生まれてこの方、手作りチョコなんぞ貰ったことがないです(大泣き)
冬真っ盛りで寒い季節だが、お菓子売り場は熱気に溢れていた。
「むー」
「なに唸ってるのよ鈴」
と、ティナの突っ込みを喰らいつつも、鈴音は目の前の光景に唸ることしかできなかった。
そこはまさに黒山の人だかりといった状態で、とても吟味して買えそうにない。
義理ではない。
かといって本命一歩手前の中途半端な気持ちではあるが、どちらにもしっかりしたものを贈りたい。
しかし、この熱気溢れる場所でいいものを選ぶには、仮令最強を名乗れる鈴音といえど、尻込みしてしまう。
恋する乙女は強いのだから。
「やっぱり作る」
「酢豚にチョコでも入れるの?」
「なんでそうなるのよっ!」
いかに鈴音といえど、酢豚しか作れないわけではないのだ。一部に酷い誤解がある気がするが。
とまあ、そんなわけで。
鈴音はIS学園の家庭科室を借り、本命一歩手前チョコを二つ、作ることにした。
一緒に作るのは箒とラウラだ。
見物人、もとい、指導者はシャルロットとティナ、そして簪。
試食係は問答無用でセシリアと、お菓子は食べるほうが好きな本音である。
「扱いが酷い気がしますわ……」
「私は気にならないけどね~」
そんなボヤッキーが聞こえた気がしたが、華麗に無視した鈴音である。
「それで、なにを作るの?チョコケーキ?マカロン?ガトーショコラ?チョコ・ブラウニー?エクレアなんか意外といいかも」
「うん、シャル。私たちじゃ無理だから」
いきなりハイレベルなものを作らせようとするシャルロットを鈴音が制止した。
鈴音は中華に傾倒しているし、箒は和食。ラウラは実はマトモにご飯作りをしたことがなかった。
今では勉強の甲斐あって、ようやく一般の主婦レベルというところだ。
ちなみに、アドバイスをしてくれるクラリッサの言葉に従い、諒兵の目の前で裸エプロンとやらをしようとしていつものメンバーに止められたのは余談である。
それはともかく、このメンバーの中でマトモにお菓子作りができるのはシャルロットと簪、多少はできるのがティナと本音。
現段階ではまだ食べ物を作ってはいけないといわれるのがセシリアである。
「いじめですわ~……」
既に滂沱の勢いのセシリアであった。
そんなこんなで、名前だけならすごそうに感じるということで、鈴音、箒の二人はガナッシュ・フイユティーヌに挑戦することになった。
ガナッシュとはいわゆる生チョコ、すなわちクリームやワインなどを混ぜてやわらかくしたチョコレートのことである。
実はテンパリングなどが要らないため、チョコ特有の艶を考える必要がないので素人でも作りやすいとシャルロットが教えてくれたのだ。
そこにナッツやフレークなどを混ぜたものをガナッシュ・フイユティーヌという。
混ぜて固めてもガチガチにならないので食べやすいといわれている。
ちなみにラウラはまず基本ということで、湯煎と型入れから挑戦することになった。
そして。
「こんなもんかな♪」
そういった鈴音の目の前には、砕いたアーモンドやピーナッツ、コーンフレークやドライフルーツなど幾種類かのガナッシュ・フイユティーヌが出来上がっていた。
一口大サイズになっているため、ヴァリエーションの豊富さが楽しめる。
「美味しそう~」
「全部食べないでよ。一夏と諒兵にあげるんだから」
本音の手が伸びそうになるので、贈る分だけはしっかり確保する鈴音である。
「これなら……」と、少しばかり嬉しそうに微笑む箒の目の前には、何故か和菓子であるはずの最中があった。
「一ついい?」
「ああ。試食分はこっちになる」
そういって差し出された最中を簪が食べてみると、驚いたような表情を見せた。
「これ、中身はチョコ?」
「あっ、チョコもなかっ?!」
「さすがに鈴音は知ってるか。ガナッシュをもう少しやわらかくして、砕いた胡桃と一緒に最中に詰めたんだ」
これはなかなかのアイデアだと女子全員が感心していた。
懐かしさと楽しさが感じられる一品である。
「どうだっ!」と、無い胸を張るラウラの目の前には、どでんという擬音が聞こえそうな大きなハート型のチョコが鎮座ましましていた。
シャルロットがちょっと悲しげに呟く。
「ラウラ……」
「いわれたとおりに作ってみたぞ」
「噛んでみて」
「なに?」
「噛んでみて」
首を傾げながら自分が作ったチョコを噛んでみたラウラは、ただ一言呟く。
「かかひ(硬い)」
「チョコは大きく固めると硬くなりすぎるんだよ。諒兵の歯が欠けちゃうよ」
固焼き煎餅も真っ青の固さのチョコに、ラウラはシャルロットの言葉に素直に従って、湯煎しなおすことにしたのだった。
んで。
「美味しいな、これ」
『いいなあ』
「イケるじぇねえか」
『味覚があればよかったんですけど』
なんだかんだと鈴音と箒とラウラだけではなく、義理ということで他のメンバーもチョコを贈る。
もっと正確にいうと、一夏と諒兵、白虎とレオをゲストにチョコ・パーティと相成った。
「ま、今はこれが精一杯、かな」
がんばって作ったチョコが、数ある中の一品になってしまったのはちょっと悔しい。
でも、和気藹々としたパーティのほうが今はまだ楽しいと感じる鈴音だった。
閑話「人気の戦乙女」
机の上に山積みになってる贈り物を見て、千冬はため息をつく。
そんな千冬に苦笑いを向けつつ、真耶が口を開いた。
「相変わらずすごいですねえ……」
「女が女に贈ってどうするというんだ……」
最近では友チョコというものもあるので、別におかしなことではないのだが、千冬へのヴァレンタイン・チョコはかなり度が過ぎていた。
「第一、これを全部食べたら確実に太る。私だって体重くらい気にするというのに……」
「乙女の悩みは大概共通するものなんですけど、織斑先生はアイドルですからね」
そういう面が想像できないのだろうと真耶は再び苦笑する。そこでふと思いついた。
「そういえば、織斑先生は誰かに贈られたんですか?」
真耶がそういったとたん、千冬は顔を背ける。
背けた顔を見ようと真耶が回り込もうとすると、ひたすら背け続ける。
贈ったことは理解したが、よほど知られたくないらしい。
しばらくの間、グルグルと回り続ける仲の良い1年1組担任と副担任の姿があった。
とある場所にあるラボにて。
丈太郎と天狼がある贈り物を見つめていた。
「……こいつぁ、どう判断すりゃいいんだ?」
『気合いの入った義理チョコですねー』
「義理か……」
『むしろ、本命より気合い入ってますよ、これ』
「喜びにくいんだが」
目の前には、普段の感謝が異様なまでに達筆のホワイトチョコで書かれたチョコの葉書がある。
千冬が贈って寄越した葉書型のヴァレンタイン・チョコである。
「普通に葉書で送ってくれりゃよかったんだがな」
『贈りたいのはチョコだったんじゃないんですかー?』
「喜んでいいのか……?」
判断に困るチョコに悩む丈太郎だった。