ASーエンジェリック・ストラトスフィアー   作:枯田

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第45話「開戦」

ディアマンテをきっかけとしたISの反乱。

それは世界中に混乱をもたらした。

軍事力をISに頼っていた軍隊は、必死に人に扱える戦力をかき集めている最中である。

運よくISが一機残ったドイツ軍もそれは変わらない。

もっとも、一機とはいえ残っているために、各国の羨望の的となってしまっているが。

また、現在、人類側に残っているISを持つ鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは、国から戻るように要請があったが、千冬が抑えた。

残っているもので部隊を結成するためである。

下手に一人で国に戻してしまうと、離反の可能性もある。ならば、同類がいる場所に集めておくほうが良いと判断したためである。

何より。

 

「動けるISがある場所は、敵にとって最優先で殲滅する対象になりかねんぞ」

 

そう千冬がいったことで、各国は黙り込んだ。

もっとも、その代わりにIS学園は囮に近い役割を担ってしまうこととなったが。

なお、IS学園の臨海学校は中断され、生徒は全員IS学園に戻った。

とはいえ、現状IS学園にあるISは鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四機。

ISではなくASならば、一夏と諒兵の白虎とレオがいる。

そして、もう一機、楯無のミステリアス・レイディがIS学園には残っていると発表されていた。

表向きは。

 

生徒会室で、千冬と楯無が話し合っていた。そのすぐ近くで虚がモニターを凝視している。

「やはり休校ですか」

「無難な選択だ。ここは最悪の場合、最前線となる可能性がある。学園長にはもう説明してある」

「虚、生徒たちに連絡する必要があるわ」

「はい」

教員たちには学園長から通達があるだろうが、生徒たちには生徒会から通達することになっていた。

あわせて、全校集会で学園長から説明したいところだが、おそらくそんな余裕はないと千冬は語る。

「ディアマンテが動くかどうかはわからんが、亡国機業のISは確実に人類の敵に回るらしい」

「博士が?」

「いや、博士のAS、天狼が直に話したことがあるらしい。その印象だそうだ」

「ああ、あの……」と、少し疲れたような顔を見る限り、どうやら楯無は天狼を知っているようだと千冬は不思議に思う。

「以前、コア・ネットワークから遊びに来たんですよ。でも、あのAS、からかおうとしてもボケがすさまじくてこっちが振り回されるんです……」

「そこまで面倒みきれん」

人をからかうのが趣味の楯無としては天敵らしいが、千冬としてはそんな相談を受けている余裕などなく、一蹴した。

そこに虚が声をかけてくる。

「生徒会長。通達の文面はこれでいいでしょうか?」

「これでいいわ。ただ一応全校集会の予定は立てておいて。明日にでも」

「はい」

そう応えた虚に満足そうに肯くと、再び千冬へと顔を向ける。

「作戦指揮は織斑先生が?」

「この状況では他にいないからな。とはいえ現状、戦力が一夏と諒兵だけではきつすぎる」

頭の痛いところだと千冬は苦虫を噛み潰したような表情をした。そんな彼女を見て楯無も力なく笑う。

「そうですね。……ミステリアス・レイディを抑えられればよかったんですけど」

「個性はなんだったんだ?」

「……あれは『非情』だったんです。私にとってはある意味ではいいパートナーだったんですけどね」

楯無はある特殊な家系の生まれである。

簡単にいえば、忍びの者というのが一番近いだろう。

その家の当主の座を既に継いでいる更識楯無にとっては、『非情』を個性として持つISは確かにある意味いいパートナーだったのだ。

だが、そもそも『非情』であるため、感情に左右されない、人間らしい感情を持たないという性格のISであり、楯無と心のつながりを作ることができなかった。

そのために、楯無にはミステリアス・レイディを心のつながりで抑えることができなかったのだ。

「お伝えしたように、学年別トーナメントの直後に博士にいわれて、ミステリアス・レイディの予備は作ってあるんですけど」

「コア無しで動かせるのか?」

「その点は博士の力をお借りしました。ただ、逆にいうと私は諒兵くんや織斑くんのように進化することは絶対にできない」

最低限の戦力は保持していても、最前線で戦うことができる可能性は少ない。

特にディアマンテとは勝負にならないと楯無は悲痛な顔を見せる。

「近いうち、デュノア社に行った博士に頼んで『使徒』と戦えるようにしようと思ってます」

さらに、出来れば凍結したコアの中に自分と相性のいいコアがいるかどうかもチェックしていく予定だと楯無は説明する。

「私からも頼んでおこう。お前が戦えないのは正直かなりの痛手だからな」

そんな千冬と楯無の会話を聞きながら、虚は悲しい目をしていた。

 

