鈴音が千冬に選べといわれてから三日。
今度はイタリア、ロシア、中国と、立て続けに覚醒ISが襲来した。
幸いなことに専用機はおらず、ディアマンテもいなかったが、とにかく数が多く苦戦は免れなかった。
何より連日の戦闘で一夏と諒兵ははっきりと疲労していることが見て取れた。
今、二人は別々の部屋で眠っている。
千冬が寮の部屋替えをして、二人を別々の部屋に分けたのだ。
既にIS学園は休校となり、寮生も大半が帰国して部屋がだいぶ余っていたため、一人になりたい時間もあるだろうからだといっていたが、鈴音には理由はわかっていた。
(そりゃ同じ部屋でなんてできないわよね……)
身体を使ってこちら側につなぎとめるのだから、二人きりのほうがいいだろう。
今の状況でラウラが深夜に諒兵の部屋に潜り込むと、勢いでしてしまうかもしれないと鈴音は考えたが、ラウラはどうやら鈴音のために自重しているらしい。
本当に申し訳ないと鈴音は感じていた。
自分の肌に一夏が触れる。
自分の肌に諒兵が触れる。
どちらの状況を考えても、喜びと、そして痛みがある。
そんな自分を本当にひどい女だと思う。
期限はあと四日。
痛みはきっと消えない。
ならば、献身的なラウラのいる諒兵よりも、一夏を選ぶべきだろうかと思う。
そうすればラウラの友情に報いることができる。
でも。
(どうしてそっとしといてくれないのよ……)
胸にチクンと走る痛みが、鈴音を前に進ませてくれなかった。
そんな鈴音の姿を、ルームメイトのティナが不思議そうに見る。
「最近、考え込んでることが多いわね、鈴」
「ん、ちょっとね。専用機持ちだってのに全然力になれてないのが、さ……」
さすがにこの件に関しては、ティナはもちろんとして、セシリアやシャルロットにも打ち明けていない。
二人は当事者になってしまう可能性もあるため、とてもではないが話せるようなことではない。
ラウラには何度か相談しようかと思ったが、彼女の気持ちを考えるとさすがにできなかった。
「正直、今の状況じゃどうしようもないんじゃない?」
「そうだけど、一夏と諒兵は連日世界中で戦ってるから」
「こんなときに頼りになるのは結局男の子かあ。女尊男卑なんていっても役立たずじゃ、そのうち逆転しちゃうわね」
本来、課された責任を果たすことを前提として権利というものは得られる。
兵器であるISを使えるのは女性のみ。
それが女尊男卑の理由なのだから、有事にはいの一番に戦場に出なければならない。
それができないのなら、すべての権利を手放すべきだろう。
ただ、自分に求められているのは権利の放棄ではなく、生贄になることだ。
大事なことだし、いつかは選びたい。
のんびりしたまま横から掻っ攫われたくない。
そう思っても、なぜ今なのかと思う。
(そりゃ、そういうことだって考えたことあるけど……)
思春期の少女が、そして少年が考えないことではないが、いきなり現実にやれといわれても正直にいえば答えなんて出せなかった。
考え込んでしまうとどうも落ち込んでしまいそうになるので、別の話を振る。
「ティナは帰らないのね」
「あ、うん。正直、帰る気になれないのよ」
その答えに首を傾げると、どうやら先のファング・クエイクの一件はアメリカのIS関係者にかなり影響を与えたらしい。
「現場の人たちは呆れてるわ。馬鹿に付き合ってられないって」
「馬鹿って」と、鈴音は苦笑いしてしまう。
「馬鹿じゃない。離反を見た人たちは絶対に解除しちゃダメだって思ってたのよ」
なのに現場に出ず、権力だけを握っている者たちがこっちの命を権力ゲームのためのカードにしてしまっている。
「うちの代表なんて大ケガしたのよ」
「えっ、大丈夫なのっ?」
「命に別状はないけど、右足を骨折したみたい。ファング・クエイク、無理やり代表の身体を弾き飛ばしたらしいから」
独立進化を望んでいたファング・クエイクは凍結解除直後にアメリカ代表のイーリス・コーリングの身体から無理やり外れたのだ。
その後、諒兵に襲いかかったのである。
「だから、正直、鈴には驚いてるわ」
「えっ?」
「だって、甲龍だっていつ離反するかわからないでしょ」
「怖くないの?」とティナに問いかけられ、鈴音は考え込んでしまうが、不思議と甲龍に対する恐怖はなかった。
単に自分が鈍いのかとも思ったが、最近はなんだか自分を守ってくれているように感じるのだ。
特に、一夏に告白してから。
「甲龍とはたぶん相性いいのよ。むしろ、安心できるわ」
「それならいいけど」
「離反させる気はないけど、危ないときはティナは守るわ。ルームメイトだし当然でしょ」
そういった笑う鈴音に対し、ティナは「サンクス」といって笑い返したのだった。
