって」」

声を揃えてそう答えた二人は、真耶に連れられてIS学園の寮へと向かった。

そして「こちらですよ」と、そういって真耶は一夏と諒兵を部屋の前までつれてくる。

「さっき寮長が千冬さんとか言ってたけどマジっすか?」

「はい。厳しいから適任だといわれてます」

「ですよねー」と一夏が納得したように苦笑いするのを見て、真耶はくすっと微笑む。

「週末しか帰ってこねえのはこういうわけだったんだな、一夏」

「ああ、そうだったんだな。先生もここに?」

「いえ、私は教職員の寮に住んでます。学生寮とは別ですよ」

とはいえ、建物自体は隣り合っているので、すぐに帰れるのだそうだが。

「それじゃ、しっかり休んでくださいね。あと部屋にはシャワーが付いてます。大浴場もあるんですが、ここ、基本的に女子寮ですから」

「ゆっくり浸かりてえけどなあ」と、意外に風呂好きの諒兵が愚痴をこぼす。

「そのうち時間割を決めると織斑先生が言ってましたから気長に待っててくださいね」

「「はい」」

と、そう答えるのを聞いた真耶が立ち去ると、一夏と諒兵は102『4』号室と書かれた部屋のドアを開ける。

「ああ。同室になる者か。私は篠ノ之ほう…き」

何故か部屋の中には既に女の子がいた。

二人の姿を認めると、つんざくような悲鳴を上げる。

「きゃあああああああああああああああっ!」

そこにいたのはシャワーを浴びたらしき、箒の姿だった。

バスタオルで見事なスタイルを隠しているが、一枚では何の慰めにもならない。

呆然とする一夏と諒兵を修羅のごとき形相で睨みつけ、立てかけてあった木刀を手にする。

「出ていけ不埒者どもおおおおおおおおおおおっ!」

「どわっ!」

「おっ、落ち着いてくれ箒っ!」

必死にドアを開けて部屋を飛び出した二人はすぐさま部屋番号を確認する。

「「真耶ちゃん先生っ!」」

「ひゃっ、ひゃいっ?」

悲鳴を聞いて慌てて戻ってきた真耶に二人は大声で叫ぶ。

「ここ1024号室じゃねえかっ!」

「部屋違いますよっ!」

「あっ、ごっ、ごめんなさぁいっ!」

事情を理解した真耶がとりなして、修羅と化した箒は何とか落ち着いたのだった。

 

 

 

 




閑話「男子IS学園生の事情」

1025号室に入った一夏と諒兵はとりあえず腰を下ろす。
「あー、ひでえ目にあった」
「事情を説明してもらってるのに、『女の後ろに隠れるとは軟弱な』はないよなあ」
「女に手え上げるんは主義じゃねえんだけど」
「ここじゃそんなことも見栄にしか聞こえないんだろ」
一夏の言うとおり、女尊男卑となったこの時代において、強い男といえるものは少なくなった。
対してISの存在により、肉体を鍛えている女性は数多い。
もっとも強さとは腕っ節だけのことではない。
秘めたる強さを持った男性は実はいくらでもいるのだが、無理に諍いを起こすこともないと押し黙ってしまっている。
結果として、世は女性が強い時代といわれているのである。
「しっかし、おっかない幼馴染みだな」
「昔はどうだったかな。武士っぽいところはあったと思うけど。あそこまで凶暴じゃなかった気がする」
と、一夏は苦笑してしまう。
もっとも今回は真耶のドジがあったとはいえ、非は一夏と諒兵にあるので、箒のことを凶暴というのも失礼だろう。
木刀を振り回す姿を見なかったことにすればの話だが。
「幼馴染みか。どうしてるかな、あいつ」
そう呟いた諒兵がいう『あいつ』のことは、一夏もよく知っている。
一夏にとってもう一人の幼馴染みといえる存在だからだ。
諒兵や中学時代の友人である五反田弾、御手洗数馬は中学で知り合ったので、同窓生というほうが近い。
対して諒兵のいう『あいつ』は、小学五年、箒と入れ替わるように出会ったので、一夏にとっては幼馴染みといってもいいだろう。
そのもう一人の幼馴染みは、一夏と諒兵にとって中学時代の象徴ともいえる存在だった。
だから諒兵が気にするのは当然なんだと一夏は思うことにした。


そのころ、1024号室では。
「1年1組の篠ノ之箒だ。これからよろしく頼む」
「1年4組、クラス代表、更識簪」
無難に相部屋となった女子生徒二人が挨拶を交わしていた。
実のところ、どちらも苦手というか、敬遠している姉を持つという点では似たもの同士だった。
だが、それをお互いが知るのはだいぶ先の話である。




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