翌日。
一夏と諒兵は学園に特別に設えられたAS整備室でメンテナンスを受けていた。
二人とも専用のASメンテナンス装置に横になっている。
整備を担当するのは意外な人物だ。
「すまんな。布仏」と、千冬が声をかける。
「いいよ~、ASについては勉強したし~、ISに応用もできるし~」
整備は本音が担当することになった。
こう見えて理論に強い本音は、整備科への進級を考えていた。
もともとは簪のためだが、現在の状況を考えて、白虎とレオの整備に手を挙げたのだ。
戦闘ができないなら、バックアップで二人を助けなければという使命感からである。
鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ、そして楯無は今後戦場に出る可能性があるし、簪も状況次第では戦うことになる。
そのぶん、戦場に出る可能性の少ない自分が力になれることは何かと考えたのである。
「白虎とレオもよろしくね~」
『よろしくねーっ♪』
『よろしくお願いします』
横になっている二人は眠っているが、白虎とレオは起きているので対応できる。
一緒に眠ることもできるが、自分たちの調子などを伝えるために起きているのである。
「機体の調子は?」
「これまでの戦闘でまともに整備できてなかったみたいだね~、今日は時間かかるよ~」
「そうか。適度に休憩を入れてチェックと整備を行ってくれ」
「は~い」
整備を本音に任せた千冬は、整備室を後にした。
そして一つため息をつく。
一夏と諒兵は既に身体検査を受けているが、こちらはそこまできつくはない。
ただ、今後連戦が続けば確実に体力は落ちていく。
兵器の開発が間に合わない現状では、とにかく敵が現れないことを願うしかない。
そう思うと憂鬱だった。
(同時攻撃など考えたくもないな……)
正確には世界中の様々な場所で同時に攻撃が起きた場合だ。
最高でも二ヶ所しか対応できない。
そしてそこに表れたISの数によっては、最悪の場合、落とされる可能性もある。
丈太郎には兵器開発を急いでほしいが、現在でも睡眠時間を削っているという報告が届いており、文句などいえるはずがなかった。
(更識と同じようにコアを使わないパワードスーツとしてISを組むとしても生徒はとても乗せられん。いずれにしても頭の痛いところだ)
軍人は各国の防衛のために乗ってもらうことになるが、IS学園では教員が乗るしかないのだ。
だが、それとてすぐに組めるわけではない。
今を乗り切るためには一夏と諒兵に倒れられるわけにはいかない。
体力的にも、そして精神的にも。
(やりたくはないが考えておくべきか……)
少ない可能性に賭けるより、確実に打てる手を打つしかない。今から覚悟を決めるしかないと千冬はまたため息をついた。
ふう、とアリーナの地に降り立った鈴音は汗を拭う。
ISにはそのあたりの調整機能は完備されているが、それでも身体を動かせば熱を持つのは人間として当然のことだからだ。
そんなことよりも重要なことは。
「みんなはどう?」
「とりあえず問題ありませんわ」
鈴音が尋ねると、セシリアが代表として答える。
自分たちのISが離反しないかどうか、そして共生進化の可能性があるかどうかの確認だ。
同時にISバトルではなく実戦のための訓練をしていた。
この先は競技ではない。
殺し合いだからだ。
「シャルロットは武装は積み替えたのか?」
「うん。ライフルやマシンガンじゃダメージ与えられないしね」
それぞれに武装の変更なども検討している。
元からかなり高い攻撃力を持つシュヴァルツェア・レーゲンと違い、他の三機は一部の武装しか扱えない可能性もあるからだ。
「セシリアはランチャー載せたの?」
「試験機ですから。残念ながら……」
しかも、実戦ではBT兵器の攻撃に効果があるかどうかもわからない。
「出力は最大にしておかないとダメだろうね」
「反動もでかいわよね」と、シャルロットの意見に鈴音はため息をつく。
反動が大きければ、今までのように戦えなくなる可能性もある。
出力にあわせて、操作も変えていかなくてはならないからだ。
ただ、それでもできればより強い武装がほしかった。
実際、鈴音やセシリアは自分の国に連絡してみたが、それどころではないといわれている。