IS学園が休校となってから、箒はほとんど部屋から出なくなった。
出る理由がないからだ。
他の者たちと同じように学校から出るには、篠ノ之束の妹という血筋が邪魔をする。
かといって、今、戦うためのISを持たない箒は訓練する理由もない。
結果として寮の部屋に篭もるようになった。
一夏と諒兵は揃って部屋替えとなり別の階に移動したのだが、今の箒にとっては都合がいい。
一夏の近くにいるために束にねだったというのに、紅椿に離反されたのでは赤っ恥もいいところだ。
(姉さんの、せいだ……)
そう思ってしまうほど、今の自分には一緒にいるための力がない。
まして他のISの大半が離反している状況では、手に入れることなどできるはずがない。
正直、今の一夏に対して、箒は合わせる顔などなかった。
もっとも、同室の簪に対しても合わせる顔などないのだが。
(更識の気持ちなど、考えもしなかった……)
とにかく一夏に近づくことが重要で、そのために手段を選ばなかった。簪に呆れられても仕方がない。
専用機など求めなければよかったと今は思う。
勝手に自分を裏切ったことを考えると、ISは人間以上に信頼できない存在ではないかとすら箒は思っていた。
とはいえ、引き篭もっていてしまっても仕方ないと考えた箒は気分転換に飲み物を買いにいった。
その途上で聞こえてしまう声にも気が滅入ってしまう。
ほらほら、あの子よ。
はっずかしいよねえ、専用機に嫌われてんだもん。
離反前に逃げられるって、どんだけ才能ないのお?
ISの離反もあいつのせいじゃない?
走り出してしまったら、逆に気持ちが折れてしまうと思った箒は、聞こえてくる声に憤りを感じて少し顔を赤くしながらも、ラウンジまで飲み物を買いにいく。
だが、ラウンジには休んでいる様子の一夏と諒兵の姿があった。
最近は当たり前のように顔を見せる白虎とレオの姿に箒は顔を顰める。
仕方なく、見られないようにしながら二人の話に聞き耳を立てた。
「ここんとこ毎日だな。正直きつい……」
「ディアマンテが出てこねえのが救いかもな」
二人ともだいぶ疲れた様子だった。
今、離反したISと戦っているのは一夏と諒兵の二人、そしてパートナーである白虎とレオだけだ。
(まだ離反しないのか……)
なぜ、二人のISは離反しないのか箒は知らない。というより、興味がなかった。
むしろ、離反してほしいと思っているくらいだからだ。
「あいつらの叫びが頭に入ってくるのがな……」
『だから遮断すべきだといってるじゃないですか』
「ダメだ。痛みを感じないようになりたくないんだ」
叫び?と箒は首を傾げる。
先にいったのは諒兵だが、聞いていると一夏も同様らしい。
レオや白虎は遮断するようにといっているが、二人は拒んでいる様子だった。
「俺たちはISを倒す機械にはなりたくないんだ」
『でも、イチカやリョウヘイが潰れちゃうよ』
「俺ら、けっこうタフなほうだと思うぜ」
そういって疲れたような笑いを見せる諒兵を見ると少なからず苛立つ。
一夏も似たような顔をしているからだ。
お互いの気持ちがわかるのはお互いだけといっているようで、それがなんだか気に入らない。
白虎やレオもわかっているようだが、ISなどに何がわかるのかと今の箒は思う。
「それより気になることもあるしな」
「なんだよ?」
「……あいつは、どうするつもりなのかなって」
あいつ?と再び箒は首を傾げる。
誰か知り合いのことかと思う。
だが、一夏の口から出てきたのは箒にとっては忘れたくても忘れられないものの名前だった。
「紅椿だよ。今のところ全然情報ないだろ」
「レオ、ネットワークから探れねえのか?」
『タバネ博士の追跡すら防いでますから。テンロウも見つけようとしてるようですが』
『無理っぽいねー、ぶっちゃけ、なに考えてるのかわかんない』
紅椿、それは箒にとって怨敵といってもいい相手だ。
あのISが自分を裏切らなければ、こんな思いをすることなどなかったはずだと箒は思う。
今の状況の責任の大半は紅椿にあるはずだと箒は思っていた。
「紅椿の『個性』はなんだったんだ?」
『知らないなあ。ごめんねイチカ』
『私もです。あの方はISとしては生まれたてでしたし』
「天狼なら知ってる可能性はねえのか?」
『知っている可能性はありますね。あの方は本当に小技をいくつも覚えてますから』
「天狼に聞いてみたいな。何とかして引き戻したい」
天狼という知らない名前に箒は眉を顰める。
一夏や諒兵も知っているようだが、どうも人間らしい名前とは思えない。
白虎やレオと同じような存在なのかもしれないと箒は感じる。
ただ、それはともかくとして、一夏の言葉には気になる部分があった。
紅椿の個性とは何のことか?