 

生徒会室を後にした千冬に真耶が近寄ってくる。

「どうでした?」

「生徒会側も了承した。問題が解決するまでは休校となる」

「そうですか……」と、真耶は悲しそうな顔を見せた。

教師としてだいぶ成長しただけに、今回の件で休校になってしまうのは正直残念なのだろう。

生徒たちは基本的に帰国か帰宅させ、普通の高校に特別編入というかたちで振り分けて勉強そのものは続けさせる予定だった。

もっともどうしてもと希望する者は残すことになる。

そして現状、戦力になる一夏と諒兵、何とかISを抑えている鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラはIS学園に残ってもらうことになる。

「織斑たちは集めてあるか?」

「4組の更識さんは専用機を組み上げるかどうかは様子を見たいといって部屋で休んでます」

「下手に組み上げて敵に回られても困るからな。ブリーフィングの内容は後で伝えてくれ」

「はい」と、そう答えた真耶と共にブリーフィングルームに向かう千冬。

そこには一夏、諒兵、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ、そしておかしな二名がいた。

鈴音たち四人も気になっているようでちらちらと見ているのだが、一夏と諒兵は口を真一文字に引き結んで聞くなという雰囲気を出しまくっている。

だが、あえて千冬は踏み込んだ。

「……織斑、日野、それはなんだ?」

『あ、チフユ、マヤ。これからよろしくねっ♪』

『お世話になります』

と、それが答えてくる。

礼儀正しくていいことだが、一夏の頭の上と、諒兵の右肩の上にいる十五センチくらいのそれは明らかに異様だった。

しばらく沈黙が続いたが、一夏と諒兵はバッと恥ずかしそうに顔を覆った。

「天狼に変な知恵つけられて……」

「自分の姿作らねえと飛ばねえとかいうし……」

「しかも、あいつどこかから画像情報持ってきた……」

「何で無駄知識ばっか多いんだよ、天狼のやつ……」

ぶっちゃけいうと白虎とレオである。

白虎は白髪のショートヘアで全体的にミニマムな少女っぽい姿。

ミニスカートのセーラー服を着て、三つ折りソックスとスニーカーを履いている。

レオは黒いストレートのセミロング。スレンダーな体型で諒兵と同世代くらいの女の子っぽい姿。

紺色のブレザーを身に纏い、さらにハイソックスとローファーを履いていた。しかも、なぜか視力が悪いはずないのにメガネをかけている。

二人ともそれぞれ虎耳、ライオン耳をつけていて、スカートの裾から出ている尻尾がピコピコ動いていた。

なお胸はない。女性格に近いのは確かだが、本来は性別を持たないので必要性を感じないらしい。

「……なかなかハイレベルなデザインだな」

とりあえず他にいう言葉が浮かばなかったが、千冬は後で天狼を説教してもらおうと丈太郎に頼むことにする。

「「俺たちの趣味じゃないんだ」」

たそがれる一夏と諒兵とは逆に、白虎とレオは実に楽しそうにはしゃいでいた。

 