とはいえ、現状、ISを抑えることができている鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは、特別ということで仮ではあるが国家代表になってしまっている。
「こんなかたちで代表では嬉しくありませんわね」
「正当に評価されたかったね」
憮然とした表情でセシリアが呟くと、シャルロットは苦笑いを見せた。
そんな二人を見ながら、鈴音も同意するが、内心では一夏と諒兵のことを案じていた。
(今は、少しでも一夏と諒兵の負担を減らさなきゃ)
この先を考えると、少しでも戦えるようにならなくてはならない。そうでなければ何のために鍛えてきたのかわからない。
鈴音はそんなことを考えていた。
四人がアリーナから戻ってくると千冬が真耶に指示を出しているのを見かけた。
「抗議文で何とかなりそうな国はそのくらいか」
「凍結したISを保持している国は後は……」
そして話が終わると、真耶は足早に教員室へと向かった。
千冬はこちらに視線を向けてくる。
「訓練は終わったのか?」
「あ、はい」と鈴音が代表して答える。
何の話だったのだろうと思ったのか、シャルロットが尋ねかけた。
「昨日のファング・クエイクの一件だ。各国にIS学園から抗議文を出すことになってな」
「抗議文?」と、セシリアが首を傾げる。
千冬はここではできんといい、四人をブリーフィングルームへと連れて行った。
そして。
「わざわざ抗議文を各国に送るというのはどういうことなんですの?」
「似たような動きをしていたのでな。釘を刺す意味で出すだけだ」
セシリアの言葉に対する千冬の答えはある意味当たり前のものではあったが、なぜわざわざ釘を刺す必要があるのか、四人にはわからない。
「そもそも、あのファング・クエイクはなぜ凍結解除されたんですか?」
ゆえにシャルロットが代表して尋ねた。
「現場では反対したそうだが、アメリカの権利団体が騒いだらしい。それで凍結解除になったそうだ」
「権利団体って、要するに女性権利団体のことですよね?」
単純にいえば女尊男卑の世界を作るために各国にできた団体である。
女性優遇のための団体で、ISの登場により、かなりの力を持つことになった。
当然、国の中枢に大きく食い込んでしまっている。
「危機感を持ったそうだ」
「そりゃ、自分の国が危ないんだし……」と、千冬の言葉に鈴音は納得する。
というより、あの状況で危機感を持たないほうがおかしい。
むしろ、釘を刺す理由にはならないだろうと四人は感じてしまう。
だが、千冬は否定する意味で頭を振った。
「国ではない。権力だ」
「えっ?」
「離反した覚醒ISを相手にしているのが、一夏と諒兵という『男性』であることに、自分たちが権力を失うことになるのではないかという危機感を持ったんだ」
そもそもISは女性しか扱えないことで、女性の力の象徴とされている。
その力を男性が行使するだけでも問題なのに、ISの離反によるISとの戦争で、女性はろくに戦えず、一夏と諒兵という二人の男性だけが戦っているという状況に危機感を持ったのだと千冬は語る。
「なんですかそれッ!」
そんな馬鹿な話があるかと鈴音は憤る。
「落ち着け」
「一夏も諒兵も命がけで戦っているのにッ、自分の権力のためになんてッ!」
「鈴音」
「下手したら死ぬとこだったのにッ、なんなのよいったいッ、ふざけてんのッ!」
「いいから落ち着けッ!」
千冬の怒声にさすがに驚いたのか、鈴音は押し黙る。だが、興奮冷めやらぬ様子だった。
それは、セシリア、シャルロット、ラウラも同じだ。あまりの呆れた理由に怒り心頭といった表情をしていた。
「アメリカだけじゃない。あのとき、各国が凍結したISを動かそうとしていた」
「そうなんですの?」
「……ドイツはクラリッサが出るかもしれなかったと聞きました」
「私も聞いている」
ラウラの言葉に鈴音、セシリア、シャルロットは驚いている。
そして、どうやら千冬には既に情報が入っていてたらい。
ラウラの部隊であるシュヴァルツェ・ハーゼの副隊長クラリッサのISは現在のところ抑えられており、出撃させられる可能性があったのだ。
もっとも、ドイツ軍は国内の女性権利団体の意見を一蹴したそうだが。
曰く「そんな理由ではモえない」と。
それはともかく。