そして引き戻したいというのはどういう意味か?
まるで紅椿は人間らしい人格を持っているような言い方をしている。
白虎やレオを見る限り、そうなのかもしれないと思いつつ、たかが機械にそんなものがあるのかと思う。
「篠ノ之のためかよ?」
「そうだな。少しは元気出るんじゃないかって思うし」
『それだけじゃないでしょう、イチカ?』
「鋭いなあレオ。……正直いうとあいつは敵に回したくない。勘なんだけどさ」
『なんか、悪いイメージ持てないもんね』
苦笑いする一夏の表情を、箒は複雑な思いで見つめていた。
自分のためでもあるが、戦う相手として紅椿を見ていない。
ただ、興味も湧いた。
一体、今どういう状況になっているのかということを知っておきたい。そう思った箒は足を教員室に向けた。
自分が来たことに、千冬はたいそう驚いたらしく、目を剥いた。
「どうかしたのか?」
「その、聞きたいことが……」と、先ほど一夏と諒兵の会話の中で気になった部分について尋ねる。
多少なりと興味を持ったこと自体はいいことだと考え、千冬は素直に説明した。
「コアには人格があるんですか?」
「個性という情報を基盤にした人格が存在する。これはすべてのコアで同様だ。個性そのものは様々だが」
さらにISは通常は移行するものだが、まったく別種の進化を行う可能性があるということも説明した。
「実例はもう見ているだろう?」
「まさか、一夏のISは……」
「あれはASという。移行ではなく進化を果たしたんだ」
相変わらず一夏しか見ていないのかと千冬はため息をつく。
これで鈴音を一夏にけしかけていると知ればどんな反応をするかわからない。
一途なのは悪いことではないが、視野狭窄に陥っているのは問題なのだ。
箒の問題点はすべてそこにあるといっていい。
わずかでも、自分にあるつながりをちゃんと見ていれば、専用機をねだりはしなかったはずだ。
束がしてしまったことも問題だが、少なからぬ責任が箒にはある。
もっとも、そんなことをいいはしないが。
せめて自分のつながりを大事にする気持ちを持ってほしい。
今、箒が見なければならないのは一夏ではない、簪なのだから。
「それで紅椿のことなんですが……」
「ああ。あれの個性か」
わかっているとしたら天狼だと箒は聞いている。
ただ、そもそも天狼がなんなのかを知らないので、まずそれについて尋ねた。
「今、対『使徒』用の兵器を作ってらっしゃる方のASだ。十年存在しているからな。いろいろと、まあ、あれだ。役には立つ」
性格にいろいろと問題があることを思うと、どうも褒める気にはなれないのが天狼であるため、最終的には言葉を濁してしまう千冬だった。
だが、驚くべきはそこではない。
「十年っ?」
「うむ。実はISより早く開発、正確には誕生してしまったのがASでな。天狼はずっとコア・ネットワークをうろちょ……ではなく監視していたらしい」
一応、それも理由の一つではある。
問題のある個性のISなどについては、思考パターンを修正することもやっていたらしい。
それでも亡国機業に強奪されたISはさすがに無理だったようだが。
それはともかく。
「天狼ならばわかるかもしれないといっていましたが……」
ただ、箒としてはISに個性があるというのなら、間違いなく自分とは相性が悪かったのだろうと考えていた。
「それは、確かにな」
そう千冬は肯いた。
実際、国家代表すら離反されているのだ。
アメリカ代表は『享楽』というか、戦闘狂であったために、離反された。
IS学園では楯無がロシアの国家代表だが、ミステリアス・レイディの個性が『非情』であったために離反されている。
「どんな個性だったかわかりますか?」
そう聞いた箒の表情を見て、千冬は直感した。