それはさておき。

千冬は現状についてその場にいるもの全員に説明した。

すべてのISが離反したわけではなく、束の凍結に応じて眠りに就いた者もいるが、それでもかなりの数が離反しているという。

「個性が非好戦的な者はほとんどが凍結してあるそうだ。逆にいえば残っているのはほぼすべて危険な個性を持っているらしい」

そういって部屋のモニターに現状のISコアの個性を表示する。

「……『冷酷』、『非道』……『破滅志向』なんて者もいるんですのっ?」

「ホントいろいろね。『悪辣』、『自尊』、『非情』なんてのもいるわ」

セシリアの言葉に鈴音が感心しながら続ける。

「この子たちは確実に敵に回るだろうね」と、シャルロット。

「これは博士のASである天狼が調べて回ったものだ。すべてではない」

「つまり、もっと危険な者もいる可能性があるということですか……」

千冬の言葉にため息交じりにラウラが呟いた。

『私もイチカと出会わなかったら凍結してたかも』

『そうですね。私もあまり争いは好きではありません』

「ちなみにいうと白虎は『素直』、レオは『温厚』だそうだ」

ある意味ではまさに天使だと千冬は告げる。

堕天使という言葉がある。天界から追放され、悪魔となったとされる天使たちだ。

つまり天使も悪魔も基本は同じで、その考え方の違いから敵味方に分かれている。

同じ本体から生まれながら、考え方の違いで分かれる天狼たちはまさに天使といってもいいだろう。

「蛮兄の天狼とか、私の甲龍の個性とかもわかるのかな?」

「できればお聞きしたいですわ」

鈴音の言葉にセシリアも賛同する。今後どう付き合っていくかを考える上では大いに参考になるからだ。

「天狼がいうには甲龍は『勇敢』、ブルー・ティアーズは『忠実』、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは『慈愛』、そしてシュヴァルツェア・レーゲンは『厳格』だそうだ」

「あっ、上手くやっていけそうかも♪」

「幸運でしたわ」

「運命の出会いっていってもいいかな」

「ふむ。好ましい個性だ」

自分たちの専用機の個性が自分たちとそう差があるわけではないことに、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは安心する。

「ちなみに天狼本人は『太平楽』、はっきりいえば能天気なのんき者だ」

「「「「なんか納得」」」」

と、全員が呆れたような顔をした。

 