「だから釘を刺す。幸いなどといいたくないがファング・クエイクが離反したことで、タイミングとしては今がチャンスなんだ。IS学園の許可なしには凍結解除できないことにした」
そうしなければ、また離反するISが出る。
ファング・クエイクは上手く凍結させることができた数少ない第3世代機であることも大きな理由となった。
凍結を解除すれば、基本的には強力な敵となる。そう通達することで、抑えるということだ。
だが、あのときのピンチの理由がこんなことであることに鈴音は納得がいかない。
諒兵は下手をすれば死ぬかもしれなかったのだ。
一夏とてファング・クエイクとアラクネの二機を相手にすることになったらやられた可能性があった。
味方のはずの人間が、一夏と諒兵を窮地に陥れようとしたともいえるのだ。
ゆえに思わず呟いてしまう。
「私たちの敵って、何なんですか……」
「離反し、敵となったISだ。間違えるな鈴音」
例えピンチに陥れたとしても、今の状況において、人間たちは手を取り合うことを考えるべき仲間だと千冬は語る。
「憤りを感じているのはお前たちだけじゃない。それでも今は人間同士、手を取り合う必要がある。そうしなければ勝てん」
「はい」と全員、一応は納得した表情で答えた。
千冬は各自休むようにと伝えたあと、鈴音だけは残れといってきた。
そして二人っきりとなり、しばらくして、なぜ残らされたのかわからない鈴音のほうから口を開く。
「あの、さっきはすみませんでした」
「かまわん。私がお前の立場なら怒鳴っていた。残したのはそんな理由ではない」
と、そういって一つため息をつくと、千冬は意を決したように口を開いた。
「鈴音、一週間やる。どちらか選べ」
「選べって……?」
「一夏か、諒兵か、どちらかを選んで恋人になれといっている」
「はあっ?」と、思わず間抜けな声が出てしまう。
何で今、千冬と恋の話をしなければならないというのか、と。
今はとてもそんな時期ではない。
一緒に戦えるかどうかを考えるほうが先決のはずだからだ。
しかし、千冬はいたってマジメな表情のままだった。
「ふざけてると思うか?」
「恋なんてしてる場合じゃないですよっ!」
そうだ、と千冬は答えてくる。
わかっているなら、なぜそんなことをいってくるのかと鈴音は呆れてしまうが、実は大きな理由があった。
「お前自身いっていただろう。一夏と諒兵はISに気持ちが傾きすぎている」
「はい」
「そんな二人が最前線で戦っているんだ。今のままでは心が折れる」
それならまだ立ち直る可能性はあると千冬はいう。
問題は、一夏と諒兵が離反してしまう可能性があるということだ。
「そんなことっ……」
「ないとは言い切れん。白虎やレオと共生進化できた一夏と諒兵はすべてのISコアの声が聞こえてしまう」
持って帰ってきたラファール・リヴァイブのコアの声ですら聞こえてしまうのだ。
その思いを受け止めてしまったら、人間よりもISの味方をしたいと思っても不思議ではない。
「自分の権力のために愚かな真似をするような人間よりもな……」
そういわれてしまうと、鈴音には反論する言葉がない。
人を倒すために仲間を守ったISと、自分を守るためにせっかく凍結していたコアを解除した人間。
今の一夏と諒兵にとって、どちらを守りたいかと聞けば、前者と答える可能性のほうが高いのだ。
「だから、二人の心を、人間側につなぎとめておくものが必要なんだ」
「それって……」
「私だって女だ。お前の恋心を利用するような真似をしたいわけじゃない。それでも、今、一夏や諒兵に離反されれば人類は終わりだ」
ストレートにいえば、恋人というのは方便で、実のところ身体でつなぎとめろということになる。
生贄となって、勇者を人類の味方につけろということだ。
「そんな……」
「選べというのは、最大限の譲歩だ。本来なら一夏の恋人になれというつもりだった」
「えっ?」
「諒兵にはラウラをあてがうつもりでな」
ただ、ラウラは軍人だけあって、この状況において自分にできることを理解していた。その覚悟は既にできている。
ただ、友人である鈴音のために時間を作れないかといってきたのだと千冬はいう。
「昨日の段階で気づいていたよ」
「ラウラが……」
ラウラの友情に鈴音は心から感謝したい気持ちになる。
だが、同時にもし自分が諒兵を選んだらどうするのか疑問にも感じた。