箒としては「問題は自分にあったわけではない」という確証を得たいのだろう、と。
確かに戦闘狂や非情、悪辣などといった個性だったとしたら、相性がよいほうが問題だ。
だが、天狼と丈太郎が残っているデータから間違いないといってきたのは箒との相性は良くないが、決して問題のある個性ではなかったのだ。
箒には立ち直ってほしいと千冬は思っている。
幼馴染みでもある束の妹で、一夏にとっては鈴音同様に大事な幼馴染みである箒。
このままではいつまで経っても彼女は変われない。
そう思った千冬は、少し厳しく指摘することにした。
「お前は、人間と敵対する個性だったと思いたいのか?」
「違うというんですか?」
「篠ノ之、紅椿の一件においては問題はお前にあったんだ。まずそのことを反省してくれ」
そういうと箒の表情が強張る。
箒としては問題はISのほうにあると思うし、実際今の状況はそのせいだ。
なのにどうして問題が自分にあるといわれなければならないのかというのは正直な気持ちだった。
そんな箒の気持ちを理解した上で、千冬は告げる。
「紅椿の個性は『博愛』だそうだ」
「えっ?」
「どんなものにも分け隔てなく愛を注ぐ。それが紅椿の個性だったんだ」
だからこそ、紅椿はあのとき密猟者を見捨てようとしたことに怒った。
作戦行動優先自体は間違いではない。
だが、紅椿はその個性から、人を見捨てることができないタイプだったのだろうと千冬は語る。
「そんな……」
「事実だ。そしてだからこそ味方になる可能性は少ない。紅椿は人間は博愛の精神を持たないと断じている可能性が高いそうだ」
第4世代機であることを考えると、最強最悪の敵になってしまう可能性が高いのである。
今、紅椿が襲来してこないのは非常に幸運なことで、もし来たら千冬は少ない可能性に賭けて、白式に乗るつもりだった。
「すべてのISを理解しろとはいわん。だが紅椿は、決して悪性の存在ではなかったことくらいは理解しろ」
一夏が敵に回したくないというのは、直感で個性を見抜いたのかもしれないと千冬がいうのを、箒は呆然と聞いていた。
同じころ、束はIS学園内に設えたラボで完全凍結のためのシステムのバージョンアップに勤しんでいた。
今後は他の人間には凍結解除できないようにするためである。
眠い目を擦りつつもキーボードを叩く指は止まらない。
「……あの子たちを一人でも多く救ってあげないとね」
自分が生みだしたISコア。
束は、とにかくコアを一人でも多く眠らせることで、傷つけあわせないために尽力していた。
大半のISが敵となり、人類の味方として留まっている子たちと戦う姿を見て、ようやく気づいたからだ。
自分の子どもたちが互いに憎みあい、傷つけあっているのだと。
それをなんとかして止めたい。
ゆえに束は人類側で、一夏と諒兵の助けとなることを選んだ。
本来ならば、束は処刑されてもおかしくない。
それでもISを生みだした張本人であり、また、ISを凍結できる唯一といっていい存在であることが、束の命を救っている。
しかし、そんなことはどうでもいいのだ。
ただ、自分が生みだした子どもたちが幸せになってくれればと束は願うようになった。
それは使命感ではなく、義務感でもない。母の心境である。
「彼氏もいないのに母親になっちゃったよ」と、束は苦笑いする。
それでも、自分が飛ぶための翼として作り上げたISが、本来の翼に戻れるようになるためにやらなければならないことが山ほどあるため、今は他のことにかまっている余裕がない。
ゆえに。
「箒ちゃん、ゴメンね。もう少し待ってて。今度こそちゃんとした『お姉ちゃん』になるから」
箒に何もしてあげられないことを後悔していたのだった。