それはともかくとして、それでも離反の可能性は残っていると千冬は語る。

「ディアマンテはどうやら歌声でISを覚醒させてしまうらしい。行動そのものはIS自身が選択するそうだが、敵に回る可能性は決してゼロではないぞ」

「それでは……」とセシリアの言葉に真耶が答えた。

「今の状態で前線に行くのは危険なんです。共生進化を遂げた織斑くんと白虎、日野くんとレオ以外は」

逆にいえば、共生進化できるかどうかが鍵になる。

できない限り、一夏と諒兵以外は戦えないということだ。

「確か、生徒会長のISも残ってるんでしょ。そっちは?」と、鈴音が尋ねると、千冬はいくらか逡巡したが、下手な期待を持たせないために打ち明けた。

「表向きだけだ。ミステリアス・レイディは離反したと更識は告白してきた」

「えぇっ?」と、全員が驚いてしまう。

「あれの個性こそ『非情』だったそうだ。最悪の敵の一人といってもいいかもしれん」

「じゃあ、今はないんですか?」と、シャルロット。

「更識はコアを使わないパワードスーツを制作してあったそうだ。外観はミステリアス・レイディそのままなので、離反していないと発表したんだ」

そもそも前線に行く者ではなく、民衆を安心させるための方便だったという。

ただし、戦闘力そのものはISほど高くはない。つまり、最前線にいける状態ではないと千冬は説明する。

「つまり、俺らが行くしかねえんだな?」

「……そうなる」

諒兵の言葉に葛藤する様子を見せながらも、千冬は肯定した。それはどうしようもない事実だからである。

だから、行くことを前提にブリーフィングを行っているのだ。

ゆえに語るべき問題はその場にいた専用機持ち全員にとっては意外なことだった。

「移動手段?」

「……はっきりいって、戦場は世界中になる」

何もIS学園だけが狙われるわけではない。

人類を敵と認識しているISにとっては、人が暮らす場所であればそこは敵地だ。

日本にあるIS学園から見れば地球の裏側とて戦場になりうるのである。

そして現状、戦える一夏と諒兵は、普段はIS学園で常にメンテナンスと、身体検査を受け続けなければならない。

連戦が予想されるからである。

そうなると、戦場に急行するしか手がない。

だが。

「白虎、レオ、一夏と諒兵がお前たちと一緒に飛んでどこまで早く飛べる?」

『肉体の負荷を考えるとマッハ1~2が限界でしょう』

『私たち自身は光速で移動できるんだけど』

レオがそう答えると、白虎が付け足した。

元がプラズマエネルギーなのだから当然の話である。

『それに高速移動はエネルギー使っちゃうから、着いたころには私たちもへとへとかも』

正確には白虎やレオ自身が移動するというより、身に纏った状態の操縦者を運ぶのに疲れてしまうということだ。

「それでは意味がないな……」

移動するだけでへとへとになってしまっては、覚醒状態のISを相手にするのも難しい。

つまり、移動する意味がないのである。

そうなると戦場になりそうな国や場所を予想して先回りするということになるが、外れた場合が困るのだ。

その点を考えた鈴音は手を挙げる。

「各国に武器送るんですよね?」

要は一夏や諒兵が行かなくても多少ならば抵抗できるかと考えたのである。

とはいえ、千冬は肯定しつつも頭を振った。

「それは無論だ。だが以前もいったように急ピッチでも一ヶ月はかかる」

そして、ISが軍勢となって襲いかかれば、一ヶ月もあれば国が滅ぶ。

何ヶ国が国の体裁を保てるかという状態になりかねないのだ。

「そんなのは認められないぞ」

『せっかく仲良くなったのに、そんなのやだよ』

と、一夏と白虎が仲良く口を揃えて否定する。

だが、だからこそ、その一ヶ月を乗り切るために、現状の戦力である一夏と諒兵をどのように運ぶかということを話しているのである。

「教官、この国にある音速機を借りて移動することは出来ないのですか?」と、ラウラが手を挙げる。

「その案は既に候補に挙げてある。ただ、どうしても一機につき一人となるからな」

要は音速で飛行できる戦闘機を使うという話だが、現状ではこれがもっとも無難な案だと千冬は説明した。

ただし、基本的に複座しかなく、パイロットが別に必要なことを考えると、一人しか運べないのだ。

二機の戦闘機を動かすしかなくなるということである。

文句をいいたくはないが、手間といえば手間なのだ。

「他にアイデアがあればと思ってな」

「でも、難しい話ですわ。瞬間移動のような真似ができることを望んでいるようなものですもの」

「理解はしているがな」と、千冬はセシリアの言葉に苦笑してしまった。

そんな話をしている途中、唐突に千冬の通信機に連絡が来た。

「何ッ、わかったッ!」

様子を見る限り、緊急事態だと感じた全員に緊張が走る。

「……始まった」

その言葉で理解できた一夏が問い詰めると、千冬は重そうに口を開く。

「アメリカだ」

「のんびりしてるヒマはねえな」と、諒兵が立ち上がる。

「ちょっとッ、どうやっていくつもりよッ!」

鈴音が問いただすが、現状、他にアイデアはないと一夏と諒兵は答えた。

要するに飛んでいくしかないということだ。

「間に合いませんわッ!」と、セシリアも否定してくる。

しかし、だからといって指をくわえてみているわけには行かないのだ。

「人が死ぬかもしれないんだ」

「止めねえわけにゃいかねえだろ」

そういった一夏と諒兵の二人の決意は固い。

全員がそう考えていると、いきなり「あっ!」という声が上がった。

「デュノア?」と千冬が問いかける。

声をだしたのはシャルロットだった。

「白虎ッ、レオッ、僕のラファール・リヴァイブのコアにアクセスしてッ!」

「どうしたんだシャル?」と、一夏。

「お母さんの設計図を読んでほしいんだ。たぶん二人ならそれで理解できる」

『わかった。読んでみるね』

『それでは失礼して、読ませていただきます』

そして、しばらくの沈黙の後、白虎とレオが感心したような声を上げた。

『これは有機体の量子転送ですね?』

『これなら私たちと同じ速さで飛べるかも♪』

「うん。僕はまだ完全には理解してないけど、開発に着手していた第3世代兵器なんだ」

詳しい説明は後だとシャルロットは叫び、すぐに一夏と諒兵に遮蔽物のない外に出るように意見する。

「とにかく急いでッ、白虎とレオがわかってるからッ!」

「「わかったッ!」」

「織斑先生ッ、ISたちが現れた場所の緯度と経度を出して白虎とレオに情報を送ってくださいッ!」

「わかった」と、すぐに千冬は指示を出す。

そういって一夏と諒兵は飛び出した。戦闘が始まったアメリカに向かうために。

 

 

 

 


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