「そのときはオルコットかデュノアに話を持ちかけるつもりだ」
「箒じゃないんですか?」
「今の篠ノ之はダメだ。芯が弱すぎて逆に一夏の心を折りかねん」
戦場に送り出すためにつなぎとめるものである以上、縋りついてしまう箒ではダメなのだと千冬は説明する。
それでも、いきなり一週間で選べといわれても鈴音としては答えようがない。
それなら一年以上も悩みはしないのだ。
だから、別の答えを求めた。
「他に、一夏と諒兵を支える方法はないんですか?」
「……なくはないが、今いった方法よりはるかに成功率は低いだろう」
「それって……」
「お前たち四人のいずれかが共生進化することだ」
基本的に女性のほうが感情を割り切れるといわれている。
命を育み、守ることを本能として持つ女性は、そのためにならかなりあっさりと割り切れる。
つまり、ISと共生進化しても、敵は敵だとして倒すことができるのだ。
そして鈴音たち四人が人を守るために戦うのなら、一夏と諒兵もこちら側で戦う意識を強くしてくれるだろうと千冬は語る。
「だが、これに賭けるのは危険すぎる。ゆえに一週間だ。選んでくれ、鈴音」
「は、い……」
命令というより、懇願してくる千冬の姿を見た鈴音には、そう答えることしかできなかった。
本音が作業していると、整備室に入ってきた簪が声をかけてきた。
「どうしたの~」
「作業してるところ、見てもいい?」
「いいよ~」と、素直に答えつつ、本音は作業の手を止めないようにしていた。
モニターにはISとはまったく異なるデータが表示されている。
実のところ、コンピューターネットワークを見ているような印象があった。
「思考パターンなんだって~」
「思考パターン?」
『私たちは思考することで進化します。思考パターンによって進化する方向性も変わってくるんです』と、レオが答える。
ASは思考の基盤となる個性を元に、様々な思考を繰り返す。
パターンは思考を繰り返すことでそのAS独自のものになっていくが、個性基盤を元にしているため、一種の遺伝子情報といってもよかった。
白虎やレオ、天狼といったAS、そしてディアマンテや他の使徒たちがまるで人間のように会話できる相手であることを考えると、心の遺伝子情報と言ってもいいのかもしれない。
「だからね~、意外と参考になるよ~」
「そうなの?」
「ISは機械ってイメージ強いけど~、コアと対話しないと二次移行難しいでしょ~?」
確かに、簪は納得する。そして基本的にISコアとASのコアは同じものが憑依しているのだ。
「思考パターンは読み込めるらしいから~、相手が何を思ってるか予想できるんだって~」
だとするなら、自分の手にあるISコアが何を思っているのかもわかるのだろうか。
今の状況で組み上げるわけにはいかないが、個性やその嗜好がわかるなら、判断もできるのではないかと簪は思う。
「白虎~、かんちゃんのコアの個性わかる~?」
『ごめんねー、私たちだと物理的に接触しないと無理』
『ネットワークをうろちょろして探れるのはテンロウくらいです』
「そう……」
そうなると、一夏と諒兵に接触を頼むことになるが、簪としては抵抗があった。
ならば思考パターンを読み込んでもらい、表示してもらうしかない。
「後で頼めるかな」
「いいよ~」と、そう答えた本音は逆に簪に尋ねかける。
「もっぴーは何してるの~?」
「……あ、篠ノ之さん?」
最初は誰のことをいっているのかわからなかったが、『もっぴー=モップ=掃除用具=箒』でようやく気づいた簪だった。
「落ち込んでる。今は誰にも会いたくないみたい」
「周りもいやな噂してるしね~。かんちゃんはどう思ってるの~?」
箒は姉である束に頼んで専用機を作ってもらった。
努力せずに専用機を得ようとしたことに思うことがないわけではない。
でも、責める気にもなれなかった。それだけ好きな人に近づきたかったのだろうから。
ただ、箒のほうが簪に引け目を感じているらしく、最近は挨拶すら交わせていなかった。
臨海学校から帰ってきて簪の顔を見て、彼女が一人で専用機を組み上げようとしていることを思いだしたらしい。
とにかく顔を合わせようとしないのだ。
「気にしてないから、元気になってほしいな」
それは、簪の偽らざる本音だった。
簪自身は今でも箒のことをルームメイトだと、友人の一人だと思っているのだから。